落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(53) 北へ行こう⑨

2019-11-14 17:46:03 | 現代小説
北へふたり旅(53)


 翌朝6時45分。
JR両毛線の岩宿駅へ着く。
6時52分の下り、小山行きに乗るためだ。
駅の窓口は完全に閉まっていた。
カーテンが厚く引かれている。だいぶ前から閉鎖されているようだ。
となると券売機で切符を買うしかない。


 (宇都宮までの運賃はいくらだ・・・)


 券売機の上の路線図と、運賃をながめていたら女子高校生がひとり。
うしろから駆けて来た。
速度をゆるめずそのまま改札へ突入していく。


(えっ・・・どういうことだ?)


 女子高生がポケットからスマホを取り出す。
ピッと、入場と書いてある画面へかざす。
そのまま下りのホームへ消えていく。じつに完璧なタッチ&ゴーだ。


 ゲートのついている自動改札機なら、首都圏で使ったことがある。
磁気式切符を入れるとゲートが開く。
ゲートを通過してから、その先で切符を取り戻す、あれだ。
しかし目の前にある改札機はすこし様子が違う。


  改札中央に立っているポールの上に、ちいさな機械がついている。
どこへでも持ち運びが出来そうなほど簡易なものだ。
入場用と書いてある。
ということは出場用の自動改札は反対側にある、ということになる。
タッチする部分が、ここへ触れろと青く光っている。


 疑問が浮かんできた。
通過していくのはスマホか、パスケースに入れたスイカか、定期券の客ばかり。
券売機で買った切符をこの機械は受けつけてくれるだろうか?。


 「俺たちはどうやら浦島太郎になったようだ。
 さっぱりわけがわからん。何がいったいどうなってんだ?」


 途方に暮れている様子を見て、駅員が顔を出した。


 「どうされました?」


 「宇都宮まで行きたいのですが、改札がわかりません。
 どうしたらいいですか」


 「行きは券売機で、宇都宮までの切符を買ってください。
 帰りは宇都宮駅でスイカを買うことができます」


 「こちらでは買えないのですか?」


 「大きな駅か、みどりの窓口の有る駅ならスイカの券売機が置いてあります。
 当駅のようなへんぴな駅では、スイカは販売していません。
 普通の券売機だけです。置いてあるのは」

 なるほど。さすがローカル線のちいさな駅だ。
スイカ用の自動改札は有っても、かんじんのスイカがここでは買えない。
(なんだか無人駅から乗車するような気分だな・・・)
宇都宮までの切符を2枚買い、駅員に見せてから、ホームへ出た。
その間。高校生や会社勤めらしい人たちが、ピッと自動改札を通過していく。


 
 電車は定刻でやって来た。田舎を走る電車は1時間に1本。
通勤通学のピーク時だけ2本走る。
時間が早いせいか、車内は空いていた。
立っている客は見えない。みんな黙りこんで座席に座っている。


 静かすぎる。会話はまったく聞こえてこない。
それもそのはず。乗客全員の視線が、手元のスマホにくぎづけだ。


 (なんだよ。静かすぎるとおもったら全員がスマホを見ているぞ。
 どうなってるんだこの光景は。いまどきはみんなこうなのか・・・)


 (しぃ~。珍しくありません。こんな光景。
 上司とお昼ご飯へ行っても会話しないで、スマホを操作しているそうです。
 いまどきの若い人たちは)


 (それにしても異常だろう。
 みんなうつむいて、ひたすらスマホを見ているなんて・・・)


 
(54)へつづく



北へふたり旅(52) 北へ行こう⑧

2019-11-11 11:50:12 | 現代小説
北へふたり旅(52)


 「予行演習へ行きましょう」


 7月の半ば。茄子の収穫が今日で終わった。
その日の午後。妻が電車に乗りましょうと言い出した。


 「電車に乗る予行演習?」


 「北海道行きの予行演習です。新幹線は宇都宮からでしょ。
 JRに乗るなんて久しぶりですもの。
 明日から暇になりました。いいでしょ、お出かけても」


 たしかに明日からながい夏休みがはじまる。断る理由はとくにない。


 「焼きそばが食べたいですねぇ。ひさしぶりに」


 妻の出身は宇都宮。
宇都宮グルメといえば餃子が有名だが、焼きそば屋もおおい。
宇都宮焼きそばはキャベツ、肉、イカ、ハムがはいったもちもち麺の上に、
ちょこんと目玉焼きがのっている。


 「そういうことなら本番の時間にあわせて宇都宮まで行ってみるか。
 9:39発のやまびこ43号だから、7時台の両毛線に乗るようだな」


 両毛線は群馬の高崎と、栃木の小山をつなぐローカル線。
上毛野国(かみつけのくに)の群馬と、下毛野国(しもつけのくに)の栃木を
むすんでいることからこの名前がついた。
わたしの住まいからの最寄り駅は、JR両毛線の岩宿駅。
駅名は日本に旧石器時代があったことを証明した、岩宿遺跡に由来している。


 「乗り換えがおおいですからね、今回は。
 ホップ・ステップ・ジャンプでようやく新幹線ですからね。
 うふっ」


 「東京駅まで2時間。途中の大宮駅でも1時間30分はかかる。
 どちらも南下していくから、北海道とは逆方向になる。
 おなじ時間をかけるなら横に移動したあと、北上したほうが距離をかせげる」


 「両毛線で小山へ出てから、東北本線に乗り換えて宇都宮。
 宇都宮から東北新幹線のやまびこに乗って仙台。
 仙台から北海道新幹線のはやぶさに乗り換えて、新函館北斗。
 列車を4本乗り換えて、やっと北海道へ到着です。
 あ、5本目がありました!。
 新函館北斗から函館まで、なんとかライナーに乗ると言っていましたねぇ。
 JTBのお姉さんが。
 ちゃんと目的地へ着けるかしら。だいじょうぶかしら、わたしたち」


 「しかたないさ。
 関東平野の最北端はどこへいくにも、不便な場所だ」


 「はじめての列車旅にしては、たいへんハードな乗換えです。
 無事に行けるのかしら、本当に」


 「だからこその予行演習だろ。
 あ・・・あったぞ。
 岩宿駅が7:36で、小山到着が8:42。
 小山から宇都宮まで、30分みれば着くだろう」


 「忙しいのは嫌。
 ぎりぎりの接続で、ホームを走るなんて最悪です。
 もうすこしはやい列車は無いの?」


 「6:52というのがある。これだと小山の到着は8:12だ。
 いくらなんでも早すぎるだろう。
 宇都宮の駅で一時間ちかく、まつことになる」


 「たかが一時間でしょ。
 ホームを走るよりはるかにマシです。
 それに時間があれば駅で優雅に、コーヒーを呑めます」



 「コーヒーを飲めるような場所が、駅の中にあるの?」


 「それを確認するために行くんでしょ。明日」


 「あ・・・明日!」


 「あら。なに驚いているの、当然でしょ。
 膳は急げです。
 明日からながい夏休みがはじまるんですもの。うふっ」


 
(53)へつづく



北へふたり旅(51) 北へ行こう⑦

2019-11-08 18:24:47 | 現代小説
北へふたり旅(51)


 6月だというのに、猛暑がやってきた。
体験したことのない暑さが、連日続く。
夜になっても気温が25℃から下がらない。


 暑さが増す中、茄子の収穫がピークをむかえる。
朝6時。大型のビニールハウス内部は、30℃をかるく越えている。
時間とともに、さらに気温が上昇していく。


 収穫開始から2時間。気がつけばハウスの温度は40℃をこえている。
流れた汗が長そでのシャツを、ぐっしょり濡らす。
しかし。いくら暑くても、素肌を露出することはできない。


 茄子は実だけでなく花や葉にもトゲが有る。
とくにヘタの部分は要注意。刺さりやすい、するどいトゲがはえている。
ナスの原産地はインドの東部。
厳しい環境を生き抜くためバラのようなトゲで武装して、大事な実を
鳥などから守っていた。
その名残が、葉っぱの裏や実のヘタの部分に残っている。


 (暑いな・・・熱中症になったらたいへんだ)
 
 汗がとまらない。
あわてて水筒の水を口にふくむ。


 農家で働きはじめて3年目。暑さにいまだ慣れない。
長年エアコンの中で仕事してきたせいもある。


 (居酒屋をやめた後、こんなふうに農家をやるとは夢にも思わなかった)


 ふぅっと息を吐いてから、茄子の木陰へ腰をおろした。
絶盛期のいま、茄子の背丈はかるく2㍍をこえている。
おおきな葉が、日陰をつくる。
直接の陽ざしから逃げただけで、背中の暑さがおさまっていく。
真夏のハウスはそれほど暑い。




 茄子の深い紺色は、太陽のひかりが作り出す。
陽があたらないとナスは赤くなる。
事実。雨の朝や曇りの朝は、茄子の肌が赤くなっている。


 ゆえに太陽光をさえぎる葉を、まめに取り除いていく必要がある。
また密集した葉が茄子とこすれあうと、肌が傷つく。
茄子の肌は赤子のように繊細だ。
太陽のひかりをじゅうぶんに入れ、なおかつ茄子を傷つけないよう、
役目を終えた古い葉を、せっせと取りのぞいていく。


 収穫は涼しい朝の6時からはじまる。
3時間から4時間かけて、コンテナ40箱から50箱の茄子を収穫する。
ベトナムの3人は選別と出荷の作業へむかう。


 いっぽうシルバーは、手入れのためビニールハウスへ残る。
10時を過ぎたビニールハウスは、すでに低温のサウナ状態になっている。
換気の小窓は開いているが、あまり役に立たない。
お昼までの2時間。暑さの中で茄子の木の手入れをおこなう。


 汗をかくことがいちばんのダイエットになる。
さいしょの年。夏場2ヶ月の作業で、体重が10キロ落ちた。
いろいろダイエットに取り組んできたが、効果はまったくなかった。
そんなわたしがたった2ヶ月の夏場の農作業で、10キロの減量に成功した。
これは奇跡だ。
減量に成功したうえ、給料までもらえる。



 一石二鳥だ。こんないいことはないとおおいによろこんだ。
しかし。油断は禁物。
7月中旬に茄子の仕事が終る。
それから9月の初旬まで、2ヶ月間の夏休みがやってくる。
仕事がなくなると、せっかく減った体重がじわりともとへ戻りはじめる。


 「ねぇ。せっかくダイエットに成功したのよ。
 もうすこし頑張ったらどう?。
 なんならご飯を2食にしましょうか。
 いまの体形を維持するために・・・うふっ」


 妻が笑う。笑っている場合ではない。
そう言いながら笑っている妻も、さいきん少しふとりはじめてきた。
  
(52)へつづく



北へふたり旅(50) 北へ行こう⑥

2019-11-05 17:21:51 | 現代小説
北へふたり旅(50) 




 なんだかんだで2時間半。
ようやくのことで、3泊4日の旅行日程が完成した。


 函館まで新幹線。
函館から札幌まで片道4時間の特急の旅。
3日間のレンターカがついて、旅の総額は税込み18万円。


 高いか安いか、さっぱりわからない。
生まれてはじめての鉄道旅行。
いままではどこへ行くのも車のハンドルを握り、2人で出かけた。


 居酒屋をはじめる直前。
これから忙しくなるからその前にと、2泊3日の旅に出たことがある。
いまから20年前の話だ。


 行先は能登半島。輪島の朝市と金沢の兼六園が目的だった。
このときも移動に使ったのは乗用車。
しかし歳を重ねてくると車の移動は、身体につらいものがある。


 JTBの窓口で、少しもめた。


 「函館からレンタカーで札幌まで移動する?。
 正気なの、あなた」


 「海沿いをいく高速なら、4時間。
 中山峠を越えていく最短コースは、260㎞あるけど
 空いているから4時間半。
 どちらを行っても4時間以上かかるけどね」


 「おなじ4時間でも電車なら、座っているだけで札幌へ行けるわ。
 あたしは嫌よ。
 ビール片手に駅弁を食べながら、札幌まで優雅にいきたいわ」


 「ビールに駅弁か・・・。
 電車旅ならではの醍醐味だな。確かにそいつは」


 「そう思うでしょ、あなたも」


 「おなじ4時間でも、中身に大きな違いがあるな。
 がんばって運転しょうと考えていたけど、なんだか気持ちが萎えてきた」


 「そう思うでしょあなたも。
 無理することはないわよ。骨休めのための旅行だもの。
 ねぇおねえさん。
 この人の気が変わらないうち、特急列車の座席を取ってください」


 「かしこまりました。
 特急・北斗で、札幌までお2人さまのご予約ですね。
 たしかに受け承りました。うふっ」


 いまはまだ6月。
宿はどちらも確保したが、JRの座席券が買えるのは旅行の一ヶ月前。
旅行代金の一部として手付金を払い、スーパーマーケットをあとにした。


 駐車場まであるいているとき、妻の携帯が鳴った。
ゴルフ仲間。ひとまわり下の美女からだ。
 
 「あなたのお店のコンペ・・・参加するわ。
 夏休み中ですもの。暇はたっぷりあります。
 9月1日の土曜日ね。8月は予定があるけど、9月ならだいじょうぶ。
 参加します2人とも。はい、よろしく」


 9月なら大丈夫よねと、妻が同意をもとめる。
え?。大丈夫ではないだろう。
27日から北海道旅行だ。たったいま決めてきたばかりだ。
戻って来るのは4日後の30日。1日おいて翌日は9月1日。


 旅行から中一日で、ゴルフコンペに参加することになる。


 「あら・・・どうしましょう、あなた・・・
 うっかりしていました、あたしったら。快諾してしまいました。
 いまから断りましょうか。ひとまわりしたの美女に」


 
  
(51)へつづく



北へふたり旅(49) 北へ行こう⑤

2019-11-02 14:16:25 | 現代小説
北へふたり旅(49) 


 
 「8月最後の週。月曜から3泊4日で北海道旅行を考えています。
 きままな2人の自由旅、という形でお願いしたいのですが。
 移動はすべて鉄道でお願いします」


 「8月27日から4日間、個人型のフリープランですね。承知しました。
 宿泊地のご希望はございますか?」
 
 「1日目は函館。2日目と3日目は札幌を考えています」


 スーパーマーケット内、JTBの窓口は今日も空いていた。
待つ必要もなく「どうぞ」と、いつもの女の子に案内された。




 「函館ですと市内のホテルと、ちかくの温泉におすすめがございます。
 どちらをとりましょうか?」


 「温泉?。函館に温泉があるのですか?」


 「北海道の三大温泉の一つ、湯の川温泉です」


 「移動は?」


 「鉄道は函館までです。その先はバスかタクシーの移動になります。
 函館駅から温泉まで、20分から25分ほどです」
 
 温泉と聞いてこころが動いた。
しかし。鉄道が接続していないと聞いて躊躇した。
2人ともうまれてはじめての鉄道旅だ。
移動が複雑化すると負担がおおくなる。疲れすぎないか心配になる。


 「市内でホテルをとってください」


 函館市内のホテルのパンフレットがひろがる。
函館で観光したいのは朝市と、赤レンガ倉庫と函館の夜景。
「それでしたら、こちらがおすすめです」女の子がひとつのホテルを指ししめす。


 「ただし。追加料金がかかります」とほほ笑む。


 「追加料金?」


 「はい。こちらは7000円が追加されます」


 基本料金と追加料金・・・なんだそれ?。
なるほど。パンフレットをよく見ると料金別にホテルがランク分けしてある。
 
 (一泊目です。しょうしょう奮発しても大丈夫。
 そのかわり連泊の札幌は、規定料金のホテルにしましょう)と妻がささやく。


 「じゃそこ。ラビスタ函館べィで」


 「承知しました。空きがあるかどうか確認してみます」


 女の子がパソコンを操作する。
季節や曜日の条件により、ホテルの値段は変動する。


 「とれました。8月27日。
 ラビスタ函館べィ お二人様。
 ご希望通り、喫煙室が確保できました」


 驚いた。
健康増進法で禁煙が進む中、喫煙営業しているホテルがいまだに有った!。
妻と娘はいまだ愛煙家のまま。
「やめたいんだけど・・・」苦笑しつつ、いまも娘と2人で煙草をふかしている。



 ダメもとで喫煙室を希望した。
しかし函館でトップランクのホテルで、喫煙室を確保できるとは
夢にも思っていなかった。
この結果に妻はおおいによろこんだ。
ついに妻はいつも空いているこのJTBの、熱狂的大ファンになった。


  
(50)へつづく