つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(93)真珠の町

紀伊半島を東に向かって走ること、3時間。
鳥羽市から志摩市まで続く、パールロードの起点にようやくのことでたどり着く。
海沿いの壮大なドライブの道がはじまる。
前方に英虞湾に浮かぶ最大の島、賢島の姿が見えてきた。
夕陽が綺麗に見えることで有名な賢島大橋が、すぐ目の前に現れる。
午後4時を過ぎたばかりだが、すでに海面が茜色に染まりはじめている。
「まぁ綺麗。涙が出ちゃうほど、美しい」とすずが、溜息をつく。
(涙が出ているのは、後部スペースに居る恵子さんのほうだろう・・・)と
勇作が、もごもごと口の中でつぶやく。
「え?」と怪訝そうな顔で振り返るすずに、「いや。何でもない、ただの独り言だ」
と勇作が、あわてて苦笑いを浮かべる。
夕日を見る、ちょうどよい時間帯に橋へ到着した。
賢島大橋は、日本夕日百選に選ばれている夕日を見るための景勝地だ。
勇作が、キャンピングカーを路肩に停める。
賢島大橋から、養殖真珠の筏を浮かべた英虞湾(あごわん)の様子が一望できる。
女たちが、窓ガラスに額を寄せてくる。
オレンジ色に染まった海原に、真っ赤な夕日がゆっくりと沈んでいく。
賢島(かしこじま)は、本土と短い橋でつながってる。
電車も乗り入れてるから、離島という感じがまったく漂ってこない。
英虞湾といえば真珠が有名で、たくさんの真珠が養殖されている。
目抜き通りに、老舗真珠屋「松井眞珠店」の古い和風の建物が、いまでも残っている。
松井眞珠店の創業は明治38年というから、かれこれ100年になる。
ここはまた映画『男はつらいよ 寅次郎物語』(39作)の、舞台にもなった。
陽が落ちて、名残惜しそうにオレンジ色が褪せていく頃。
恵子が後部キャビンから運転席へ、顔を出した。
「今日の泊りは、賢島どす。行く先は、志摩観光ホテル クラシック。
わざわざ泊まりに行くのは、実は、特別な事情が有んのどす」と、意味深く笑う。
「特別な事情がある?。何だい、特別な理由とは」
「ホテルは、2015年の5月から2016年の春まで、耐震補強と客室の改装で
1年間ほどお休みになるんどす。
泊まるのなら、いまがおすすめ、ということになるんどすなぁ」
「耐震補強工事に入るホテルへ、わざわざ泊まりに行くのかい。
物好きだなぁ、君たちは」
「行けばわかります。志摩で開業60周年をほこる老舗のホテルどす。
最上階から見下ろすリアス式海岸のシルエットは、涙が出るほど美しいおすえ」
「今日もホテルに泊まるのか・・・」勇作が、ふっと吐息を洩らす。
「ホテルに泊まるのが、気に入らないみたいどすなぁ。勇作はんは」
と恵子が、チラリと勇作を睨む。
「別にかまへんえ。ウチ等は、すずさんと3人で泊まりおす。
あんたは勝手にキャンピングカーの中で、膝を抱えてひとりで寝たらええやろ。
まだお正月の2日目どす。初夢を見るための大切な日どす。
6階にある最上級の部屋を予約してあげたというのに、欲のない人やなぁ、
あんたはんというお方も」
6階の最上級の部屋と聞いて、勇作の気持ちが揺らぐ。
「そういうことなら考える。泊まってやってもいいぞ。
もちろん、すずと一緒の部屋なんだろうな?」
「阿保、女3人は、4階の和室どす。ウチなぁ、ベッドは苦手やねん。
夜中に一度ベッドから落ちて以来、布団でないと寝られない女になったんどす。
堪忍してな。今夜もご期待に添えなくてぇ・・・」
うふふと嬉しそうに、恵子が声をあげて妖艶に笑う。
(94)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(93)真珠の町

紀伊半島を東に向かって走ること、3時間。
鳥羽市から志摩市まで続く、パールロードの起点にようやくのことでたどり着く。
海沿いの壮大なドライブの道がはじまる。
前方に英虞湾に浮かぶ最大の島、賢島の姿が見えてきた。
夕陽が綺麗に見えることで有名な賢島大橋が、すぐ目の前に現れる。
午後4時を過ぎたばかりだが、すでに海面が茜色に染まりはじめている。
「まぁ綺麗。涙が出ちゃうほど、美しい」とすずが、溜息をつく。
(涙が出ているのは、後部スペースに居る恵子さんのほうだろう・・・)と
勇作が、もごもごと口の中でつぶやく。
「え?」と怪訝そうな顔で振り返るすずに、「いや。何でもない、ただの独り言だ」
と勇作が、あわてて苦笑いを浮かべる。
夕日を見る、ちょうどよい時間帯に橋へ到着した。
賢島大橋は、日本夕日百選に選ばれている夕日を見るための景勝地だ。
勇作が、キャンピングカーを路肩に停める。
賢島大橋から、養殖真珠の筏を浮かべた英虞湾(あごわん)の様子が一望できる。
女たちが、窓ガラスに額を寄せてくる。
オレンジ色に染まった海原に、真っ赤な夕日がゆっくりと沈んでいく。
賢島(かしこじま)は、本土と短い橋でつながってる。
電車も乗り入れてるから、離島という感じがまったく漂ってこない。
英虞湾といえば真珠が有名で、たくさんの真珠が養殖されている。
目抜き通りに、老舗真珠屋「松井眞珠店」の古い和風の建物が、いまでも残っている。
松井眞珠店の創業は明治38年というから、かれこれ100年になる。
ここはまた映画『男はつらいよ 寅次郎物語』(39作)の、舞台にもなった。
陽が落ちて、名残惜しそうにオレンジ色が褪せていく頃。
恵子が後部キャビンから運転席へ、顔を出した。
「今日の泊りは、賢島どす。行く先は、志摩観光ホテル クラシック。
わざわざ泊まりに行くのは、実は、特別な事情が有んのどす」と、意味深く笑う。
「特別な事情がある?。何だい、特別な理由とは」
「ホテルは、2015年の5月から2016年の春まで、耐震補強と客室の改装で
1年間ほどお休みになるんどす。
泊まるのなら、いまがおすすめ、ということになるんどすなぁ」
「耐震補強工事に入るホテルへ、わざわざ泊まりに行くのかい。
物好きだなぁ、君たちは」
「行けばわかります。志摩で開業60周年をほこる老舗のホテルどす。
最上階から見下ろすリアス式海岸のシルエットは、涙が出るほど美しいおすえ」
「今日もホテルに泊まるのか・・・」勇作が、ふっと吐息を洩らす。
「ホテルに泊まるのが、気に入らないみたいどすなぁ。勇作はんは」
と恵子が、チラリと勇作を睨む。
「別にかまへんえ。ウチ等は、すずさんと3人で泊まりおす。
あんたは勝手にキャンピングカーの中で、膝を抱えてひとりで寝たらええやろ。
まだお正月の2日目どす。初夢を見るための大切な日どす。
6階にある最上級の部屋を予約してあげたというのに、欲のない人やなぁ、
あんたはんというお方も」
6階の最上級の部屋と聞いて、勇作の気持ちが揺らぐ。
「そういうことなら考える。泊まってやってもいいぞ。
もちろん、すずと一緒の部屋なんだろうな?」
「阿保、女3人は、4階の和室どす。ウチなぁ、ベッドは苦手やねん。
夜中に一度ベッドから落ちて以来、布団でないと寝られない女になったんどす。
堪忍してな。今夜もご期待に添えなくてぇ・・・」
うふふと嬉しそうに、恵子が声をあげて妖艶に笑う。
(94)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます