落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(56) 北へ行こう⑫

2019-11-23 13:34:32 | 現代小説
 北へふたり旅(56) 北へ行こう⑫


 20分ほどで宇都宮駅へ着いた。
改札を一歩出て驚いた。


 「え・・・まだ朝の8時を過ぎたばかりだ。
 もう、土産物屋があいているのか!」


 新幹線、在来線ともに、改札は2階にある。
改札を出ると、専門店街「とちぎグランマルシェ」が目の前にひろがる。
餃子、干ぴょう、イチゴ(とちおとめ)、レモン牛乳、とちまるくんなどが
知られているがここには、栃木県内のあらゆる商品が揃っている。
現地でなくても、まとめて買うことができる。


 営業期間は朝の8時から午後の9時。
急な出張でも、乗り継ぎの合間でも、お土産を買うことができる。
あちこちで土産を物色している、ビジネスマンの姿が見えた。 


 とりあえず土産物店を横目に見ながら、真っ直ぐ歩いた。
つきあたりにパン屋が開いていた。
購入したパンを店内の通路に面したカウンターで食べられる。


 「朝から電車に揺られ、小腹が空きました」


 妻が店へはいっていく。
買ったのは、ちぎってアップル。洋梨のデニッシュ。オレンジジュース。
ちぎってアップルはリンゴの果実が、しっとりしたパンに包まれている。
それを手でちぎって食べる。
しかし妻は待ちきれないのかちぎらず、がぶりとかぶりついた。


 「いけるこれ。うふっ、おいしい~」


 洋梨のデニッシュにはサクッとした生地に、甘く味付けられた洋梨と
クリームが入っていた。


 「なるほど。
 朝早くから開いていると、こんな風に暇つぶしを楽しむことができるのか」


 行きかう人たちを見ながらの腹ごしらえは大満足だった。
それでもまだ新幹線の乗り換えまで、30分の余裕が残っている。
こんな風にパンを食べるのもいい。
別の店でコーヒーを飲みながら、時間をつぶすこともできる。
なるほど。前もって下見に来ただけのことはある・・・


 「感心している場合ではありません。あなた。
 これからがハードです。
 まず、オリオン通りを歩いて焼きそばでしょ。
 それから東口へ戻り、老舗みんみんの餃子を食べます」


 おいおい。聞いてないぞ。
焼きそばだけではなく、餃子まで食べるつもりか、君は!。
とうぜんでしょと妻が、すずしい目でわたしを見返す。


 「そのため宇都宮へ来たんですもの」


 宇都宮市内の徘徊がはじまった。
いや・・・徘徊はただしくない。妻の出身は宇都宮。地の利はある。
古い記憶をたどりながら、女学生時代の想い出の店めぐりがはじまった。

 まずオリオン通りの焼きそば屋さん。踵をかえして老舗みんみんの焼き餃子。
名物を2つクリアしたあと、ふたたび商店街へ戻る。
40年たってもいまだに同じ地に、暖簾をだしている和菓子屋さん。
昭和初期にはじまった洋食屋さんは、先代がなくなったあと移転していた。
そのため見つけ出すまで2時間かかった。

 ひとつだけ残念があった。
ビートルズを聴きながら紅茶を飲んでいたオリオン通りの喫茶店は
残念ながら3年前、閉店していた。


 
 歩き過ぎた身体をいたわりつつ駅へもどり、四苦八苦しながら
記名式スイカを購入したのは、もう午後の8時。
上野東京ラインに乗りこみ、小山駅で両毛線に乗り換え、岩宿駅へ
たどり着いたのは午後10時。
下見の旅が、ようやく終わりをつげた。


 「下山祝いしましょう!」妻が肩を寄せてくる。
そういえば今日はまだ、アルコールを口にしていない。


 「呑むか?」と聞けば、「かるく」と妻が片目をつぶってみせる。


 ひとまわりしたの美女の店へ行くかと言えば、「はい」と肩で甘える。


 「お熱いですね」笑う駅員に見送られ、岩宿駅をあとにした。




(57)へつづく