落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(51)郊外へ

2018-01-11 17:37:01 | 現代小説
オヤジ達の白球(51)郊外へ




 車が橋を渡る。郊外へ出る。
運転しているのは柊。助手席に監督の祐介。後部座席に陽子が座っている。

 「ひとつ聞く。つきあっているのか、おまえさんたちは?」

 前を向いたまま柊が、祐介に語りかける。

 「難しいな。どの程度からつきあっていると言うのかな?」

 「ハグする。軽く触れる。このあたりまでならセーフだ。
 しかしそれ以上の行為になると、付き合っていることになる。
 寝たかもう、おまえさんたちは?」

 「ずかずか切り込んでくるな。おまえさんも」

 「ぞっこんに惚れていただろう、昔の陽子さんに」

 「初恋の人だ。たしかに昔は惚れていた。
 まだ遠いのか、怪童の家は?」

 「話題をそらしたな。それ以上はノーコメントいう意味か?」

 「そういうつもりはない。だがそういう意味だ」

 「国道を西へあと10分も走れば、もと怪童の家に着く」
 
 「後輩ということだが、歳はいくつになる?」

 「3つ下。俺が卒業する。あいつが入学してくるのすれ違いだ。
 だが、あいつが入ってからのソフトボール部の躍進はすごかった。
 常勝の新島学園から優勝旗を奪ったのは、あいつが入った我が高校のソフト部だ」

 「新島学園というのは、そんなに凄いのか?」

 「日本ソフトボール協会のある理事が、この世界で石を3つ投げたら2つは
 新島学園のOBに当たると言ったことがある。
 それほどの名門校だ。
 インターハイ優勝は5回。準優勝は4回。
 創部から半世紀をこえる。
 この間のOBの数は、ゆうに500人を超える。
 日本代表に名を連ねる選手を数おおく輩出している。
 それだけじゃない。おおくのOBが全国に指導者として散らばっている」

 「それほどの名門高校に勝ったのか、怪童の入ったソフトボール部は!」

 「2年と3年の夏、2度も新島学園に競り勝った。
 そのまますすめばそいつは、全日本の捕手になるのも夢ではなかった。と思う」

 「と思う?。アクシデントが発生したのか、そいつの身に?」

 「オヤジが急逝した。あいつが高校3年の秋のことだ。
 進学をあきらめ、オヤジのあとを継いでキュウリ農家になった」
 
 「お前さんの母校は商業高校のはずだ。
 なんで農家の後継ぎが、普通高校に在籍していたんだ?」

 「あいつがなにを目指していたかは知らん。
 たぶん、農家を継ぐのではなく、違う分野で身を立てることを考えていたらしい。
 親も苦労ばかりおおい農業を、我が子に継がせたくなかったらしい」

 「それがなんで農家を継ぐことになったんだ?」

 「兄弟がおおい。怪童は5人兄弟の長男だ」

 「兄弟を育てるために親の跡をついだのか。
 将来の夢を諦めて、キュウリ農家になったということか?」

 「くわしいことは知らん。
 将来を期待された選手が高校3年の秋に、とつぜん消えたという現実だけが残った。
 いまから30年前の話さ。
 怪童はいま48歳。ただの働き盛りのキュウリ農家ということになる」

 (52)へつづく