オヤジ達の白球(40)投手交代
5番打者が打席へ入る。
市の大会でホームランを量産し続けている強打者だ。
しかし。制球に四苦八苦している坂上を相手に、バットを振る様子はない。
「どうしたのかな、おたくの投手は。さっきまでの元気はどこへ消えたのかな?。
まるで別人じゃないですか。
このままじゃまたストレートの四球になる。
ということは、労せず押し出しの先制点ということになりますが?」
5番バッターが寅吉の顔を覗き込む。
「バットを振らずに押し出しの先制点か。いいじゃないか、そういう展開も」
「いいんですか、そんなことで。呑気なことを言わないでください先輩。
このままじゃ、試合になりません」
「あいつの足の踏みかたを元に戻せば、さっきまでの球がよみがえる。
だがそれじゃ、違反投球になる。
辛抱のしどころだ。長い目で見れば結果的に、あいつのためになる」
「しかし。このままじゃ何時まで経っても、ストライクはきませんよ」
「心配しなくてもいいさ。2点でも3点でも好きなだけくれてやる。
見ろよ。ウチのベンチに動く気配はまったくない。
ということはあいつが立ち直るのを、辛抱強く待つつもりだ」
4球連続のボールがつづく。球審が「四球です。バッターは1塁へ」とうながす。
3塁から走者が生還してくる。
つづいて打席へ入った6番打者も同じように、1度もバットを振らない。
振りたくてもストライクゾーンへ、ボールがやってこないからだ。
力のない球がストライクゾーンをはるかに外れる。四球続けてぽとりと地面へ落ちる。
2点目の走者が3塁から戻って来る。
7番バッターも、おなじく四球を選ぶ。
3塁からゆっくりとした足取りで、3点目の走者が帰って来る。
8番バッターが打席へ入る。
(ベンチはまだ坂上を投げさせるつもりなのかな?)寅吉が自軍のベンチを振りかえる。
陽子がスコアブックへ、屈辱の3点目をかき込んでいる。
(機嫌悪そうだな、姐ごは。
そりゃそうだ。連続の四球で敵につぎつぎ点を献上してんだ。
笑顔でスコアをつけている場合じゃない。
こんな状態がつづいているというのに、ウチの監督ときたら
まったく動きそうもないな・・・)
腕組したままの祐介に、動く気配はまったくない。
(見捨てているわけじゃねぇ。自分で招いた窮地は、自分でなんとかしろということか)
そうだよな。ピンチは何度でもやって来る。それを乗り越えながら選手は育っていくんだ。
寅吉がふわりとした球を坂上へ返す。
ボールを受け取ったが坂上、ほっと深い溜息を吐く。
(しかたねぇな。ベンチが動かねぇというのなら、俺のほうから動くとするか・・・
今日はこのあたりで勘弁してやろう。ぼちぼち退場といくか)
坂上がボールを持った右手を高々とあげる。
「タ~イム!。投手が交代します!」
坂上が投手の交代を宣言する。
「もう、これ以上、投げられません!」
ピッチャーズサークルの真ん中で、坂上がペコリと帽子をとる。
そのままスタスタと、球場の出口へ向かって歩き出す。
前代未聞の出来事だ。選手が自ら交代を口にするなど、聞いたことがない。
しかし。当の本人は球場の出口へたどり着いた後、もういちどペコリと頭を下げる。
そしてそのまま、球場から姿を消していく。
「どうなってんだよ、いったい全体・・・選手交代じゃねぇだろう、これは。
誰が見たって坂上の敵前逃亡じゃねぇか・・・
どうするんだ監督。このままじゃ試合をつづけることができないぜ」
「そのようですねぇ。どうやら予期しない事態が発生したようです。
どうします?。居酒屋チームの監督さん?」
千佳の涼しい目が、ドランカーズのベンチを振りかえる。
(41)へつづく
落合順平 作品館はこちら
5番打者が打席へ入る。
市の大会でホームランを量産し続けている強打者だ。
しかし。制球に四苦八苦している坂上を相手に、バットを振る様子はない。
「どうしたのかな、おたくの投手は。さっきまでの元気はどこへ消えたのかな?。
まるで別人じゃないですか。
このままじゃまたストレートの四球になる。
ということは、労せず押し出しの先制点ということになりますが?」
5番バッターが寅吉の顔を覗き込む。
「バットを振らずに押し出しの先制点か。いいじゃないか、そういう展開も」
「いいんですか、そんなことで。呑気なことを言わないでください先輩。
このままじゃ、試合になりません」
「あいつの足の踏みかたを元に戻せば、さっきまでの球がよみがえる。
だがそれじゃ、違反投球になる。
辛抱のしどころだ。長い目で見れば結果的に、あいつのためになる」
「しかし。このままじゃ何時まで経っても、ストライクはきませんよ」
「心配しなくてもいいさ。2点でも3点でも好きなだけくれてやる。
見ろよ。ウチのベンチに動く気配はまったくない。
ということはあいつが立ち直るのを、辛抱強く待つつもりだ」
4球連続のボールがつづく。球審が「四球です。バッターは1塁へ」とうながす。
3塁から走者が生還してくる。
つづいて打席へ入った6番打者も同じように、1度もバットを振らない。
振りたくてもストライクゾーンへ、ボールがやってこないからだ。
力のない球がストライクゾーンをはるかに外れる。四球続けてぽとりと地面へ落ちる。
2点目の走者が3塁から戻って来る。
7番バッターも、おなじく四球を選ぶ。
3塁からゆっくりとした足取りで、3点目の走者が帰って来る。
8番バッターが打席へ入る。
(ベンチはまだ坂上を投げさせるつもりなのかな?)寅吉が自軍のベンチを振りかえる。
陽子がスコアブックへ、屈辱の3点目をかき込んでいる。
(機嫌悪そうだな、姐ごは。
そりゃそうだ。連続の四球で敵につぎつぎ点を献上してんだ。
笑顔でスコアをつけている場合じゃない。
こんな状態がつづいているというのに、ウチの監督ときたら
まったく動きそうもないな・・・)
腕組したままの祐介に、動く気配はまったくない。
(見捨てているわけじゃねぇ。自分で招いた窮地は、自分でなんとかしろということか)
そうだよな。ピンチは何度でもやって来る。それを乗り越えながら選手は育っていくんだ。
寅吉がふわりとした球を坂上へ返す。
ボールを受け取ったが坂上、ほっと深い溜息を吐く。
(しかたねぇな。ベンチが動かねぇというのなら、俺のほうから動くとするか・・・
今日はこのあたりで勘弁してやろう。ぼちぼち退場といくか)
坂上がボールを持った右手を高々とあげる。
「タ~イム!。投手が交代します!」
坂上が投手の交代を宣言する。
「もう、これ以上、投げられません!」
ピッチャーズサークルの真ん中で、坂上がペコリと帽子をとる。
そのままスタスタと、球場の出口へ向かって歩き出す。
前代未聞の出来事だ。選手が自ら交代を口にするなど、聞いたことがない。
しかし。当の本人は球場の出口へたどり着いた後、もういちどペコリと頭を下げる。
そしてそのまま、球場から姿を消していく。
「どうなってんだよ、いったい全体・・・選手交代じゃねぇだろう、これは。
誰が見たって坂上の敵前逃亡じゃねぇか・・・
どうするんだ監督。このままじゃ試合をつづけることができないぜ」
「そのようですねぇ。どうやら予期しない事態が発生したようです。
どうします?。居酒屋チームの監督さん?」
千佳の涼しい目が、ドランカーズのベンチを振りかえる。
(41)へつづく
落合順平 作品館はこちら