京恋し

頑張った時のご褒美は京都。ずっと憧れ。

レモン哀歌

2008-10-05 21:57:15 | 季節のことば
私の大事な、そして大好きな蔵書の一冊に「智恵子抄」がある

        
        「智恵子抄」は1941年(昭和和16年)8月20日に
        龍星閣から第一刷が出版された。
        私の手元にあるこの「智恵子抄」は昭和33年に出された
        五十一刷目の決定保存版である。

        
        朱染特織絹布製で、見返の切り絵は智恵子の作品である。

           
           「ウサギの餅搗き」

        高村光太郎は妻・智恵子が心を病んで入院している時に、
        折り紙を折る事を勧めた。折り紙は智恵子の芸術感性に
        ぴったりはまって、次々と色紙を使って絵を描き始めた。
        勧めた光太郎自身が智恵子の見事な作品に驚いて、紙絵と
        名づけたのである。

        
        「ガラス器の中の野菜」
        紙絵の一枚一枚に光太郎への愛が満ちている。
        たくさんの作品を生み出したが、それは光太郎にしか
        見せなかったという。目に入るものを次々と紙絵にして
        いったのではないだろうか。紙絵で光太郎と会話をして
        いたのだと感じた。

        
        3年ほど前に智恵子の紙絵の作品展を見に行ったことがあった。
        かくもたくさんの作品を残していたことに驚いた。
        この「コーヒー挽きとコーヒー豆」が私は好きだ。
        コーヒーをがりがりと挽いたのは智恵子なのか、香りが
        漂ってくる。3粒のコーヒー豆が可愛い。

 そんなにもあなたはレモンを待ってゐた  
 かなしく白くあかるい死の床で
 わたしの手からとった一つのレモンを
 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
       :
       :          
              「レモン哀歌」高村光太郎 より

 光太郎の持ってきたレモンをトパァズ色の香気をたてて噛んだ智恵子は 
 一瞬正気に戻り、数時間後に静かに息を引き取った。
 1938年(昭和13年)10月5日のことである。レモン忌と呼ばれている。