欧州連合(EU)の欧州委員会新執行部が12月1日に始動することが27日決まった(仏ストラスブール)=ロイター
【ブリュッセル=辻隆史】
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会の新執行部が12月1日に始動することが27日決まった。2025年1月の第2次トランプ米政権発足をにらみ、安全保障や貿易の分野で対策を練る。
EUの立法機関である欧州議会が同日、2029年までの5年間の新執行部の人事案を承認した。
「時間はない。私たちは重大な政治的課題に直面している」。再任が決まったフォンデアライエン欧州委員長は承認後の記者会見でこう強調した。
ロシアの脅威が高まるなか、欧州の安保強化を2期目の優先課題に挙げた。気候変動対策を推進する一方で、米国や中国と比べて劣る欧州の産業競争力の向上にも取り組むと明示した。
フォンデアライエン氏は、トランプ氏率いる米国の政策変更に備える。
トランプ氏は過去に欧州の北大西洋条約機構(NATO)加盟国の防衛義務を守らない可能性に言及した。EUやNATO加盟国の防衛体制が揺らぐリスクに加え、ロシアの侵略を受けるウクライナへの支援の見直しを主張するおそれもある。
まずは支援継続をトランプ氏に訴える方針だが、欧州がより主体的に安保に関する能力を高めるべきだとの考えがEU内で広がる。
「間違えないでほしい。これは私たち自身の宿題であり、EUの責任で取り組んでいく必要がある」。フォンデアライエン氏は記者会見でトランプ氏との関係構築のあり方を問われ、こう返した。
トランプ氏の返り咲きで不確実性が高まるなか、欧州が安保に自ら責任を持つ意識改革を訴えた。
会見に先立つ欧州議会での演説では、ロシアが国内総生産(GDP)比の最大9%を国防に費やしている一方、欧州の平均は1.9%程度だと指摘した。「防衛費を増額しなければならない」と改めて説いた。
新体制では初の防衛担当の欧州委員を任命し、早急に防衛産業の振興などに関する計画を取りまとめる。EUが主導する形で欧州の防衛関連企業の開発や生産を後押しする。
EUレベルで新たに債券を発行する案も浮上するが、償還財源の問題もあり具体策は詰まっていない。欧州特有の規制や手続きを簡素化したり、金融機関による支援をしやすくしたりする改革を進める。
第1次トランプ政権時代に激化した欧米間の貿易問題にも身構える。
トランプ氏は10月の演説で、EU加盟国を含めた他国からの輸入品に高関税を課す案を示した。前回は関税合戦に発展したが、バイデン政権では事実上の棚上げをしていた。
フォンデアライエン氏は早速、トランプ氏に「ディール」を持ちかけた。11月8日の記者会見で、米国産の液化天然ガス(LNG)の輸入を増やす案を提起した。
EU加盟国はロシア産LNGの輸入を続けている現状がある。「米国産に切り替えるのはどうか。米国産はより安価で(欧州の)エネルギー価格を引き下げることができる」と語った。
トランプ氏とは「まず共通の利益を見いだし、その後に交渉する」との戦略も明かした。
EUは中国が輸出する電気自動車(EV)に追加関税を課すなど、経済安全保障の観点から同国と貿易面での対立を深める。
中国に関する「デリスキング(リスク軽減)」をとなえたフォンデアライエン氏の続投で、同国に対抗する方針は継続する。
この方針については、中国との貿易を重視する加盟国から、同国に融和的に対処すべきだとの圧力が強まりかねない。
「米国と中国の両方と貿易戦争はできないとの意見が加盟国から出ている」(欧州委高官)との指摘もある。
デジタル規制、欧米間の新たな火種に
欧州委は違法コンテンツの排除を義務付けるデジタルサービス法(DSA)に基づき、米起業家イーロン・マスク氏が率いるX(旧ツイッター)への調査を進める。偽情報やヘイトスピーチ(憎悪表現)の拡散を防ぐ取り組みが不十分だとみており、最終的な制裁措置も視野に入れる。
トランプ氏は10月、米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)からEU規制への懸念に関する電話を受けたと明かした。
欧州委は巨大IT(情報技術)企業の寡占を防ぐためのデジタル市場法(DMA)に基づき、アップルを調査中だ。巨額の制裁金を科すとの欧米メディアの報道もある。
新しく競争政策を担うリベラ氏もデジタル規制に取り組む姿勢を示す=ロイター
トランプ氏との関係を深める米テックに対し、欧州委の当局がどれだけ厳しい措置を講じていくのかは難しい判断になる。
(ブリュッセル=辻隆史)
日経記事2024.11.28より引用