いちよう:二千和会だより

 会報「いちよう」を通して、人生がさらに豊かに広がるよう「今も青春!」の心がけで楽しく交流しながら散策しましょう。

千葉の笑々(えぇ)散歩…競馬場

2010年04月10日 | 桜花応援

 二千和会恒例のお花見もする春の散歩です。午前中は中山法華経寺の歴史散歩を致しました。桜が綺麗で満開のとても好い日にちに当たりました。
 さてその後車座になってお花見弁当を広げる場所が、そこから3駅先の市川真間駅からさらに歩いて行く公園に適当な場所はあるのですが、法華経寺でかなり歩いて疲れました。参加の皆さんにおはかりして、近くて広い―遠目には桜が咲いている場所―中山競馬場の芝生公苑となりました。初めて入場した方が大半だと思います。

  

 入場料200円で、中に入れました。驚いたことにこの施設内は何でも揃っている感じでした。ことによると競馬でなくても結構楽しめるような…知らない場所に来て、それだけでウキウキ、ワクワクしてしまうような…なんだろうな、これは…判りませんが。
 レジャーシートを敷いて陣取った訳ですが、遠くを見ると桜がぐるりと取り巻いて、その手前を見ると馬がスタートを切ったところでした。

 最初の写真は遠くに走っている馬たちですが、その時のスタートに使う器具が、トラックに引っ張られて移動中です。また、端に写っている男性は競馬新聞を手に遠く走っている馬を背伸びして目で追っていました。

  
  

  こんなに伸びやかにシートを敷いて、自分たちだけの世界に浸れました。お家からご持参の“にごり酒”“ビール”“缶チューハイ”…勿論お茶も、背中のリュックから出てきました。おつまみもあります。大事なお弁当も。蕗、筍、イカナゴの釘煮、胡瓜の古漬け、そしてデザートにアップルケーキ…などなど、お楽しみの青く澄んだ空の下でポカポカ陽射しを受けての宴会です。

 宴会の始まるちょっと前に88歳に今年なられる御大の姿が見えなくて、みんな心配しましたが、ようやく姿を現わしました。用事をすまして戻ろうとしたらこの場所が判らなくなったのだそうです。道に迷うほどの大きな施設でした。御大は昔獣医さんをしていた方です。お馬さんは身近にいた動物だったことでしょう。ようやく彼も交えての和みの宴が続けられました。
 初めての、ちょいとは入れない…というか、入るのに勇気が要る施設に足を踏み入れたということで、胸が躍るようだと言ったら、もし馬券を買ったら、もっとワクワクドキドキするかも知れないとその方の話にも発展。競馬新聞を購入して戯れに100円の馬券を買いたいなら…とお世話して下さる方もあって、ほとんどの方が100円を買ってみました。「4」とか「4-4」いや今日は4月3日だから「4-3」だとか…。面白半分で初体験となりました。

 高橋さんはこの町内にお住まいなので、町内の住民が競馬場からのご招待があったそうです。その時の経験から少しは明るい場内です。S.Oは彼女について行き、馬の走る傍まで来てみました。
 S.K.(小島)氏は、足が達者です。皆さんの希望の馬券を買いに走って下さいました。10レースの馬券です。本当に適当に「4-4」を、同級生のよしみで高橋さんと仲良く選んでいました。

 
 

 はるか左前方に騎手を乗せて馬がゆっくりと歩いています。10レースの準備にこの緑に染めた芝生を走るらしいのです。芝の上のゴミなど無いか場内芝の整理に7,8人の方が掃除用具を持って通り過ぎていきました。

 

 目の前を走って行く馬。間近に見ると馬の肌が光り輝いていました。馬ってこんなに綺麗なんだと感激しました。昔、牛や馬が農家の一員として働いている姿は見知っているつもりでしたが、競馬として働く馬はとっても美しいのですね。大事に磨きをかけて扱われていると言って良いのでしょうか。
 練習に走っている馬の中には嫌々をするように、体をよじってスピードも出さずに進むものも居ました。そんな様子に二人は笑ってしまいまいたが、大きなパネルに走ってくる馬が写し出され「10レースが始まったわ、走っている、走っている…」と、二人は確かめるようにしゃべっていましたら、傍にいた若者が「あれは、大阪で今走っているのを中継しているんですよ」と、教えてくれました。他の競馬情報も観て同時に楽しんでいる方もみえるということも知りました。

 

 我らが、選んだ4番の馬をうまく捉えました。馬名は、後で知ったのですが「トーセンゴライアス」。その馬が何位かにはいったというのです。
 本当にただ、買っただけの番号で、映画『マイ・フェア・ レディ』のように、レディに仕立てあげられるその過程のなかで、買った馬が勝ちそうか、負けそうかの競り合いになった時でした。興奮したイライザ(オードリー・へップバーン)が、“レディ”の勉強以前の、尻尾―お里が知れてしまうような夢中さを持って声援を送った汚い言葉は、指導中のレギンズ教授をハラハラさせ、更にお目玉を食らう…そんなシーンを彷彿とさせるような、無我夢中になって応援する境地では無かったけれど、懸命に走る馬と騎手に思わず、心の中で“ガンバレ”って呟いていました。
 『マイ・フェア・レディ』の時代設定は1911年。まさに第1次大戦直前のことで、階級制度が厳しくあった時代のお話。英国では当時は上流階級の貴婦人でなければ競馬場へ赴くことが許されなかったというのでした。社交界に華々しくデビューする第一段階に、アスコット競馬場を選んだということでしたので、競馬場にも興味をもった私、SOの思いも達成というか満足できました。

  

 この浅田さんの新聞で少しの解説と皆さんのながれの様子で4番を選んで、小島さんとそれを纏めて下さった楠さんのおかげで、高橋さん、合間さん、花野さん、私、そして浅田さんが某かの配当金を頂いてしまったのです。100円を買った人はなんと千円に、また浅田さんは別の買い方をされたのか、二口にされたか? 配当金の2000円を、後のお疲れ会で、寄付をされました。お疲れ会に参加の楠さんと私S.O.も、それぞれ思ってもみなかった1000円の配当金を寄付と致しまして、幸せをみんなで分かち合いました。心ウキウキの楽しい気分で散会となりました。


千葉の笑(小)京都…法華経寺

2010年04月09日 | 桜花応援

 ようやく桜が無事に咲いて…二千和会散歩はお天気にも恵まれて良い散歩が出来ました。
 その様子は会報「いちよう」39号に詳しく報じますが、さしあたって写真の一部をアップして、チラッと報告と致します。

 中山法華経寺の参道。両脇の桜…さながら桜のトンネルです。

 今回は、「市川案内人の会」の永井さんがお寺の由緒などを案内して頂きました。
 そしてS.Oの幼馴染で、ここ中山法華経寺に近い地にお住まいの…M.T.(高橋)さんに、いろいろお手伝いを、お願いしてしまいました。
 永井さんの説明もなければ、ただその建造物の立派さを見て歩くだけになってしまったのに、丁寧にご案内を頂きました。
 そして12時半までのご案内コースが一通りすんでから、お弁当です。
 その場所としてA…境内、B…近場の競馬場内、C…市川真間まで行って里見公園で、の3案を運営委員会が用意していていまして、参加者の皆さんにお尋ねのうえ、B案に決まりました。
 この競馬場にもしも決まったら、奥の院からの近道を案内して欲しいのでよろしくお願いね…と、前もって高橋さんにお願いしておきましたので、あっという間にお弁当を開く競馬場内の気持ち良い芝生公園に着きました。高橋さんのお庭先のような散歩圏内に競馬場がありますから安心です…どうもご案内をありがとうございました。

 競馬場の芝生公園で、桜と馬の取り合わせに囲まれて、お花見弁当を頂くことにしました。後半の競馬場は、皆さん初入場が大半です。興味がない人は、一生行かないで観なくて終わったかも知れない場所に行く事が出来ました。
 興味として議題に上がれば、大方が見聞・体験できるこの二千和会。運営委員会の指針は、競馬場さえ入場する機会を作ってしまう、なかなかのものと自画自賛してしまいました。
 このような会に所属していなかったら、全国的に有名な中山競馬場には外から眺めるだけで決して足を踏み入れなかった場所だったかも知れません。競馬に関して、予備知識も持っていない私たちが、100円で馬券を買ってみて初体験……ワクワクときめいた午後でした。


見ごろの春

2009年04月05日 | 桜花応援

 暮れなずむひととき、近くへ散歩に出た。犬の散歩を楽しむ人、ジョギングで駆け抜けて行く人、おしゃべりしながら散歩を楽しむ人たちが行き交う中、私はひとりで春の息吹に触れて歩いた。
 
 空を見上げると上弦の月がぽっかりと浮かんでいる。桜と月は良く似合う。絵になる…。 未だにはっきりしない上弦と下弦の月だが、右に月の姿があるのが上弦、左に月の姿が見えるのは下弦の月なんですよね!
 
 そういえば、菜の花とも似合うと思っている。むかし、菜の花を描いたとき、そして牡丹の花を描いたとき、日本画の先生はここに月を描いてごらんなさい…と言われたことを思い出す。若かったし、気持ちにゆとりが無かった頃だったから、月を描こうとは思わなかったし実際は“取って付け足し”の感に抵抗して描かなかったのだけれど…。しかし、月を眺めては想いを広げていって「空想する夢の時間」は大事だったし、懐かしい…と思い出された。
 
 見上げると、花喰い鳥が花の蜜を食べに枝にとまっていたヨ!この鳥はヒヨドリです。 実は月もこの写真の中にあるのです。見つかりましたか? 言われなくても見えますよね!
  
 「寒い、花冷えね…」と家に閉じこもっていた隙に、白木蓮は花盛りで、すでに風に吹かれて、花弁が褐色に変わり痛んでいた。今年は、時間に追われることが多くて、春の花たちを観賞するいとまもなかった。こんな姿を見ると、一生懸命に咲いている花たちに謝りたい気持ちが、湧きあがってきた。
  
 啄木の歌を思い起こすような柳の新芽を愛しく見つめた。
 
  
 何かの本で読んだことがある“桜”を思い出した。日本の桜は楚々としていて、内に秘めた力強さを含んだ咲き方ではある。
 日本からプレゼントされたアメリカ・ワシントンの川べりの桜は、ワァ~ッと一気に咲いて、重々しい感じさえする塊で咲いているのだそうだ。気候のせいもあるのだろうけれど。
 あの、ワシントン大統領が子供のころに桜を切って叱られたという、あの頃からの桜なんだろうなと想像した。ちなみにワシントンは「私が折ってしまいました」と正直に明かし、その正直さをもって許されたという話である。
 その話から“正直”は何よりも美徳で強さをもつ素晴らしいことだと、刷り込まれた話であった。
 
 夕方近い時間の、傾いた日差しの中の撮影で、やや郷愁じみた話になってしまった。 
 え!何だろう…。不思議だ! UPしたのを見直していたら、先ほどの月が下弦の月かと思えるような全く逆の向きに写っている! 画面の月が逆になるような写真上の細工はしていないのに??? 
 月齢カレンダーで調べて確かめたが、この頃は上弦の月という。だから上弦の月は正しいのに、なぜ??

 
判明!実はこの上の写真は左が上となるように縦長に写していたのでした。(^_-)-☆ m(_ _)m 
 そそっかしくて、ごめんなさい。すぐ下に縦横訂正後、トリミングして、再度UPしました。
 
 ここは県のスポーツセンター。ジョギングコースはこのコースだと、1キロ。こちらのコースは2キロなどと、歩いても走ってもどれだけの距離に挑戦したかが、はっきりしていて、5周したので10キロ歩いたなどと、目標が達せられて励みになるようだ。
 
 身近にこんな好い空間・施設が市民のために開かれているのだから、メタボにならないように心掛けさえすれば効果が上がるのに…とは思うのだけれど、実行はなかなか…! ワタクシ、凡人は駄目なんですよ~!
  
 スポーツ科学センター。体力をつけるための器具がたくさん供えられていて、科学的目線で指導を受けて、励むのみならず、強いられているのでは?…なんて思ってしまう。そんな偏見は持たなくていいのかも知れないのに、“自称運動音痴”は、こわごわガラス張りの中での皆さんが励んでいるのを覗いて通るだけ…の現状です。
  
 柔道か、剣道か、はっきり知らないが昔から日本人の伝統的な「和」の精神を培うための競技場と、高校野球に、国際マラソンのスタートなどに使われるメインスタジアム・球場。
 夕日に照らされて佇む姿をカメラに収めて、今日はおしまい!


桜や、さくら…②

2009年04月03日 | 桜花応援

  
 ほんのお愛想程度に遠くの桜の木々は、薄紅色に色づき始めています。
 クマザサの向こうの堀は、徳川さん、後に皇室の離宮となったが、お客人がここまで船に乗ってお屋敷にあがっていったとか。
 
 お伝い橋のたもとで記念撮影。足場が悪いのでちょっと傾いたり背伸びしたり…後ろの小の字島へ架ける太鼓橋の曲線の美しさもバックに取り入れて、写真に収めたかったための必死さで、「危ない、池に落ちるよ!」の声がかかるけれど…! ボランティアさんに、撮っていただいた。
  
 将軍お上がり場の立て札があります。将軍が船に乗降する場所で、1949年のキティ台風で階段の一部が崩れて海に沈んだということです。
 
 
  浜離宮水上バス乗り場 (写真はインターネットから
  
 
 

  対岸の火事とは言うけれど…お、お、…これは本気ですぞ!燃えてる黒い煙はただ事ではない…。上方にある写真で煙が立ち上っている時から火事の煙みたいだと案じていました。このあたりから、消防のサイレンがしだしました。
  

 ようやく火事の取材でしょうか。ヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきましたが、黒い煙を発見したことから、もうずいぶん時が経っている気がしました。20分は経っていると思います。
 しかし、傍を通るころには赤い方の船(消防船?と言うのか、知らないけれど…。)が放水していましたから、取材は遅かったけれど消火活動は早かったと言えましょう。
 
  
 そろそろ到着です。墨堤の桜並木が見えますがまだ蕾は固いようです。ほんのりと赤く色づんでいるところが可愛いじゃありませんか?
   
 
 堤防でお弁当を広げてビールやチューハイで、今日のお花見に乾杯をして腰をあげまして浅草寺から合羽橋道具街に向けて歩きました。台所用品、レストランメニューのサンプル、果物サンプルなど面白いものが店先に並んでいましたが、買う商品の目的も定まっていないので、なんとなくブラブラと通り過ぎて、最寄の駅に向かいました。



桜や、さくら…①

2009年04月03日 | 桜花応援


 去る3月28日は、隅田川を遡っての水上バスを利用して、お花見をしようとの計画でした。早期の開花予想では、今年は当地方では25日と、出ていましたが、その日が近づくにつれて、寒い日や風の強い日があり、4月3日の今日辺りが満開になったとのこと。寒いね~。
  
船を見ながら、橋を渡ると浜離宮恩賜公園です。その途中赤いトキワマンサクの垣根がひときわ鮮やかでした。
 
 
  
ボランティアガイドさんが、何人か待機されていましたのでお願いいたしました。
  
  
 徳川将軍家の4代家綱の弟君綱重の子が6代将軍になったので、それを契機にこのお屋敷を「浜御殿」と呼ばれて将軍家の別邸となったのだそうです。
 途中、「300年の松」が立派な形で作られていたのですが、一度台風で倒れ掛かって横に傾くさまが、またまた見事に見せています。
 
   
雪柳が満開です。桜はチラホラ程度でしたが、他にも花はあります!その花たちが桜ばかりが花じゃないとばかりに咲き誇っていました。
 お伝い橋を渡り、鴨猟をする小屋。猟銃をあてる筒が池に向けて4,5本用意されていました。
 
 
  3分咲きの桜、サンシュユの木には黄色の花ちょっとだけほころんで…。
  
 これは鳥たちに餌をあげる場所。木槌で叩くと、その音で鴨など鳥たちが寄って来て、餌を与えます。餌は細い筒を通って引き込みの小川に落ちるようになっているのです。“カンカンカン”と叩くと鳥たちは人間の姿を見ることなく餌を口にすることができるように、囲ってあります。その裏側(鳥側)に回って見ますと、ケマンソウが見事に花をつけていました。


去年の桜

2009年03月19日 | 桜花応援

 昨年4月4日に上野公園に行きました。多分、美術館の帰りだったように記憶しています。もう、満開!で、散った桜の花びらもいっぱいでした。
 今年はまた、桜の開花は早いようです。今年の二千和会のお花見を兼ねての文学散歩は3月28日です。早々と桜便りが聞かれるこの年は、きっと見事な花盛りに出会うことだろうと思います。
 
 ところで、桜とは関係がないのですが、会の浅田副会長のお友だちが、川柳の部門(よみうり文芸・3月10日付け)で、秀逸を取られましたので、ここに新聞から転載させて頂きたいと思います。

【秀逸】         千葉 朱浪・選
漢検で儲けの文字が大き過ぎ   千葉市 山口 武
(評)財団法人を隠れ蓑のように、一族で金儲けの
実態が白日の下にさらされる。儲けの文字が一
番大きかったのかも。上五は「漢検の」で落着く。

 これが川柳だ!という作品だと思いました。私やAyaちゃんが作っている傾向は叙情詩傾向で、自分の心情などを主に捉えて自分史を綴っている方向で作っていると自覚しています。
 川柳的に「ユーモア」や「穿ち」の気持ちで、物事を観察して見つめるので、生き方も明るい方向性が見えて前向き姿勢になります。川柳の要素のもう一つは「風刺」ですが、そのあたりの精神は追及したくもあるけれど、ズバッと言い切れるだけの目はまだまだ…難しいと思います。しかし、20年以上続けての私自身は行き方や捉え方が違ってきたと、昔の生き方と比べると、そう思ったりします。これもまた、本人の感じ方と他の人は、違った角度や視点で見てくれますので、必ずしもそうだと言い切れないような多面的だと言えると思います。
 
 ♪ことしのボタンはよい牡丹…というわらべ歌がありますが、「今年の桜」もきっとよいさくらとなることでしょう。あと一週間ですね。
 今年は“隅田川から墨堤の観桜散策”と題しての散歩です。参加者もそろそろ締め切りますが、多くの反応が寄せられています。どうぞ、お楽しみに! (so-color担当)

 


散る桜 残る桜も 散る桜 良寛

2008年04月10日 | 桜花応援

 二千和会第39回の活動は、佐倉で観桜会を兼ねて文学歴史散歩。

  今日の参加者は21名でした。一眼デジカメで撮影。

               一応お寛ぎの皆さん! コンパクトデジカメで撮影。
 花もちょうど見ごろでした。人の賑わいも混みすぎず心浮き立つような雰囲気をみんなで醸すような周りの状況で大変よかったと、胸をなでおろす一日でした。
 
 3月下旬に、突然楠重夫さんがお亡くなりになってしまい、それぞれの胸に、厳かで神妙な気持ちを秘めて、静かに乾杯!
                     
 そんな気持ちを表して先輩の田中さんより、1升瓶の差し入れがありました。それは健康を守ってくれるという、金粉入りの特級酒で、門山さんのご持参品は故人がお喜びになったというにごり酒。そして浅田さんは缶チューハイを何本も。
 お花見にはお弁当と飲み物が付き物です。飲み物は皆さんに振舞われて乾杯をしました。

 そしていい気分になったところで、一句を!と所望。自宅療養加療中でお休みでした、大内さんが久しぶりに詠んでくださいました。
“花吹雪 一瞬人と融け合いて” 大内 靖夫
“空に満ち地に敷く花や美し酒” 田淵 一郎

  それから4日後の今日、雨に濡れて人っ子ひとり居ない近所の小さい公園をウォッチング…春の息吹が漲っていました。


 6日(日)以後の、春の嵐…冷たい雨と強い風、桜を振り落としてしまうような無情さで吹き荒れました。下の写真は10日の夕方、この日も雨が冷たく降りましたが、近くの桜を撮りました。                 
  新入学の児童も8日の強い風の中、お父さんお母さんに守られて小学校の門をくぐりました。そして今日10日も冷たい雨に見舞われながら、幼稚園児が元気良く入園する姿を見ました。
 若葉のような元気な可愛い姿を見るにつけ、こちらも年だとか老いだとかを言ってはいけないよ、と励まされるようでした。


  


下見体験から感謝の心…!

2008年03月29日 | 桜花応援

 佐倉をぐるり回るという下見に、初めて参加されたお二人…KinuちゃんとAyaちゃんの感想は、「集合時間に合わせて参加、あとについて行くだけで楽しいものだったけれど、こういう下見があってこその文学散歩だったんだと初めて分かった!」「大変なことよね!」「役員さんのご苦労に感謝しなくちゃ!」
 コース・散歩の道筋の選択、時間配分、食事処(今回はお弁当持参だから、もし持参してない方のためのコンビニを確認など…)、トイレ休憩のこと、全体の体力的なこと、見所は掴んでいるか、その他に計画の下準備、とか…「決めるのは大変なんだねぇ。」
 

      
  
 観光協会で頂いた散歩資料(参加人数分を整えた) 武家屋敷(上右=旧但馬家の藪椿が満開 下左=大屋敷の旧河原家 下右=旧武居家)
 
 武家屋敷から更に進むとひよどり坂。他にはちょっと無いようなお気に入りとなりそうな坂。竹やぶの笹が手作りの階段に降り注ぎ、足にその柔らかさがやんわりと伝わって来る感触…。


上の桜は、千葉県総合体育館の桜(3/29撮影)  下は佐倉3/27の桜並木

   
 いよいよ佐倉城址公園。桜はほんのり色づいてこれからを期待させる3月27日(木)。今回の下見は、真ん中の地点でお好みの方向へと行くことが出来る「佐倉市立美術館」前を下見会の集合場所に。
 そこから町並みの雰囲気を肌で感じながら通りを歩き、堀田邸へ。さくら庭園で持参の蜜柑を食べてから、JR佐倉駅の付近を回って武家屋敷に。前出の急坂を上り、そろそろお腹が空いたと言いながら歩き続けて、出発から4時間後に佐倉城址公園に到着。
 公園の東屋で昼食を摂った。公園内の散策は当日の楽しみとして、試行錯誤で廻ろうとなった。みんなヘトヘト。かなり疲れての翌日は、お疲れ休みをとらずには居られなかったという。同級生3人の私たちは、それを報告し合ってちょっと安心。体力的に同レベルだったと言えるのかな??よかったぁ。

おまけ
29日(土)良いお天気で、県スポーツセンターへふらりと出かけました。


 
 今が満開で見ごろのソメイヨシノの桜。4月6日は「散っても桜…」というところか!

 


「下見?」「大変なのね」

2008年03月28日 | 桜花応援

 4月6日(日)は観桜会。場所は県下でということになって佐倉の城下町で桜を愛でるということになった。
 そこで古くからの友達の馴染みの土地でもあるし、下見に付き合っていただくことになった。

 全国で大名屋敷が公開されているところは、松戸の戸定邸、佐倉の堀田邸、そしてもう一つは九州でしたか?3箇所しかないということを、以前戸定邸を見学かたがた本土寺のアジサイを観に行った時に伺った。写真はその大名屋敷の旧堀田邸。どことなく戸定邸と似ている風情。
  

 

  天気がよくお花もそろそろ咲こうかと準備中。白木蓮は花が大きくて見事。枝垂桜はもう3分咲き。6日には散りかけているだろうと思われる。
 戸定邸との違いは囲まれた見事な庭園ではなく開放された堀田邸の「さくら庭園」。もっとも入館料を払って観れば、奥のお庭が整えられているのかも知れないが、ここは起伏を利用して開放的…。
 
  
 温かく南向きの桜は今週末から来週半ばが見ごろだろう。花時はなかなか当てられないものだ。今回は見事に外れてソメイヨシノは赤っぽいガクだけが残って散っているのかも知れない。(ヒヤヒヤ)
 気を紛らわせてスミレやタンポポ、ボケなどにカメラを向けていた。 一見してカンヒザクラ?寒くないしこの満開の桜は枝垂れ桜!それも先程見たものより日当たりがよく、紅枝垂だ、きっと! また、坂の途中で足元に目を落とすと珍しい白いスミレがか細く咲いていた。

 なかなか勾配のきつい薬師坂に差し掛かる。通りがかりの自転車を押して坂道を上がるお婆さんに「武家屋敷はこちらの道でいいですか?」と尋ねてみる。
 82歳だというお婆ちゃん。偶然にも小一時間前に地図を持っている我々に声を掛けて下さった割烹着姿のご婦人のお姑さんらしい。間違いない!そのご婦人は「家に来て、トイレを貸してと頼まれて…」など佐倉市に公衆トイレが少ないことを嘆かれる。彼方此方にトイレを設置して欲しい…などと話し「観光協会に行くなら言ってください」と我々に頼まれる。その方と人懐っこさがそっくり!お嫁さんだと言う。長く一緒に暮らしていると似てくるのね。
 気の良いお婆ちゃんは我々に寄って行けとお誘いになった。
    
  この急坂を自転車を引いて上る…目が回ってクラクラとしたと気持ち悪そうだったので、Ayaちゃんが思わずお婆ちゃんの背中をさすってあげたから?か。「家に寄ってお茶して行きなさい」と誘ってくださる。何となくみんなが誘われるままにお邪魔してしまった。

 そんな土地柄の人たち…良い人たちです。お殿様が良いとそこに住む人たちも心がけの立派な方々になるというが、誘われた人もやはりこの地方で育っている。きっと、そうなんだな~と密かに思った。


第2回運営委員会

2008年02月19日 | 桜花応援

 3月下旬~4月第1週あたりは、恒例のお花見と文学散歩のテーマである。
17日(日)に、「今年の目的地はどこにしようか」、「見所は何か」との話し合いをするために委員会を開いた。

    06.4.8小石川植物園で


 
 二千和会では今までに7回のお花見を重ねた。最初が千葉だったので、そろそろこの辺でまた千葉に…ということで、佐倉周辺にお花見と歴史散歩のような形にと話がまとまった。実施日は4月6日(日)。

 
 06年は小石川植物園の桜を堪能。その年の実施日は、ソメイヨシノはもう咲き終わり八重桜が満開となっていた。
 印象深い花見だった。ちょうどお昼の宴を開こうとしたときに、雷鳴…やがて大粒の雨で一同東屋に逃げ込みながらも、互いにこれ美味しいよ、食べてみて!など薦めあいしてお弁当も美味しいと思った。そして少しのアルコールも持参の方は旨し旨しと頂いた。
        

 そして割りに早く雨があがり、芝生に腰を下ろしてひと時を楽しんだという具合だった。雨上がりの桜は格別に美しかった。あ~2年前なのに、今思うと若かったなぁ!


 そして07年。一昨年の06年はソメイヨシノの時期には遅かったため、3月31日に「鎌倉の桜」を愛でようと設定したのに、その年はまだ桜は硬いつぼみの状態だった。探しながら歩いて一枝ほころびかけた蕾が目に留まったくらい! 花時を当てるのはなかなか難しいものだ。
 さて今年08年の桜はどうなるか?ピシャッと当てたいものである。
 
 思い起こせば最初の年の花見は、自主運営となり「二千和会」と名づけての初めての活動であった(2001.4.8)。
 万葉の歌の通りを通って雰囲気を醸し、市川の弘法寺(ぐほうじ)や、真間の手古奈の伝説などを訪ね、伊藤左千夫の「野菊の墓」の舞台を訪ねた。そして矢切の渡しを渡って、「男はつらいよ」寅次郎のふるさと東京都葛飾区の柴又帝釈天まで訪ね解散した思い出深い散歩だ。
 
 ちょうどそれは4月8日のお釈迦様の日で、弘法寺で甘茶がふるまわれた。枝垂桜が見事であった。お昼は里見公園の桜の下でお弁当を広げ、これまで忘れかけていた久しぶりの円陣の楽しさに、何か言葉のアルバムを残さねば!と、会報「いちよう」の誕生となったのだ。
 しかし、問題の第一は原稿が集まるか?で、写真にしても当時はデジカメもなく、昔からのカメラで撮ってそれをコピー機で写真印刷して切り取って版下を作る…思い返すとよく取り掛かったものよ、と結構大変な作業にも関わらず楽しんでやってのけた。若かったからこそだった。

 その会報も8年目、次回発行で30号という号を数えることになった。そろそろ、会報編集への情熱の燈火も、ひところに比べると勢いが落ちてきたと感じている。風を起こし油を足さねば…と思う。