落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生 (31)第1章 軍需の街・コザ(4)

2012-06-04 09:15:08 | 現代小説
アイラブ、桐生
(31)第1章 軍需の街・コザ(4)
「那覇空港にて」






 全青連の解散式も無事に終了して、沖縄派遣事業から解放された恵美子は、
優子と連れだって、石垣島まで足を延ばしました。
念願だった観光旅行を満喫した恵美子は、今日の飛行機で
東京に戻ることになりました。
伊江島を案内してくれた優子も一緒に戻ります。



 優花と二人で時間を見計らいながら、見送りに出掛けました。
優花は相変わらずのストリッパー稼業で稼ぎつづけています。
一方の私はおバァのところに居候をしながら、バー「ユーコ」に勤めました。
優花は帰りの時間になると必ず「ユーコ」に顔を出します。
内地の本格的な和食が食べたいために、あれこれ作れとせがんでいます。
気がつけばいつの間にか、すっかりと妹気取りでした。
勝代さん(ユーコのママです)いわく、


 「もう、すっかりお似合いの兄妹です!」
 一体どういう意味でしょうか・・・・ニュアンスが微妙です。





 優花は今日も大きなストローハットに、お気に入りのサングラス、
短パンといういでたちで颯爽と私の前を歩いていきます。
この子はなぜか、人の後ろを歩くことを好みません。
いつでも人の前を歩き回り、またいつのまにか視界から消えてしまいます。
ロビーまでは一緒だったものの、やはりいつものように、
いつの間にか消えてしまいました。


 そのうちに現れるだろうと、三人で立ち話をしていたら、
突然、花束を抱えた由香が現れて、あっというまに私の背中へ張りつきました。



 「わたしの兄貴をとらないで~」


 「あら、優花ちゃん
 来てくれたんだ、お見送りをありがとう。
 群馬は置いていくから、
 面倒を、よろしくお願いしますね~」

 「はい。
 こちらこそ、たいへんお世話になりました!
 兄貴は大事にお預かりいたしますので、
 心おきなく旅路についてください。
 来年春になると、沖縄は(本土に)復帰しますが、
 私の兄貴はもう、帰らないかもしれません。」
 
 「あら、言ってくれるわね。
 百合絵が聞いたら、たいへんなこことなるわよ」




 「・・・・百合絵、誰? その人」

 「東京で、群馬の帰りを待っている、わたしたちの姐ごです。
 あら、優花ちゃんは知らなかったの?
 もう二人は、前途を約束した、
 切っても切れない恋仲なんだから」

 「こらこら、
 もうそのくらいにしてあげなさい。
 いい加減にしないと、優花ちゃんが可哀想」





 すっかり笑顔の消えてしまった優花を見て、優子が助け船を出してくれました。
消沈した優花が背中に隠れたまま、花束だけを優子に差し出します。
優子が近寄ってきて、今にも泣き出しそうな優花を抱きしめました。



 「ありがとう優花ちゃん。
 一年間だけ、沖縄が返還されるその日まで群馬のことはお願いね、
 あなただけが、頼りだわ。
 しっかりと、見張っていて頂戴。
 この人ったら、見かけによらず無鉄砲だから
 手綱を緩めたりするとすぐに暴走をしますから、
 ちゃんと押さえておいて頂戴ね。
 お土産に、綺麗なお花をありがとう。
 私は伊江島だから、また会えるわね。
 あなたに会えて、私たちもとても楽しかった。
 又会いましょうね、ありがとう」


 
 真っ青な青空へ、急上昇しながら米粒のように消えてゆく機影を、
私は、優花に背中へ張りつかれたままで見送りました
二人とロビーで別れた後も、いつまでたっても由香は私の背中からは離れません。
見送りデッキを出てからも、離れることなくまだ背中合わせに
まとわりついたままでした。



 「いいお天気だね・・・・青空に吸い込まれそうだ」



 機影の消えた北の方角を、ぼんやりと見つめながらつぶやいた時です。
はじかれたように、優花が私の前に回り込んできました。
ねぇ、実はお願いがあるんだけどと、鼻を鳴らしはじめます。


 「そうよねえ、本当にいいお天気よね。
 こんな日は思いっきり、表で遊びたいわよね~
 私も那覇の市内は、久し振りなの。
 今日は私も、お仕事をさぼって遊びにいきたいな」

 たしかに穏やかで、雲ひとつない抜けるような青空が頭上にはひろがっています。
背伸びをしたくなるほど、気持ちの良い陽の光があふれています。
しかしこの15歳は、見た目以上に実にしたたです。
働くことも知っていますが、上手にサボることもまたうまく心得ています。
悪戯っぽい目をして、いつも絶妙のタイミングで人を遊びに誘います。



 「いいさ。
 ママには電話をするから。どこへ行きたい?」




 あてはないけど、アーケード街を腕を組んで歩きたいと言いだしました。
そのくらいのことなら、お安いご用ですと答えたら、
恋人同士のように、しっかりと密着をして歩きたいと迫ってきました。
そんな風に好きな人と歩くのが、小さいころからの夢だったと照れています。


 すこし意外な気もしました。
いつも派手な仕草と大人っぽい雰囲気で、全身をくねらせながら踊る由香からは
とても想像もつかなかったほどの、他愛もないお願いごとです。


 「ボーイフレンドは、いないの?」

 「そんな暇などは、ありません!」




 ぶらさがるようにして、腕をつかまれてしまいました。
さらに本人が言うように。本当に歩きにくいほどしっかりと密着されてしまいます。



 「映画もみたいしさ、お茶も飲みたいし・・
 やりたかったことは、実は前々から山ほどもあるんだよ。
 どうしょうかな、
 嬉しすぎて、困っちゃう」

 そのまま歩いて、空港から一番近いアーケード街へと向かうことになりました。
いくつかの通りを横切って、アーケードの通りを目の前にした
交差点で、信号待ちで立ち止まりました。
私たちの足元へサッカーボールが転がってきました。
そのボールが、優花の足のところで止まりました。
少し離れた処で、小学生たちが手を振っています。



 「ぼうやたちのボール?」


 小学生たちの真ん中にいる、一番背の高い子が優花に向かって
蹴ってくれというように、足で催促をしています。
「行くわよ、」優花がボールを蹴るために、身構えた瞬間でした。

 急ブレーキの悲鳴のような金属音と、タイヤの激しくきしむ音が、
ほとんど同時に響いてきました。
驚いて目を上げると、赤いオープンカーが信号を無視したまま、
凄い勢いで私たちの目を走りぬけていきました。



 後輪を滑らせながら、やっとのことで急停止をした赤いスポーツカーが、
車体の揺れが収まいうちにに、ふたたびタイヤをきしませます。
また急激な発進を見せました。
あっというまに道の真ん中で急旋回をすると、
対向車線をジグザグにすり抜けながら今度は私たちの居るこちらに向かって、
速度も落とさずに突進をしてきます。




 必死で優花の肩を抱きしめると、通りに背を向け、
歩道の奥に有る植え込みの中へ、倒れるように飛び込みました。
赤いスポーツカーは速度を緩めずに私たちをかすめながら、すぐ真横を走り抜けます。
勢いを保ったまま、車体はついに歩道へ乗り上げました。
赤い車体が、植え込みと店舗の間の歩道の上を、さらに狂って突き進みます。
歩道に置かれた看板が砕け飛んで、店の前に飾られた商品が派手になぎ倒されます。
車体はすでに、完全にコントロールを失っていました。
『子供たちが、居る!』優花が叫びます。
その前方には、さきほどまでボールで遊んでいたサッカー少年たちが居ました。



 ブレーキのゴムが激しく焦げるにおいが一帯に立ち込めました。
外れたタイヤが勢いよくはじめて、店舗のショ―ウィンドウを木端微塵に砕きます。
子供たちの悲鳴と、それに続く大人の怒号が聞こえてきます・・・・
すべてが、一瞬の出来事でした。


 暴走事故を起こしたのは 米軍専用の黄色のナンバープレートです。
物音と悲鳴をききつけた買い物客たちが、一斉に歩道へ飛び出してきました。
赤い車を追いかけていたと思われるHPのジープが、急旋回をして
こちらに向かって突進をしてきます。



 「子供のたちの救助がさきだ!」



 誰かが大きな声で叫んでいます。
子供たちが、この暴走運転に巻き込まれてしまいました
大通りのはるか先からも、もう一台のMPのジープが疾走してくるのが見えます。
さらにもう一台が反対側の街角から、現れました。
事故現場に降り立ったMPが、銃を片手に野次馬たちをかきわけます。
白煙を上げるスポーツカーから、運転手をひきずりだそうとしています。
さらに駆けつけたジープから、応援のMPが密集の中へ飛び込みます。

 「子供たちの救助が先だろう!」



 誰かがまた、大きな声で叫びました。
傷ついている運転手を無理やりに引っぱりだしたMPは、
ジープの後部座席へ放り込むように押しこむと、あっというまに
急発進をしてしまいます。




 「子供たちはどうした!」

 「早く、救急車をよべ!」



 つぎつぎと集まってくる野次馬たちで赤い車の周辺には、
大きな人の輪が出来始めました。
米軍たちの動きも早く、自動小銃を小脇に抱えたMPたちをたくさん乗せたジープが、
つぎつぎと交差点へ殺到をしてきました。

 「車を渡すな!」



 赤いスポーツカーを取り巻いた人たちから、一斉に声があがります。
一重からさらに二重へと、みている間に人垣が膨れ上がります。
厚みを増した人垣が、赤い車体へ近寄ろうとするMPたちの進路を塞ぎました。



 事故が発生をした交差点を挟んで、
ついに怒りに燃えた野次馬たちと、銃を構えたMPたちとの対峙が始まりました。
事故車を移動するために呼ばれたMPのレッカー車は、信号の向こう側で
別の野次馬たちに取り囲まれて、立ち往生をしてしまいました。
交差点の中央からは、装甲車のうえで銃を水平にかまえて威嚇をする
MPの声が響いてきました。




 「車は、絶対に渡すな。
 証拠を持ち去られたら、また、あいつらはうやむやにする。
 車だけは絶対にわたすな、これは大事な証拠の品だ!」



 車を囲む人垣は、時間とともにさらに増え続けます。
やがてお互いに腕を組み、強固なスクラムへ代わりはじめました。
琉球警察の警官も駆けつけてきました。
しかしMPへの手出しは、警官と言えども一切できません。
軍人や軍属が関わった事件が発生した場合には、MPのもつ権限が最優先をされました。
ここでの警察は、まったく無力です。
MPと、野次馬の人垣の間に割って入ったまま、身動きが取れず
こちらも手出しが出来ずに、立ち往生をしたままです。



 「どういうことだい?・・」


 私の背後に隠れている優花に訊ねます。



 「米軍による証拠隠滅さ。
 ああしてMPたちは、いち早く基地内に当事者と車を運び込んでしまうのさ。
 基地内は絶対の治外法権だもの、安全地帯だ。
 (琉球)警察も、琉球政府も、米軍にはまったく手をだせないの。
 MPたちは事故のたびに、ああして隠滅の処理にくる。
 いつもああして、もみ消してしまう」



 蹴れずに手元に残っていたサッカーボールを抱きしめた優花が、私の前に出ました。
そのボールを、さらに力をこめて胸にしかっりと抱きしめました。


 「私が躊躇っていなければ、
 もうすこし早く、あの子たちに蹴ってあげていれば・・・・
 あの子たちは、怪我なんかしなかったのに。
 こんなことにはならなかったのに 」


 行こう、と強く優花に腕を掴まれました。
進む先は、赤いスポーツカーを取り囲んでいる野次馬たちのスクラムです。
振り返った優花の目は、涙で濡れていました。



 「群馬も来て。
 沖縄人の、無言の抵抗だ。
 暴力や鉄砲なんかに負けてたまるか、
 理不尽な暴挙に、踏みにじられたままになんかするもんか。
 いつだって沖縄人は、素手で、大きな敵に立ちむかうんだ。
 励まし合って腕を組んで、人間の鎖をつくるんだ。
 行こう、群馬」


 人間の鎖?
それもまた沖縄で聞く、生まれて初めての言葉です。





(賑わいを見せる、那覇のアーケード街)


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1 コメント

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Unknown (charme 4810)
2012-06-05 03:57:56
おはようございます.ご訪問&コメントありがとう
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