農協おくりびと (34)尼僧と、合コンしたい
葬儀場へやって来る僧侶のほとんどが、男性僧侶だ。
だが100%男性という訳ではない。ごくまれだが、例外が発生する。
男性僧侶にまじり、かなり少ない確率で尼僧が着いてくることが有る。
今日の葬儀が、まさにそれにあたる。
葬儀に来る僧侶の数は、遺族側の意向で決まる。
1人であったり、2人だったり、3人であったりと、状況はその都度変る。
3人来るとは聞いていたが、その中に、まさか尼僧が混じっているとは思わなかった。
男性住職はかなりの高齢だ。だが2人の尼僧は見るからに若い。
ひとりは20を過ぎたばかり。もうひとりも、30歳手前くらいだろう。
導師が入場する時。しずしずと歩く尼僧の2人を見た瞬間、会場内から思わず、
『ほぅ~・・・』と、なんともいえないため息がひろがっていく。
反応の大半が、男たちによるものだ。
僧侶というと男性というイメージが強いが、女性僧侶は古くから存在している。
僧侶になることを希望するなら、たとえ女性であってもすべての宗派が受け入れてくれる。
仏教が誕生したお釈迦様の時代から、女性僧侶は存在していた。
かつては性差別のため、修行は別々が良いとされてきた。
女性だけの尼寺として、発展してきた寺院も有る。
だが雇用均等法の昨今では、差別なく受け入れるのが一般的になっている。
僧侶を希望する女性は、男性と同じように仏教系の学部で学ぶ。
さらに寺院で修行を積み、一人前になっていく。
しかし。尼僧の姿を見ると、なぜか本能的に男性たちの下心が微妙に動くようだ。
葬儀と告別式は、何事もなく無事に終わった。
だが式の終了とともに、キュウリ部会の祐三がちひろのもとへ飛んできた。
いつになく祐三の目が、血走っている。
どうやらさきほどの尼僧に、よほど惚れ込んだらしい。
「おい。お前を見込んで、相談が有る」と、祐三がいきなりちひろの肩を抱く。
「金ならいくらかかっても、かまわん。
さっきの2人の尼僧たちと、合コンの機会を作ってくれ。
お前も招待してやるから、早い時期に、うまい段取りを組んでくれ」
「今来た2人の尼僧さんたちと、合コンするんですか・・・
でもさすがに、出家した尼僧さんたちと合コンをするのは、宗教的に見て、
どう考えても、まずいものが有ると思います」
「馬鹿野郎。尼さんだって、もとをただせば人間だろう。
だいいち、いまどきの坊さんは結婚もすれば、好き勝手に子供も作る。
肉も食うし、酒だって飲む。
蓮台寺の住職なんか週に2回は、隣町のキャバクラで遊んでいるという噂だ。
頼むよ、なんとか仲を取り持ってくれ。
一生に、一度のお願いだからよぉ」
よほど尼僧に関心をもったのだろう。
だが世俗と縁を切っている尼僧と合コンしたいとは、なんとも途方もない企てだ。
祐三の背後に、合コンの仲間がいることも明らかだ。
会場に顔を見せた、キュウリ部会の全員が絡んでいる可能性さえある。
「お前。A5ランクの肉が、一度でいいから食いたいと言っていただろう。
正真正銘の松坂牛でどうだ。
上手く口説いてくれたら、A5ランクを食わせる松坂亭で合コンを開く。
どうだ。それならお前にも、不満は無いだろう」
松坂牛のA5ランクと聞いて、ちひろの心がぐらりと動く。
隣町に有る新勝寺に、2人の尼僧がいるという噂は聞いたことが有る。
だが実物を見るのは、ちひろも今日が初めてだ。
男たちには、尼頭巾をかぶった尼僧たちがよほどセンセーショナルに映ったのだろう。
熱ぽく語る祐三の眼が、野生の獣のようにランランと輝いている。
(35)へつづく
新田さらだ館は、こちら
葬儀場へやって来る僧侶のほとんどが、男性僧侶だ。
だが100%男性という訳ではない。ごくまれだが、例外が発生する。
男性僧侶にまじり、かなり少ない確率で尼僧が着いてくることが有る。
今日の葬儀が、まさにそれにあたる。
葬儀に来る僧侶の数は、遺族側の意向で決まる。
1人であったり、2人だったり、3人であったりと、状況はその都度変る。
3人来るとは聞いていたが、その中に、まさか尼僧が混じっているとは思わなかった。
男性住職はかなりの高齢だ。だが2人の尼僧は見るからに若い。
ひとりは20を過ぎたばかり。もうひとりも、30歳手前くらいだろう。
導師が入場する時。しずしずと歩く尼僧の2人を見た瞬間、会場内から思わず、
『ほぅ~・・・』と、なんともいえないため息がひろがっていく。
反応の大半が、男たちによるものだ。
僧侶というと男性というイメージが強いが、女性僧侶は古くから存在している。
僧侶になることを希望するなら、たとえ女性であってもすべての宗派が受け入れてくれる。
仏教が誕生したお釈迦様の時代から、女性僧侶は存在していた。
かつては性差別のため、修行は別々が良いとされてきた。
女性だけの尼寺として、発展してきた寺院も有る。
だが雇用均等法の昨今では、差別なく受け入れるのが一般的になっている。
僧侶を希望する女性は、男性と同じように仏教系の学部で学ぶ。
さらに寺院で修行を積み、一人前になっていく。
しかし。尼僧の姿を見ると、なぜか本能的に男性たちの下心が微妙に動くようだ。
葬儀と告別式は、何事もなく無事に終わった。
だが式の終了とともに、キュウリ部会の祐三がちひろのもとへ飛んできた。
いつになく祐三の目が、血走っている。
どうやらさきほどの尼僧に、よほど惚れ込んだらしい。
「おい。お前を見込んで、相談が有る」と、祐三がいきなりちひろの肩を抱く。
「金ならいくらかかっても、かまわん。
さっきの2人の尼僧たちと、合コンの機会を作ってくれ。
お前も招待してやるから、早い時期に、うまい段取りを組んでくれ」
「今来た2人の尼僧さんたちと、合コンするんですか・・・
でもさすがに、出家した尼僧さんたちと合コンをするのは、宗教的に見て、
どう考えても、まずいものが有ると思います」
「馬鹿野郎。尼さんだって、もとをただせば人間だろう。
だいいち、いまどきの坊さんは結婚もすれば、好き勝手に子供も作る。
肉も食うし、酒だって飲む。
蓮台寺の住職なんか週に2回は、隣町のキャバクラで遊んでいるという噂だ。
頼むよ、なんとか仲を取り持ってくれ。
一生に、一度のお願いだからよぉ」
よほど尼僧に関心をもったのだろう。
だが世俗と縁を切っている尼僧と合コンしたいとは、なんとも途方もない企てだ。
祐三の背後に、合コンの仲間がいることも明らかだ。
会場に顔を見せた、キュウリ部会の全員が絡んでいる可能性さえある。
「お前。A5ランクの肉が、一度でいいから食いたいと言っていただろう。
正真正銘の松坂牛でどうだ。
上手く口説いてくれたら、A5ランクを食わせる松坂亭で合コンを開く。
どうだ。それならお前にも、不満は無いだろう」
松坂牛のA5ランクと聞いて、ちひろの心がぐらりと動く。
隣町に有る新勝寺に、2人の尼僧がいるという噂は聞いたことが有る。
だが実物を見るのは、ちひろも今日が初めてだ。
男たちには、尼頭巾をかぶった尼僧たちがよほどセンセーショナルに映ったのだろう。
熱ぽく語る祐三の眼が、野生の獣のようにランランと輝いている。
(35)へつづく
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