落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (29)集落の孤立と交通マヒ

2014-06-24 12:15:36 | 現代小説
東京電力集金人 (29)集落の孤立と交通マヒ




 山間の村落や、一本の交通手段しか持たない奥深い地域が大雪のために、
早くも孤立をしているというニュースが次々と、テレビの画面を横切りはじめた。
関東と甲信地方の内陸部を中心に、先週を上回る大雪が降りはじめている。


 山梨県では14日の未明から降り始めた雪が、1日で、すでに1メートルを超えた。
埼玉県の秩父地方の積雪は60センチを超え、山間の集落や村落が交通網を失っている。
このままではさらに孤立する集落や地域が増えるだろう、と報じている。
群馬県でも長野との県境にある南牧村が、降り積もる大雪のためにすべての交通手段を
失い、早くも孤立をしたとテロップの文章が流れてきた。


 南牧村は群馬県の南西部にある、典型的な山村だ。
65歳以上の人口割合(高齢化率)が、全国一高いことでも知られている。
村の人口は、2300人。そのうち、65歳以上が実に57・5%をしめている。
高齢化が一層進んでいる過疎の村だ。

 9時を過ぎて、おふくろがNHKのニュースに画面を切り替えた。
画面を変えた途端、おおくの車が立ち往生している国道の様子が飛び込んできた。
立ち往生している車と道路だけが浮き上がって見える。それ以外はまったくの闇の中だ。
どこかの山間部を貫いていく峠道のようにも見える。
間もなく、ヘリコプターからの音声がはいってきた。


 「群馬と長野の県境をむすぶ国道18号の上空です。
 先頭の数台の乗用車のスリップを起点に、すでに100台近い車が、
 道路上に、数珠つなぎ状態で立ち往生しています。
 県境を越える碓氷峠は、昔から交通の難所として知られていますが、
 チェーンを巻いていないトラックや、冬用のタイヤを装備していない乗用車が
 次々と停まり始め、峠の道に長い渋滞を作っています・・・・」

 大雪による集落の孤立と、スリップによる交通のマヒ?
次々と報じられるニュースに、我が家の茶の間ににわかに緊張の色が走る。
るみの箸が、唇の端で軽く噛まれたままぴたりと止まる。
おふくろは飲みかけのビールの手を停め、食い入るようにじっと画面を見つめている。
俺は俺で、つかみかけた肉の切れ端をそのまままた、そっと鍋に戻した。



 想定外といえる、きわめて重大な事態が発生している・・・
危機を伝えるニュースが、次から次へと鮮明な映像で写し出されていく。
報道ヘリコプターが、雪が降りしきる夜空の中を、惨状を求めて縦横に飛び回っていく。
映し出されるのは、どこもかしこも雪一面の銀世界だ。
降り積もった雪は、すべての色彩を覆い隠し、さらに厚みをしんしんと増していく。


 道路も畑もすべてが雪に覆い隠された先に、点々と民家の黒い塊が見えてきた。
いずれの民家にも、明かりが点っていない。
ぼたん雪が多く降るときには、停電の警戒が必要だと昔から言われている。
サラサラとした粉雪と比べ、ぼたん雪は物にべたべたとくっつきやすい性質が有る。
ベタ雪とも呼ばれているが、これがたくさん降ると重い雪が付着することで、
丈夫なはずの電線も、切れてしまうことがある。

 寒気が内陸部へ入り込むと、雪だけではなく風も強くなる。
寒気により発生した強風が、「ギャロッピング現象」というやつを産む。
重い雪が電線に付着することにより、電線が縦に大きく揺れ動く現象のことだ。
この現象が発生すると、複数の電線が接触することにより、ショートが起こり停電となる。
画面上から見る限り、孤立した集落は停電に襲われているようだ。



 (凍てつくような寒さの中で孤立。そのうえ、追い打ちをかける停電の襲来か。
こりゃあ、ただ事じゃすまないな、絶対に・・・・どうなっているんだ今夜の日本列島は)
ごくりと生唾をのみ込んだ瞬間、自信たっぷりのるみの眼が、どうだといわんばかりに
俺の顔を降り返ってきた。


(ほうら、やっぱり積もり始めたでしょう。でもこの大雪は、私にも想定外の量です。
どうなっているんでしょうねぇ。こんな短時間に大量の雪が降るなんて・・・)
俺たちが目と目でそんな会話を交わしはじめた頃、おふくろが「ふぁ~」とあくびをしたあと、
両手に自分の食器を持ち、「あらよ」と声をかけて立ち上がった。



 「お母さん。後片づけなら、あとで私がしておきます」


 「ありがとうよ。嫁に来たら、是非そうしておくれ。
 でも今夜は良いよ、あたしももう眠いからね。
 この調子だと見たことないほど降り積もって、明日の朝は雪下ろしで大忙しになる。
 たいへんな作業になると思うけど、頼んだよ、2人とも。
 じゃね。邪魔者はとっとと消えるから、あとは若い2人でバレンタインの夜を
 たっぷりと楽しんでくださいな。じゃお休み。
 年寄りは愛を語る相手もいないから、ひとり寂しく、お布団の中で膝を抱えます」


 あっはっはと大声で笑ったおふくろが、両手に自分の食器を持ったまま、
足の先で器用に障子をあけ、キッチンに姿を消していった。


(30)へつづく

 落合順平 全作品は、こちらでどうぞ