からっ風と、繭の郷の子守唄(94)
「本音を言えない貞園は、実は、常習の過呼吸症候群の持ち主」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/b4/6a334274ff28369f48109201f0a1cba8.jpg)
「初めてとはいえません。おそらく常習性の過呼吸症候群です」
貞園の診察を終えた赤いメガネの女医先生が、きっぱりとそう言い切ります。
手当を受けてすっかりと落ち着きを取り戻した貞園は、今は安らかな寝息を立てて寝入っています。
「常習性ですか?。しかし、今までに一度も目撃をした記憶がありません」と訝る康平へ、
「間違いないは無いと思います」女医の先生が自信たっぷりに微笑んでいます。
「廊下でお話しをしましょ。
患者さんには休んでもらうことが一番です。部外者はお外で」
康平と千尋を、目で誘います。
「過呼吸症候群は、若い女性に比較的多くみられる病気です。
まれに、男性や高齢者などにみられることもありますが、ほぼ女性にかぎられた病です。
発作が生じてくると、息があらくなり、徐々に両手の指先や、
口の周りに、しびれたような感覚がおきてきます。
何らかの誘因により、脳内にある呼吸中枢部が過剰に刺激をされた結果、
呼吸を多くしすぎるために、血液の中にある二酸化炭素が急激に減ります。
この過呼吸という状態に陥ると、当人は空気が吸い込めないような苦しさを強く感じます。
過呼吸発作は、一生に一度しか出ないという人もあれば、時期により
毎日頻発するというケースもあります。
診断を終えてから、早めに落ち着いた様子などから判断をすると、
患者さんは、まちがいなく常習的な過呼吸症と思われます。
周囲が初めてと驚ろいているように、たぶん、本人も人の目のあるところでの、
初めてという発作を、体験したと思います」
「普段から貞園は、過呼吸には悩まされてきたという意味ですか?」
「その通りだと、自信を持って推測ができます。
発作の原因としては、何事に対しても不安になりやすい性格の人に
生じやすいという傾向があります。
またそうした性格と関係なく、現実の過剰な心理的ストレスや、
運動(マラソンなど)などから、誘発されることもあります。
たとえば、女子高校のマラソン大会でゴールをした直後に、
過呼吸発作を生じてしまうケースなども、決して珍しい例ではありません。
遊び心で年頃の女の子たちが、意図的に呼吸を数分間早めるだけでも、
過呼吸発作を誘発してしまう場合もあるくらいですから。
過呼吸発作は、パニック障害の一症状としてみられる場合もあります。
持続的な不安や不満、心理的緊張や怒りなど、気分を大きく興奮させる状況で生じやすく、
過労や寝不足、風邪による発熱などでも、発症は助長されてしまいます」
「ストレスも、原因になりやすいということですね」
「ストレスによる身体の反応に、『臓器選択性』というものがあります。
ストレスにより、ある人は胃腸症状になり、ある人は頭痛になり、
そしてある人達は、過呼吸症の症状に陥ります。
過呼吸症の診断は、簡単にできます。
発作時に、動脈血の酸素濃度と二酸化炭素の濃度を病院で調べてもらえば、
診断は容易につきます。
これは少量の採血で即刻(1分間)のもとに、診断が可能です。
発作時には、血中の二酸化炭素の濃度が異常に下がり、逆に酸素濃度が高くなっています。
同様の採血で、血液のPHがアルカリ側に偏移(呼吸性アルカローシス)をしています。
まれにですが、狭心症や気胸、気管支喘息、脳腫瘍、脳炎、日射病との
鑑別が、別に必要な場合もあります。
診察室でわざと速い呼吸をさせ、過呼吸を誘発させる「過呼吸誘発テスト」という
補助的な診断方法などもあります。
いずれにしても過呼吸は、時間がすぎれば、快癒をしてしまう病気です。
ただし当の本人には、また再発したらどうしょうという不安が常につきまといます。
ゆえに、本来は主治医とちゃんと相談をして、適切な治療が必要となる病気のひとつです。
過呼吸の多くが、「体質的なもの」と「心理的興奮」の協同合作です。
私の印象では、周囲に迎合しすぎる自己犠牲的な人に、この病気が多いように思われます。
すこし入院をさせて経過を見たいと思いますが、どうします?
もちろん、本人が望めばという、お話ですが」
「あのう・・・・私たちの対応は、どのようにするのが一番でしょうか」
千尋が恐る恐る女医へ質問を投げかけます。
赤いメガネを軽く押しあげた女医が、にこやかにその質問へ応えます。
「良い質問です。
患者さんは、適切な診療と精神安定剤などの投与で、一時的には落ち着きます。
さらに発作の原因となるような、日常生活での不満や不安、怒り、というものが
なんとなく自覚できるようならば、その点を整理し明確にしていくことが
治療には、有利になります。
カウンセリングで、それらを言語化し、発散させていくような治療も有効的です。
ただし若い女性の場合、周りが過剰に心配をしすぎて反応すると、
本人が余計に心をかき乱され、症状が悪化してしまう傾向もあります。
発作がおきても、周囲の人はなるべく冷静に対処をします。
このこともまた、治療上での重要なポイントです」
「では、何かあったらまた呼んでください」と、乾いた靴音を響かせながら、
女医先生が白衣の裾を翻して、廊下を颯爽と立ち去っていきます。
「日常生活のストレスねぇ・・・・」康平が、ため息まじりにつぶやきます。
「パパの再婚話が、引き金になったのかしらねぇ。
口にはしていないけど、当人には、相当のショックだったみたいだもの」
「常習性という可能性が有ると言っていたから、意外に根は深そうだ。
今日は俺が付き添うから、君はもう帰って休んだほうがいい。
その代わり、数日間は入院をさせたほうがよさそうがから、
女の人が入院に必要なものをひととおり揃えて、明日また、病院へ来てくれないか。
光太郎氏へは、後で連絡を入れるように陽子ママに頼んでおく。
悪いね。面倒をかけて」
「いいわよ。それくらいならお安い御用です。
あのね、康平くん。こんな時に変な話だけど、貞ちゃんは、
あなたから妹扱いをされることにも、 実は、前々から不満が溜まっていたみたいなの。
時々、私が嫉妬するくらいの目で、康平くんを見ている時があるんだもの。
私だって、それくらいは何となく気がつきます。
でもね。必要以上に優しくし過ぎないでね。今度は私が『過呼吸』になっちゃうから」
「から。こんな時に悪い冗談を言うなよ。不謹慎だろう」
「うふふ。全部本当の話です。
今の貞ちゃんには優しさが必要だけど、くれぐれも患者さんへの
『お見舞いの愛』だけに限定をしてくださいね。
康平くんは、誰にでも常に優しすぎるんだもの。時々危なかしくて見ていられません。
私だって、感じやすい女のひとりです。
明日の朝、8時くらいにまた来ますからそれで交代をしましょう。
じゃ、また。明日会いましょう」
くるりと背を向けた千尋が、廊下を少し大股で遠ざかっていきます。
(あれ。泊まるとは言っていないのに、朝まで居ろと言いきったぞ。今。
貞園から、目を離すなという意味か。まだ何か有るのかな・・・・
事態は思った以上に深刻ということか。
やっぱり俺には、女という生き物が何を考えているのか、いまだに、
さっぱりと、見当がつかない・・・)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/64/665a63b5f18e62221fb07ee2f87dfb86.jpg)
・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら
「本音を言えない貞園は、実は、常習の過呼吸症候群の持ち主」
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貞園の診察を終えた赤いメガネの女医先生が、きっぱりとそう言い切ります。
手当を受けてすっかりと落ち着きを取り戻した貞園は、今は安らかな寝息を立てて寝入っています。
「常習性ですか?。しかし、今までに一度も目撃をした記憶がありません」と訝る康平へ、
「間違いないは無いと思います」女医の先生が自信たっぷりに微笑んでいます。
「廊下でお話しをしましょ。
患者さんには休んでもらうことが一番です。部外者はお外で」
康平と千尋を、目で誘います。
「過呼吸症候群は、若い女性に比較的多くみられる病気です。
まれに、男性や高齢者などにみられることもありますが、ほぼ女性にかぎられた病です。
発作が生じてくると、息があらくなり、徐々に両手の指先や、
口の周りに、しびれたような感覚がおきてきます。
何らかの誘因により、脳内にある呼吸中枢部が過剰に刺激をされた結果、
呼吸を多くしすぎるために、血液の中にある二酸化炭素が急激に減ります。
この過呼吸という状態に陥ると、当人は空気が吸い込めないような苦しさを強く感じます。
過呼吸発作は、一生に一度しか出ないという人もあれば、時期により
毎日頻発するというケースもあります。
診断を終えてから、早めに落ち着いた様子などから判断をすると、
患者さんは、まちがいなく常習的な過呼吸症と思われます。
周囲が初めてと驚ろいているように、たぶん、本人も人の目のあるところでの、
初めてという発作を、体験したと思います」
「普段から貞園は、過呼吸には悩まされてきたという意味ですか?」
「その通りだと、自信を持って推測ができます。
発作の原因としては、何事に対しても不安になりやすい性格の人に
生じやすいという傾向があります。
またそうした性格と関係なく、現実の過剰な心理的ストレスや、
運動(マラソンなど)などから、誘発されることもあります。
たとえば、女子高校のマラソン大会でゴールをした直後に、
過呼吸発作を生じてしまうケースなども、決して珍しい例ではありません。
遊び心で年頃の女の子たちが、意図的に呼吸を数分間早めるだけでも、
過呼吸発作を誘発してしまう場合もあるくらいですから。
過呼吸発作は、パニック障害の一症状としてみられる場合もあります。
持続的な不安や不満、心理的緊張や怒りなど、気分を大きく興奮させる状況で生じやすく、
過労や寝不足、風邪による発熱などでも、発症は助長されてしまいます」
「ストレスも、原因になりやすいということですね」
「ストレスによる身体の反応に、『臓器選択性』というものがあります。
ストレスにより、ある人は胃腸症状になり、ある人は頭痛になり、
そしてある人達は、過呼吸症の症状に陥ります。
過呼吸症の診断は、簡単にできます。
発作時に、動脈血の酸素濃度と二酸化炭素の濃度を病院で調べてもらえば、
診断は容易につきます。
これは少量の採血で即刻(1分間)のもとに、診断が可能です。
発作時には、血中の二酸化炭素の濃度が異常に下がり、逆に酸素濃度が高くなっています。
同様の採血で、血液のPHがアルカリ側に偏移(呼吸性アルカローシス)をしています。
まれにですが、狭心症や気胸、気管支喘息、脳腫瘍、脳炎、日射病との
鑑別が、別に必要な場合もあります。
診察室でわざと速い呼吸をさせ、過呼吸を誘発させる「過呼吸誘発テスト」という
補助的な診断方法などもあります。
いずれにしても過呼吸は、時間がすぎれば、快癒をしてしまう病気です。
ただし当の本人には、また再発したらどうしょうという不安が常につきまといます。
ゆえに、本来は主治医とちゃんと相談をして、適切な治療が必要となる病気のひとつです。
過呼吸の多くが、「体質的なもの」と「心理的興奮」の協同合作です。
私の印象では、周囲に迎合しすぎる自己犠牲的な人に、この病気が多いように思われます。
すこし入院をさせて経過を見たいと思いますが、どうします?
もちろん、本人が望めばという、お話ですが」
「あのう・・・・私たちの対応は、どのようにするのが一番でしょうか」
千尋が恐る恐る女医へ質問を投げかけます。
赤いメガネを軽く押しあげた女医が、にこやかにその質問へ応えます。
「良い質問です。
患者さんは、適切な診療と精神安定剤などの投与で、一時的には落ち着きます。
さらに発作の原因となるような、日常生活での不満や不安、怒り、というものが
なんとなく自覚できるようならば、その点を整理し明確にしていくことが
治療には、有利になります。
カウンセリングで、それらを言語化し、発散させていくような治療も有効的です。
ただし若い女性の場合、周りが過剰に心配をしすぎて反応すると、
本人が余計に心をかき乱され、症状が悪化してしまう傾向もあります。
発作がおきても、周囲の人はなるべく冷静に対処をします。
このこともまた、治療上での重要なポイントです」
「では、何かあったらまた呼んでください」と、乾いた靴音を響かせながら、
女医先生が白衣の裾を翻して、廊下を颯爽と立ち去っていきます。
「日常生活のストレスねぇ・・・・」康平が、ため息まじりにつぶやきます。
「パパの再婚話が、引き金になったのかしらねぇ。
口にはしていないけど、当人には、相当のショックだったみたいだもの」
「常習性という可能性が有ると言っていたから、意外に根は深そうだ。
今日は俺が付き添うから、君はもう帰って休んだほうがいい。
その代わり、数日間は入院をさせたほうがよさそうがから、
女の人が入院に必要なものをひととおり揃えて、明日また、病院へ来てくれないか。
光太郎氏へは、後で連絡を入れるように陽子ママに頼んでおく。
悪いね。面倒をかけて」
「いいわよ。それくらいならお安い御用です。
あのね、康平くん。こんな時に変な話だけど、貞ちゃんは、
あなたから妹扱いをされることにも、 実は、前々から不満が溜まっていたみたいなの。
時々、私が嫉妬するくらいの目で、康平くんを見ている時があるんだもの。
私だって、それくらいは何となく気がつきます。
でもね。必要以上に優しくし過ぎないでね。今度は私が『過呼吸』になっちゃうから」
「から。こんな時に悪い冗談を言うなよ。不謹慎だろう」
「うふふ。全部本当の話です。
今の貞ちゃんには優しさが必要だけど、くれぐれも患者さんへの
『お見舞いの愛』だけに限定をしてくださいね。
康平くんは、誰にでも常に優しすぎるんだもの。時々危なかしくて見ていられません。
私だって、感じやすい女のひとりです。
明日の朝、8時くらいにまた来ますからそれで交代をしましょう。
じゃ、また。明日会いましょう」
くるりと背を向けた千尋が、廊下を少し大股で遠ざかっていきます。
(あれ。泊まるとは言っていないのに、朝まで居ろと言いきったぞ。今。
貞園から、目を離すなという意味か。まだ何か有るのかな・・・・
事態は思った以上に深刻ということか。
やっぱり俺には、女という生き物が何を考えているのか、いまだに、
さっぱりと、見当がつかない・・・)
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