「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第63話 芸妓の化粧
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/ca/0e78fcd75b8152e18e9b2be032f0e283.jpg)
「お姉さんの化粧を、じっくり見ることどす。
湯上りのほんのり上気した顔で鏡台の前に座り、首筋を深く抜いた浴衣姿で、
びん付け油を掌に乗せて、じっくり溶かすことからはじめます。
両手で顔にまんべんなくつけた後、水で溶かしたおしろいを、
刷毛で鼻筋に沿って引くんどす。
それから顔全体、首筋、背中と、全部、自分で器用に塗らはるんどすなぁ。
眉を描き、目を描き、最後に目元と唇に朱を入れると、
顔全体が、ぱぁっと花開いたように明るくなります。
あたしは、お祖母さんの化粧する様子を見ながら、こども心にも
色っぽいなぁと感心してました。
あんたもこれから、おしろいの使い方を習得する必要がおます。
けど。あんたの姉さんの佳つ乃(かつの)はんは、もともと美形どすが、
祇園のおしろいにかけても、屈指の達人どす。
あとでゆっくり教せてもろたら、ええ」
「おしろいを使いこなすのは、そこまで難しいもんなんどすか!」
「出たての舞妓に、いきなりの白塗りは無理やなぁ。
たいていは屋形の女将か、専属の美容師が舞妓の顔をつくりあげる。
出たての舞妓の白い顔が、まだら模様になっていたのでは、話になりまへん。
白、赤、黒の3色で、祇園で働く女は見事なまでに変身します。
ま、あんたもそのうちに分かることどす。
あ。いけん、もうこんな時間や。片づけなならん仕事が有ったんや」
慌てて置屋の女将が立ち上がる。
立ち去ろうとする女将の手もとから、サラがするりと伝票を奪い取る。
「お母さん、あきまへん。
ためになるお話を聞いたうえ、お茶までごちそうになったらバチが当たります」
「何言うてんの。年配者が払うのは、この世界ではあたりまえのことや。
あんたは気にせんと、ごちそうさんと笑っていればええことどす」
「それでは、ウチがお母さんに叱られます。
帰国子女ですから、ウチはあちこちで面倒かけることが多くなります。
おしゃべりしてくれたお礼に、どなた様であれ、お茶代くらいは払いなさいと
勝乃お母さんから、きつく言われとります。
接待交際費をけちったらあかん。というのがお母さんの日頃からの口癖どす」
「ほう~。改革派の勝乃らしい教育方針やな。
よし、分かりました。今日は喜んであんたのごちそうになりまひょ。
けどなぁ。勝乃とは、死ぬまで一緒に頑張ろうと誓い合った同期の戦友や。
このまま引き下がったんでは、あたしの女が廃ります。
ウチからご祝儀をあげますさかい、なんかのときの足しにしたらええ」
くるりと背を向けた女将が、財布から1万円札を取り出す。
和紙に包もうとしたが、あいにく持ち合わせがない。
懐から取り出した友禅染の端切れに、はらりと包んでサラに手渡す。
「帰国子女じゃ無理やろうと、正直あたしも思っておりました。
けどなぁ、はなしをしてみてようやくわかりました。
薄いブルーの眼をしているけど、あんたは、正真正銘の日本の女の子や。
けどなぁ。祇園は伝統と格式に異常なまでにこだわる特殊な世界や。
古典芸能で生きる人たちの中には、保守的な考え方のお人がけっこう多いんや。
才能のある子でも、普通に挫折するのがこの世界どす。
結果はシンプルや。競争に生き残った者だけが祇園での成功者や。
負けたらあかんで絶対に。
偏見や、誹謗中傷なんかに負けたらあかん。見事に生き残ってごらん。
その時はあたしも、大手を振ってあんたを応援するひとりになってあげます。
けどなぁ。いまは隠れた立場の応援者や。
お母さんの勝乃に伝えておいてや。
将来楽しみな新人が現れましたねぇ、と、かつての戦友が言っとりましたとね」
何か有ったらまたおいでと、女将さんが木屋町のカフェを後にする。
(祇園はやっぱり小粋だな、・・・)離れた席から一部始終を見ていた
路上似顔絵師が、そっと小さな声でつぶやいた。
第64話につづく
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