落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(50)同志愛

2018-01-06 17:23:23 | 現代小説
オヤジ達の白球(50)同志愛



 
 「そう言う柊こそ、何してんだ?
 うろうろ歩き回って大丈夫なのか。足はもういいのか?」

 「医療用のインソールを、靴の中へ入れてある。
 痛みは残っているがこいつのおかげで、ずいぶん楽になった」

 「そいつは何よりだ。おまえさんが欠けるとチームの得点力が落ちるからな」

 「そのことなら心配はいらねぇ。
 俺よりずっと役に立つ男を見つけ出した。
 バッターとしても強力だ。だがそれ以上にそいつには、捕手の経験がある。
 これから祐介と2人でそいつを口説きに行く」

 「えっ、監督も来るのか。ここへ・・・
 なんだかぞくぞくと集まって来るなぁ、チームの関係者が。
 でもよ。なんでこんな辺鄙な場所で待ち合わせしたんだ、監督と?」

 「交渉の件もあるが、それだけじゃねぇ。
 風の便りでこのあたりで、敵前逃亡した坂上が練習していることを聞いた。
 祐介もそれなりには心配している。
 だが声をかけるつもりはない。
 遠くから練習している姿だけ見ておこうということになった」

 「へぇぇ・・・噂になっているのか。坂上の秘密練習が」

 「なにが秘密の練習だ。
 あやしい格好をしたオジサンが、こんなところで毎日、壁に向かって
 ソフトボールを投げていればいやでも噂になる」

 しかし。練習の成果はまったく出ていないようだなぁ、と柊が顔を曇らせる。
動きがぎこちない。油が切れたロボットの様な有様だ。
坂上はもともと運動には縁のない男だ。どちらかといえば不器用の部類へはいる。

 暴投するたび。壁から跳ね返ったボールを坂上がひろいへ行く。
しかし。その足取りにまったく覇気がない。
疲れた男が足をひきずり、草むらを転がっていくボールを追いかけていく。
ボールを拾い、戻って来る時の足取りにも元気がない。

 「なんだよ。やる気があんのか、あいつには・・・」

 「チェッ」熊がおおげさに舌を鳴らす。
「おまえ。なに傍観してんだよ。手伝ってやればいいだろう。あいつを」
土手に座り込んでいる岡崎を、横目で睨む。

 「手伝う?。俺が?。なんだよ突然、いったいぜんたいどういう意味だ?」
 
 「初心者が壁に向かって何万球投げても、無駄なだけだ」

 「そんなことはないだろう。
 必死で投げ込んでいるんだ。そのうちにそれなりの成果は出てくるだろう」

 岡崎が真剣な顔で坂上を弁護する。

 「だからド素人は駄目なんだ。
 いいか。暴投を投げようが、いい球を投げようが、壁は一切反応しない。
 投手ってのは捕手のミットめがけて投げるもんだ。
 一方的にただ投げりゃいいって訳じゃない。
 投げる奴が居て、受け取る相手が居る。
 女房役の相方が居てはじめて、打者を相手にしたピッチングが成立する。
 暴投や四球ばかり投げりゃ、受ける捕手が可哀想だ。
 取りやすいいい球を投げてやりたい。そう思う中でコントロールが育っていくんだ」

 「何を投げても反応しない壁じゃ、成長が遅れるということか!」
 
 「なかなか察しがいいな。
 お前。あそこへ座りあいつの球を受けてやれ。岡崎」

 「えっ、俺があいつのキャッチャーをするのか?」

 「そういうことだ。
 コントロールの悪い男の球を受ける。そうするとお前さんの球の取り方もうまくなる。
 どうだ。一石二鳥のいい考えだろ。」

 熊の提案に、「そいつは名案だ」と柊もうなずく。

 「おまえらは昔から、同じ穴のムジナだ。
 同級生のよしみでギャラリーなんかしてないで、あいつの球を受けてやれ。
 それで坂上のコントロールも良くなる。お前さんの球の取り方も上手くなる。
 結果的にやがて、チームのためにもなる。
 いいもんだな。同級生の同志愛というものは。あっはっは」

 柊の笑い声が土手にひびきわたる。
 
 (51)へつづく