落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (92)芸妓の隠し事

2015-07-26 06:24:41 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(92)芸妓の隠し事


 
 「もうお気づきでしょう。
 若女将の優奈ちゃんは、恵子が25年前に産んだ子供どす」

 
 多恵が、ずばりと結論を口にする。
「不倫ではおへん。自ら望んだうえでの、出産どす」
毎年ここへやって来るのはあの子の成長を確認するためどす、と多恵が付け加える。
ということは親子であることを、まだ若女将は知らされていない可能性が有る。


 「一年間休んだのは、恵子が決めたことどす。
 お相手は、秘湯の湯の跡取り息子。
 2人が出会ったのは、恵子が芸妓に襟替えをした最初の夏のことどす。
 祇園祭りの雑踏の中で、2人はたまたま出会いました。
 何か惹かれるものが有ったんでしょうねぇ。
 目が有った瞬間。京都の大学へ来たばかりの跡取り息子と、恋に落ちたそうどす。
 一時的なものとばかり思っとたのですが、おもいのほか長続きしました。
 跡取り息子が大学を卒業して、吉野へ戻っても、2人の熱は一向にさめません。
 2人の関係は水面下で、ひっそりと続いていたんどす」



 「相思相愛のロマンスが有ったのか、恵子さんには・・・
 ということは恵子さんは、あの子が産まれる前からここへ足を運んでいたわけか」


 「そうどす。吉野の山奥に通い始めて、足かけ30年になりますなぁ。
 都おどりが終わったあとの短いお休み。
 年末年始の4~5日の休暇を恵子は決まって、ここで過ごしていたんどす」



 「25歳の時。その人の子供を身ごもったというわけか」



 「覚悟のうえでの、妊娠どす。
 病名は知りませんがお相手の男性が、余命3年と医師から宣告されたそうどす。
 よせばよかったのにあなたの子供が欲しいと、恵子のほうから
 妊娠を望んだんどす」



 「それほどその男の人に惚れぬいていたという事か・・・恵子さんは」



 「生まれてきた子が、若女将の優奈ちゃんどす。
 父親がなくなるまでの5年あまり、彼女はここで、跡取り娘として育てられました。
 祇園へ連れて帰らなかったのは、恵子が、花街の暮らしに不安をおぼえたからどす。
 恋をすることは出来ても、芸妓のうちは所帯を持つことができません。
 子供が生まれても、我が子として手元で育てることは出来ません。
 そんな環境に、恵子は絶望していたんどす。
 手元で育てるより、跡取り娘として秘湯の宿で育ててもらうことを選択したんどす。
 もちろん。終生、親子として名乗らないことを誓約して。
 花街に、内縁の子として生まれ、育った子はたくさんおります。
 けど。花街に育った子供の全員が、幸せになったとは言い切れません。
 恵子は我が子が、秘湯の湯の子として育つほうを選択したんどす」



 「残酷な話だ。なにかもっと別の選択はなかったのか、もっとうまい方法が」


 
 「ええんやないどすか。
 わが子の笑顔を見るために、一年間、必死に花街で働きぬく。
 我が子であることは秘密どすから、せいぜい4~5000円の土産物を持って
 訪ねるのを楽しみにする。
 恵子はそんな風に、我が子を見つめる決心をしたんどす。
 そんな恵子をウチは25年間も、じっと見つめ続けてきたんどす」



 「芸妓の隠し事に、長年、黙ってつきあってきたということか・・・
 義理堅いんだねぇ。花街の同期の桜の付き合いは。
 恵子さんの毎回の吉野まいりに、必ず同行してきたということか。
 じゃあ吉野から鳥羽を経由して神戸まで行くのも、毎回の決まり事なんだね?」

 
 「その通りどす。若女将の優奈ちゃんは、6月の生まれ。
 6月の誕生石と言えば、パール(真珠)どす。
 世話になったお礼にとパールを買い求め、若女将に送ってあげるのも、毎回の事どす。
 今年も、25個目の真珠を神戸で買い求めることになりますなぁ」



 「25個目の真珠・・・」



 「宝石の王様がダイヤなら、パールは女王どす。
 他の石のように研磨を必要とせず、そのままで美しく輝く真珠は、海からの贈り物どす。
 内緒どすが鳥羽の海で恵子は、真珠の養殖いかだを見ながら、泣くんどす。
 もちろん。ウチも一緒に、同じように涙をこぼします・・・」


 
(93)へつづく
 

『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら

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