つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(92)芸妓の隠し事
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「もうお気づきでしょう。
若女将の優奈ちゃんは、恵子が25年前に産んだ子供どす」
多恵が、ずばりと結論を口にする。
「不倫ではおへん。自ら望んだうえでの、出産どす」
毎年ここへやって来るのはあの子の成長を確認するためどす、と多恵が付け加える。
ということは親子であることを、まだ若女将は知らされていない可能性が有る。
「一年間休んだのは、恵子が決めたことどす。
お相手は、秘湯の湯の跡取り息子。
2人が出会ったのは、恵子が芸妓に襟替えをした最初の夏のことどす。
祇園祭りの雑踏の中で、2人はたまたま出会いました。
何か惹かれるものが有ったんでしょうねぇ。
目が有った瞬間。京都の大学へ来たばかりの跡取り息子と、恋に落ちたそうどす。
一時的なものとばかり思っとたのですが、おもいのほか長続きしました。
跡取り息子が大学を卒業して、吉野へ戻っても、2人の熱は一向にさめません。
2人の関係は水面下で、ひっそりと続いていたんどす」
「相思相愛のロマンスが有ったのか、恵子さんには・・・
ということは恵子さんは、あの子が産まれる前からここへ足を運んでいたわけか」
「そうどす。吉野の山奥に通い始めて、足かけ30年になりますなぁ。
都おどりが終わったあとの短いお休み。
年末年始の4~5日の休暇を恵子は決まって、ここで過ごしていたんどす」
「25歳の時。その人の子供を身ごもったというわけか」
「覚悟のうえでの、妊娠どす。
病名は知りませんがお相手の男性が、余命3年と医師から宣告されたそうどす。
よせばよかったのにあなたの子供が欲しいと、恵子のほうから
妊娠を望んだんどす」
「それほどその男の人に惚れぬいていたという事か・・・恵子さんは」
「生まれてきた子が、若女将の優奈ちゃんどす。
父親がなくなるまでの5年あまり、彼女はここで、跡取り娘として育てられました。
祇園へ連れて帰らなかったのは、恵子が、花街の暮らしに不安をおぼえたからどす。
恋をすることは出来ても、芸妓のうちは所帯を持つことができません。
子供が生まれても、我が子として手元で育てることは出来ません。
そんな環境に、恵子は絶望していたんどす。
手元で育てるより、跡取り娘として秘湯の宿で育ててもらうことを選択したんどす。
もちろん。終生、親子として名乗らないことを誓約して。
花街に、内縁の子として生まれ、育った子はたくさんおります。
けど。花街に育った子供の全員が、幸せになったとは言い切れません。
恵子は我が子が、秘湯の湯の子として育つほうを選択したんどす」
「残酷な話だ。なにかもっと別の選択はなかったのか、もっとうまい方法が」
「ええんやないどすか。
わが子の笑顔を見るために、一年間、必死に花街で働きぬく。
我が子であることは秘密どすから、せいぜい4~5000円の土産物を持って
訪ねるのを楽しみにする。
恵子はそんな風に、我が子を見つめる決心をしたんどす。
そんな恵子をウチは25年間も、じっと見つめ続けてきたんどす」
「芸妓の隠し事に、長年、黙ってつきあってきたということか・・・
義理堅いんだねぇ。花街の同期の桜の付き合いは。
恵子さんの毎回の吉野まいりに、必ず同行してきたということか。
じゃあ吉野から鳥羽を経由して神戸まで行くのも、毎回の決まり事なんだね?」
「その通りどす。若女将の優奈ちゃんは、6月の生まれ。
6月の誕生石と言えば、パール(真珠)どす。
世話になったお礼にとパールを買い求め、若女将に送ってあげるのも、毎回の事どす。
今年も、25個目の真珠を神戸で買い求めることになりますなぁ」
「25個目の真珠・・・」
「宝石の王様がダイヤなら、パールは女王どす。
他の石のように研磨を必要とせず、そのままで美しく輝く真珠は、海からの贈り物どす。
内緒どすが鳥羽の海で恵子は、真珠の養殖いかだを見ながら、泣くんどす。
もちろん。ウチも一緒に、同じように涙をこぼします・・・」
(93)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(92)芸妓の隠し事
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「もうお気づきでしょう。
若女将の優奈ちゃんは、恵子が25年前に産んだ子供どす」
多恵が、ずばりと結論を口にする。
「不倫ではおへん。自ら望んだうえでの、出産どす」
毎年ここへやって来るのはあの子の成長を確認するためどす、と多恵が付け加える。
ということは親子であることを、まだ若女将は知らされていない可能性が有る。
「一年間休んだのは、恵子が決めたことどす。
お相手は、秘湯の湯の跡取り息子。
2人が出会ったのは、恵子が芸妓に襟替えをした最初の夏のことどす。
祇園祭りの雑踏の中で、2人はたまたま出会いました。
何か惹かれるものが有ったんでしょうねぇ。
目が有った瞬間。京都の大学へ来たばかりの跡取り息子と、恋に落ちたそうどす。
一時的なものとばかり思っとたのですが、おもいのほか長続きしました。
跡取り息子が大学を卒業して、吉野へ戻っても、2人の熱は一向にさめません。
2人の関係は水面下で、ひっそりと続いていたんどす」
「相思相愛のロマンスが有ったのか、恵子さんには・・・
ということは恵子さんは、あの子が産まれる前からここへ足を運んでいたわけか」
「そうどす。吉野の山奥に通い始めて、足かけ30年になりますなぁ。
都おどりが終わったあとの短いお休み。
年末年始の4~5日の休暇を恵子は決まって、ここで過ごしていたんどす」
「25歳の時。その人の子供を身ごもったというわけか」
「覚悟のうえでの、妊娠どす。
病名は知りませんがお相手の男性が、余命3年と医師から宣告されたそうどす。
よせばよかったのにあなたの子供が欲しいと、恵子のほうから
妊娠を望んだんどす」
「それほどその男の人に惚れぬいていたという事か・・・恵子さんは」
「生まれてきた子が、若女将の優奈ちゃんどす。
父親がなくなるまでの5年あまり、彼女はここで、跡取り娘として育てられました。
祇園へ連れて帰らなかったのは、恵子が、花街の暮らしに不安をおぼえたからどす。
恋をすることは出来ても、芸妓のうちは所帯を持つことができません。
子供が生まれても、我が子として手元で育てることは出来ません。
そんな環境に、恵子は絶望していたんどす。
手元で育てるより、跡取り娘として秘湯の宿で育ててもらうことを選択したんどす。
もちろん。終生、親子として名乗らないことを誓約して。
花街に、内縁の子として生まれ、育った子はたくさんおります。
けど。花街に育った子供の全員が、幸せになったとは言い切れません。
恵子は我が子が、秘湯の湯の子として育つほうを選択したんどす」
「残酷な話だ。なにかもっと別の選択はなかったのか、もっとうまい方法が」
「ええんやないどすか。
わが子の笑顔を見るために、一年間、必死に花街で働きぬく。
我が子であることは秘密どすから、せいぜい4~5000円の土産物を持って
訪ねるのを楽しみにする。
恵子はそんな風に、我が子を見つめる決心をしたんどす。
そんな恵子をウチは25年間も、じっと見つめ続けてきたんどす」
「芸妓の隠し事に、長年、黙ってつきあってきたということか・・・
義理堅いんだねぇ。花街の同期の桜の付き合いは。
恵子さんの毎回の吉野まいりに、必ず同行してきたということか。
じゃあ吉野から鳥羽を経由して神戸まで行くのも、毎回の決まり事なんだね?」
「その通りどす。若女将の優奈ちゃんは、6月の生まれ。
6月の誕生石と言えば、パール(真珠)どす。
世話になったお礼にとパールを買い求め、若女将に送ってあげるのも、毎回の事どす。
今年も、25個目の真珠を神戸で買い求めることになりますなぁ」
「25個目の真珠・・・」
「宝石の王様がダイヤなら、パールは女王どす。
他の石のように研磨を必要とせず、そのままで美しく輝く真珠は、海からの贈り物どす。
内緒どすが鳥羽の海で恵子は、真珠の養殖いかだを見ながら、泣くんどす。
もちろん。ウチも一緒に、同じように涙をこぼします・・・」
(93)へつづく
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