落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (26)バレンタインデーの朝

2014-06-18 09:50:10 | 現代小説
東京電力集金人 (26)バレンタインデーの朝




 2014年2月14日。バレンタインデーの朝がやって来た。
気象庁は、14日(金)から16日(日)にかけ、日本の南海上を強い勢力をもった
南岸低気圧が、さらに発達をしながら北上する見込みだと発表した。

 進路にあたる四国から北海道にかけてまでの広い地域で、雪や雨と風が一段と強まり、
大荒れの天気になる恐れがあると解説をした。
特に、太平洋側の北海道や東北ではまとまった雪となり、四国から東海・北陸にかけても
標高の高い地域では大雪となる恐れがあり、さらなる注意が必要だと呼びかけた。 
 
 首都圏でも降り始めは、雪となると言い切った。
14日(金)の夕方から雪が降ると予想し、間違いなく雪のバレンタインデーになると宣言した。
雪は15日(土)未明から次第に雨に変わるが、気温が低い場合は雨に変わらず、
雪が降り続き、降雪量が多くなる恐れがあると、さらに解説を付け加えた。
だが先週8日(土)ほどの大雪にはならないだろうと、あえてコメントを追加した。


 発達した低気圧は東日本で、大雨や暴風を長引かせることになるだろうと、特徴づけた。
降水量が非常に多くなり、四国から東海にかけての太平洋一帯の地域を中心に、
特に、大雨に警戒してくださいと呼びかけた。
低気圧の発達に伴い沿岸部を中心に風が急速に強まり、台風並みの暴風となる恐れも
あると、あえてコメントした。
ものが飛ばされるなどの危険な状態になるために、不要な外出は避け、
進路にあたる北海道や東北では暴風雪になる恐れもあるため、吹雪による交通障害に、
くれぐれも注意しろと、特に呼びかけた。

 
 8日(土)~9日(日)にかけて、発達した南岸低気圧が日本列島を通過したばかりだ。
南岸低気圧は、首都圏や東北南部で記録的な大雪を降らせた。
東京の都心では13年ぶりに大雪警報が発表され、45年ぶりという27cmの積雪を観測した。
千葉では観測史上1位の33cm。仙台では78年ぶりの35cmなど、首都圏や東北南部の
太平洋側の各地で、数十年ぶりになる大雪を記録した。

 今回もただ事では済まないだろうという所長の判断で、急きょ朝の会合がひらかれた。
会議室に集められた集金人、検針員たちを前に、所長の異例の訓示がはじまった。


 「先週も大雪が降ったばかりだが、今週も、さらに同じように続けて降るという。
 本日の夕方あたりから雪が降り始めるそうだが、油断はできない。
 台風並みに風が強くなるという予報も出た。
 業務にあたっては、各自、細心の注意をはらうように。
 達成率が85%以下でも、危険と感じたらただちに業務を打ち切って戻ること。
 いいかね。荒れた気象の中で頑張っても成果は決して上がらない。
 それどころか諸君が道路上で怪我をされたのでは、のちの業務に大いな支障が出る。
 そのあたりを踏まえて、各自が賢明な判断と行動をとってほしい。
 以上。怪我などのないように、本日の業務を、無事にまっとうしていただきたい。
 では以上で、解散。本日も折り目正しく業務のまっとうをよろしく。
 はいみなさん、御苦労さん」


 要するに「荒れた天気になるが、最善を尽くして業務をまっとうしろ」という命令だ。
道路上で怪我をするなという意味は、労災の手続きが面倒になるからだ。
社の保険を使えば、のちのちに保険の掛け金が高くなり、経費を圧迫することになるから、
(そういう事態にならないように)各自が、充分に気を付けろという意味だ。

 悪天候の元で働きに出る、従業員個々の心配をしているという意味では断じてない。
聞こえは良いが、結論から言えば、会社に無駄な出費を強いるなという号令だ。
だが、危険と感じたら業務を打ち切ってもいいと指示した一言は、有りがたかった。
勝手に早上がりしてもいいという、お墨付きだ。
早速、「今日は早めに帰れそうだ」と営業所を出る前に、るみへメールを送った。



 「私に早く会いたいからなのか?。それとも、プレゼントが早く欲しいと言う意味か?
もしかしたら、私の身体が早く欲しいという催促なのか。このドスケベ男!」と、
見当違いの返事が、あっという間に返ってきた。
「馬鹿野郎。南岸低気圧の影響で早く上がれるという有りがたい話だ。勘違いするな!」
とこちらも速攻で書き送る。
「分かっているわよ。こっちはそれどころじゃないの。
強風の対策のために、ハウスの内と外でテンヤワンヤで作業中です。
早めにお風呂に入って、身体を磨いておくから、気をつけて無事に帰っておいで」
と訳のわからない返信が、また、あっという間に戻ってきた。


 午前9時を過ぎた群馬の空は、一面、びっしりと朝からの分厚い雲に覆われている。
強い風を予感させるような早い雲の動きが、頭上のいたるところで始まっている。
普段なら西から東へ流れていくはずの雲が、今日に限って、まるで渦を巻くように、
南の空から、東にむかって反時計回りにぐるりと北関東を覆い始めている。
まさに、押し流されていくという表現がぴったりの、異常といえる雲の速さだ。

 台風並みの強さで接近してくる南岸低気圧の、嵐の前の静かさを予感させるような、
そんな気配を濃密に漂わせて、真っ黒い雲の塊が俺の頭上を飛び始めた・・・・



(27)へつづく

 落合順平 全作品は、こちらでどうぞ