ささかのブログ

雑多な思考整理のためにブログを活用中。
自分が生きやすくなればいいと思うけれど、教祖になるつもりはない。

繰り返して上手になる

2020-09-13 15:06:06 | 日記
近所の学習塾に、

「繰り返して上手になる」

というキャッチコピーが書かれていたけれど、ここには子供は通わせないと強く思った。

目的が明確なら、繰り返し作業も苦にならないんですよ。

一日中卵の殻を割り続けたとしても、それが仕事で収入を得るためとか、それによって何か(巨大なケーキとか)を作り上げるとか、卵を割ることを極めたいとか、そういった目的があれば苦にはならない。

ところが、その目的がないまま、
「とにかく目の前の卵を割り続けろ」
と言われたって、やる気なんかでない。

ベスト・キッドだって、カンフーが強くなりたいという明確な目的があるから窓を拭いたりペンキを塗ったりするのであって、全く目的がない状態でそれを続けたら、ただの強制労働ですよ。このご時世。


漢字の書き取りをやらされたけれど、全く覚えなくて。

十個書こうが百個書こうが、全く覚えない。


ところが中学生以降、本を読み始めたらガンガン漢字を覚えるようになった。


私は小学生時代からコンピュータに強い関心を持っていて、わざわざ墨汁をすって和紙に文字を書くより、鉛筆を削って紙に書くより、キーボードを打てば一定のきれいな文字を大量に書き出せることを知っていた。

今の子供には当然の感覚ではある。
読みを変換すれば、知らない漢字で文章は作れる。

私の子供時代は他の人にその認識はまるでなかった。

先を行き過ぎてはいたのかもしれない。

同じように掛け算九九も覚えない。

覚える必要はなかったんですよ。

当時のBASICでも、掛け算九九を全部出力するのにFor Nextルーチンで数十秒程度で終了する。

画面をスクロールさせなければ一瞬の作業。

少なくとも私には、わざわざ九九を覚える必要はなかった。

その代わり三次元座標を回転させるための三角関数の複合方程式や、撃った弾の自由落下シミュレーションをコンピュータ上で再現したり、小学生が全く覚える必要がない一十百千万億兆京…那由多不可思議無量大数といった命数法を覚えるほうが面白かった。

十進数と16進数と2進数を脳内で計算するとかは得意だった。

今考えれば、一般教員の認知を超えていたとは思うけれど。


繰り返していれば何でも覚えられるとか、上達するとか思う人は、違う観点での根本的な解決方法を知らない。

別にベルトコンベアでの流れ作業工員を大量に作り出すためだったら構わないけれど。

自分の子供をそうしたいとは思わない。


ゲームを解くために繰り返して弱点を克服するとかは努力を惜しまなかったけれど。


聞くところによるとこういう地獄があるそうですよ。

賽の河原で石を積み重ね続けるという地獄。

ある程度積み重なったら鬼が壊してくれて、最初からやり直し。

それを永遠と繰り返すんですって。


そんなことを子供にさせるって、今ならもれなく「虐待」という罪状が付くでしょうに。

未だに運動系部活では、よくわからなくても繰り返せとかやってるみたいで、なんだかなぁ。

ベスト・キッドぐらい見なさいよとは思う。


目的のない繰り返しは拷問だということを学びなさいよ。

経験

2020-09-13 09:02:40 | Social
いま自民党総裁選挙の最中で、これにより日本の総理大臣が決まるわけですが、個人的に今回の政権は長続きしないと思っています。

疫病の蔓延は、じわじわと損害が出続ける長期戦で、基本的には悪いことが起こり続ける。

大規模自然災害は、再発がなければ、復興再建のために尽力することで問題を解決できて成果になる。

疫病は実際に起こる疾病と死者、経済損失は発生し続けるわけで、それをいかに減らすかが課題になる。

医療機関や製薬会社や、マスクや消毒液を作る予防製品企業は伸びるかもしれない。

それで言えば、転売などをやって市場に混乱をもたらすより、感染予防製品企業の株を買って経営支援したほうが明らかに社会にとってはプラスになるわけだけど、個人売買で目前の利益を上げたい人は思い当たらないでしょうね。


基本的に被害が出続ける事柄で、予防がメインとなり、成果を実感しにくい時期といえる。

疫病蔓延前と比べるとプラスにはなっていないので。

社会をどのように舵取りしたとしても批判が続出する。

来年にはオリンピック開催が予定されて、その開催が経済をプラスにする可能性はあるし、本来そのためにインフラ投資など準備を進めてきた。

投資を回収しなければすべて負債となるので、オリンピック開催は必須事項でもあるわけだけど、それで爆発的に感染が広がって社会活動が更に停滞したら本末転倒もいいところで。

そのあたりの経済予測シミュレーションは、官僚や金融機関やシンクタンクや企業内部などがやっているのでしょうけれど。


成果が出しづらい現状で、何をやっても批判が続出する中の政治リーダーも評価されづらい。

疫病蔓延前の社会を超える成果は出しにくいので。

感染拡大時期に比べてどれだけプラスになったか?は比較しやすい。

それでも、マイナスの経験をして、それに対策することで人の文化はより強力に進化できるのは事実でもある。


成果を出しづらい中、過渡期の政権は失敗とされる舵取りも増えるので評価されづらい。

現状の政権は長続きはしないけれど、後から評価されることになる。


総裁選挙も経験しておくことが必要で。

次期首相候補になるためには、今勝てなくても立候補しておく必要がある。

やらないとわからないことは多いので、経験値を稼ぐ必要がある。

次期リーダーの人材育成はしないとならないですからね。


結局のところ、私は政治素人なので予測するしかできない。

別に政治経済を専門に学んだわけではないし、知識による脳内シミュレーションなので、予測できていない事柄も多いのだろうなと思う。

これも結局経験で、その間違いを顕在化することで成長しようという魂胆でもある。


それで最終的に目指しているのは小規模の自営主であって、できれば第一次産業とされる農業が理想。

わけのわからない人が集まった巨大組織のリーダーは怖すぎる。


とはいえ、社会文化を構成する人そのものに政治的思考や知識がないと、政治家のレベルも上がらない。

「一般人でここまで考えられるんだから、政治家やリーダーとして選ばれるんだったらこれ以上は考えなさいよ?」

と言えるか言えないかは大きな違いだと思う。


その意識がなくてリーダーになりたい人とか、出世だけしたい人とかが多くて、そういった人に辟易した経験だけは蓄積したのでね。

リアル水戸黄門

2020-09-09 23:36:28 | Office
勧善懲悪が良いとも思わないのだけれど。

昨晩、時代劇もびっくりの悪代官をやっつける水戸黄門がリアルに現れた。

悪代官も志はあって人の上に立つのだけれど、独裁主義は破滅をもたらす。

とはいえ生きている人なので、また繰り返すかもしれないし、反省するかもしれないし、どうなるかはわからない。


政治というのは人組織をどう導くかということであって、人組織がなければ政治が成り立たない。

別に政治がなくても生活は成り立つ。

人の体を操作するのは頭脳で、健全な肉体が必須だけれど、別に思考が貧困でも生きることはできる。

人組織はそれぞれの人が思考するので、別に頭脳がある必要はない。

人組織を超える先見性や思考能力がなければ、施政家は組織をリードできない。


私個人としては、よくわからない人組織を他人の目的のもとに率いるつもりは毛頭なくて。

だから中間管理職になるつもりもない。

調整能力ばかり発達すると、独立した思考を持てなくなり、凡庸な中間地点を目指してしまうので。

小さな組織で、全部任せても平気な人を率いるのは構わないけれど、よくわからない人を大量に率いるのはどうも違う。


数千人規模の会社の社長にならないかと打診されたことがあるけれど、自分が採用に関わってない集団のリーダーになって、全責任を取れと言われとも、全く責任が取れる気がしない。


元総理大臣の細川護煕さんが、籠もって陶芸家になるのは全くもって正しい姿だと思う。

他人をどうこうするより、自分の技術を納得行くまで高めたほうが面白いんですよ。

他人に認められる自己承認より、自分で自分を認める自己承認のほうが重要なんですよ?

大喜利

2020-09-06 10:48:40 | 日記
Twitterでバズっていた大喜利AV女優の広報戦略が巧みだなぁと感心してます。

自分をどのように魅せる(見せる)かは本職なんですが。

したたかさに関してはコメントしている人に対して何枚もウワテだとは思う。

壇蜜さんとかもいたわけですが。

それよりも世の女性は結構そういった能力を持っているわけですが。

せっかくのアピールを尽くスルーしまくる唐変木も、世の中にいることも忘れてはなりません。

ハニートラップこわい。

何かを得て、ありがたさを忘れる。

2020-09-06 07:59:19 | Office
前の会社を辞めて、ものすごく健康になった。

病院に行くお金もなかったのだけど、行く必要がなかった。

心配だったので血液検査したら、全てが正常値だったのだけど。


金や権力を持って、全てが思い通りになる。

これが幸せかと問われれば、そうとも限らないと結論できる。

自営業となったとき、収入は激減した。

ところがサラリーマンは基本的に収入を正確に処理するため、どんなに収入が減っても県町民税が次の年に請求される。

日本国内の制度だと、収入は常に一定である前提で税制も成り立っている。

自営業であれば、純利益を完全にプラスにするのは簡単ではない。

固定費や光熱費、交通費などの支出を計上すると、利益はやっとプラスになる程度。

税金は減免対象になる。


前職では、人は言うことを聞くのが当たり前になっていた。

取引先会社は機嫌を損なわないために、どんなに理不尽な要求でも、ニコニコ受けなければならない。

ものを設計するために、専門メーカーにさんざん問い合わせて設計できた結果、取引先を限定しないためのコンペがあり、他社に発注される。

怒ることもできないので、愚痴レベルで文句を言われるけれど、実際に製品を作る機会を失い打撃は受けている。

メーカーにも、必ず受注があるという慢心があるのだけど。


そう。「慢心」が問題。

本来簡単には得られない、人が言うことを聞くとか、多くの可処分所得が得られるとか、そういった「ありがたいこと」が当たり前になってしまい、それが当然となる。

その裏ではいろんな人が、本当の不満を我慢して理不尽な要求でもニコニコして受けなければならないにも関わらず。

その不満はある臨界点を超えて爆発する。

その時はすでに後戻りできないほどのモラル崩壊が起きていて、経営幹部やそれ以上から「人とは?」という根本教育が必要になってしまう。


私の幸運は、災害ボランティアを行うことによって、その歪みを自ら感じ取れたことです。

結果辞めて健康を手に入れた。

残っている人は、現実からかけ離れた認識を保持してしまい、絵空事を当然のように話す間違った「夢」を妄想するばかり。

本当は得にくい、ありがたいことを当然のように得てしまった結果、他人の事情など全く省みることなく自分の欲求のみ押し付ける、大量の「わがままな子供」を量産することになる。

さらにそのわがままが権力を持っているので、相当たちが悪い。


これは大きな成功と、それに伴い失うものについて、十分な理解をしていないと起こってしまう、普遍的な人の歴史でもある。

人より優れた成果や結果を得た場合、それに伴って責任が発生する。

無責任ではいられないのだけど、無責任なまま成功を収めた結果、そのままでいいと思ってしまう。

状況が変わったのだから、今までのやり方は刷新しなければならないのにも関わらず。


精神的に子供のまま、大人の権力を持ってしまう。

他人は基本的に思い通りにならないとか、現実に起こる事柄は、そう簡単に理想通りにならないとか、そういった当たり前の現実を忘れてしまう。


それが幸せだと思う人もいるのだろうけれど、少なくとも私にとっては非常識すぎて不幸せだった。

バブルで熱狂する文化を尻目に、親からの経済的援助なく、ひたすら勉強と生活のための仕事に打ち込んでいた学生時代も経験しているし。

「ありがとう」という言葉の本当の意味を考えると、それは私にとっては非常識な部類に入る。