追分人形復活から20年。
人形師としてこの20年で新しく作ったかしらは石黒一夫作です。
彫刻家、造形作家、漆芸家でありながら追分と関わったことで人形師となりました。
今日は、その石黒さんの74歳の誕生日。
でも8月24日、逝ってしまいました。
先に逝ってしまった静流さんに会えたでしょうか。
〇〇くんならできるっ!
え~無理です(>_<)
と返しつつも何度も浄瑠璃ではない民族楽器とのコラボレーションを勧められ、物語のない音だけの中、イメージを膨らませるその時だけの遣いを見ていただくという貴重な経験でした。
病気のことは知っていましたが、孫の稽古用にと、子供向けワークショップで遣っていた二つのかしらをいただいた頃の電話の向こうの声は元気でした。
余命宣告されたけど、それを過ぎたよ、やりたいことがいっぱいあるんだ!と言っていました。
その日が来ることはわかっていてもただただショックです。
もっと人形を作って欲しかった。
自分の使う、親鸞と勝頼のかしらを作り直してほしかった。
保存会に資金が無いので公演収入・助成金を利用しても毎年の制作は困難です。
公演依頼がなくなったコロナが無ければいくつかお願いできたはず。
本朝二十四孝の八重垣姫も石黒作
杵造のかしらはあなたに造ってほしかった。
最初に制作してもらった朝顔
朝顔話の阿曽次郎
古い三番叟のかしらは保存するため新しく制作して頂きました。
吉窪美人鑑と日高川の龍(大蛇)
吉窪美人鑑の鬼になったお吉、日高川の清姫
外人さんにもインパクト大
最後に修理してもらった朝顔話の徳右衛門(>_<)
壺坂観音霊験記の沢市とお里
傾城阿波鳴門のお弓(お里)とおつる
釣女の太郎冠者(美人鏡の与三次)
吉窪美人鑑の若僧とお吉(朝顔)
先代萩の政岡
先代萩の栄御前
先代萩の八汐
遣うことも好きだった石黒さんは先代萩で千松を担当しました。
画像が無いですが千松と鶴千代も石黒作。
八汐に刺された千松(T_T)