落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(42)接戦

2017-12-08 17:31:29 | 現代小説
オヤジ達の白球(42)接戦




 「おっ、もう最終回か。7回の表が終り、得点が3対2。
 なんだ。1点負けているじゃないか」

 8時を回った頃。柊が作業着姿でベンチへ顔を出した。
観戦に来たわけではなさそうだ。革靴ではなく、スパイクを履いている。
そのまま、どかりと祐介の隣りへ座る。
 
 「ランナーがひとり出たら、俺を代打で出せ。
 ホームランを打ってやる。サヨナラゲームで初戦を勝利でかざろうぜ」
 
 本人は出る気満々だ。
その証拠に、ベンチの中で柔軟のストレッチをはじめた。

 ソフトボールの試合は、7イニング。
四球の山で初回に3点を献上したあと、2番手で出た北海の熊が相手を押さえている。
呑んべェチームは2回と5回にそれぞれ1点ずつあげたが、それでも1点負けている。

 「柊。おまえ、ソフトボールの経験があるのか?」

 「祐介。アルツハイマーになったのか、おまえは。
 おれが大学までソフトボールしていたのを、もう忘れちまったのか。
 まぁ無理もネェ。守備が下手くそだったから、打つだけのDHだったからな」

 「そういえばお前のカミさんは、ソフトボール部のマネージャだったな。
 なるほど。カミさん狙いでソフトボール部へ入ったのか!」

 「ふん。何とでも言え。
 いろいろと難問は有ったが、手に入れてしまえばこっちのものだ。
 それよりもなんとかして1人、塁に出せ。
 よけるふりして当たれば、デッドボールで出塁できる」

 「熊のピッチングはいい。だが相手の投手も、かなりコントロールはいい。
 残念ながらデッドボールでの出塁は期待できそうにない」

 「熊が投げている?。あいつはたしか、謹慎中のはずだろう?」

 「ミスターⅩとして投げているから、とりあえずは大丈夫」

 「消防はAクラスのチームだ。
 それを相手にサヨナラゲームで勝つのは、初戦からして縁起が良い。
 おっ。見ろよ。
 三塁手のやつ。バントにたいしてまったくの無警戒だ。
 本来の守備位置より、ずっと後ろで守っている。
 バント攻撃する絶好のチャンスじゃないか」
 
 なるほど。3塁手はいつもの位置より、かなり後方で守っている。
ここまで誰一人バントをしてこなかったので、安心しきっている。
「いい作戦を思いついたぞ」柊が、ベンチの中を見渡す。
 
 「次の打者は誰だ?」

 「俺です」と岡崎が手を挙げる。

 「岡崎か。そいつは好都合だ。お前、足だけはそこそこ早かったな」

 「だがもう歳だ。昔ほど速くはねぇ」

 「大丈夫さ。
 あそこで守っている3塁手を、もっとうしろへ下がらせるいい方法がある。
 そのためには多少の演技も必要だがな」

 「演技?。何しようってんだ、こんな土壇場で?」

 「いいか。最初のストライクが来たら思い切り振れ。
 ただし。間違っても当てるんじゃないぞ。
 三塁手の方向を向いて、目いっぱい、これ以上はないというほどの
 フルスイングして、空振りしろ」

 「えっ・・・わざと空振りをするのか?」

 (43)へつづく