たとえば、夢とか。
夜に見るほうの夢のことなんだが、自由にどの時代のどの世界にでも行ける、なんて子どものころに教えられてきた夢の世界も、最近のおれの場合はだいぶ変わってきた。
昔、おれがこの星にやってきたころ。夢に出てくる世界は当然ながら、おれがついさっき出てきたばかりのおれの星が舞台だった。小学生だったころにしょっちゅう遊んでいた広場とか、高校生のときにガチガチに緊張しながらたどり着いたインターハイの試合会場だとか。
そこによく出てくる顔ぶれだって、ごく当たり前におれの星のおれの周囲にいた人たちだけだった。家族、親戚、親友、先輩、後輩、上司、部下、彼女、妻になった彼女、子どもたち……
それが、最近はどんどん夢に出てこなくなっていく。実の父親としてはあるまじきことなんだが、最初に消えてしまったのは、おれの赴任が通達された3ヶ月前に生まれた長女だった。
無理もないことだとは、自分に言い聞かせている。おれが長女と一緒に暮らしていたのはその3ヶ月だけだった。通達されるやいなや、恒星間高速ラインの乗船手続きやら有人ステーションの隊長免許の取得やら、惑星探索基地の辺境伯就任式典やらで家を離れることになり、そのまんま宇宙に追い出されることになってしまったからだ。
あれからどのくらいの時間がたったのか。あまり思い出して気持ちのいいものではないので数えたくはないのだが、おれがこの星に来てかれこれ30年の歳月が経った。
30年だ。夢の風景が変わるのも仕方のないことなんじゃないだろうか。おれの星のすべての経験が過去のことになりつつあるのだが、そのかわりにおれの頭の中にドカドカ押し入ってくる新しい情報はというと、なにもかもがまるごと、思い出したくもないこの星の地獄絵図だけなのだからどうしようもない。
ところが、情けないことにおれのこれまでの人生の成分は、時間でいうと半分以上がこの星のものになってしまった。そう考えてみれば、数字上の比較で見たらおれはもうおれの星の人類ではない。どちらかといえば宇宙人だ。この星の最初の人類になってしまったみたいなもんだ。
はっきり言って、おれもまさか30年もこの星にいることになるとは考えてもみなかった。赴任して最初の5~6年くらいは「話が違う」とかなんとか、おれもいきまいて星間通信モニターに映った上司なり役人なりをどなりつけることが日課だったのだが……なにもかもが後の祭りであることは明らかだった。殴りたいにも相手は3光年遠くにいる。
別におれの星の偉い人たちを弁護するつもりはないのだが、おれが30年もこの星にいなければならなくなる事態になるとは、おれの赴任当時には誰にも予想できなかったのだ。この星の実状は完全におれたちの想像の域を超えてしまっていた。
多少の知的生物が生息していることはもちろん観測済みだったわけなのだが……驚いたことに、この星には「神」がいた。
最初のうちは骨のあるやつがいるな、などとポテナを口に放りこみながらのんびりかまえていたのだが、フタを開けてみればご覧の有様だ。おれたちは惑星開発どころか、原住生物の統括管理さえおぼつかないままで、みすみす30年という時間を失っている。
おれ自身の辺境伯としての不甲斐なさ……そんなもののせいにして自暴自棄になるのもとうの昔に飽きてしまった。無能だったら30年もこんな星にはいられないし、正直言って真意はよくわからないのだが、一向におれを更迭しようとしないおれの星の態度も、一応はおれの仕事を認めていてくれるあかしなのだろう。こちらはクビでもなんでもいいから、早くここからおれを開放してくれる知らせがほしいのだが。
だが、思えば星間通信モニターに映るおれの星の風景も、おれの記憶の中にあるものとはだいぶ変わってきてしまった。たまに面会できる妻も家族も年をとったし、いなくなる顔もちらほら出てきている。それにひきかえおれはと言うと、惑星開発技官の宿命として肉体上は加齢しない身体になってしまっている。この星にいるかぎりは「永遠の20代後半」のままということなのだ。外見上は若いわけだが、いまさらおれの星に帰還しても話題の合う若者はいないだろう。むかし、80年間「向こう」にいたというプファルツ中将にお会いしたことがあったが、同じ生き方をしている同志がひとりもいないというのは過酷な現実だ。
竜宮城を経験してしまった浦島太郎にとっての「いるべき場所」は、果たして彼がかつて生まれ育った漁村だったのかどうか。
今まさしく、おれはこの問題に身をもって対峙しているわけなのだが……答えはやっぱり、おれがいつも単座戦闘機の窓から眺めている風景、ということになるのだろう。この星で30年間生きている。これは夢でもなんでもない、否定しようのない事実なのだ。
プシ、
後ろの入り口が開く音がした。おとといにメンテをしたおかげで開きがスムースになって気持ちがいい。
「R2の調子はどう?」
振り向かなくたって、ドアが反応した時点で誰が入ってきたのかはわかっている。いおるだ。
「……今のところ使えるのは40% ってところだな。」
「150ばかし持ってきたいんだけど。たぶんあんまり減らさないで返せるから。」
「散歩か?」
「交渉よ、こうしょう。」
交渉だと。何度聞いても笑える冗談だ。おれはここでやっと振り向いて、いおるの姿を捉えた。
あいかわらず、基地の中でもいおるは耐圧スーツを身につけている。もともとこの星は条件がかなりいいので、船外だってそれほど厳重にスーツを着用しなくてもいいし、むろん基地の中では着る必要はまるでない。好きで着つづけているのだろう。
耐圧スーツは頭の上から強化ブーツのつまさきまで、身体にぴったり密着したデザインで統一されている。
大昔のSF マンガのヒロインではないのだが、いおるもやっぱり身体のラインは隠しようもない。細い首、こぢんまりした肩、ほっそりした腕にほどよく肉のついた胸に、これまたほどよくくびれたウエストからの丸い腰。
見飽ききっているはずなのだが、それでもどうしてもそのスタイルの良さ、特に筋肉のたっぷりついたふとももからキュッとしまったふくらはぎに移っていく、いおるの脚にいつも目がいってしまうのが、我ながら情けない。
「だいぶ進んでるみたいでけっこうだな。ろくな武装もしないで行って大丈夫なのか。」
「武装の段階なんてとっくに抜けてるのがわたしのやり方なの。まだわかってないのね。」
いおるの眼が何百万回目かのいたずら好きな光を輝かせる。そう、いおるの最大の特徴は、その大きな両目だ。
少しだけつり目ぎみになっている大きな二重まぶた。まつげは自然に、けれどもめいっぱい主張しながら天井めざしてそりかえっている。そのまつげが微妙にゆれ、目が半月のように細くなったときこそが、いおるのいおるらしさが発揮される瞬間だ。
その両目の中に光るエメラルドグリーンの瞳もまた、自然と見る者の動悸を早まらせてしまう不思議な力を持っている。顔というか、全体的に白いいおるの肌がさらにその碧さをきわだたせるのだが、そういった色の取り合わせをいおるの顔以外によその世界で見たことは、おれはいまだにない。なんとなく癪なのだが、おれの星でもこの星でも見たことがない。
しかし正直言って、おれはいおると長く付きあいすぎてしまった。いまさらいおるのその瞳にまどわされてしまうこともなくなったし、その奥にあるいおるなりの「戦法」のようなものも、おおかた見えすいてくるようになってしまったわけだ。
「なんでもいいさ……とにかくおれの邪魔はするなよ。」
「邪魔ってどういうこと? あなたより先に『町』をとるってこと? それとも、わたしが『町』に寝返ってあなたを殺すってことかな。」
「どっちもできるわけないだろうが。寝返る? 宇宙人と一緒になって同じ星の人間を攻撃するやつなんて聞いたことがないぞ。」
「あなたが知らないだけじゃないの? 腕っぷしでどうにもならないことは、あなたが30年以上かけて証明し続けてるじゃない。だったらわたしはあなたの方法以外の手でいく。それだけよ。」
「……別に止めはしないさ。ただ、お前だってこの星に来て20年になるってことだけは忘れるなよ。」
部屋じゅうに、高い周波数で細くこまやかな振幅を持った不気味な音が鳴り響いた。何者にも崩されることのないルールを持った、例えるのならば、数多くの血塗られた歴史の舞台の傍らにいながら、自分自身はまったく汚されることなく現在に生き残ってきた、帝立博物館のガラスケースの奥に眠っている陶磁器のような、調和と狂気を同居させたリズム。
まわりくどい言い方になって悪いが、要するにこれが、いおるの笑い声だ。
癇にさわる高笑い。20年間見せつけられてきたいつものやり方だ。
よくもまぁ飽きもせずにやれるもんだ。しかもよりによって、そんないおるに、おそらくは宇宙の中でいちばん飽きがきているこのおれを相手にして。
うつむいてため息をつこうかと思った瞬間、いおるはおれに馴れ馴れしく飛び込んできて、おれの腰に腕をまわしながら、自分の顔を遠慮なく寄せてきた。まぁ、これも予想がつく流れだ。
「あなた、自分とこのわたしの身体をよく見てみてよ。時間はわたしたちのために待ってくれてるのよ。だからわたしはそのご好意にあまえてるだけ。こんな星にとばされてるんだもの、おいしい部分はちゃんとフルに使わなきゃ。」
「何が言いたいのかさっぱりわからないんだが……お前はつまり、計画がまったく進まないこの星の状況を変えたくないのか。」
「今のわたしたちが時間にこだわってるってことほどシュールな冗談はないんじゃない?」
「若いままでいられるのなら、目標を達成して自分の星に帰ることができなくなってもいいってわけか?」
「わかってないのね。」
首をかしげながらフンと息をついたとき、なぜか一瞬だけいおるの香りが鼻にささった。
「交渉だの目標だのなんて、わたしにとってはどうでもいいの。永遠の若さだなんてほしくもないわ。」
「じゃあ何なんだ? どうしてお前は20年以上もこの星にいる。」
「楽しいからに決まってるじゃない。楽しいからここにいるし、楽しいからあなたと別行動をとってるのよ。飽きたら次に何をするのか……それを考えるのも楽しいかな。」
「のんきな言い訳だな。どうせ飽きてもなにもできないだろうが。計画が終わらなければ、おれたちはこの星を出ることだってできないんだ。」
「出なくてもいいんじゃない?」
コツ。
いおるの強化ブーツが床をひとつたたく。
「……どういうことだ。」
「ここをわたしたちの星にしたらいいのよ。征服でもなく降伏でもなく、いちばん楽しい方法でね。」
いおるの眼が、また碧く輝いた。
《つづく》
夜に見るほうの夢のことなんだが、自由にどの時代のどの世界にでも行ける、なんて子どものころに教えられてきた夢の世界も、最近のおれの場合はだいぶ変わってきた。
昔、おれがこの星にやってきたころ。夢に出てくる世界は当然ながら、おれがついさっき出てきたばかりのおれの星が舞台だった。小学生だったころにしょっちゅう遊んでいた広場とか、高校生のときにガチガチに緊張しながらたどり着いたインターハイの試合会場だとか。
そこによく出てくる顔ぶれだって、ごく当たり前におれの星のおれの周囲にいた人たちだけだった。家族、親戚、親友、先輩、後輩、上司、部下、彼女、妻になった彼女、子どもたち……
それが、最近はどんどん夢に出てこなくなっていく。実の父親としてはあるまじきことなんだが、最初に消えてしまったのは、おれの赴任が通達された3ヶ月前に生まれた長女だった。
無理もないことだとは、自分に言い聞かせている。おれが長女と一緒に暮らしていたのはその3ヶ月だけだった。通達されるやいなや、恒星間高速ラインの乗船手続きやら有人ステーションの隊長免許の取得やら、惑星探索基地の辺境伯就任式典やらで家を離れることになり、そのまんま宇宙に追い出されることになってしまったからだ。
あれからどのくらいの時間がたったのか。あまり思い出して気持ちのいいものではないので数えたくはないのだが、おれがこの星に来てかれこれ30年の歳月が経った。
30年だ。夢の風景が変わるのも仕方のないことなんじゃないだろうか。おれの星のすべての経験が過去のことになりつつあるのだが、そのかわりにおれの頭の中にドカドカ押し入ってくる新しい情報はというと、なにもかもがまるごと、思い出したくもないこの星の地獄絵図だけなのだからどうしようもない。
ところが、情けないことにおれのこれまでの人生の成分は、時間でいうと半分以上がこの星のものになってしまった。そう考えてみれば、数字上の比較で見たらおれはもうおれの星の人類ではない。どちらかといえば宇宙人だ。この星の最初の人類になってしまったみたいなもんだ。
はっきり言って、おれもまさか30年もこの星にいることになるとは考えてもみなかった。赴任して最初の5~6年くらいは「話が違う」とかなんとか、おれもいきまいて星間通信モニターに映った上司なり役人なりをどなりつけることが日課だったのだが……なにもかもが後の祭りであることは明らかだった。殴りたいにも相手は3光年遠くにいる。
別におれの星の偉い人たちを弁護するつもりはないのだが、おれが30年もこの星にいなければならなくなる事態になるとは、おれの赴任当時には誰にも予想できなかったのだ。この星の実状は完全におれたちの想像の域を超えてしまっていた。
多少の知的生物が生息していることはもちろん観測済みだったわけなのだが……驚いたことに、この星には「神」がいた。
最初のうちは骨のあるやつがいるな、などとポテナを口に放りこみながらのんびりかまえていたのだが、フタを開けてみればご覧の有様だ。おれたちは惑星開発どころか、原住生物の統括管理さえおぼつかないままで、みすみす30年という時間を失っている。
おれ自身の辺境伯としての不甲斐なさ……そんなもののせいにして自暴自棄になるのもとうの昔に飽きてしまった。無能だったら30年もこんな星にはいられないし、正直言って真意はよくわからないのだが、一向におれを更迭しようとしないおれの星の態度も、一応はおれの仕事を認めていてくれるあかしなのだろう。こちらはクビでもなんでもいいから、早くここからおれを開放してくれる知らせがほしいのだが。
だが、思えば星間通信モニターに映るおれの星の風景も、おれの記憶の中にあるものとはだいぶ変わってきてしまった。たまに面会できる妻も家族も年をとったし、いなくなる顔もちらほら出てきている。それにひきかえおれはと言うと、惑星開発技官の宿命として肉体上は加齢しない身体になってしまっている。この星にいるかぎりは「永遠の20代後半」のままということなのだ。外見上は若いわけだが、いまさらおれの星に帰還しても話題の合う若者はいないだろう。むかし、80年間「向こう」にいたというプファルツ中将にお会いしたことがあったが、同じ生き方をしている同志がひとりもいないというのは過酷な現実だ。
竜宮城を経験してしまった浦島太郎にとっての「いるべき場所」は、果たして彼がかつて生まれ育った漁村だったのかどうか。
今まさしく、おれはこの問題に身をもって対峙しているわけなのだが……答えはやっぱり、おれがいつも単座戦闘機の窓から眺めている風景、ということになるのだろう。この星で30年間生きている。これは夢でもなんでもない、否定しようのない事実なのだ。
プシ、
後ろの入り口が開く音がした。おとといにメンテをしたおかげで開きがスムースになって気持ちがいい。
「R2の調子はどう?」
振り向かなくたって、ドアが反応した時点で誰が入ってきたのかはわかっている。いおるだ。
「……今のところ使えるのは40% ってところだな。」
「150ばかし持ってきたいんだけど。たぶんあんまり減らさないで返せるから。」
「散歩か?」
「交渉よ、こうしょう。」
交渉だと。何度聞いても笑える冗談だ。おれはここでやっと振り向いて、いおるの姿を捉えた。
あいかわらず、基地の中でもいおるは耐圧スーツを身につけている。もともとこの星は条件がかなりいいので、船外だってそれほど厳重にスーツを着用しなくてもいいし、むろん基地の中では着る必要はまるでない。好きで着つづけているのだろう。
耐圧スーツは頭の上から強化ブーツのつまさきまで、身体にぴったり密着したデザインで統一されている。
大昔のSF マンガのヒロインではないのだが、いおるもやっぱり身体のラインは隠しようもない。細い首、こぢんまりした肩、ほっそりした腕にほどよく肉のついた胸に、これまたほどよくくびれたウエストからの丸い腰。
見飽ききっているはずなのだが、それでもどうしてもそのスタイルの良さ、特に筋肉のたっぷりついたふとももからキュッとしまったふくらはぎに移っていく、いおるの脚にいつも目がいってしまうのが、我ながら情けない。
「だいぶ進んでるみたいでけっこうだな。ろくな武装もしないで行って大丈夫なのか。」
「武装の段階なんてとっくに抜けてるのがわたしのやり方なの。まだわかってないのね。」
いおるの眼が何百万回目かのいたずら好きな光を輝かせる。そう、いおるの最大の特徴は、その大きな両目だ。
少しだけつり目ぎみになっている大きな二重まぶた。まつげは自然に、けれどもめいっぱい主張しながら天井めざしてそりかえっている。そのまつげが微妙にゆれ、目が半月のように細くなったときこそが、いおるのいおるらしさが発揮される瞬間だ。
その両目の中に光るエメラルドグリーンの瞳もまた、自然と見る者の動悸を早まらせてしまう不思議な力を持っている。顔というか、全体的に白いいおるの肌がさらにその碧さをきわだたせるのだが、そういった色の取り合わせをいおるの顔以外によその世界で見たことは、おれはいまだにない。なんとなく癪なのだが、おれの星でもこの星でも見たことがない。
しかし正直言って、おれはいおると長く付きあいすぎてしまった。いまさらいおるのその瞳にまどわされてしまうこともなくなったし、その奥にあるいおるなりの「戦法」のようなものも、おおかた見えすいてくるようになってしまったわけだ。
「なんでもいいさ……とにかくおれの邪魔はするなよ。」
「邪魔ってどういうこと? あなたより先に『町』をとるってこと? それとも、わたしが『町』に寝返ってあなたを殺すってことかな。」
「どっちもできるわけないだろうが。寝返る? 宇宙人と一緒になって同じ星の人間を攻撃するやつなんて聞いたことがないぞ。」
「あなたが知らないだけじゃないの? 腕っぷしでどうにもならないことは、あなたが30年以上かけて証明し続けてるじゃない。だったらわたしはあなたの方法以外の手でいく。それだけよ。」
「……別に止めはしないさ。ただ、お前だってこの星に来て20年になるってことだけは忘れるなよ。」
部屋じゅうに、高い周波数で細くこまやかな振幅を持った不気味な音が鳴り響いた。何者にも崩されることのないルールを持った、例えるのならば、数多くの血塗られた歴史の舞台の傍らにいながら、自分自身はまったく汚されることなく現在に生き残ってきた、帝立博物館のガラスケースの奥に眠っている陶磁器のような、調和と狂気を同居させたリズム。
まわりくどい言い方になって悪いが、要するにこれが、いおるの笑い声だ。
癇にさわる高笑い。20年間見せつけられてきたいつものやり方だ。
よくもまぁ飽きもせずにやれるもんだ。しかもよりによって、そんないおるに、おそらくは宇宙の中でいちばん飽きがきているこのおれを相手にして。
うつむいてため息をつこうかと思った瞬間、いおるはおれに馴れ馴れしく飛び込んできて、おれの腰に腕をまわしながら、自分の顔を遠慮なく寄せてきた。まぁ、これも予想がつく流れだ。
「あなた、自分とこのわたしの身体をよく見てみてよ。時間はわたしたちのために待ってくれてるのよ。だからわたしはそのご好意にあまえてるだけ。こんな星にとばされてるんだもの、おいしい部分はちゃんとフルに使わなきゃ。」
「何が言いたいのかさっぱりわからないんだが……お前はつまり、計画がまったく進まないこの星の状況を変えたくないのか。」
「今のわたしたちが時間にこだわってるってことほどシュールな冗談はないんじゃない?」
「若いままでいられるのなら、目標を達成して自分の星に帰ることができなくなってもいいってわけか?」
「わかってないのね。」
首をかしげながらフンと息をついたとき、なぜか一瞬だけいおるの香りが鼻にささった。
「交渉だの目標だのなんて、わたしにとってはどうでもいいの。永遠の若さだなんてほしくもないわ。」
「じゃあ何なんだ? どうしてお前は20年以上もこの星にいる。」
「楽しいからに決まってるじゃない。楽しいからここにいるし、楽しいからあなたと別行動をとってるのよ。飽きたら次に何をするのか……それを考えるのも楽しいかな。」
「のんきな言い訳だな。どうせ飽きてもなにもできないだろうが。計画が終わらなければ、おれたちはこの星を出ることだってできないんだ。」
「出なくてもいいんじゃない?」
コツ。
いおるの強化ブーツが床をひとつたたく。
「……どういうことだ。」
「ここをわたしたちの星にしたらいいのよ。征服でもなく降伏でもなく、いちばん楽しい方法でね。」
いおるの眼が、また碧く輝いた。
《つづく》