落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第18話

2013-03-25 10:06:29 | 現代小説

連載小説「六連星(むつらぼし)」第18話
「原爆奴隷とは」




 「福島の第一原発の事故以来、沢山の人たちが
 復旧作業で、現場で必死に頑張っている様子をテレビで見ています。
 原発の本当の姿と言うものは、それほどまでにきわめてひどいものなんですね・・・・。
 ごめんなさい。そんな実態を、私は初めて知りました」


 「当然です。
 ほとんど、表社会には登場をさせない闇の部分で、原発のもつ裏の事情です。
 日本の原発を取り巻いている、きわめて特殊で特別な裏の話です。
 これで、原発が見た目のハイテク設備だけで維持運営をされているのではなく、
 多くの原発労働者が、常に被ばくの危険性にさらされながら
 働いているおかげで、かろうじて稼働しているということが、充分にお分かりだと思います。
 もっといえば、この人たちは常に、使い捨てられるための労働者です。
 こうした『現場』で働く者たちに、電力会社の社員は全く含まれていません。
 下請け業者も、本来ならば、3次か4次までの下請けしか認められていないというのに、
 実際には、7次や8次などの下請け業者まで存在をしています。
 さらにその下で、臨時に雇用されたという、そんなな人たちも大勢います。
 まさに、彼らは使い捨ての消耗品そのものです」

 「消耗品だなんて・・・・
 それって違法どころか、まったく奴隷といえる世界でしょう」



 響が、思わず驚きの声をあげます。
目を細めた雄作がそんな響を見つめ、さらに俊彦の顔も見上げました。



 「お嬢さん。原発労働者の大半の人たちが、
 原発奴隷や、原発ジプシーなどと呼ばれているのは、実はそのためです。
 津波で破壊され、福島第一原発の廃墟と化した現場には、
 もう失うものを何も持たない者達が、常に入れ替わりで送り込まれています。
 そうした人たちは今でも日本中でかき集められ、さらに多くの人が
 次から次へと福島へ送り込まれています。
 今もそうした実態は、何ひとつ解決をされていません。
 放射能が蔓延をする福島第一原発は、その後処理のために常に大量の
 『使い捨て』の働き手と労働力を必要としているのです。
 
  原発奴隷は、日本の原発の運転が始まった時点から存在をしました。
 そしてその『消耗品』は、当初から世の中の特別な人たちによってかき集められました。
 私が3年ほど前に会った『専務』と呼ばれていた男性は、
 特別な人たちによって、原発奴隷にされてしまった一人です。
 『専務』はかつては、土木関連の準大手で働いていた有能な管理職の一人です。
 ところが不況のあおりで会社は倒産、本人もあっというまに破産をして
 家族は離散し、急転直下でホームレスになってしまいました。
 今の時代の東京には、そんな男たちが溢れるほどたくさんいます。

 
  その『専務』が東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、
 二人の男が近づいてきて、仕事の話を持ちかけられました。
 特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額がその場で支払われ、
 48時間で戻って来られるという、すこぶるの美味しい話です。
 2日後に、この破産した元専務と、その他の10名のホームレスは、
 首都から北へ200kmに位置する福島第一発電所に運ばれ、
 そこで、清掃人として登録をされました。
 「何の清掃人だ?」と誰かが尋ねたそうですが、
 現場の監督は黙ったまま、特別な服を配り、
 円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らは連れていきました。
 30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、
 3分ごとに外部へ息をしに出なければならなかった、と、いうほど
 きわめて劣悪な作業環境だったようです。


  渡された放射線測定器は、最大値をはるかに超えていたために、
 きっと故障しているに違いないと、彼らは考えたそうです。
 熱さに耐えきれず一人、また一人と、顔を覆っていたマスクを外してしまいます。
 めがねのガラスは曇ってしまい、とても視界が悪かったと言います。
 ここでは、時間内に仕事を終えないと、支払いはされない約束になっていました。
 53歳だった『専務』がこの時のことを回想して、こう断言をしました。
 『俺達は、もっとも危険な原子炉の中にいる』って・・・・
  
  この福島原発訪問の3年後になってから、
 東京の新宿公園のホームレスたちに対し、黄ばんだ張り紙が現れ、
 原子力発電所に行かないように、と、次のように警告を発するようになりました。


 “福島の仕事を絶対に受けるな。殺されるぞ”。


  しかし彼らの多くにとって、この警告は遅すぎました。
 日本の原子力発電所における最も危険な仕事は、
 下請けの労働者やホームレス、非行少年や放浪者、貧困者などを募ることで、
 実に30年以上もの間にわたって、習慣的に行われてきました。
 そして、それは何も変わることなく今日も続いています。
 ある大学教授の調査によれば、この間に、
 700人から1000人の下請け労働者が病気で亡くなり、
 さらに何千人もの原発労働者たちが、癌にかかっている疑いが有るそうです」




 「聞くにたえないほどの、凄惨な原発の実態です・・・・
 福島第一原発の、あの事故が起らなければ、
 こうした事実もまた、闇にほうむられてしまったのでしょうか」


 「お嬢さんは、トシさんから、そんな話を聞いたことは無いのですか?
 原発で働いて体調を崩したり、健康を損ねた原発労働者の人たちが、
 何人もトシさん達に助けられているのです。
 さきほども言いましたが、私もそのうちの一人です」


 「えっ、・・・・」



 「いや、そんな大げさなものではない。
 住所も持たず、あちこちの原発を動きまわる人たちが行き詰まった時に
 住まいを提供して、医療機関を紹介しているというだけの話だ。
 幸いなことに、俺の知り合いには、医者も居れば弁護士も居る。
 彼らがつかの間の休息をするために、そうした便宜を図っているだけの話だ。
 こうした問題の抜本的な解決方法は、今のところは、
 残念な話だが、まったく無い」

 「そんなぁ・・・・」


 響が大きく目を見開いています。



 「日本は、アメリカやフランスに続いて、
 被爆国でありながらも、54基(世界第3位)の原子力発電所を持っています。
 それも福井や福島、新潟などの限られた地域に集中をしていて、
 そのすべてが海沿いに建設をされています。
 だが、日本の原発は、その出だしからして間違っていたようです。
 いわゆる見切り発車というものにあたりました。
 原発内部には、おびただしい数の配管が並んでいます。
 配管だらけといってもいいでしょう。
 それに「ひび」が入ると、やすやすと放射能が漏れることになってしまいます。
 開発当時から、たびたび「ひび」は入っていたと言われています。
 最高の溶接技術を持っている日本の溶接工をもってしても、「ひび」は
 当初から入っていたという話です。
 原発の開発技術ですら、こんな危なっかしいほどの綱渡りの状態です。
 使用済みの核燃料はどう廃棄するのか、というもっとも大切な結論も
 いまだに、まったく出されていません。
 今は、水の入ったプールに溜め置かれていますが、
 再処理の方法が解決をしない限り、それが数十年間も続くことになります。
 で、危険物となった核燃料の、最終処理をどうするかというもっとも大事なことは、
 まったく今となっては議論さえもされず、
 もうすっかりとお手上げの状態になっている始末です。
 極めて危険な、使用済み燃料の『放置』状態がいまだに延々と続いています。
 まあ、そのうちに何とかなるだろうという程度に考えて、政府も電力会社も
 危険な使用済み核燃料の、事実上の放置を続けています。
 しかし、発足から半世紀が経った今でも、なんら何一つ解決をしないままです・・・
 プールから出た核燃料は、行き場を失って放置されています。
 核燃料の最終処理と言う、後始末をまったくつけないようにしたまま、
 原発は、あわてたままに、見切り発車をしてきたのです」

(19)へ、つづく





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