北へふたり旅(54)
「滅多なことを口にしてはいけません。
スマホで離婚する時代です。
こんなの当たり前。けしてめずらしい光景ではありません」
「スマホで離婚?」
「ご飯を食べているときも、一緒に出かけているときも、
ずっとスマホを手放しません。
話しかけても上の空。
そんな状態に嫌気がさして、離婚へ発展するそうです」
「そこまで四六時中、スマホを見る必要があるのか?。
いまの若者たちは」
「暇なとき、何をしたらいいかわからない人が増えてきたからです。
暇つぶしでSNSやゲームをはじめた人たちが、いつのまにか、
スマホを手放せなくなる。
スマホ依存症のきっかけはそんな風にはじまるそうです」
スマートフォンには、中毒性がある。
車や自転車の運転中でもスマホに触る。スマホがないとなぜか落ち着かない。
会話中でもスマホをいじる。
風呂場やトイレにまでスマホを持っていく。
夜もスマホをいじる。睡眠時間が不足して翌朝、思うように起きられない。
こうなるともう完全なるスマホ依存症。
全員がスマホ中毒とは限らない。
しかし座席に座っている全員がスマホ片手に、うつむいている光景は異常すぎる。
いや。立っている乗客でさえ、片手で器用にスマホを操作している。
県境を越えた足利駅あたりから、夏休み前の高校生がふえてきた。
グループで乗りこんできた女子高生たちがいた。
ひとりが耳にイヤホンをしている。
「見て。最新の完全ワイヤレス。しかも防水タイプのイヤホンよ」
「いいわねそれ。で、どうなの?。
ドンシャリ?。かまぼこ?。それともフラット?」
ドンシャリ・かまぼこ・フラット・・・
なんの話をしているんだ。この女子高校生たちは・・・
「音響のことです。
低音のドン、高温のシャリという擬音語を組み合わせて、ドンシャリです。
その名の通り低音と高音を際立たせた、サウンドのことをいいます」
「よく知ってるね君は。そんなことまで。
では、かまぼこというのは?」
「中域が強く、低音と高音を抑えたサウンドです。
周波数のグラフが、かまぼこを切断した形に見えることに由来してます。
ギターやバイオリンなどが聴きやすくなるそうです」
「フラットというのは?」
「すべての音域がまんべんなく出るタイプです。
ありのまま伝わるため、生演奏に近いライブ感が楽しめるそうです。
わたしも持ってます。ほら」
妻の手のひらからワイヤレスのイヤホンがふたつ、コロッとあらわれる。
「いつの間に手に入れたんだ・・・君は」
「旅の必需品です。こういう小物も。
でもわたしが楽しむのは、ふるいむかしの歌謡曲だけ。
テレサテンはもう最高。うふっ。
ここだけのはなし、これ演歌に特化しているイヤホンです。
聴いてみたらどうですか、あなたも」
妻がイヤホンのひとつをわたしへ手渡す。
半信半疑で耳へ差し込む。
いきなり艶のある歌声が、わたしの耳へ飛び込んできた。
「ホントだ。まるでテレサテンが目の前にいるようだ・・・」
それから10分後。電車は定刻通り小山の駅へ滑りこんだ。
スマホをポケットへおさめた通勤客と高校生たちが、いっせいに立ちあがった。
(55)へつづく
「滅多なことを口にしてはいけません。
スマホで離婚する時代です。
こんなの当たり前。けしてめずらしい光景ではありません」
「スマホで離婚?」
「ご飯を食べているときも、一緒に出かけているときも、
ずっとスマホを手放しません。
話しかけても上の空。
そんな状態に嫌気がさして、離婚へ発展するそうです」
「そこまで四六時中、スマホを見る必要があるのか?。
いまの若者たちは」
「暇なとき、何をしたらいいかわからない人が増えてきたからです。
暇つぶしでSNSやゲームをはじめた人たちが、いつのまにか、
スマホを手放せなくなる。
スマホ依存症のきっかけはそんな風にはじまるそうです」
スマートフォンには、中毒性がある。
車や自転車の運転中でもスマホに触る。スマホがないとなぜか落ち着かない。
会話中でもスマホをいじる。
風呂場やトイレにまでスマホを持っていく。
夜もスマホをいじる。睡眠時間が不足して翌朝、思うように起きられない。
こうなるともう完全なるスマホ依存症。
全員がスマホ中毒とは限らない。
しかし座席に座っている全員がスマホ片手に、うつむいている光景は異常すぎる。
いや。立っている乗客でさえ、片手で器用にスマホを操作している。
県境を越えた足利駅あたりから、夏休み前の高校生がふえてきた。
グループで乗りこんできた女子高生たちがいた。
ひとりが耳にイヤホンをしている。
「見て。最新の完全ワイヤレス。しかも防水タイプのイヤホンよ」
「いいわねそれ。で、どうなの?。
ドンシャリ?。かまぼこ?。それともフラット?」
ドンシャリ・かまぼこ・フラット・・・
なんの話をしているんだ。この女子高校生たちは・・・
「音響のことです。
低音のドン、高温のシャリという擬音語を組み合わせて、ドンシャリです。
その名の通り低音と高音を際立たせた、サウンドのことをいいます」
「よく知ってるね君は。そんなことまで。
では、かまぼこというのは?」
「中域が強く、低音と高音を抑えたサウンドです。
周波数のグラフが、かまぼこを切断した形に見えることに由来してます。
ギターやバイオリンなどが聴きやすくなるそうです」
「フラットというのは?」
「すべての音域がまんべんなく出るタイプです。
ありのまま伝わるため、生演奏に近いライブ感が楽しめるそうです。
わたしも持ってます。ほら」
妻の手のひらからワイヤレスのイヤホンがふたつ、コロッとあらわれる。
「いつの間に手に入れたんだ・・・君は」
「旅の必需品です。こういう小物も。
でもわたしが楽しむのは、ふるいむかしの歌謡曲だけ。
テレサテンはもう最高。うふっ。
ここだけのはなし、これ演歌に特化しているイヤホンです。
聴いてみたらどうですか、あなたも」
妻がイヤホンのひとつをわたしへ手渡す。
半信半疑で耳へ差し込む。
いきなり艶のある歌声が、わたしの耳へ飛び込んできた。
「ホントだ。まるでテレサテンが目の前にいるようだ・・・」
それから10分後。電車は定刻通り小山の駅へ滑りこんだ。
スマホをポケットへおさめた通勤客と高校生たちが、いっせいに立ちあがった。
(55)へつづく