落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(52)有機栽培キュウリ

2018-01-15 18:23:14 | 現代小説
オヤジ達の白球(52)有機栽培キュウリ




 国道を西へ走った車が10分後、ビニールハウスが密集する一帯へハンドルをきる。
群馬県東部のこのあたりに雪は降らない。
露地の野菜畑も見られるが、それ以上にビニールハウスを使った野菜生産が盛んだ。
 
 栽培される野菜は多岐にわたる。
5~6月をピークに、7月中旬まで生産される小玉スイカ。
トマト本来の糖度5~6度を超え、スイカに迫る糖度をほこる「高糖度トマト」。
ホウレンソウや小松菜もビニールハウスの中でつくられる。
夏から秋にかけてキュウリがつくられ、春先からナスを育てる農家もおおい。

 単棟のハウスもある。
しかし、このあたりでは連棟タイプの大型ハウスがやたらに目立つ。
道の両脇にびっしりと連棟のハウスが並びはじめた。

 「このハウスだ。いまの時間、ここで作業しているはずだ」

 ハウスの一角で柊が車をとめる。
「やけに詳しいな、おまえ」車を降りながら勇作が、柊に声をかける。

 「総合土木職の前は、農業試験場で副所長をしていた。
 やたらと有機栽培の普及で奔走した。
 化学肥料と農薬を減らし、安心と信頼の群馬の野菜を育てるためさ。
 道路の補修に駆け回る前は、キュウリやナスの有機栽培を指導していたんだ」

 「なるほど。それでビニールハウスばかりのこのあたりの地理に詳しい訳か。
 俺にはどれも同じに見えて、まったく区別がつかないが・・・」

 「お~い、居るかぁ。俺だぁ~」奥へ向かって柊が、大きな声で呼びかける。
ほどなくして「は~い」という声が戻って来る。

 「珍しいですねぇ、大先輩」日に焼けた顔が、キュウリの向こうからあらわれる。
葉の手入れをしていたようだ。
手にちぎったばかりの大きなキュウリの主葉を握っている。

 「おう。電話で伝えた一件でやって来た。
 こちらが居酒屋の店主。できたばかりのチームの監督をしている祐介だ。
 うしろにいるのはスコアラーの陽子さん。2人は他人の関係だそうだ。
 悪いなぁ。仕事中に邪魔して」

 「どういたしまして」男の日に焼けた顔が柔和になる。

 「呑んべェ軍団のソフトボールチームだ。
 メンバーはだいたい揃った。だが4番を打てる強打者と、正式な捕手がいない。
 そこでその昔、名門高校のソフトボール部を苦しめたお前さんに、
 白羽の矢を立てたというわけだ」
 
 「4番なら柊さんで十分でしょう?」

 「それがな。俺はいま、足裏のを痛めて治療中の身だ。
 いい投手はいる。だがそいつの球を、上手に取れる捕手が居ねぇ。
 おまえさんはうってつけだ。
 どうだ。そういうわけだ。こいつのところのチームへ入ってくれねぇか」

 「大先輩からの頼みではイヤとは言えませんねぇ。立場上・・・」

 日に焼けた顔に笑顔が浮かぶ。
「監督さん。ウチのキュウリ食べます?。スコアラーさんも1本どうですか」
男の指が、20㌢ほどに育ったキュウリをもぎり取る。
祐介と陽子の前へ「どうぞ」と差し出す。

 スーパーで見るような、緑色に輝いたキュウリではない。
表面に白い粉がういている。
カビや農薬ではない。
熟した野菜や果物の表面によくみられる、ブルームという粉上のろう物質だ。
人体にはまったくの無害。そのまま食べても何の問題もない。

 「そのまま口にして安全です。ウチは農薬を使っていません。
 俺の顔をたてて絶対に農薬を使うなよと、先輩からくどく言われていますから。
 そのせいで他所から比べると、収穫が2割ほど落ちますけどね」

 あははと男が白い歯を見せて、うれしそうに笑う。

 (53)へつづく