ガザ侵攻巡るサウジの本音 「カムバック、アメリカ!」
投資会議FIIの雰囲気はサウジアラビアの微妙な立場を映していた
イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への地上侵攻が迫っている。暴力の拡大を食い止め、和平への話し合いを始めるうえでカギをにぎるのがアラブの大国であるサウジアラビアだ。
緊迫する情勢下で不可解な動きをみせるサウジは何を求めているのか。
「中東リスク以外」が話題の奇妙な会議
24日から26日までサウジの首都リヤドで開かれた国際投資会議「フューチャー・インベストメント・イニシアチブ(FII)」は奇妙な空気に包まれていた。
進行中の危機について、サウジ関係者のみならず国際企業の経営者や政治家も多くを語ろうとしない。不自然なことに、気候変動や金利上昇、人工知能(AI)など「中東リスク以外」のテーマが終始、話題の中心だった。
例年、内外の主要メディアと実施している閣僚インタビューはほぼすべてキャンセルが通告された。公の場でうかつな発言を記録されることに神経をとがらせるサウジの微妙な状況が映る。
不可解なのはサウジの米国への対応だった。イスラエルによるガザ侵攻前の緊張を緩和しようと10月半ばに中東でシャトル外交を繰り広げたブリンケン米国務長官はサウジで実力者ムハンマド皇太子に会った。
会談の予定時刻は夜だったが、皇太子が姿を現したのは翌日の早朝。異例の対応には「言いなりにはならない」というブリンケン氏への政治的メッセージが込められたとみられる。
サウジアラビアのムハンマド皇太子と会談するブリンケン米国務長官㊧(10月15日、リヤド)=ロイター
一方、FIIの会場にはトランプ前政権の大統領上級顧問だったジャレッド・クシュナー氏の姿があった。米ウォール街の金融機関の大物たちも顔をそろえた。サウジは波長が合わないバイデン政権の関係者を冷遇する一方、2024年の大統領選挙での野党・共和党の政権復帰に期待しているかもしれない。
「英雄はいない。いるのは犠牲者だけ」
ブリンケン氏のサウジへの要求に無理なところはなかった。明確にイスラム組織ハマスを批判し、イスラエルの攻撃がパレスチナ全体を標的にしたものではないことを示そうとしたのだ。しかし、皇太子はこれを受け入れなかった。
イスラエルとの国交正常化交渉を進め、投資誘致のため地域の安定をアピールしたいサウジにとって、ハマスのテロは大きな痛手だったにちがいない。トルキ・ファイサル王子(元駐米大使)は最近の講演で「英雄はいない。いるのは犠牲者だけだ」と述べ、イスラエル民間人を狙ったハマスの手口への批判をにじませた。
サウジがおそれているのは、衝突がライバルである非アラブのシーア派大国イランを刺激し、地域全体を巻き込むような紛争に発展してしまうことだ。レバノン南部にはイランの支援を受け、ハマスよりも強力な軍事力を誇るイスラム教シーア派組織ヒズボラの存在があり、イスラエルとの散発的な衝突も伝えられる。
次の「中東戦争」が「イスラエル対アラブ」という過去4回の戦争とおなじ構図をなぞるとは限らない。
米国に求めた安全保障協力の枠組み
サウジは今年3月、中国の仲介でイランとの和解を果たした。シェール革命でエネルギーの自立を果たし中東から撤退する米国に代わって、中国がその穴を埋めようとしている。
問題は米国と異なり、中国にはサウジの安全を守る意図も能力もないということだ。イスラエルとの国交正常化交渉の過程では、サウジが米国に対し、日米や米韓と同様の強力な安全保障協力の枠組みづくりを求めたとされる。表面的な米国離れの動きとは裏腹の、サウジの切実な本音が垣間見える。
皇太子時代に「土地と平和の交換」による中東和平案を示したサウジアラビアの故アブドラ国王(2007年12月)
中国との覇権争いを進め、ウクライナを支援しなくてはならない米国は、いま再び中東情勢にも対応せざるを得なくなった。しかし、これが米国の本格的な中東回帰につながる保証はない。
アジア、ウクライナ、中東の「3正面」に力が分散し、米国の世界戦略全体が漂流するおそれもある。
パレスチナ問題解決の最終段階ではサウジアラビアが重大な役割を果たす必要がある。
サウジはメッカ、メディナという「イスラム教二大聖地の守護者」であり、アラブの事実上のリーダーである。サウジの故アブドラ国王がおよそ20年前に示した「土地と平和の交換」は、中東和平の最終的な着地点として多くの関係者に意識されているはずだ。
イスラエルとパレスチナの「2国家解決」のためにはサウジと米国の緊密な協力が欠かせない。残念ながら衝突の初期段階では両者は関係を修復するどころか、亀裂を深めてしまったようにみえる。
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日経記事 2023.10.27より引用