落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第19話

2013-03-26 10:09:02 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第19話
「女性の笑顔は・・・」



 「まったく、知りませんでした・・・・。
 日本の原発が、そんなにも脆弱な基盤と虚像の上に成り立っていたなんて。
 福島でのあの事故と、災害へのもろさが露呈をしなければ、日本の原発は
 さらに増えていたのかと思うと、背筋がぞっとしました」


 「政府や電力会社は、原発を推進するために、
 必死になって、原発の『安全神話』を国民に向かって大宣伝をしてきました。
 しかし多くの原発が海沿いに作られているために、
 今回の津波の被害で、安全性の根拠としてきたいくつもの対策そのものが、
 いかに甘いものであり、かつ、まやかしに近いという新事実を
 あらためて如実に、証明をしてしまいました。
 福島第一原発の事故は、多くの原発に共通している危険性をあらためて、
 国民の前に露呈したといえるでしょう」

 響が、ひとつ、深いため息をつきます。
目の前に用意されていた蕎麦は、すっかり冷めてしまいました。



 「どうやら、食事をしながら交わすような話題ではなかったようだ。
 どれ、響。新しい温かい蕎麦と変えてやろう、
 響には、少し気のどくなことをしたようだ。
 すこし刺激が強すぎる話だ。
 雄作さん。話題を変えてくれ。響が可哀そうだ」
 
 「いいえ、続きを是非、お聴きしたいと思います」

 
 響が強い意志を込めた瞳で、俊彦を見上げました。
その目は、続けて無精ひげだらけの雄作の顔にも向けられます。



 「たしかに私は、何も知らずに育ちました。
 先日、鉱毒事件を起こした足尾の町を通過した時も、トシさんやお母さんたちが、
 ましてや、あのやくざの岡本さんまで、煙害で荒廃した山々を復活させるために
 地道に活動しているという、大人たちの話を聞かされたばかりです。
 私も、よそ見ばかりをして生きているわけにはいかないと、実は、心に決めました。
 もうすこし、いろいろなことを私に教えてください。
 雄作さんが原発で体験もをしてきたことも、
 トシさん達がやっている、原発労働者の救済の話なども。」


 雄作の目が頬笑みます。髭だらけで熊のような顔が優しく崩れました。
両手で包みこむようにして持っていたグラスの中身は、いつのまにか
すっかりと、温まりきっています。
(そういえば、ビールを注ぎっぱなしいたことを、すっかり忘れていました・・・)
苦笑した雄作が、それを一気にあおり喉へ流しこんでいました。


 「う~ん・・・・
 温められたビールは、ただただほろ苦いだけで、まったく美味しくはありません。
 まるで私の人生と一緒です。
 実になんと言うか、ほろ苦い味ばかりがしますねぇ」


 雄作のそんなぼやきを聞いて、
思わず響が口に手をあてると、大きな声を上げて笑いだしてしまいました。


 「お嬢さんは、笑うととてもチャーミングです。
 やはり若い方たちの、笑顔には格別のものがあるようです。
 大人になればなるほど辛いことなども増えますので、
 いつのまにか、苦虫をかみつぶすようになります。
 それでもやはり、大人になっても笑うという事は、とても大切なことです。
 女性の笑顔は、宝物です。
 とりわけあなたのように、綺麗な方ともなれば、それはなおさらでしょう。
 お化粧や服装などで、見た目と、自分の外面は飾ることができます。
 でも美しい内面を表現するものは、あなたのような笑顔です。
 あなたは、たいへんに美しく笑える女性の一人です。
 たぶんあなたは、素敵な笑顔がいつも溢れている、
 そんな環境の中で育ってきたのだと思います。
 まずは、あなた自身のその生い立ちに、感謝などをすべきでしょうね」


 「そういえば、私の母は、とても素敵に笑います。
 置き屋のお母さんも、顔を皺だらけにして笑いますが、それでも品のある笑顔です。
 伴久ホテルの若女将は、接客のプロということもありますが、
 それ以上に、こちらの気持ちまで和ませてくれるような
 実にここちの良い笑顔を、いつでも見せてくれました。
 そうなんですね。そういうことだったと思います。
 そういう人たちが、私に自然のままの笑顔を教えてくれたのだと思います」



 「貴方の笑顔は、そのままあなた自身の名刺のかわりになります。
 男たちは例外なく、あなたの笑顔できっと癒されることになるでしょう、おそらく。
 若い男たちならば、もっと大変なことに、きっとなるだろうと思います」



 「あら。私はまだ男の方と、お付き合いをしたことがありません。
 狭い湯西川で、地元を代表する女性たちに囲まれていたために、
 常に警戒をされすぎたために、結局は誰一人として近寄ってきませんでした・・・・
 笑顔には自信が有ったというのに・・・可笑しいなぁ」

 「あっはっは。お嬢さんの魅力が花開くのはこれからです。
 10代の頃のはじける美しさは、無垢で純粋な部分から生まれてくるようです。
 本当の美しさというものは、もうすこし人生経験を踏んでから産まれてきます。、
 例えば・・・・哀しみや失望といった挫折や、人生の辛酸をなめてから
 女性自身が磨かれて、真の美しさというものが初めて生まれてきます。
 試された者のみが持つことができる、人間本当の美しさです。
 子供を産んだ女性がもっとも美しく光り輝くというのは、実はそのためです。
 あなたもそうなる資質は、十二分にお持ちです」



 にっこりと笑った響が、ビール瓶を手にすると
空になった雄作のグラスへ、泡をたてないようにして注いでいきます。
「ありがとう、ご厚意は、冷たいうちに戴きましょう」とグラスを持ち上げた雄作が
目を細めて、乾杯のポーズをとりました。
響も、軽く持ちあげたグラスを揺らして、雄作へ乾杯の合図を返します。



 「原始、女性は太陽だったと言った、平塚らいてうの話はご存知ですか。
 らいちょう、とか、雷鳥と書く場合もあります。
 本名を明(あきら)と言います。
 明治から昭和にかけて生きた女性評論家で、作家、思想家としても著名です。
 彼女を一躍有名にしたのが、「塩原事件」と呼ばれた事件です。



  らいてうは、「女性に教育は必要ない」という時代に生まれました。
 それにもかかわらず、学問が好きで、父親を説き伏せて日本女子大まですすみます。
 在学の時代に、日露戦争でどんどん国粋主義になっていく国を、おかしいと思いはじめます。
 この頃の彼女に、もっとも大きな影響を与えた書物は
 ゲーテの「若きウェルテルの悩み」だった、と言われています。
 そして自身も、この少し先で同人誌などで作品を発表することになります。
 その作品に彼女の才能を認め、「とてもいい」とファンレターのようなものを
 送ったのが、この文学会を主催していた森田草平という男です。
 この二人がまもなく恋仲になったのも、なるようにしてなった、という
 当然ともいえる「なりゆき」でした。



  そして彼女が、この森田草平と心中事件を起こしてしまいます。
 これが世に言う「塩原事件」です。
 当時としては心中は衝撃的事件だった、ということもあり、
 マスコミは時の人として、らいてうのことを一斉に書き立てました。
 このとき、森田草平のことはほとんど取り上げないのに、
 マスコミの論調はひたすら、らいてう批判に終始をします。
 「とんだ令嬢がいたものだ」というキャプションをつけ、顔写真までも載せました。
 しかし、らいてうはあまり意に介する様子も見せず、それどころか、
 この事件で再び、世の中の女性蔑視的な風潮に疑問を抱きます。
 そして自らが、やがて雑誌を創刊するようになるのです。
 その雑誌の冒頭によせた挨拶文が、「原始、女性は太陽だった」
 で始まる、あの有名な一文です。文章はこんな風に、まずはじまります。



 【元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である。
 他に依つて生き、他の光によつて輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。
 偖(さ)てこゝに「青鞜(せいたふ)」は初声(うぶごゑ)を上げた・・・・】


 つまり、らいてうは
 「女性よ、自分の力で輝きなさい。
 かつて原始ではそうであったように。」
 と言っているのです」


 「自分の力で輝きなさい・・・・
 かつてはそうであったように・・・ですか。凄い発想ですね!」

 「そうです、お嬢さん。
 かつての女性たちは自らの力で、太陽のように輝いていたのです。
 女性たちのまぶしい笑顔は、実は、その象徴かもしれませんねぇ・・・・」




 
 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/ 

・連載中の新作小説はこちらです

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52)飯豊山登山口
http://novelist.jp/62768_p1.html


 (1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.html

連載小説「六連星(むつらぼし)」第18話

2013-03-25 10:06:29 | 現代小説

連載小説「六連星(むつらぼし)」第18話
「原爆奴隷とは」




 「福島の第一原発の事故以来、沢山の人たちが
 復旧作業で、現場で必死に頑張っている様子をテレビで見ています。
 原発の本当の姿と言うものは、それほどまでにきわめてひどいものなんですね・・・・。
 ごめんなさい。そんな実態を、私は初めて知りました」


 「当然です。
 ほとんど、表社会には登場をさせない闇の部分で、原発のもつ裏の事情です。
 日本の原発を取り巻いている、きわめて特殊で特別な裏の話です。
 これで、原発が見た目のハイテク設備だけで維持運営をされているのではなく、
 多くの原発労働者が、常に被ばくの危険性にさらされながら
 働いているおかげで、かろうじて稼働しているということが、充分にお分かりだと思います。
 もっといえば、この人たちは常に、使い捨てられるための労働者です。
 こうした『現場』で働く者たちに、電力会社の社員は全く含まれていません。
 下請け業者も、本来ならば、3次か4次までの下請けしか認められていないというのに、
 実際には、7次や8次などの下請け業者まで存在をしています。
 さらにその下で、臨時に雇用されたという、そんなな人たちも大勢います。
 まさに、彼らは使い捨ての消耗品そのものです」

 「消耗品だなんて・・・・
 それって違法どころか、まったく奴隷といえる世界でしょう」



 響が、思わず驚きの声をあげます。
目を細めた雄作がそんな響を見つめ、さらに俊彦の顔も見上げました。



 「お嬢さん。原発労働者の大半の人たちが、
 原発奴隷や、原発ジプシーなどと呼ばれているのは、実はそのためです。
 津波で破壊され、福島第一原発の廃墟と化した現場には、
 もう失うものを何も持たない者達が、常に入れ替わりで送り込まれています。
 そうした人たちは今でも日本中でかき集められ、さらに多くの人が
 次から次へと福島へ送り込まれています。
 今もそうした実態は、何ひとつ解決をされていません。
 放射能が蔓延をする福島第一原発は、その後処理のために常に大量の
 『使い捨て』の働き手と労働力を必要としているのです。
 
  原発奴隷は、日本の原発の運転が始まった時点から存在をしました。
 そしてその『消耗品』は、当初から世の中の特別な人たちによってかき集められました。
 私が3年ほど前に会った『専務』と呼ばれていた男性は、
 特別な人たちによって、原発奴隷にされてしまった一人です。
 『専務』はかつては、土木関連の準大手で働いていた有能な管理職の一人です。
 ところが不況のあおりで会社は倒産、本人もあっというまに破産をして
 家族は離散し、急転直下でホームレスになってしまいました。
 今の時代の東京には、そんな男たちが溢れるほどたくさんいます。

 
  その『専務』が東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、
 二人の男が近づいてきて、仕事の話を持ちかけられました。
 特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額がその場で支払われ、
 48時間で戻って来られるという、すこぶるの美味しい話です。
 2日後に、この破産した元専務と、その他の10名のホームレスは、
 首都から北へ200kmに位置する福島第一発電所に運ばれ、
 そこで、清掃人として登録をされました。
 「何の清掃人だ?」と誰かが尋ねたそうですが、
 現場の監督は黙ったまま、特別な服を配り、
 円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らは連れていきました。
 30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、
 3分ごとに外部へ息をしに出なければならなかった、と、いうほど
 きわめて劣悪な作業環境だったようです。


  渡された放射線測定器は、最大値をはるかに超えていたために、
 きっと故障しているに違いないと、彼らは考えたそうです。
 熱さに耐えきれず一人、また一人と、顔を覆っていたマスクを外してしまいます。
 めがねのガラスは曇ってしまい、とても視界が悪かったと言います。
 ここでは、時間内に仕事を終えないと、支払いはされない約束になっていました。
 53歳だった『専務』がこの時のことを回想して、こう断言をしました。
 『俺達は、もっとも危険な原子炉の中にいる』って・・・・
  
  この福島原発訪問の3年後になってから、
 東京の新宿公園のホームレスたちに対し、黄ばんだ張り紙が現れ、
 原子力発電所に行かないように、と、次のように警告を発するようになりました。


 “福島の仕事を絶対に受けるな。殺されるぞ”。


  しかし彼らの多くにとって、この警告は遅すぎました。
 日本の原子力発電所における最も危険な仕事は、
 下請けの労働者やホームレス、非行少年や放浪者、貧困者などを募ることで、
 実に30年以上もの間にわたって、習慣的に行われてきました。
 そして、それは何も変わることなく今日も続いています。
 ある大学教授の調査によれば、この間に、
 700人から1000人の下請け労働者が病気で亡くなり、
 さらに何千人もの原発労働者たちが、癌にかかっている疑いが有るそうです」




 「聞くにたえないほどの、凄惨な原発の実態です・・・・
 福島第一原発の、あの事故が起らなければ、
 こうした事実もまた、闇にほうむられてしまったのでしょうか」


 「お嬢さんは、トシさんから、そんな話を聞いたことは無いのですか?
 原発で働いて体調を崩したり、健康を損ねた原発労働者の人たちが、
 何人もトシさん達に助けられているのです。
 さきほども言いましたが、私もそのうちの一人です」


 「えっ、・・・・」



 「いや、そんな大げさなものではない。
 住所も持たず、あちこちの原発を動きまわる人たちが行き詰まった時に
 住まいを提供して、医療機関を紹介しているというだけの話だ。
 幸いなことに、俺の知り合いには、医者も居れば弁護士も居る。
 彼らがつかの間の休息をするために、そうした便宜を図っているだけの話だ。
 こうした問題の抜本的な解決方法は、今のところは、
 残念な話だが、まったく無い」

 「そんなぁ・・・・」


 響が大きく目を見開いています。



 「日本は、アメリカやフランスに続いて、
 被爆国でありながらも、54基(世界第3位)の原子力発電所を持っています。
 それも福井や福島、新潟などの限られた地域に集中をしていて、
 そのすべてが海沿いに建設をされています。
 だが、日本の原発は、その出だしからして間違っていたようです。
 いわゆる見切り発車というものにあたりました。
 原発内部には、おびただしい数の配管が並んでいます。
 配管だらけといってもいいでしょう。
 それに「ひび」が入ると、やすやすと放射能が漏れることになってしまいます。
 開発当時から、たびたび「ひび」は入っていたと言われています。
 最高の溶接技術を持っている日本の溶接工をもってしても、「ひび」は
 当初から入っていたという話です。
 原発の開発技術ですら、こんな危なっかしいほどの綱渡りの状態です。
 使用済みの核燃料はどう廃棄するのか、というもっとも大切な結論も
 いまだに、まったく出されていません。
 今は、水の入ったプールに溜め置かれていますが、
 再処理の方法が解決をしない限り、それが数十年間も続くことになります。
 で、危険物となった核燃料の、最終処理をどうするかというもっとも大事なことは、
 まったく今となっては議論さえもされず、
 もうすっかりとお手上げの状態になっている始末です。
 極めて危険な、使用済み燃料の『放置』状態がいまだに延々と続いています。
 まあ、そのうちに何とかなるだろうという程度に考えて、政府も電力会社も
 危険な使用済み核燃料の、事実上の放置を続けています。
 しかし、発足から半世紀が経った今でも、なんら何一つ解決をしないままです・・・
 プールから出た核燃料は、行き場を失って放置されています。
 核燃料の最終処理と言う、後始末をまったくつけないようにしたまま、
 原発は、あわてたままに、見切り発車をしてきたのです」

(19)へ、つづく





 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/ 


・こちらが、更新中の新作です

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (51)登山の前の、ノーパン姉妹
http://novelist.jp/62747_p1.html



 (1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.html

連載小説「六連星(むつらぼし)」第17話

2013-03-24 10:16:44 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第17話
「原発の定期点検作業とは」




 「原爆ぶらぶら病というのは、
 第二次世界大戦で、広島に原爆が落とされた時の病状のひとつから、
 命名をされ生まれてきた言葉です。
 いわゆる、放射能による人体への悪影響の症例をさしています。
 しかし私がかかってしまった、その病気の話をする前に、
 安全神話が崩壊をしてしまった、原発についてまずは語らなければなりません。
 なぜなら、私の被ばくは広島に落とされた原爆によってでは無く、
 原発の炉心周辺での作業による被ばくによって、もたらされたものだからです。
 何故、そんな危険な処でわざわざ仕事をしていたのか、
 それにもまた日本の原発が生み出した、もうひとつの別の問題が潜んでいます。
 ところでお嬢さんは、『原発奴隷』と言う言葉などを、知っていますか」


 小刻みに身体を揺らし続けている雄作が、響を見つめたまま尋ねます。
背筋を伸ばし両手の指をテーブル上で重さねていた響が、小さく小首をかしげました。


 「3月11日の東日本大震災の出来事の後で
 原発や放射能関係の報道の中で、
 何度かそんなニュアンスの言葉を、聞いたような覚えがかすかに有ります。
 しかし、その実態についてのことは、私はまったく知りません」



 「では、私が働いていた原発と言うものが、
 どんなものであるのか、まずそのあたりから話をはじめましょう。
 ほとんどの原子力発電所は、必ずと言っていいほど
 風光明媚な海岸線などに建てられています。
 大震災の前は、観光ルートなどにも組み込まれていて、けっこう人気もありました。
 ただし、見学させるコースは発電所のなかでも体裁の好い部分だけで、
 いわゆる表面の部分だけに限定をされてらいます。
 清潔で、複雑なコンピューターが並ぶ中央のコントロール・ルームを見せたり
 原子炉の炉心の上へ案内をされて「ここが炉心の上です」などという、
 説明をして、放射能の危険性などは『皆無』だということを、ことさらに強調します。

  しかし、2001年9月11日のニューヨーク貿易センタービルへ
 旅客機が激突するというテロ事件が発生して以来、この原子力発電所の見学も
 テロを警戒して、大幅に制限されるようになりました。
 最近では、バスに乗ったままの見学などに変更をされてしまいました。
 これ自体が、原子力発電所の持つ潜在的な危険性を現しています。
 近代的な中央制御室をはじめとして、現代科学技術の最先端を行く
 ハイテクのさまざまな部分は、実は原発の単なる表の部分にしかすぎません。
 それだけを見ていると、原発はコンピューターだけで動いている
 スマートな施設のようにも見えてきます。
 しかし原発を動かすためのその実態と現実は、これらからはあまりにも大きく
 かけ離れているし異なってもいます。

  原発の裏の部分では、たくさんの人々たちが
 常に放射線を浴びながら、危険な仕事に従事をしています。
 どんなに原発の機械が近代化をされても、こうした裏方たちの仕事なしには
 原子力発電所は片時も動きません。
 定期点検という言葉は、マスコミなどで耳に馴染みになりました。
 原発は一年に一度その発電を止め、発電機を含めて周辺の機器の総点検を行わなければ
 継続して動かしてはならないと、法律などで厳しく定められています。
 原発はこうして毎年にわたり、厳しい点検整備をしないといけないほど、
 実態は、実はきわめて危険きわまりないのない発電所なのです」




 「今では、その点検のためにほとんどの原発が停止中だと聞きました。
 この春に、最後となる北電の原発が停まると、日本中の原発が、
 すべて止まってしまうということも、新聞で読みました。
 毎年、定期点検をしなければいけないと規制されているほど、
 それほどまでに、原発は危険なものですか」



 「危険なのは原発では無く、その燃料から放出される有害な放射能です。
 些細な故障や破損などは、すべて放射能漏れの重大な原因となります。
 だからこそ、常に総点検が必要になるわけです」


 「それでも、福島で、放射能漏れの事故は起きてしまいました。
 福島の第一原発の周囲では、取り返しのつかない事態が既にはじまっています。
 そうした危険性を抑止するために、常に最善をつくしていたはずなのに・・・・」


 響が、3・11の直後に発生をした福島第一原発のあの惨状を思い出して
思わず、下唇を強く噛みしめています。
「トシさん。ビールをもらうよ」、そう言いながら雄作が立ちあがります。
それを見た響のほうが、一足先に動きます。
冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、グラスも添えて雄作の前へ静かに置きました。
座りなおした雄作が嬉しそうにグラスを手にすると、響がゆっくりとビール瓶を傾けます。
泡が立ち過ぎないようにと・・・・やわらかく、ゆっくりと注ぎ入れていきます。


 「あなたは、実によく気が利きます。
 仕草もチャーミングだし、誰にでも同じように接することができる女性だ。
 お母さんは芸者さんだといいましたが、その優しさは、
 お母さん譲りのものですか?」



 珍しく響が、頬を赤く染めています・・・・
「あなたも一杯どうですか」と、雄作がビールをすすめました。




 「原子力発電所内では、危険が多い「『放射能汚染区域』と
 ほとんで安全と言われている、『非汚染区域』とに分類をされています。
 安全と言われている非汚染区域での仕事は、
 被ばく自体の危険性はほとんどありませんが、その分だけ狭いところでの、
 熱と金属のホコリに苦しめられながらの、辛い作業が続きます。
 取水口付近での、吐き気を催すような悪臭の中でのヘドロのかきだし作業や、
 タービンのさび取りなど、劣悪な作業環境下でそうした作業がおこなわれます。


  放射能汚染区域も、汚染の程度により、
 低汚染区域と高汚染区域の2つに分けられています。
 高汚染の区域では、放射能を吸い込まないように必ず全面マスクを着用します。
 身体に放射能がつかないように、手袋や靴下などは、3枚を重ねて使用しています。
 全身を覆う防護服を着用したうえで、最後に長靴を履きます。
 マスクを付けると、それだけで大変に息苦しくなります。
 その上、作業場は暑くて汗が滝のように流れ、マスクは熱気ですぐに曇ってしまいます。
 作業の能率のために、危険とは知りながらも中には、
 マスクを外してしまう人たちもいます。
 首には一定量の放射線を浴びると警報ブザーが鳴る、アラームメーターをかけました。
 被ばく線量を測るポケット線量計も必ず、装着をします。
 汚染区域に入るためには、これだけの厳重な装備が常に必要となります。


  しかし高汚染区域では、すぐにアラームメーターが鳴ってしまうために、
 長い時間にわたって作業をすることはできません。
 原発炉心部への入り口などでは、原発労働者たちが順番を待って一列に並びます。
 被曝線量がきわめて多くなるために、数分刻みで、
 現場の作業員たちを交代をさせえる必要があるためです。
 そのために、1日に1000人以上の下請け労働者達が、炉心清掃のために動員をされます。
 ひたすらの人海戦術で、それらの作業を刊行するのです・・・・
 そのために結果として、被ばくがよりおおくの労働者たちの間で分散をしてしまいます。
 これらの理由により、原発は常に『使い捨て』用のたくさん労働者たちを必要とするのです。
 作業現場によってはアラームが鳴って、すぐに交代したのでは効率が悪いために、
 これを無視して、作業を続けている場合などもあります。
 あるいは、ポケット線量計をどこか他の所において、仕事をする人なども出てきます。
 ですから、報告された被ばく線量と、実際に受けた被ばくの線量が
 違う場合なども公にはされませんが、現場ではしばしばある事なのです。」



 初めて聞くあまりにも過酷で凄惨な
原発労働者たちの作業の実態に響は、言葉を失ってしまいます。
ひたすら身体を固くしたまま、それでも雄作の話には耳を傾けています。
厨房から戻ってきた俊彦が、そんな響の様子を気遣ってそっと肩に
優しく手を置きました。






 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/

・新作の連載小説は、こちらです

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (50)幅1m足らずの県境の道
http://novelist.jp/62725_p1.html


(1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.htm

連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話

2013-03-23 09:40:26 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話
「原発労働者との初めての出会い」




 「お待たせ、出来たよ」

 俊彦が温かい蕎麦を響の前へ運んできました。
ドンブリから立ち上る湯気の向こう側から、響の瞳がまっすぐ俊彦を見つめています。
岡本と二人の若い者はすでに帰り、すっかり静かをとり戻した六連星の店内では、
温かい蕎麦をすする響と、煙草をくゆらせている俊彦が
なぜか、向かい合わせに座っています。


 「トシさんは・・・・
 なんで前の奥さんと別れちゃったんですか。
 お母さんから聞いた話では、とても仲の良い幼馴染同士だったと、伺いましたが」


 「別れたのは、すべて俺の不始末が原因だ。
 女房には、なにひとつとして、なんの問題もなかった。
 若かったから俺もずいぶんと仕事もしたが、その分遊びも派手だった。
 俺が、勝手で我がまま過ぎたせいだろう。
 他にたぶん、別れた理由はないだろう。
 なんだい、藪から棒に・・・・」

 「いいえ・・・・ただトシさんみたいに誠実な人が、
 何故、離婚してしまったのかなと、ふと、思っただけです」


 「誠実ねぇ・・・。
 俺もそれなりに歳をとったから、丸くなっただけの話だ。
 若いころには、やんちゃばかりをしでかして、ずいぶんと女房を泣かせた。
 不良の岡本にすら、ずいぶんと説教をされたもんだ。
 堅気のくせに、いいかげんにしろって、ね」

 「お子さんは?。」



 「残念ながら出来なかった。
 いや、幸いにと言うべきなのかな、別れてしまった今となっては・・・・
 兄弟は妹が一人だけいる。
 しかしたった一人の妹も、ずいぶんと遠い処に嫁いでしまった。
 ふた親ともに早くに亡くなったから、早い話が天涯孤独みたいなもんだ。
 そのぶん、悪友どもが多いから、あまり退屈はしていないけどね」


 「悪友?。岡本さん、みたいな人たちのことですか?」



 「奴は、俺の同級生の一人だ。
 生き方はまったく別の世界になるが、なぜかお互いに気が合って長いつきあいになる。
 あいつも・・・・君のお母さんに、惚れぬいていた時代があったはずだ。
 おっと、今のは失言だ。思わず口が滑ってしまった。
 本人の名誉のためにも、今の発言は忘れてくれ」

 「トシさんは・・・・、私のお母さんのことは、好きですか」

 「え。・・・・」

 「あ、ごめんなさい。調子にのりすぎました。
 ついうっかり、私まで口が滑っちゃっいました。
 今のは取り消します。忘れてください」



 温かいうちに、いただきますと響が言いかけた時、『ごめんよ』と細い声が聞こえてきて、
蕎麦屋・六連星の引き戸が、ゆっくりと、静かに開きました。



 「すこぶる遅い時間だとは思いますが・・・・久々に来たもので顔を出しました。
 トシさんは・・・・相変らず、お元気でいますか」


 いきなり現れた、無精ひげだらけの凄まじい男の風貌を見て、
箸をもったままの響が、思わず椅子から、あわてて腰を浮かせてしまいました。
俊彦は笑いながら「大丈夫だよ」と、響の肩を抑えます。



 「熊みたいで、たしかに見た目は確かに良くないが、
 こいつも、俺の大事な友人の一人だよ。
 名前は、戸田勇作と言って、かつて俺のアパートで一年ほど一緒に暮らした間柄だ。
 決して怪しい者では無いが、初めて会うやつは
 たいていお前さんと、同じようなリアクションを取る。
 勇作さんにも紹介をしておこう。
 この子は俺の同級生の娘さんで、名前は響だ。
 一文字で、交響曲のひびきと書く。
 訳あって、その友人から預かっているところだ。
 今のところ、俺のところで同居をしている」


 「嫁さんにしては若すぎるし、病人にしては元気すぎる。
 なるほど、そう言うことですか。
 戸田勇作と言います。
 病気で死にかけていたところを、
 岡本さんと、トシさんに助けられた者の一人です。
 お嬢さんには耳慣れない病気でしょうが、『原発ぶらぶら病』というやるで、
 最近になってから、認定をされた病気です」



 「原発ぶらぶら病?  なんですか、それって」



 箸を手にしたまま、まだ中腰の姿勢の響が、いぶかしい目で雄作を見つめています。


 「気にしないでくれ勇作さん。
 こいつは、いつもこういう奴で、本人的には悪気がないものの、
 どうも土足で、人の心の中に踏み込むという、変な癖と特徴をもっている。
 24歳になったと本人は言うが、どうにも、あまりにも世間の事を知らないようだ。
 いま、旨いものでも用意をするから、こいつに
 原発の実態と言うやつを、たっぷりと教えてやってくれ。
 どうもこいつはいまだに未成熟で、自分がこの先でなにをしたいのか、
 まだ目的と言うものが見つかっていないようだ。
 今もクラブでアルバイトをしているが、それでも自分の人生を持て余している有様だ。
 世の中の厳しい現実っていうやつを、少し教えてやってくれ。
 いくらかこいつも、目も覚めるだろう」



 (確かに私は、トシさんの言うとおり曖昧なままに生きているけど、
 でも、ちょっと待てよ。今たしか、私の歳を24歳と言ったわよねぇ、トシさんは。
 なんでトシさんが、私が本当は 24歳だと知っているわけ? 
 おかしいな、なんで年齢がばれたんだろう・・・・誰かに聞いたのかしら)



 響のいぶかる視線が、今度は厨房へと向かう俊彦の背中を追いかけています。
無精ひげだらけの勇作が、響とひとつ隔てた真向かいのテーブルに腰をおろしました。


 「あら、雄作さん。
 そんなに遠慮をなさらずに、どうぞこちらへ。
 いま紹介をされた、世間知らずの響です。
 姓は正田(しょうだ)で、母は、湯西川で芸者をしています。
 訳あって家出中ですが、母とトシさんは旧知の仲のようでして、
 先日も仲良く、温泉で談笑などをしておりました」



 「・・・・なるほど、たしかに個性的なお嬢さんです。
 急な質問で申し訳ありませんが、その若さで、将来への夢とか、希望は
 どんなふうにお持ちでしょうか。
 差し支えが無ければ、聞かせてもらえるとありがたいですねぇ。
 トシさんならずとも、わたしら年寄りには興味があります」


 勇作の無精ひげには点々として白いものが混じっています。
ろくに櫛も通していない乱れた頭髪にも、半分ほどが白髪が混じっていて、
綺麗に整えればロマンスグレーとも呼べそうですが、その現状を見る限りでは。
ホームレスの乱れ髪のようにしか見えません。
土色に近い顔色と皮膚からは、ほとんど生気というものが感じられません。
皺だらけの指先は、絶えず小刻みに震えています。
それでも響は、おだやかな笑顔のまま、ま正面からこの雄作を見つています。


 「私は、父を探して、勝手に湯西川を出ました。
 というよりも、やるべきことが湯西川という土地では狭すぎて、
 見つからなかったというのが本音です。
 目標が見つからなかった湯西川を飛び出して、何かを求めて
 刺激のある東京へ出てみましたが、そこもまた、
 私のような田舎者には、さっぱりと落ち着かないだけの空間でした。
 やはり母に支えられていないと、私はまだ何も出来ないようです。
 都会と言うものが怖くなって、ここまで戻ってきましたが、ちょっとしたことから
 トシさんに拾ってもらいました。
 でも、ここでもまた私は、目標が見えずに、
 ただ、とりあえず此処に居るだけの生活をただただ続けています」



 「なるほど育ちがよすぎるうえに、嘘もつけない性格のようです。
 お母さんの躾(しつけ)が、そのような方針だったのかもしれません。
 私の身の上を話してもいいのですが・・・・
 きわめて壮絶すぎて、とてもではありませんが、うら若いお嬢さんが、
 楽しく聞けるお話ではありません。
 原発病は、かつては『原爆症』とも呼ばれていました。
 ご存じでしょう、広島と長崎に落とされた原子爆弾の脅威を。
 私の病気の起源は、そこからははじまります
 いいんですか、これから暗い話が始まりますよ、お嬢さん。
 それでも、その先をどうしても聞きたいですか?」



 「是非に・・・・」


 居ずまいを正した響が、テーブルの上へ、箸を綺麗に揃えて置きます。
(なんだろう、原爆病って。初めて聞くわ・・・・)早くも持ち前の好奇心が、
またまた響の中で、ざわざわと動きはじめました。





(17)へ、つづく






 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/ 

・連載中の新作小説は、こちらです

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (49)会津の初夏
http://novelist.jp/62703_p1.html


(1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.html

連載小説「六連星(むつらぼし)」第15話 

2013-03-22 07:17:09 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第15話 
「復興バブルの裏側」



 
 「例えば・・・・東日本大震災で大きな被害を受けて
 多数の死傷者を出した宮城県の仙台市だが、
 その後に一転をして、今は復興バブルの真っ最中そのものだ。
 あれほど悲嘆に暮れた3月11日から、一年近くが経ったら、
 東北地方でも随一の歓楽街として知られる国分町などでは驚くことに、
 いまでは朝まで、てんやわんやの大にぎわいだ。
 市内のホテルは、どこをあたっても、空室を探すのが難しいほどに混み合っている。
 復興バブルの『宴』を支えている主役は、
 ゼネコンとマリコン(海洋土木や港湾建築工事を請け負う建設業者)や、
 プラント設備業者などといった土木関連の連中だ。
 地震や津波で壊れた工場設備の修復といった、民間企業からの発注工事はもちろん、
 ここに来て、がれきの処理や道路、港湾の復旧工事など、
 国や地方自治体からの、インフラ工事の発注が
 本格的に動き始めてきたからだ」


 岡本がビールが満タンのコップを、大きく振りまわしながら、
俊彦を相手に、先ほどからひたすらの熱弁をまくしたてています。
頭には手拭いで鉢巻を巻き、くわえ煙草で適当に頷いている俊彦も、
すでに、呑みすぎ状態に陥っています。
目はトロンとしたままで、岡本の話にも実際にはあまり興味を示していません。
岡本が引き連れてきた若い二人も、すでに呑み過ぎてダウンをしています。
テーブルに突っ伏したまま、仲良く折り重なって熟睡をしています。


 「ただいま」と元気に六連星の引き戸を開けた響が、呑んべいどもの
あきれはてた光景を見て、呆気にとられたまま思わずそへ場で立ち尽くしました。
「トシさんまで・・・一体どうなってんのさ・・」と、憮然とします。



 「おう、響か。良いところに帰ってきた。
 話はこれから、佳境にさしかかるところだ。
 お前にも聞かせてやるるから、椅子と、コップとビールを持ってこっちへ座れ」


 「あら・・・・何の、お話かしら?」

 「被災地での復興バブルとゼネコンの話だ。面白いぞ」

 「あらぁまあ、夜中だと言うのに、きわめて微妙なお話ですねぇ・・・・
 ずいぶんとまた、色気のない堅いお話です。
 でも他ならぬ、岡本のおっちゃんのお願いでは、無下に断るわけにもいきません。
 はいはい。承知をいたしました。謹んでお聞きしたいと思います。
 あ、でもその前にトシさん。
 お腹が空いちゃったんだ、何か食べさせて下さい」



 「あいよ」とふらつきながら俊彦が椅子から立ちあがります。
響のコップへ岡本が、勢いよくビールを注ぎこみ、一気に呑めと両手であおります。
苦笑いをしながら一口目をふくんだ響が、岡本からビール瓶を受け取ります。


 
 「なぁ響よ。
 女の子というものは年頃になると、男親の俺を、
 まるでバイ菌でも見ているような、なんともいえない厳しい目つきで
 見るようになるが、お前さんもやっぱり、男親はそんな目つきで見つめるか?
 お前さんが探しているそのオヤジさんが見つかったら、
 お前もそのうちに、俺の娘と同じような目で見つめるか?」

 
 「娘さんも岡本さんのことを、嫌ってなんかいないと思います。
 異性に眼が向いてくると父親とは言え、やっぱり一人の男として見るようになるもの。
 照れくさかったり、恥ずかしくなるのだと思います、たぶん・・・・
 私にはまだ、実感はありませんが」


 「まだ、見当がつかんのか。お前の父親らしい男は」


 「うん・・・」



 響の目が、厨房で立ち働いている俊彦の背中をチラリと見つめます。
コホンと咳払いをした岡本があわてて、素早く話題を変えます。



 「特に大規模な入札で話題になったのが、被災地のがれき処理だ。
 広範囲に津波が押し寄せたために、今でも岩手や宮城、福島の3県の合計で
 およそ、2270万トンのがれきが残っている。
 中でも宮城県は、1569万トンと突出をしている。
 その宮城県で去年の7月下旬から、県下で最大のがれきが残っている、
 最大の被災地・石巻ブロックから処理業者の選定をスタートさせた。
 8月の下旬からは亘理名取ブロックでも決まり、残る気仙沼ブロック、宮城中部ブロック
 についても引き続き順次、業者選定を開始した。
 9月に入ると、岩手県でも業者の選定が始まった。

  こうしたがれき処理で登場するのが、大手ゼネコンの各社だ。
 木材やコンクリート、鉄など、さまざまなものが入り交じっているがれきを分別して、
 焼却処理をしたり、リサイクルに回したりするために、
 大がかりで、実に手間暇のかかる作業になる。
 そうなるとどうしても、大手のゼネコンの持っている特殊なノウハウが必要となる。
 石巻ブロックでは、鹿島を中心としたゼネコン9社による
 共同企業体(JV)が、がれきの処理を一括で受注をした。
 焼却のためのプラント5基を建設して、1日1500トンのがれきを
 約2年かけて処理をするという計画だ。
 その総費用は、軽く2000億円を超える。
 それ以外にも、4分割して業者を選ぶことになった亘理名取ブロックでは、
 西松建設、ハザマ、大林組、フジタといった各JVなどが、
 仲よく受注を分け合った。

  だがなぁ・・・・かつてない被害のために
 最終的な処理費用がいくらかかるのかは、今のところ誰にもわからない。
 「最低でもおよそ1兆円。
 費用がかさめば1兆数千億円にも上る可能性がある」、
 などと業界では言っている。 
 これだけでも、実にべらぼうな予算が動くことになる」




 「そのための人材集めで、おっちゃんが被災地で多忙なわけなのね。
 あれからもう一年近くが経つと言うのに、
 東北の被災地では、まだまだそんな遅れに遅れ切った状態なんだ・・・・
 漁港が復興したとか、企業が再生して頑張り始めたとか報道をされているけど
 それはまだごく限られた、一部だけの話なのね」



 「賢いね響。、まったくその通りだ。
 それからもうひとつ、絶対的に外せないもうひとつの巨大な復旧事業が
 東北には転がっている。
 しかもこいつは、30年から40年はかかるだろうと言われている
 きわめての、難事業だ。
 大金もかかるが、人海戦術できわめて多くの人手も必要としている」



 「福島原発の放射能だ。立ち入り禁止区域の問題でしょ」



 「いい読みをしているなぁ。
 お前には、水商売なんかをさせておくのはもったいない。
 放射能こそ被災地の一番の難題で、とにかくべらぼうに費用もかかるが、
 同時に、多くの人手と復旧のための時間もかかる。
 がれきの撤去はもちろん、住民たちが今まで通りに住めるためにするのには、
 実に気の遠くなるような除染作業と、復興なための対策が待っている。
 いったいいくらかかるのか、誰にも試算が出せない始末ままだ。
 ということは、つまり、そこには・・・・
 べらぼうで、膨大な利権が転がっていると言うことになる」



 「つまり。被災地にはまだ金鉱や宝の山が眠っていると言うことなのね」



 「そうだ。その通りだ。
 被災地も先が見えていないが・・・・うちの娘にも同じことがいえるようだ。
 女の子なんて言うのは、嫁にやるために
 たっぷりと時間をかけて、手塩にかけて育てるだけの代物だ・・・・
 可愛い、可愛いで、あんなにも面倒をみたやったというのに、
 今頃になったら、ひとりで大きくなったような顔をしている始末だ。
 お前さんくらい物わかりのいい娘が、俺にも欲しかったなぁ。
 いいよな。お前さんは、いつも明るいし、元気だし、
 こんな俺にも、いつでもすこぶる優しいもの」


 「考え方一つで、世の中の見方は変わると思います。
 私だって、普通に哀しいこともあれば、泣きたい時もたくさんありました。
 でもその度に、母がいつも私を支えてくれました。
 私が落ち込んだり、泣いたりしていると
 いつも母が、『お前は、私にとっては天からの授かりもので、
 どうしても産みたかった、最愛の一滴(ひとしずく)から生まれたんだよ。』
 と、そう言って励ましてくれました」



 「最愛の一滴か・・・・へぇ。清子もなかなか上手い事を言うなぁ」


 「なんとしても産みたかったと、
 母が心の底から願った生命が、この私だったそうです。
 この世の中でお母さんが、心から最も愛していた人との間で実を結んだ、
 最愛の結晶だそうです。
 お母さんはそのことを、いつも「最愛の一滴」と表現をしました。
 大河も最初は、ただの水の一滴から生まれるし、あ
 あなたにも、それは同じ事が言えますと、いつでも笑っていました。
 『でも、どうあっても、迷惑をかけられない相手だから、
 あなたが産まれたことは内緒なの。
 その人の分まで、私が生命をかけて貴方を守るから、
 お願いだからあなたは泣かないで』っていつも慰めてくれました。
 どうしても欲しくて身ごもって、望まれて、生まれてきた生命なんだから、
 もっと自分を大切にして生きてくださいと、お母さんに言われながら育ちました。
 私を実の子供のように可愛がってくれた、置き屋のお母さんにも、伴久の若女将にも、
 同じように、そんな風に言われながら、私は育ってきました」



 「お前さん。今でも父親に逢いたいのか・・・・」



 「うん。お母さんには申しわけないけど、
 私は、それでも父には逢ってみたい。
 大きくなった響を見せてあげたいし、できたら甘えてもみたい。
 でも、もうひとつ別の理由も有るの。
 あえて私が生まれる前に、身を引いてしまったお母さんと、
 そのお父さんを、元に戻してあげたいなどと、実は余計なことまで考えています。
 たぶん母は、そのために24年間も一人身を通してきたのだと思います。
 できることなら、また一緒に暮せたら素敵だなとは思うけど・・・・
 でも現実には、それはとても怖い話です。
 その人が、別の家庭をもっていたらどうしょう。
 私や母のことなどはすっかり忘れて、別の人生を生きていたらどうしょう。
 逢いたい気持ちとは裏腹に、最近は、そんな心配ばかりをしています。
 もう、昔のお父さんではなくなっていて、お母さんをがっかりさせたらどうしょうと。
 でもね、母も、実は・・・・ひとりでとても寂しがっているんです」


 「そうかぁ・・・・良い子だなぁ、お前は」



 「あら。岡本さんのお嬢さんも、きっとそんな風に考えていてくれると思います。
 母親は、みんなそうやって我が子を育ててくるそうです。
 ちゃんと父親の愛情も受け止められるように、子供のうちから
 それをしっかりと日々の暮らしを通して、自然のままに躾(しつけ)るそうです。
 そのことも、母から事あるごとに良く聞かされてきました」



 「そうか・・・・今日は、呑みすぎた。
 帰るぞ、トシ。 急に、娘の顔が見たくなった。
 早めに帰ったところで、どうせ、睨まれるのがオチだろうが、
 それでも、その昔にどうしても欲しくて作った、俺の大切な子供だ。
 響のいう、最愛の一滴の顔でも、たまにはしみじみと見てみたくなってきた。
 絶対にびっくりするだろうなぁ。娘も女房も、きっと・・・」


 岡本が優しい目をみせて、ふらりと立ち上がりました。

(16)へ、つづく






 
 ・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/

・こちらは、連載中の新作です

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (48)女の武器とは
http://novelist.jp/62684_p1.html



(1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.html