「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第15話 お風呂のはなし
「お風呂のお話どすか。ははぁ、おおかた佳つ乃(かつの)の入れ知恵どすな。
構おりませんが、いまとはずいぶん時代も風習も違います。
ほんでもよければ、聞かせます」
風呂から上がって来たばかりのお母さんが、ぺたりと畳に座り込む。
「退屈な話どすぇ~」と、清乃を横目で見る。
久々の屋形の休日だ。大勢いるはずの姐さんたちも、今日は誰も姿を見せない。
そんな隙を狙い、清乃がお母さんに「お風呂」の話をせがんでいる。
「今どきはどこの屋形にも内風呂がおますさかい、銭湯へ出かける舞妓は殆どおへん。
けど、一昔前までは、みんな銭湯へ出かけて行ったもんどす。
昼下がりに、浴衣がけで石鹸の匂いがする舞妓ちゃんらが歩いてるとこなんか
なかなかに風情がおしたけどねぇ。
すこしばかり柄の悪いお客さんは、お金払うてもええさかい、
そんなとこの番台に一度でいいから座りたい、と笑いながら云うたはります。
名前は忘れてしもうて今はもうおへんけど、祇園には女風呂だけちゅう
お風呂屋さんがおました。
お客はんはもちろん、祇園のお姉さん方ばかりどす」
「そういえば、四条大橋の一本南の団栗橋を東に下がったところに、
団栗湯というお銭湯があります。
つい先日も、お友達の千恵ちゃんと行ってきたばかりです。
サウナ、水風呂、電気風呂、薬湯などといろいろあって、のんびりと楽しめます」
「あんた。休みの日に、そんな場所で時間を潰しておるんかいな。
これから祇園を背負って立とうという舞妓が、そんな庶民の銭湯で遊んではいけん」
「駆けだしの私が庶民の銭湯に行くと、何か問題が大きくなりますか?」
「これ、口を慎みなさい。話に角を立てたらあきまへん。
なにかにつけて、ひとこと多いのがお前さんの悪い癖です。
そうですねぇとニッコリ笑い、大人の話を余裕をもって聞き流しなさい。
さて、銭湯の話のつづきです。
実は、このお風呂へ行くタイミングというやつが、難しいのんどす。
新人の舞妓にとっては周りは全部、姐さんや先輩ばかりどす。
『着物着たはるおなごはんみたら、とにかく頭下げときなはれ」て云われるくらいどす。
そんな妓が何も考えんと、お風呂へ出かけたらえらい目に合うのんどす。
さあ上がろかいなと思うたとこへお母はんとか、お姉さんがたとかが
ぞろぞろと入って来はります。
『お先どす、姉さん』と逃げる訳にはいかしまへん。
『背中流さして貰います、姉さん」で、仕方なく背中をゴシゴシゴシ流します。
ようやっと終わったて思うたところへ、また次のお姉さんがやって来る。
運がわるいと次から次へと入って来て、中々お風呂から出られしまへん。
揚げ句の果てに、湯あたりで倒れた舞妓ちゃんもおったそうどす」
「要領が悪すぎますねぇ、その女の子は。
わたしだったらとっと途中で切り上げて、うまい具合に逃げてみせます」
「だからお前は駄目なのさ。いいから黙って、わたしの話の続きをお聞き。
舞妓ちゃんだって、最初は要領が悪いもんさ。
けどしばらくすると、銭湯での要領がだんだんとわかって来る。
お母はん、お姉さん方がお風呂屋へ行く時間ちゅうのは、大体決まっとります。
せやから、ぎょうさん行かはる時間帯を避けて、少ないときに行くのんどす。
生活の知恵どすなぁ。
けど中にはその逆を狙う、つわものの舞妓もいたんどす」
「逆を狙う?。また、ずいぶんと物好きな舞妓さんですねぇ・・・。
けどそれは、いったいどういう訳なのですか!」
清乃の真剣な目の様子に、「しめた。食いついてきましたね」とばかりに、
置屋のお母さんが、ニコリと目を細めてほほ笑む。
第16話につづく
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