【戦うより抱き合いたい。なのにどうして】
先日の「グレースさん、ダルイゼンを拒絶」に対して、「プリキュアらしからぬ衝撃展開」のような感想を見かけました。ちょっと意外というか不思議な感じがする。逆にいうなら「プリキュアは優しい。相手を受け入れる」というイメージなんだろうか。
特に昔からのファンにとっては、むしろ「プリキュアは(良からぬ相手からの)話を聞かない」イメージの方が強いように思う。
問答無用で殴りかかってくる、やっぱり肉弾戦か…が定番のツッコミであり、プリキュアさんに対する共通認識だったはず。
直近のプリキュアもこの傾向は維持されてる。
「魔法つかい」さんは「ルールを守る」が大前提にあり、そこを違える相手とは対話をしていない。
「スタプリ」も「アラモード」も、決定的に価値観の異なる相手に譲歩はしない。
分かりあったり受け入れたりは、「相手も実はこちらと同じだった」ような場合です。こちらの考えを根底から変えたり、一方的な不利益を許容はしていない。
たとえば「スイート」でいえば、ノイズを救おうとしたのは彼が「悲しみ(マイナー)」だったから。当初「音のない世界を作る」と主張していたノイズは、全くの理解不能の純粋悪だったけれど、実は「悲しみ(マイナー)」。それなら分かりあえる。メイジャーとマイナーには善悪はない。
一方、「病気」には分かりあう余地はない。「病原菌だって生きてるよ」と言われても譲歩する余地はないんです。相利共生とまではいかなくても、せめて無害になってから言ってくれ。
プリキュアさんはこれまでのシリーズでも譲歩はしていない。故に今回の展開は「らしからぬ」衝撃的展開ではない、はず。
ただそうは言ったものの、放送前には私自身も「花寺さんは何か受け入れそうだな」と感じてた。プリキュアさんなのに。
これは「花寺のどか」のキャラクター故だと思う。あの子は歴代プリキュアの中でも、異端なくらいお優しい。
そして「優しい花寺さんだから受け入れるのでは」「受け入れなかった。驚き」は、物凄く危険な先入観だとも思った。無意識の内に優しさにつけこんでいた。
彼女は病気の辛さを何度も語っています。それにも関わらず「優しいから受け入れるのでは」はありえなかった。メタ的に刺された気分。ごめんなさい、花寺さん。
【ループする想い】
今作のテーマは「想いの相互作用」といったことで、ギミックとして「繰り返し」や「学習」を使っているように見えます。
ビョーゲンズは主人公サイドのように学習し、対策を練り、作戦を立て、相互に協力もしています。メガビョーゲンは進化するし、複数出現するし、汚染された地域からは新たな幹部も生まれる。
表面的には、これまでのプリキュアがやってきたことを、敵側にやられている。
映画「ミラクルリープ」も同様です。リフレインが異様に強いのは、繰り返しのリープ毎に対策を立ててくるから。プリキュアサイドが完全に後手後手に回っています。
ではプリキュア側の違いはといえば、「想い」なんじゃないかしら。
初期EDで歌われていたように、あるいはペギタンが語ったように、「分けてもらった勇気を返す」。
ミラクルリープから脱出できたのは、ミラクルンが幾多のループを潜り抜け、ライトを繋いでくれたからだった。
助けたエレメントさんが力になってくれたり、治療を受けた花寺さんの言葉が医師の力になったり。これらは「力を貸して欲しいから助けた」のではない。「助けた」ことが結果的に自分にも返ってきた。
協力はしても上下がはっきりしている競争社会のビョーゲンズや、孤独に戦ったリフレインと違い、プリキュアさんらは周囲と共に回る形のループです。
「巡る」「回る」は、ミラクルリープはもちろんのことEDでの季節や時間変化の描写、またはプリキュアシリーズの代替わり等も想起します。
キュアアースが単体ではいまいち切り札にならなかったのも象徴的。
アースさんは免疫機構そのもので、過去からの学習によって生み出されていますが、それだけではダメだった。他者や様々な経験との触れ合いのような、短絡的には無駄に思えることが大事だった。
逆から見るなら、ダルイゼンが拒絶されたのは、この輪の中に入るのを拒んだから。「ダルイ」ゼンなのが特に効いています。彼は積極的に動こうとせず、気取って距離を置きすぎた。
そして残念ながら、負の影響を繰り返し与えすぎた。結果、ループとして返ってきたのは「拒絶」。テーマに即した、当然の結末だったと思われます。
希望があるとすれば、同じく取り込まれたグワイワルとキングビョーゲンの中で団結し、外のプリキュアさんらと力を合わせて中からも攻撃、打倒とかかしら。共生は無理そうなので住み分けエンドで。
去年のスタプリが最終盤でどんでん返しがあったので、今年も最後まで気になります。一週間後にはこの記事も、見当外れの茶番になってるかもしれない。
【43話追記】
以上、42話時点での感想。43話を見たので少し付け加える。
ネオキングビョーゲン様を倒すにはビョーゲンズの力が必要。
そこでシンドイーネさんの持つメガパーツの奪取を考える…のですが。
この設定なら、普通は「ダルイゼン達と協力する」等のはず。もしくはシンドイーネさんを説得する。
ですが花寺さん達はそれは一切考えない。逃げられぬように押さえつけてまで、必殺技連射で仕留めにかかります。というか2撃目がオアシス指定だったのは、アースさんが押さえるためだったのか…。ラテ様、えぐい。
「病気の情報を逆用する」のはワクチンの発想(病原菌の防御機構を破るという観点では違いますが)。利用はする。しかし協力はない。
もしかしたらこの作戦が失敗し、やっぱりダルイゼンらとの協力展開になるのかもしれませんが、かなり納得感のある「強い」展開だと思う。
【蛇足】
「プリキュアなのに深いテーマ」「昔のプリキュアと違う」みたいなのも見かけたけど、プリキュアさんは昔から「大人にも響く厄介なテーマを、こどもが楽しめる描写でやってくる」のが魅力に思う。
・「オールスターズメモリーズ」の時に書いた各シリーズの感想
これらは私の感想で、全部これが正解だなんて自惚れはしないけれど、小説版プリキュア(特に「スイート」や「スマイル」)や各映画等を見るに、丸っきりの見当違いではないと思いたい。
先日の「グレースさん、ダルイゼンを拒絶」に対して、「プリキュアらしからぬ衝撃展開」のような感想を見かけました。ちょっと意外というか不思議な感じがする。逆にいうなら「プリキュアは優しい。相手を受け入れる」というイメージなんだろうか。
特に昔からのファンにとっては、むしろ「プリキュアは(良からぬ相手からの)話を聞かない」イメージの方が強いように思う。
問答無用で殴りかかってくる、やっぱり肉弾戦か…が定番のツッコミであり、プリキュアさんに対する共通認識だったはず。
直近のプリキュアもこの傾向は維持されてる。
「魔法つかい」さんは「ルールを守る」が大前提にあり、そこを違える相手とは対話をしていない。
「スタプリ」も「アラモード」も、決定的に価値観の異なる相手に譲歩はしない。
分かりあったり受け入れたりは、「相手も実はこちらと同じだった」ような場合です。こちらの考えを根底から変えたり、一方的な不利益を許容はしていない。
たとえば「スイート」でいえば、ノイズを救おうとしたのは彼が「悲しみ(マイナー)」だったから。当初「音のない世界を作る」と主張していたノイズは、全くの理解不能の純粋悪だったけれど、実は「悲しみ(マイナー)」。それなら分かりあえる。メイジャーとマイナーには善悪はない。
一方、「病気」には分かりあう余地はない。「病原菌だって生きてるよ」と言われても譲歩する余地はないんです。相利共生とまではいかなくても、せめて無害になってから言ってくれ。
プリキュアさんはこれまでのシリーズでも譲歩はしていない。故に今回の展開は「らしからぬ」衝撃的展開ではない、はず。
ただそうは言ったものの、放送前には私自身も「花寺さんは何か受け入れそうだな」と感じてた。プリキュアさんなのに。
これは「花寺のどか」のキャラクター故だと思う。あの子は歴代プリキュアの中でも、異端なくらいお優しい。
そして「優しい花寺さんだから受け入れるのでは」「受け入れなかった。驚き」は、物凄く危険な先入観だとも思った。無意識の内に優しさにつけこんでいた。
彼女は病気の辛さを何度も語っています。それにも関わらず「優しいから受け入れるのでは」はありえなかった。メタ的に刺された気分。ごめんなさい、花寺さん。
【ループする想い】
今作のテーマは「想いの相互作用」といったことで、ギミックとして「繰り返し」や「学習」を使っているように見えます。
ビョーゲンズは主人公サイドのように学習し、対策を練り、作戦を立て、相互に協力もしています。メガビョーゲンは進化するし、複数出現するし、汚染された地域からは新たな幹部も生まれる。
表面的には、これまでのプリキュアがやってきたことを、敵側にやられている。
映画「ミラクルリープ」も同様です。リフレインが異様に強いのは、繰り返しのリープ毎に対策を立ててくるから。プリキュアサイドが完全に後手後手に回っています。
ではプリキュア側の違いはといえば、「想い」なんじゃないかしら。
初期EDで歌われていたように、あるいはペギタンが語ったように、「分けてもらった勇気を返す」。
ミラクルリープから脱出できたのは、ミラクルンが幾多のループを潜り抜け、ライトを繋いでくれたからだった。
助けたエレメントさんが力になってくれたり、治療を受けた花寺さんの言葉が医師の力になったり。これらは「力を貸して欲しいから助けた」のではない。「助けた」ことが結果的に自分にも返ってきた。
協力はしても上下がはっきりしている競争社会のビョーゲンズや、孤独に戦ったリフレインと違い、プリキュアさんらは周囲と共に回る形のループです。
「巡る」「回る」は、ミラクルリープはもちろんのことEDでの季節や時間変化の描写、またはプリキュアシリーズの代替わり等も想起します。
キュアアースが単体ではいまいち切り札にならなかったのも象徴的。
アースさんは免疫機構そのもので、過去からの学習によって生み出されていますが、それだけではダメだった。他者や様々な経験との触れ合いのような、短絡的には無駄に思えることが大事だった。
そしてこれらを念頭に「未来に進む」。「ミラクルリープ」で強烈なインパクトを残した挿入歌でも歌われたように、前に進む。
逆から見るなら、ダルイゼンが拒絶されたのは、この輪の中に入るのを拒んだから。「ダルイ」ゼンなのが特に効いています。彼は積極的に動こうとせず、気取って距離を置きすぎた。
そして残念ながら、負の影響を繰り返し与えすぎた。結果、ループとして返ってきたのは「拒絶」。テーマに即した、当然の結末だったと思われます。
希望があるとすれば、同じく取り込まれたグワイワルとキングビョーゲンの中で団結し、外のプリキュアさんらと力を合わせて中からも攻撃、打倒とかかしら。共生は無理そうなので住み分けエンドで。
去年のスタプリが最終盤でどんでん返しがあったので、今年も最後まで気になります。一週間後にはこの記事も、見当外れの茶番になってるかもしれない。
【43話追記】
以上、42話時点での感想。43話を見たので少し付け加える。
ネオキングビョーゲン様を倒すにはビョーゲンズの力が必要。
そこでシンドイーネさんの持つメガパーツの奪取を考える…のですが。
この設定なら、普通は「ダルイゼン達と協力する」等のはず。もしくはシンドイーネさんを説得する。
ですが花寺さん達はそれは一切考えない。逃げられぬように押さえつけてまで、必殺技連射で仕留めにかかります。というか2撃目がオアシス指定だったのは、アースさんが押さえるためだったのか…。ラテ様、えぐい。
「病気の情報を逆用する」のはワクチンの発想(病原菌の防御機構を破るという観点では違いますが)。利用はする。しかし協力はない。
もしかしたらこの作戦が失敗し、やっぱりダルイゼンらとの協力展開になるのかもしれませんが、かなり納得感のある「強い」展開だと思う。
【蛇足】
「プリキュアなのに深いテーマ」「昔のプリキュアと違う」みたいなのも見かけたけど、プリキュアさんは昔から「大人にも響く厄介なテーマを、こどもが楽しめる描写でやってくる」のが魅力に思う。
・「オールスターズメモリーズ」の時に書いた各シリーズの感想
これらは私の感想で、全部これが正解だなんて自惚れはしないけれど、小説版プリキュア(特に「スイート」や「スマイル」)や各映画等を見るに、丸っきりの見当違いではないと思いたい。