令和の時代の新しいことば「三密」は、
全国的に浸透しました。
もっと昔の事。
すでに「三密」があったようです。
あくまでも本からの受け売りに過ぎません。
司馬遼太郎:『空海の風景』 を参考にしています。
空海は、三密と言う。
三密とは、動作と言葉と思惟のことである。
仏とよばれる宇宙は、その本質と本音を三密であらわしている。
宇宙は自分の全存在、
宇宙としてのあらゆる言語、
そして宇宙としてすべての活動という「三密」を
とどまることなく旋回しているが、
真言密教の行者もまた、
その宇宙の三密に通ずる自分の三密という形の上での
三密を行じて行じぬくこと以外に、
宇宙に近づくことができない。
こんな哲学的なことはわかりかねますが、
言葉とは、いろいろな意味があって興味があって楽しめますね!
《令和の三密》
密閉・密集・密接・・・インパクトある名づけです。
コロナに立ち向かう「三密」も重要な言葉です。