1年ぶりに娘夫婦が4か月になるJoseph を連れて3人で帰ってくる。
19日に議会が終わり、その夜はミルク工房のプラティーボで忘年会。
20日、21日、22日、23日と公私共々仕事と用事で毎日出かける日々
がつづく。3人を迎えるために家の掃除と寝具の用意、食事の用意も
しなければ。娘は何もしなくてもいいとはいうものの、3人が暮らせる
準備だけはしなければ。
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娘たちの部屋は普段空いているので気が付くと次から次へと1年間分の
荷物の置き場になってしまっていた。それを片付ける(というより私の
部屋に全て移動させる)のがまた大変。さらに冬のこのシーズンは植物の
鉢物がやたらと多いのでそれに占められるスペースも多くてこれもまた大変。
しかも今回は4か月の乳児を連れての帰宅で、そのための準備もある。
さらに心配の種は“花”のこと。30㎏近いラブラドールが同居しているので、
花がJoを見てやきもちを焼くのでは、Jo をおもちゃと勘違いして飛びつき、
じゃれて振り回すのではとJo に近づけるのは要注意で心配でならない。
花は娘たちが帰ってきたので喜んでかなり興奮しているが、いつもと様子が
違うことも感じていることは確かである。
花はJo にしきりに近づきJo の手足や顔をなめたりするので一瞬たりとも
目が離せない。一挙に家族は7人になって賑やかなことこの上なし。
悠々自適の暮らしをしている息子はJo のお世話を良くしてくれるので
大助かりである。
Jo は男の子ながら、とても手のかからない落ち着いた子で、ご機嫌で滅多に
泣いたり、ぐずったりしないので、とても助かる。
家の中が一気に3倍以上の賑やかさになってしまった感じがする。
楽しい分だけ忙しさも倍増している。
19日に議会が終わり、その夜はミルク工房のプラティーボで忘年会。
20日、21日、22日、23日と公私共々仕事と用事で毎日出かける日々
がつづく。3人を迎えるために家の掃除と寝具の用意、食事の用意も
しなければ。娘は何もしなくてもいいとはいうものの、3人が暮らせる
準備だけはしなければ。
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娘たちの部屋は普段空いているので気が付くと次から次へと1年間分の
荷物の置き場になってしまっていた。それを片付ける(というより私の
部屋に全て移動させる)のがまた大変。さらに冬のこのシーズンは植物の
鉢物がやたらと多いのでそれに占められるスペースも多くてこれもまた大変。
しかも今回は4か月の乳児を連れての帰宅で、そのための準備もある。
さらに心配の種は“花”のこと。30㎏近いラブラドールが同居しているので、
花がJoを見てやきもちを焼くのでは、Jo をおもちゃと勘違いして飛びつき、
じゃれて振り回すのではとJo に近づけるのは要注意で心配でならない。
花は娘たちが帰ってきたので喜んでかなり興奮しているが、いつもと様子が
違うことも感じていることは確かである。
花はJo にしきりに近づきJo の手足や顔をなめたりするので一瞬たりとも
目が離せない。一挙に家族は7人になって賑やかなことこの上なし。
悠々自適の暮らしをしている息子はJo のお世話を良くしてくれるので
大助かりである。
Jo は男の子ながら、とても手のかからない落ち着いた子で、ご機嫌で滅多に
泣いたり、ぐずったりしないので、とても助かる。
家の中が一気に3倍以上の賑やかさになってしまった感じがする。
楽しい分だけ忙しさも倍増している。
毎年9月・10月は恒例の行事だけでも忙しいところに、今年は衆議院選挙があり、
また例年にないイベントや会議、講演会がつづき、超多忙な月になりましたが、
その合間を縫って6日間完全privateな休日を取りました。
1日目 昆布駅から東京へ 北海道新幹線は実に快適です。
ベトナム・タイ料理の夕食
生後50日目になりました。とても活発になり、よくお話するようになりました。
イギリス名 Joseph Lee
中国名 李浩徳
日本名 ??? なんと付けようか
2日目 近くにある石神井公園を散歩しました。
公園の周りには豪邸が建ち並んでいます。
公園内の池では鴨や名の知らない水鳥がたくさんいます。
釣り人も多くみられます。
大きな池を挟んで向かい側にはメタセコイアの他にも大きな樹林で
鬱蒼としています。
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ピンクや白、ブルー色の花 立ち葵や芙蓉の花に似ていますが
ちょっと違うようです。
3日目 豊島園へもお散歩コースの距離です。
公園入口のスターバックスでTea Time。
ベビーカーに乗っている可愛いワンちゃんたち
他にも愛犬を赤ちゃん同様におんぶ紐で抱っこしている人、ワンちゃん専用
カーでお散歩をしている人たちがあちこちでみられました。
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近くにある大きなBaby 用品のお店では、抱っこ紐で赤ちゃんを抱っこして
いる若いパパたちの多いこと、抱っこしているママの姿は見当たりません。
日本も専業主夫が多くなってきたのかな~?
ちなみに娘の話ではイギリスでは60%の父親が専業主夫とのことですが?
私がイギリスにいた(1989~1994年)頃でも男性が主夫で妻が仕事をして
いる人を何人かみかけました。妻の方が収入も良いし専門職のようでした。
欧米ではすでにそうした主夫のケースが始まっていました。
問題は二人とも専門職(医師、弁護士、ビジネスマン他)で収入が良い場合
なかなかどちらとも譲れないケースもあるようです。そうした場合はnanny
(住み込みの子守りさん)を雇っています。しかし相当高額になるのであまり
一般的ではないようでした。
4日目 東京都立木場公園で行われた「全国育樹祭」に参加しました。
ご存知ですか? 「東京の森林面積は23区の面積よりも広い?!」こと。
「東京都の面積(2,191㎢の約4割が森林」だそうです。
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子どもから高齢者まで会場には「木」に関心のある人たちで埋め尽く
されました。会場内では「木」の作品展がたくさんあり、1個につき
100円払うと大きいものは畳1枚ほどの本棚やいろいろな椅子、調味料
ラックなど何十種類の作品をその場で作れます。私もいくつか選んで
作ってみましたが持ち帰るのが大変でした。他にもイベントが満載でした。
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S.Tanaka さんと この「全国育樹祭」に誘っていただきました。
ロンドン在住の時、同じ年の娘がおりピアノのレッスンも同じ先生でした。
ピアノのコンクールにもよく一緒でした。その娘さんはその後ニューヨークの
ジュリアード音楽院を出て博士号を取得、今はフリーになってアメリカで
演奏活動をつづけています。
年賀やメール・電話での連絡は取ってきましたが、なかなかお会いする機会が
ありませんでした。 お互いイギリスを始め、アメリカでの思い出話に尽きない
ひと時でした。
5日目 東京は真夏日を思わせるほどの暑さでした。
連日のお出かけで疲れと仕事もあり一日家で過しました。
夕方にはさわやかな秋風がふいて、近くのショッピングセンターへ。
大都会東京の中にもこれだけ閑静で大きな公園が近くにいくつもあり、
歩いて5~6分の所に一流のショッピングセンターが並び、有名な大学
病院を始め、全ての病院が近くにあり、夜間・週末休日診療OK、
日常ないものなしの便利な生活を享受できる東京の暮らし。
そうした生活に慣れてしまうと田舎暮らしは一時の楽しみはあっても
adjustするのはなかなか容易ではないのかもしれません。
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6日目 東京から昆布へ
8時半ごろ家を出て池袋から大宮駅へ。
10時46分大宮発の東北新幹線はやぶさで新函館北斗14時37分着。
駅に降り立った瞬間、その冷やりとした風に“北海道に帰ってきた!」
ことを実感しました。新幹線所要時間は3時間51分 832.2Km
長万部を経由して昆布には17時43分着。Door to door は約9時間でした。
また例年にないイベントや会議、講演会がつづき、超多忙な月になりましたが、
その合間を縫って6日間完全privateな休日を取りました。
1日目 昆布駅から東京へ 北海道新幹線は実に快適です。
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ベトナム・タイ料理の夕食
生後50日目になりました。とても活発になり、よくお話するようになりました。
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イギリス名 Joseph Lee
中国名 李浩徳
日本名 ??? なんと付けようか
2日目 近くにある石神井公園を散歩しました。
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公園の周りには豪邸が建ち並んでいます。
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公園内の池では鴨や名の知らない水鳥がたくさんいます。
釣り人も多くみられます。
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大きな池を挟んで向かい側にはメタセコイアの他にも大きな樹林で
鬱蒼としています。
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ピンクや白、ブルー色の花 立ち葵や芙蓉の花に似ていますが
ちょっと違うようです。
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3日目 豊島園へもお散歩コースの距離です。
公園入口のスターバックスでTea Time。
ベビーカーに乗っている可愛いワンちゃんたち
他にも愛犬を赤ちゃん同様におんぶ紐で抱っこしている人、ワンちゃん専用
カーでお散歩をしている人たちがあちこちでみられました。

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近くにある大きなBaby 用品のお店では、抱っこ紐で赤ちゃんを抱っこして
いる若いパパたちの多いこと、抱っこしているママの姿は見当たりません。
日本も専業主夫が多くなってきたのかな~?
ちなみに娘の話ではイギリスでは60%の父親が専業主夫とのことですが?
私がイギリスにいた(1989~1994年)頃でも男性が主夫で妻が仕事をして
いる人を何人かみかけました。妻の方が収入も良いし専門職のようでした。
欧米ではすでにそうした主夫のケースが始まっていました。
問題は二人とも専門職(医師、弁護士、ビジネスマン他)で収入が良い場合
なかなかどちらとも譲れないケースもあるようです。そうした場合はnanny
(住み込みの子守りさん)を雇っています。しかし相当高額になるのであまり
一般的ではないようでした。
4日目 東京都立木場公園で行われた「全国育樹祭」に参加しました。
ご存知ですか? 「東京の森林面積は23区の面積よりも広い?!」こと。
「東京都の面積(2,191㎢の約4割が森林」だそうです。
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子どもから高齢者まで会場には「木」に関心のある人たちで埋め尽く
されました。会場内では「木」の作品展がたくさんあり、1個につき
100円払うと大きいものは畳1枚ほどの本棚やいろいろな椅子、調味料
ラックなど何十種類の作品をその場で作れます。私もいくつか選んで
作ってみましたが持ち帰るのが大変でした。他にもイベントが満載でした。
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S.Tanaka さんと この「全国育樹祭」に誘っていただきました。
ロンドン在住の時、同じ年の娘がおりピアノのレッスンも同じ先生でした。
ピアノのコンクールにもよく一緒でした。その娘さんはその後ニューヨークの
ジュリアード音楽院を出て博士号を取得、今はフリーになってアメリカで
演奏活動をつづけています。
年賀やメール・電話での連絡は取ってきましたが、なかなかお会いする機会が
ありませんでした。 お互いイギリスを始め、アメリカでの思い出話に尽きない
ひと時でした。
5日目 東京は真夏日を思わせるほどの暑さでした。
連日のお出かけで疲れと仕事もあり一日家で過しました。
夕方にはさわやかな秋風がふいて、近くのショッピングセンターへ。
大都会東京の中にもこれだけ閑静で大きな公園が近くにいくつもあり、
歩いて5~6分の所に一流のショッピングセンターが並び、有名な大学
病院を始め、全ての病院が近くにあり、夜間・週末休日診療OK、
日常ないものなしの便利な生活を享受できる東京の暮らし。
そうした生活に慣れてしまうと田舎暮らしは一時の楽しみはあっても
adjustするのはなかなか容易ではないのかもしれません。
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6日目 東京から昆布へ
8時半ごろ家を出て池袋から大宮駅へ。
10時46分大宮発の東北新幹線はやぶさで新函館北斗14時37分着。
駅に降り立った瞬間、その冷やりとした風に“北海道に帰ってきた!」
ことを実感しました。新幹線所要時間は3時間51分 832.2Km
長万部を経由して昆布には17時43分着。Door to door は約9時間でした。
私の昔からの友人であり、大変尊敬している黒岩秩子さん、現在も大活躍
しています。その彼女の息子さんの黒岩揺光さんの手記を紹介します。
私は大変感動しました。
少し長文になりますが、お時間のある方はお読みください。
人に助けを求めることは、その人に迷惑をかけることではなく、幸せを与える行為です
投稿日: 2016年12月14日 10時16分
過労、介護、育児、いじめ、災害、失業。様々な理由で自らの命を絶つ人をメディアが
取り上げる際、よく「見過ごされたSOSのサイン」という見出しの記事を見かける。
一方、どうやって見過ごされないSOSを出せばいいのか、書かれたものは少ない。
私は、中東ヨルダンで妻を亡くした。9月6日に長男の千汪(せお)が生まれ、その翌日、
大量出血で亡くなった。計り知れない精神的ダメージを被りながら、私は、3500グラム
の新たな生命の存続を託された。
当初、妻の母乳に頼るつもりだったため、粉ミルクの作り方すら知らなかった。
まず、生後5ヶ月の赤ちゃんがいるイギリス人の友人夫婦に電話をかけ、そこに泊めてもらい、
要らなくなった赤ちゃんグッズをもらい、粉ミルクの作り方などを教えてもらった。そして、
小さな子どもがいる日本人の友人に電話をし、「私のアパートに行って、赤ちゃんグッズがすべて
あるのか確認し、ないものをすべて買い揃えてもらえませんか?」とお願いをした。
そしたら、その友人が「わかった。ありがとう」と言ったのだ。私は一瞬、自分の耳を疑った。
なぜ、頼みごとをしている私が感謝されるのだろう。
次の日、日本から母と姉がやってきた。無論、千汪がいるため、私は空港へ迎えに行くことはできない。
別の日本の友人にお願いしたら、再び、「ありがとうございます!嬉しいです!」と言うのだ。
私は迷惑をかけているはずなのに、なぜ感謝されなければならないのだろう。その友人に聞くと、
「こういう時って、どう声をかけたらいいのかもわからないじゃないですか。
でも、何か役に立ちたい。だけどどうしたらいいのかわからない。
そんな時に具体的なお願いされたから、『ああ、今、黒岩さんはこういう支援が必要なんだ』
ってわかって、嬉しかったです」と言う。
「迷惑をかけるな」「他人様の時間を無駄にするな」そういう考えに縛られてきた社会で育った
私にとって人に助けを求めることが、喜びを与える行為になりうるということが、とても新鮮だった。
妻は国連職員で、妻の配偶者としてヨルダンにいた私は、新潟の実家へ戻ることにした。
しかし、妻の葬儀や引越しの準備や病院とのやり取りなどのため、1ヶ月以上、ヨルダンで千汪と過ご
さなければならなかった。新生児を抱えながら、様々な諸手続きを1人ですべてやることは、
精神的にも肉体的にも不可能だ。
私はフェースブックで呼びかけた。「私が日本へ発つまでの間、どなたか、ヨルダンに来て、
住み込みで育児支援をしていただけませんか?ベビーシッターを雇うより、私の友人に世話してもらったほうが、
妻も喜ぶと思います」。そしたら、数日以内に、10人もの友人から承諾を得た。
9月16-23日にアメリカから、23-27日にスイスから、27日ー10月2日にオランダから、
2日ー8日にタイから、8日-11日にフランスから、11日ー18日にアゼルバイジャンから、
18-23日にインドネシアから、それぞれリレー方式で友人が住み込み、育児と家事を手伝ってくれた。
そして、彼らは口を揃えてこういった。「ここに来れて幸せ」と。
最も印象的だったのは、友人の一人が言ったこと「ヨルダンでの葬儀に行くことも考えたけど、
葬儀でヨーコーと話す時間なんてないだろ。だったら、自分たちが一番必要とされている時に
ヨルダンに行こうと思った」。
ヨルダンにいる友人からも「何かできないか」とメッセージをたくさん頂き、私は「時間があれば、
レストランから料理をテイクアウトして家に持って来て、私と一緒に食べてください」とお願いした。
そしたら、毎晩のように、誰かが料理をもって来てくれた。そのうち、私とテニスをしてくれる友人や、
ボードゲームをしてくれる友人、要らなくなった家具を売りさばく友人などが現れ、支援の輪が広がっていった。
妻が亡くなって3ヶ月たつが、まだ一晩も、一つ屋根の下で千汪と2人だけで過ごしたことはない。
いまだに、一人で車を運転中に突然、涙が吹き出てきたりするが、ほとんどの時間、誰かが傍にいてくれる
おかげで、何とか持ち直すことができている。ヨルダンから日本へ飛ぶ時も、母と友人が付き添ってくれ、
千汪も私も、これまで一度も体調を崩していない。
「これだけ多くの人がヨルダンに来たのは、2人の人柄あってのことだよ」とたくさんの人から言われた。
確かにそれも一因なのかもしれないが、私は、もっと大事な要素が二つあると思う。
第一に、人間関係の濃密度や人柄とは全く別の次元で、人間の情は突き動かされることがある。
実際、駆けつけてくれた友人の中には、プライベートで数回お会いしただけの友人もいた。
「私も出産のとき、大変な想いをしたから、どうしても何かしたかった」と、生後10ヶ月の息子を
アゼルバイジャンに残し、ヨルダンに来てくれた友人は言った。
第二に、私が明確なSOSを発信したことだ。いくら私たちの人柄が良くても、私がどんな支援を必要と
しているのか伝えない限り、助けを得ることは難しい。だから、皆さんにお伝えしたい。困った時、
「私を助けてくれる友人などいない」と決め付けず、「こうしてほしい」という具体的なSOSを出し
続けてください。たった1度しかお会いしていない方が、あなたのメッセージに突き動かされ、
救世主となって現れる可能性は十分にある。もちろん、中には「そんなことくらい自分でやれよ」
と冷ややかな目を向ける人もいるかもしれないけど、100人に発信して1人でも助けの手を差し伸べて
くれるなら、それはあなたにとってだけでなく、相手にとっても、とても大きな財産になりうる。
多くの人がSOSを出せない中、なぜ私は出せたのか。
それは千汪がいてくれたということに尽きる。
彼を守るためには、どうすれば良いのかを第一に考え、そのためには、まず自分が健康でなくては
いけないと言い聞かせた。妻が命をかけて残してくれた最高のプレゼントのおかげで、
人生最大の危機を私は生き延びることができた。妻から学ばせてもらったことを、
一人でも多くの人に伝え続け、天国にいる妻を少しでも喜ばすことができたらと思う。
しています。その彼女の息子さんの黒岩揺光さんの手記を紹介します。
私は大変感動しました。
少し長文になりますが、お時間のある方はお読みください。
人に助けを求めることは、その人に迷惑をかけることではなく、幸せを与える行為です
投稿日: 2016年12月14日 10時16分
過労、介護、育児、いじめ、災害、失業。様々な理由で自らの命を絶つ人をメディアが
取り上げる際、よく「見過ごされたSOSのサイン」という見出しの記事を見かける。
一方、どうやって見過ごされないSOSを出せばいいのか、書かれたものは少ない。
私は、中東ヨルダンで妻を亡くした。9月6日に長男の千汪(せお)が生まれ、その翌日、
大量出血で亡くなった。計り知れない精神的ダメージを被りながら、私は、3500グラム
の新たな生命の存続を託された。
当初、妻の母乳に頼るつもりだったため、粉ミルクの作り方すら知らなかった。
まず、生後5ヶ月の赤ちゃんがいるイギリス人の友人夫婦に電話をかけ、そこに泊めてもらい、
要らなくなった赤ちゃんグッズをもらい、粉ミルクの作り方などを教えてもらった。そして、
小さな子どもがいる日本人の友人に電話をし、「私のアパートに行って、赤ちゃんグッズがすべて
あるのか確認し、ないものをすべて買い揃えてもらえませんか?」とお願いをした。
そしたら、その友人が「わかった。ありがとう」と言ったのだ。私は一瞬、自分の耳を疑った。
なぜ、頼みごとをしている私が感謝されるのだろう。
次の日、日本から母と姉がやってきた。無論、千汪がいるため、私は空港へ迎えに行くことはできない。
別の日本の友人にお願いしたら、再び、「ありがとうございます!嬉しいです!」と言うのだ。
私は迷惑をかけているはずなのに、なぜ感謝されなければならないのだろう。その友人に聞くと、
「こういう時って、どう声をかけたらいいのかもわからないじゃないですか。
でも、何か役に立ちたい。だけどどうしたらいいのかわからない。
そんな時に具体的なお願いされたから、『ああ、今、黒岩さんはこういう支援が必要なんだ』
ってわかって、嬉しかったです」と言う。
「迷惑をかけるな」「他人様の時間を無駄にするな」そういう考えに縛られてきた社会で育った
私にとって人に助けを求めることが、喜びを与える行為になりうるということが、とても新鮮だった。
妻は国連職員で、妻の配偶者としてヨルダンにいた私は、新潟の実家へ戻ることにした。
しかし、妻の葬儀や引越しの準備や病院とのやり取りなどのため、1ヶ月以上、ヨルダンで千汪と過ご
さなければならなかった。新生児を抱えながら、様々な諸手続きを1人ですべてやることは、
精神的にも肉体的にも不可能だ。
私はフェースブックで呼びかけた。「私が日本へ発つまでの間、どなたか、ヨルダンに来て、
住み込みで育児支援をしていただけませんか?ベビーシッターを雇うより、私の友人に世話してもらったほうが、
妻も喜ぶと思います」。そしたら、数日以内に、10人もの友人から承諾を得た。
9月16-23日にアメリカから、23-27日にスイスから、27日ー10月2日にオランダから、
2日ー8日にタイから、8日-11日にフランスから、11日ー18日にアゼルバイジャンから、
18-23日にインドネシアから、それぞれリレー方式で友人が住み込み、育児と家事を手伝ってくれた。
そして、彼らは口を揃えてこういった。「ここに来れて幸せ」と。
最も印象的だったのは、友人の一人が言ったこと「ヨルダンでの葬儀に行くことも考えたけど、
葬儀でヨーコーと話す時間なんてないだろ。だったら、自分たちが一番必要とされている時に
ヨルダンに行こうと思った」。
ヨルダンにいる友人からも「何かできないか」とメッセージをたくさん頂き、私は「時間があれば、
レストランから料理をテイクアウトして家に持って来て、私と一緒に食べてください」とお願いした。
そしたら、毎晩のように、誰かが料理をもって来てくれた。そのうち、私とテニスをしてくれる友人や、
ボードゲームをしてくれる友人、要らなくなった家具を売りさばく友人などが現れ、支援の輪が広がっていった。
妻が亡くなって3ヶ月たつが、まだ一晩も、一つ屋根の下で千汪と2人だけで過ごしたことはない。
いまだに、一人で車を運転中に突然、涙が吹き出てきたりするが、ほとんどの時間、誰かが傍にいてくれる
おかげで、何とか持ち直すことができている。ヨルダンから日本へ飛ぶ時も、母と友人が付き添ってくれ、
千汪も私も、これまで一度も体調を崩していない。
「これだけ多くの人がヨルダンに来たのは、2人の人柄あってのことだよ」とたくさんの人から言われた。
確かにそれも一因なのかもしれないが、私は、もっと大事な要素が二つあると思う。
第一に、人間関係の濃密度や人柄とは全く別の次元で、人間の情は突き動かされることがある。
実際、駆けつけてくれた友人の中には、プライベートで数回お会いしただけの友人もいた。
「私も出産のとき、大変な想いをしたから、どうしても何かしたかった」と、生後10ヶ月の息子を
アゼルバイジャンに残し、ヨルダンに来てくれた友人は言った。
第二に、私が明確なSOSを発信したことだ。いくら私たちの人柄が良くても、私がどんな支援を必要と
しているのか伝えない限り、助けを得ることは難しい。だから、皆さんにお伝えしたい。困った時、
「私を助けてくれる友人などいない」と決め付けず、「こうしてほしい」という具体的なSOSを出し
続けてください。たった1度しかお会いしていない方が、あなたのメッセージに突き動かされ、
救世主となって現れる可能性は十分にある。もちろん、中には「そんなことくらい自分でやれよ」
と冷ややかな目を向ける人もいるかもしれないけど、100人に発信して1人でも助けの手を差し伸べて
くれるなら、それはあなたにとってだけでなく、相手にとっても、とても大きな財産になりうる。
多くの人がSOSを出せない中、なぜ私は出せたのか。
それは千汪がいてくれたということに尽きる。
彼を守るためには、どうすれば良いのかを第一に考え、そのためには、まず自分が健康でなくては
いけないと言い聞かせた。妻が命をかけて残してくれた最高のプレゼントのおかげで、
人生最大の危機を私は生き延びることができた。妻から学ばせてもらったことを、
一人でも多くの人に伝え続け、天国にいる妻を少しでも喜ばすことができたらと思う。