落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(49)それから二週間

2018-01-02 17:05:19 | 現代小説
オヤジ達の白球(49)それから二週間




 練習試合の夜から二週間が経った。
赤城山の山頂で紅葉がはじまった、というニュースが今朝のテレビで流れた。

 「もうそんな時期か、世間は紅葉の季節か・・・」

 岡崎が渡良瀬川の土手から、北にそびえる赤城山を見上げる。
紅葉がはじまったという赤城山はここからは、峰が5つ、横につらなって見える。
カチャリと音がして背後で、自転車が停まった。

 「なにやってんだお前。そんなところへ座り込んで?」

 自転車から北海の熊が降りてきた。

 「そういうお前こそ、何やってんだ。こんなところで?」

 「わからねぇのかよ。ほら、見た通りの自転車乗りだ」

 「面白いか、自転車乗りは?」

 「ホームセンターで買った、マウンテンバイクの形をしている安物だ。
 よく見たらオフロードは走行禁止というステッカーが貼ってあった。
 ま、2万円以下の自転車じゃこんなもんだろう」

 「答えになってねぇぞ。面白いのか、こんな日に自転車に乗って?」

 「日曜日だろ今日は。やることがねぇから自転車に乗っている。
 ただそれだけのことだ。
 そういうお前こそどうなんだ、なんでこんな場所で暇をつぶしているんだ?」

 「暇をつぶしているわけじゃねぇ。見守っているんだ」

 「見守っている?。いったい何を見守っているんだ?」

 「あれだ。あれをぼんやり見ているだけだ」

 指さす先にテニスの壁打ち用の、コンクリート塀がある。
そこでひとり。男が壁に向かってボールを投げつづけている。

 「どこかで見たおぼえの有る男だな。
 大切なデビュー戦で敵前逃亡しちまった坂上か。あれは、ひょっとして?」

 「大当たりだ。その、ひょっとしてだ」

 「なるほど。四球の山に嫌気がさして、投手を挫折したのかと思っていたが、
 いまでもまだ投げていたとは驚きだ。根性だけは有りそうだな。
 だけどよ。いちど逃げ出した投手を使ってくれるのか、うちの監督は?」

 「聞くだけ野暮だ。
 無理だろうな。坂上の奴、いまだに店にも顔を出さないそうだ。
 そんな男にチャンスなんかくれないだろう。ウチのチームの、ド素人監督は」

 2人の背後から、男の声がひびいてきた。
振りかえるとそこに、ジャージ姿の柊が立っている。

 「誰かと思えば足の裏を故障している、用済みのホームランバッターじゃねぇか。
 あんときは敵の2人に肩を借りて3人でホームインしたんだ。
 どうせなら、敵の2人分を追加して、3点貰っておけばよかったのに」

 「サヨナラゲームだ。余計な点はいらねぇ。
 それよりあそこで投げているのは、ほんとうに敵前逃亡をした坂上なのか?」

 「審判に不正投球だと注意されたのが、よほどこたえたんだろ。
 プレート板に両足を置く練習をひたすら繰り返している」
 
 「あたりまえだ。ちゃんとルール勉強しておかないから恥をかくことになる。
 投手は、チーム全員の運命を背負って投げるんだ。
 それだけの自覚がなければ投手のポジションなんか絶対につとまらねぇ。
 マウンドへあがる資格もねぇ」

 「そうだ。ソフトボールの場合、投手の比重は8割だ。
 いい投手がひとりいれば、ほとんどの試合で勝つことができる、という。
 それくらい投げる方が有利なスポーツだ」

 「重みがあるな。
 業界のソフトボール大会で10連覇を達成した投手は、さすがだな」

 「それも昔の話さ。いまじゃおちぶれ果てた、ただの落日男だ。
 素顔をかくして呑み屋のチームで、2番手の投手として投げているミスターⅩだ。
 仕方ねぇさ。町のソフトボールから、永久追放にされている身の上だからな。
 いまの俺には、それでも充分すぎる」


 (50)へつづく