落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『夜の糸ぐるま』(10)

2012-04-28 23:58:04 | 現代小説
短編『夜の糸ぐるま』(10)
「広瀬川河畔」


(前橋の市内を流れる、広瀬川です)



 康平の店が有る呑竜仲店のアーケードから、市内を流れる広瀬川までは、
路地をゆっくりと抜けていっても、5分とかかりません
広瀬川は、前橋市のシンボルと呼べる美しい河川で、
街の真ん中を流れる、整備が行き届いた河川緑地です。
遊歩道に沿って、ツツジや柳がどこまでも続き、水量は常に豊かに流れます。
「水と緑と詩のまちの前橋」を象徴する景色が、いたるところに点在をします。



 ほとりには、「萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち前橋文学館」や
「広瀬川美術館」、萩原朔太郎や伊藤信吉らの詩人の詩碑なども、
多数が点在をしていて、川に沿いながら文学と芸術の散策を楽しむことができます。



 「私は、真冬の8万球のイルミネーションが、大好き」


 一歩先にお店を出て、広瀬川のほとりを歩き始めたあゆみが、
独り言を、ぽつりとつぶやいています。
前橋市の冬の風物詩、広瀬川河畔を彩るイルミネーションは、
諏訪橋から比刀根橋までの620mにわたって、8万球の灯りが幻想的に点灯します。




 「俺もイルミネーションは好きだが、
 一人で歩いて失敗をした。
 どこを見ても、アツアツのカップルばかりで、目のやり場に困った・・・・
 やはりロマンチックなものは、女性と二人に限る」



 後から追いついてきた康平が、厚手のコートをあゆみに羽織らせながら、
そんな去年のにがいイルミネーションの経験を、ぽろりと口走ります。
『じゃあ、今年は誘ってくださる?』、そんな目つきで、あゆみが見上げてきました。
アッと気がついたあゆみが、頬を赤らめそんな自分の気持ちに、
あわてて訂正をくわえています。



(何言ってんの、妊婦のくせに。順調に育てば、生まれてくるのはその頃だ。
 馬っ鹿みたい、あたしったら。何考えているんだろう)



 「そうだろうな。
 生まれてくるとしたら、その頃だ。
 上手くいったら、3人で歩けるかな。そのイルミネーション」

 立ち止まって煙草に火をつけた康平が、川面を見つめたまま、
ごく普通の様子で言い放ちます。
「別に他意は、無いさ」向き直った康平が、無邪気な笑顔を見せています。



 「どうせ、その頃になっても、俺はひとりだし、
 君も実家が前橋だから、どうせこっちに戻ってきているような気がしただけだ。
 年内が無理でも、年明けだってイルミネーションは、点いている。
 歩いてみたいなぁ、君と3人で」


 「私が、すっかり、もう産むと決めているような口ぶりね。
 どこから来るの、そのあなたの自信は。
 私はまだ、何も決めていないし、考えても居ないわよ。
 ただ、そう言う事実が、今日になってから判明したと言う事実が有るだけだわ。
 そりゃあ、私も・・・・」



 と言いかけた処で、あゆみが口をつぐんでしまいます。
よく考えてみれば、昨日から今日にかけての連続した負の出来事が続く中で、
まだ冷静になっていない自分がいることに、初めて気がつきました。


 (昨日は、あいつが出て行って、それっきりのまま、
 頭の中は錯綜したままだ・・・・
 今日は、もしやと思って検診を受けた病院で、
 懐妊の事実だけがはっきりとした。
 なのに私はいまだ、なにひとつ冷静になって物事を考えて、
 次にするべきことも、はっきり決めても居ないし、何一つ考えてもいない状態だ。
 このままで、明日からの私は、いったいどうなるのだろう・・・・
 どうなっちゃうのだろうか・・・)



 あゆみが、暗い川面をみつめたまま立ち止まってしまいました。
煙草の煙が、あゆみへ届くのを気にしているのか、さっきから康平は、
常に5~6歩ほどの間隔を保ったまま、静かに後ろから歩いています。
立ち止まってしまったあゆみの様子に気がつくと、康平も
その場で歩みを止めてしまいました。


11へつづく




・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/ 



『夜の糸ぐるま』(9)

2012-04-28 07:25:33 | 現代小説
短編『夜の糸ぐるま』(9)
「男もいろいろ、女もいろいろ」


(日本で最初の富岡製糸場の内部です)


  
 「それって、島倉千代子の歌でしょう。
 男もいろいろ、女もいろいろ~♪って、聞いたことあるもの」


 貞園が、大きな目をクリクリさせながら、酔った勢いのままあゆみの顔を覗きこんでいます。
うふふ、と笑いながらあゆみも頬を染めたまま、それを出迎えています。



 「だから人生、いろいろなのよ。
 女だってピンからキリで、いろいろとあるわ。
 座繰り糸作家の東さんは真面目だけど、わたしだって
 それに負けないくらい仕事には、真面目に取り組みました。
 でもね、真面目にも、いろいろと種類というものがあるの。
 私の場合は、恋する気持ちが強すぎて、殿方に対して気持ちがスト―レート過ぎるのよ。
 ただそれだけの違いだわ」



 「要するにあゆみさんは、きわめて敏感でスケベ。だったわけ?」


 「貞園ちゃん。ものの言い方には神経を使って頂戴。
 恋多き女と、言ってほしいわね。
 実際あたしって、すぐにのぼせあがるし、惚れやすい性質なの。
 そのくせ、男運はすこぶる悪いのよ。あとになってから、いつでも決まって、
 酷い目に会うもの・・・・」


 「それでも懲りずに、また別の男に惚れるわけでしょう?
 見境もなく、あゆみさんは」


 「お前さんたちは、酔っ払い過ぎだ」




 カウンター越しに康平がたしなめています。
「あら、マスターの機嫌を損ねちゃった・・・・そろそろ帰ろうか?」
あゆみが、ふらりと立ち上がります。
後方へバランスを崩しかけたあゆみを、貞園がいち早く手を伸ばして支えました。


 「ほらほら、大事な身体じゃないの。気をつけて」

 「そうだった・・・・。
 降ってわいたような事実だもの。まだ実感が無くて、母親の自覚がないんだ、あたし。
 ありがとう貞園ちゃん。もう大丈夫」


 「最初はそうだわよ、誰だって。
 お腹の中で育つうちに実感をするんだもの、今は無理だわ」

 「あら、経験者みたいな口ぶりだわね。貞園ちゃん・・・・」


 「女にも色々あるけど、愛人の暮らし方にだって、色々とある。
 産めるわけがないじゃないの。
 愛人なんかをやっている、私の立場で。
 そう言う意味では・・・・、わたしはそちらのほうで前科一犯の、バツいちだ。
 もう、随分と前の、とっておきの内緒話なんだけど。さ」



 「内緒にしておけばいいのに。なんでわざわざ暴露なんかするの」



 「あゆみさんには、なにがあっても産んでほしいからよ。
 どういう事情であれ、お腹の赤ちゃんを始末するのは、女の本能と良心が
 後になってから、つくづくと痛みます。
 あたしだって、それくらいのことは解ります・・・・
 わたしもマスターほどではないけれど、あゆみさんのファンの一人です。
 応援は、いつでもするわ。
 ・・・・じゃあね、お二人さん。私はお先に失礼します。
 いつまでも居ると、お二人には邪魔だろうし、帰れと言われる前に、
 自分から退散をします。
 といっても、暇な身だから、もう一軒寄ってからですけど。
 じゃあね、お二人さん。
 後は二人で、しんみりとやって頂戴。
 ご馳走さま、マスター。またね、あゆみさん」



 よろめきながら立ちあがった貞園が、戸口で一度、立ち止まります。
軽く二人に向かって手を振ります。
建てつけが悪いはずのガラス戸は、苦もなくするりと開いて、
貞園が路地道へ先へ消えていきます。



 「呑むかい? もう少し・・・・」



 「どうしょうかな。
 充分に呑んだ気もするし、その割にあまり酔ってないし・・・・
 これ以上呑んでも、無駄なのかな、今日は。
 ねぇ。すこし夜道を歩こうか・・・・付き合ってくださる?」


 10へつづく


 




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デジブック 『桜とチューリップ』

2012-04-28 07:14:40 | 現代小説


デジブック 『桜とチューリップ』



 おはようございます。
デジブックと連携していることを初めて知りました。
撮りためたものから、順次アップをしたいと思います。

 まずは、桜とチューリップと子供たちで溢れている吾妻公園を紹介します。

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