落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第8話

2013-03-15 05:16:59 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第8話
「負の連鎖」




 「茂伯父さんが上京をして、臨時工として日野自動車に勤め始めたのは
 俺が、4つか5つくらいの頃で、今から20年以上も前の話だ。
 そこでいくらか自動車部品の仕事を覚えた伯父さんは、
 その後、車関係の小さな町工場へ就職をした。
 その当時は、物つくりをする町工場がたくさんあり、
 下町とは言え、そんな工場が密集していて、その辺りはたいへん活気が有ったようだ。
 そこで伯父さんの、アパート暮らしが始まった
 とりあえず落ち着いて、食うぐらいはなんとかなるという生活が始まったわけだ。
 その半年くらい後になってから秋田の実家では次なる騒動が始まった。
 俺のお袋の綾子が、俺たちを実家に残したまま、再婚をさせられた。
 子連れではなにかとたいへんだろうと言うことで、
 俺たちは実家に置かれたまま、お袋は一人で、新しい男の処へ嫁いでいった・・・・
 田舎では、良くある話の一つだ。
 しかし不幸なことに、相手の男は、あまり仕事が好きではなかった。
 何処へ勤めても長続きをしなかったが、その割に実によく遊んだ。
 昼間はパチンコ三昧で、夜になると呑んだくれるという日々が続いていたようだ。
 家でも建てれば真面目に稼ぐだろうと言うことで、
 当時で2000万くらいの建売住宅を、祖父たちが保証人になって購入をさせた。
 わずかな頭金だけをいれてローンを組めば、建売住宅とはいえ、
 相当額の借金を抱えこむことになる。
 借金に追われるようになった男は、たしかに1年くらいは真面目に働いた。
 その間に、妹と弟も生まれたために、俺たちは4人兄弟になった。
 まだ相手の男もまめに実家に遊びきていたころで、
 離れて住んでいるとは言え、とりあえず、
 4人兄弟が一同に集まると言う日も、けっこうあった。
 すべてがこれでなんとなくだが、上手くいくようにもと思えた・・・・
 実の子供ともあまり差別もしないで、男は4人全部を、同じように
 遊んでくれたが平穏な生活も、実は、ここまでだった」



 金髪の英治が、ごくりと喉を鳴らしてビールを飲み干しました。
頬杖をついた形のままの響が、置かれたコップになみなみとビールを注ぎます。


 「あまり、呑ませないでくれ・・・・
 実は、酒に弱いんだ。
 付き合いで呑むが、せいぜいビール3杯が限度だ。
 それ以上呑むと酔っ払う癖がある。俺の人格までいっぺんに変っちまう」



 「どうなんのさ・・・・」

 「スケベになる」


 「ばか~、。
 そんなの当たり前の話じゃないの。
 つまんない冗談はいいから、その先はどうなったののさ」



 根が怠け者のこの男は、ふたたび仕事を辞めてしまうと遊び三昧の日々がはじまった。
しかしこうした事態をより深刻化にしてしまったのは、妻の綾子でした。
遊び呆ける亭主をたしなめるどころか、逆に二人揃って、
この頃からろくに仕事もせずに昼夜なく、遊び始めてしまいます。
当然のこととして住宅ローンは滞り、家計も回らなくなり、急場をしのいで
消費者金融などを回りながら、次々と、遊ぶための借金を重ねるようになります。
身内が気がついた時には、すでに積もり積もった借金は、雪だるま式に膨れ上がり、
すでに手に負えないほどの金額になっていました。

 親戚中が集まり、その対策を協議しようとしていた矢先に、
この男と綾子は、4人の子供を置いたまま、いずこともなく姿を消してしまいます。
すぐに戻ってくるだろうと、祖父たちは事態を静観しましたが、
当の二人はひと月がたち、ふた月が経過をしても帰ってくる気配などは
一向にありません・・・・



 「それって、何。
 あなたたち4人は、親に捨てられたと言う意味なの?
 だってその当時なら、下の子は1歳か2歳になったばかりじゃないの。
 親じゃないでしょ、そんなのは」


 「それでも俺たちにしてみれば、親だよ。一応。
 二人して帰ってこないということになると、問題は俺たちの処遇だった。
 一時は、親戚でも面倒を見切れないから、施設へ預けようと言う結論になった。
 ところが有る程度の収入がある祖父たちがいるために、
 それも簡単にはすすまなかった。
 結局、中途半端なままに話が終わり、とりあえずということで、
 俺たちは、祖父の実家に4人まとめて引き取られることになった。
 だが、購入したばかりの建て売り住宅の借金がそのまま残ったいたために、
 4人の子供まで抱え込んだ瞬間から、今度は
 実家の家計のほうが、あっというまに火の車になっちまった」


 「当然そうなるわね。
 で、どうなったのさ、その後。
 ある意味、泥沼状態だけが続いている絶対的なピンチだわ。
 なにか救済策があったわけ?」


 「実家のピンチ状態を救ってくれたのが、茂伯父さんだ。
 だが、ある意味でそれは、お互いの解決策を先延ばしにしたために、
 誰も助からない状態が続く羽目になっちまった。
 いわゆる、負の連鎖っていうやつを、生みだしちまった」


 「・・・・負の連鎖?」



 響が目を丸くしながらも、耳を傾けています。
空になったコップにビールを注ぎながら、何杯目かを確認しています。
(たぶん、これが英治の言う問題の3杯目だな・・・・
 本人が酔いやすいと言っているのだから、一応の用心はしておかないと・・・・)



 話を聞いた茂が今後の対策の相談のために、秋田へやってきました。
埒(らち)のあかない親戚一同の会議の末に、しびれを切らした茂が、
ついに、前代未聞の大英断を下してしまいます。



 「分かった。
 子供4人を置いて、無責任に逃げ出した綾子も相手の男はもう一切探すな。
 今後の責任は俺がすべてとるから、子供4人は実家に置いておけ。
 養育にかかる費用は、俺が東京から全額分の仕送りをする。
 そういうことで今回は片付けるから、この話はもう、これで終わりにしろ。
 いいか、逃げ出した綾子と相手の男は、二度とこの家に入れるな。
 そのかわり金は責任をもって毎月きちんと、俺が用立てる・・・・」



 (突拍子もないことを言い出す伯父さんだ・・・・正気の判断とは思えない。)
聞いていた響も、この結論には思わず呆れてしまいます。
「お前、とんでもない事を言いだす、呆れた伯父さんだと、今思っただろう?」
金髪の英治が顔を寄せ、響の呆れかえっている瞳を覗き込みます。



 「そういう世間では信じられない事態が、実際にはじまったんだ。
 東京に戻った伯父さんは、その月から、きちんと育児費用を実家に振り込み始めた。
 まあ最初のうちは、祖父も運転手で働いていたし、
 伯父さんも、月の給料のうちの半分ほどを送れば間にあっていたようだ。
 だが、住宅の借金を支払い、段々と成長する4人の子供たちのために、
 年とともに、やたらと費用も膨れ上がり、大金がかかるようにもなってくる。
 だが言いだした手前、伯父さんは歯を食いしばって送金を続けぬいた。
 後から聞いた話だが、仕事が暇になって手取りの収入が減った時には
 アルバイトをいくつもこなしてまで、送金をする金をつくっていたそうだ。
 本人は、アポート代と、ごく限られた食糧費だけで、
 なんと20年たった今でも、こつこつと送金は続いている」



 「信じらんない・・・・」


 「だがそれも、5年くらい前から、何やら様子がおかしくなりはじめてきた。
 金額はちゃんと届くのだが、発送先が転々としはじめたんだ。
 いままで東京から送られてきた金が、半年ずつくらいで地方の
 いろいろな場所を転々としながら、振り込まれるようになってきた。
 ちょうどその頃に、俺も高校を終えた。
 働けるようになったので、まずは東京の伯父さんのアパートを訪ねてみた。
 しかし既に遅く、伯父さんはその住所には住んでいなかった。
 伯父さんが長年務めていた町工場も、俺が行く2年前にすでに倒産をしていて
 そこは、ただの廃墟に変わっていた。
 仕事を失った伯父さんは、どうやら、
 手っとり早く大金が稼げると言う原発の仕事についたようだ。
 それでその後も、あちこちの原発を転々としながら、稼いだ金が送ってきた。
 ようやく福島方面にいると解ったが、2年ほど前のことだ。
 しかし俺が伯父さんを訪ねる前に、あの3.11の大震災が来た。
 その後一時、送金が途絶えたが、また最近になってそれも復活をした。
 何とか探し出そうと思っているんだが、
 現金書留で送ってくるために、いまひとつ正確な居場所がつかめない。
 たぶん、元気で居てくれるとは思うのだが・・・・」



 そこまで言い終えた英治が、コップを握ったまま、
がっくりとうなだれ、そのままテーブルに突っ伏してしまいました。
本人が言うように、全身に酔いが回ってしまったようです。


(え、嘘!。英治が3杯目で、本当にダウン・・・・どうなってんの、こいつ)
響が、今まで以上に、呆気にとられています。


(9)へ、つづく




 
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