落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(55) 北へ行こう⑪

2019-11-20 10:51:46 | 現代小説
 北へふたり旅(55)


 終点の小山駅で降り、東北本線に乗れば宇都宮へ行ける。
と単純に考えていた。
東北本線か宇都宮線が走っていると思い込んでいた。
しかし何やら様子が変だ。
目の前を走っていくのぼり列車には、湘南方面と書いてある。


 ここは関東平野の北端。
東北本線か宇都宮線が走っているとばかり思い込んでいた。
しかし目の前を走っているのは、湘南へ行く電車と、熱海から来た電車ばかり。


 あれ?。なんだ?。いったいどういうことだ・・・



 のぼり列車の終点が上野駅。
くだり始発が東京という、途中が途切れた不便な時代が長かった。
この不便を解消するため、2015年3月。
上野~東京間に山手線と並行するあたらしい線路が設置された。
念願だった上野駅と東京駅が直結した。
これが上野東京ライン。


 直結したことで乗り換えなしで、都心を通過できるようになった。
北からの電車が都心を越え、小田原や熱海までいく。
熱海からの電車が、関東の北端、宇都宮まで北上してくる。
一部の電車は最北端の黒磯まで行く。
こうした結果。熱海から関東平野の北端、黒磯まで5時間かけて
走り抜ける普通列車まで誕生した。


 銀色の車体にオレンジと緑のラインが特徴的な電車が入って来た。
小田原からきた上野東京ライン、15両編成の普通電車だ。
しかし。4両目と5両目の車体の様子が違う。


 よく見ると2階建てになっている。
2階部分の窓ガラスが、屋根に合わせた曲面ガラスになっている。
通過した瞬間、車両にグリーン車のマークがついていた。


 「2階建て車両だぜ。そのうえグリーン車のマーク?。
 いったいぜんたいどうなってんだ。上野東京ラインは?」


 2階建て車両が停車位置へすすんでいく。
その時なぜか2階の乗客から、見下されているような気がした。
あわてて1階席へ目を転じた。
驚いた。1階席の窓はわたしの足もとにある。


 グリーン車の1階席は、車両内の階段から下へ降りていく。
とうぜん座席はホームより下の位置になる。
座席に座れば、線路に降りて、ホームを見上げるような態勢になる。

 線路に降りたことなど、誰も一度もないはずだ。
自分の目線より上に、駅員や他の乗客、自販機があるという
非日常的な景色がひろがる。
新鮮なことこの上ない。この感動は2階席ではぜったいに味わえない。
しかし。デメリットもある。


 気配に気がついたのか、乗客のひとりがわたしを見上げた。
乗客の目の位置はホームと同じ高さ。
斜め下からわたしの全身を見上げる形になる。


 (あっ・・・下から覗かれる!)


 あわててホームを見回した。
スカートの女子高生がこの場にいたら大変なことになる。


 心配は無用だった。
この時間、2階建て車両がやって来るのを知っているのだろう。
女子高生たちは遠巻きに、安全な場所に避難している。
なにも知らずホームの先端に立っているのは、わたしだけだ。


 「驚いた。1階席の目線がホームと同じ高さだ。
 不可抗力で女性のスカートを、下から覗く形になってしまう・・・」


 「うふっ。それは杞憂です。
 黄色い線の内側にいるかぎり、スカートの中は見えないでしょう。
 心配し過ぎですあなた。
 そんなことより早く乗り込みましょう。
 のんびりしていると、上野東京ラインが発車してしまいます」


   
(56)へつづく