いちよう:二千和会だより

 会報「いちよう」を通して、人生がさらに豊かに広がるよう「今も青春!」の心がけで楽しく交流しながら散策しましょう。

ああ、勘違い

2007年09月30日 | YG-World

親しい方たちとゴルフコンペをすることになりました。

             真名カントリーです。 今日は真名コースを廻ります。

こちらはゲーリープレイヤーコース。こっちの方が安い!!

『9月27日は予定が入っていませんので、
参加できます』
夫が幹事でメンバーに連絡すると早速にSさんから
このような返信メールが来ました。
これを見た私
『予定が入っ~~~』 『参加でき~~』
だけ目に入って、「Sさん、欠席!!」と夫に伝えました。
『予定が入っていますので参加できません』と思い込んでしまったのです。
ところが、2日前になってから、Sさんから確認のメールがあり
あ~~ぁ 勘違い と言うことになったのです。

すでに4組16人ぴったりで決まっていました。
これは全くの私のミス。そこで私が身を引いたのですが・・・
実は私は先週から右手腱鞘炎になっていて、行きたくないなと思っていたところ(^_-)-☆
終わってから懇親会があるので夫を送り、一度家に帰りカメラを持って夕方また出かけました。

女性用ロッカールーム入り口・いつもきれいな花で飾られています。


     
                   女性用ロッカールーム・ここで着替えます
                   豪華です・シャンデリアが輝いています。

女性用トイレ
洗面台には消毒済み&使用済みボックスに分けられて櫛・ブラシが備え付けてあります。
初めてコースに出たとき、びっくりした事です。


 こちらはお風呂場のパウダールーム
 各ドレッサーの前にはドライヤーはもちろん、化粧水・乳液・ヘアースプレー・・・

 こちらはお風呂場の入り口に置かれている、バスタオル・浴用タオル
 ホテル以上!??

さっぱりした後はパーティー会場へ向かいます。

左・パーティルーム入り口  右・普通の食堂

どこまでも豪華な真名カントリークラブです。
以前と比べれば随分安くなったものだと言いますが・・・
今回参加するつもりでしたが、参加しなかったのでその分で
『日帰り旅行』が出来そうです。

 


続・酔芙蓉(スイフヨウ)

2007年09月27日 | SO-Color

9月27日のスイフヨウの木立
サルスベリの右奥の白い花と紅いしぼみが取り混ざった今…
午前の日差しがちょうど木立にあたり、
花も葉もみんな白く輝きすぎて、はっきりしなかったのは残念!



26日 8:42 下の方のよく写せる位置の、近い花を撮ることにする

8:43 少し角度を変えて撮影

お姫様が舞踏会に出掛けるような、静まり返った中で品良く風に揺れていた
上に見える紅いしぼみは前日に咲いたもの

15:20 太陽に見初められだんだん赤みを帯びて…それもまた可憐で雅やか


15:23 芙蓉の木のてっぺんで咲く花は下の方の花より
少し赤く染まっている
この庭のスイフヨウは午後の日差しが周りの樹木に遮られて柔らかい
太陽の光がもっとあたれば、紅くなる時間かも知れないが…


17:18 下の方の位置で咲いているスイフヨウの花
午前からの花は上図の花の2時間前と同じくらいの色合いになった


17:42 この場所は午後の日差しが弱いのでこの時間でもまだ綺麗に咲いている


17:44 木立のてっぺんの方の花の色合い


翌日27日に!
丸い線で囲んだ4つのしぼみは、上の写真で見てきた花の姿である
27日に誕生して白く咲きだした花も、先輩に倣い
太陽に恋こがれて熱心に、そして純真に紅く染まって行くつもり…


10:45 紅くしぼんだ花には、精一杯咲いてくれてお疲れ様と言っている…
そのしぼみの後には、咲く準備を着々としている蕾を従えている



我が家の訪問客①

2007年09月25日 | SO-Color

中秋の名月と園生の狸

 今夜9月25日は中秋の名月。お月様は、十五夜(満月・望月)ではありませんでしたが、この月は中秋の名月です。澄んだ空に凛としたお月様を眺めました。(www.moonsystem.to/calendar.htm 月齢カレンダー

25
月齢 13.969
 
26
月齢 14.969
 
27
月齢 15.969
満月

 そう言えば園生の狸クンはどうしているのかしらと思い出してしまいました。こんなに冴え冴えと輝く月光を浴びて「ぽんぽこぽんのぽん!」なんてお囃子を練習して鼓や太鼓を叩いているのでしょうか?

  3年前(平成16年)の8月10日(9:32)、 ふと庭を見ると犬にしては尾がふさふさして〔狐?〕に化かされているのかと目を凝らしました。耳が丸い…痩せてスマートだけど、〔狸〕のようでした!
 画像はピンボケです。夢かと慌てて、デジカメを手にしました。訪問客は3匹。両親と子どもらしい1家族のようでした。

 だんだん落ち着いて手元がぶれないように気をつけて撮影を続けました。

 当時まだ整備されていなかった「園生の森」近くで、自家用車、タクシーも抜け道としてよく利用されている道路が、我が庭との遮断を考えられるものの、辛うじて繋がっているとも言えるような場所。



 人影も無いし雑草も細く伸びだした庭、大理石のガーデンテーブルとチェアが日差しで暑く熱してくるちょっと前の時間帯です。初めて訪れたとは言えない様子でうろついて、勝手に散歩中という風情でした。


 
「おや~?」と狸の夫婦。網戸をそっと開けて撮影をしている私を見つけました。



 子どもの狸は怖いもの知らず!草むらで日向ぼっこをしようとして、折角良いところを探し当て寝そべってみようかとしてたのに…と、落ち着いたしぐさで私を変な仲間かも?と見つめました。
 好奇心の強いのは人間の子ばかりではないと、立派に私を観察して何もしないようだと分かって、結構ゆっくりと庭で遊んでいきました。子どもにつられて親狸も安心して居心地よく過ごしていたようでした。



 これはそれから12日後の8月22日(9:13)、網戸越しに濡れ縁間近をうろうろする狸を発見、また遭遇してしまったね。何か悪戯をしようと物色中のようす。

 最近、雨戸を開けるとそのあたりに置いてあったサンダルが、片方なくなっていたり、両足分揃ってはいたけれど、じゃれついて噛んだような歯形を残してとんでもない所に散らばして行ったり…。また、夜にゴソゴソと物音を立てて何事かと思わせたり…。狸の仕業ではないかと疑っていました。

 このたびは、馴れ慣れしい狸クンに私は親しみを込めて目の前で網戸を開けました。しかしそれは狸にとってはビックリ仰天だったのかも知れません。あの風変わりな訪問客は、その後まったく姿を見せなくなったのですから。

 素晴らしく澄んだ夜空の月を眺めながら、あの狸クンはどうしているかと懐かしく思い巡らすひとときを持ちました。


健康は時間とお金よ!

2007年09月19日 | SO-Color

 ちょっと笑ってやってください。(一人で悪あがきをしていると反省もしているのです。)

 今度の誕生日が来ると、なんと高齢者の仲間! そう言っている自分が、驚いているだけなのかも…。第三者的に見れば小学5年生を筆頭に4人の孫がいるんだから、立派な年齢ではあるのにね。

 そんな年代を考えると、健康や病が一番気になってくる。同年齢の友達が病と闘ってのち、命を落としたのもショック!なのだ。

 母の介護を始めたことが真剣に健康を考えるきっかけ。介護しながら若い自分が倒れてはいけない。体を鍛え、健康に気をつけて日常の生活をしたいものだと目標を置いた。
 どうすれば最上に効果的に健康を保てるか? やはり健康維持にはスポーツクラブに入会するのが一番手っ取り早いか…と結論を出して、かれこれ10年前に入会。
 家でこつこつ励み鍛えることができればそれがいい。しかし、怠け者の私はそのプログラムは所詮出来ないことと、自覚している。
 お金で健康を買うのが一番と、手首の骨折(治癒し泳げるまで3~4ヶ月)や肋骨が泳ぐと痛かった時などもあったのに、途切れないでクラブ会員であり続けた。所属しているだけで安心し満足していた時期もあったのだ。その間、顔を見せない私を心配してくださったようで、何度も泳ぐのを止めてしまったかと水泳仲間に思われた。

  

  今日は、今までの水着がぼろくなってきたので初めてセパレーツの水着(左)を購入してみた。水着はワンピースが好きであったが、これは色と言い型と言い、年齢相応の水着であろうかと…。
 これまでの私は赤系統の水着を選んでいる(ピンク色と白黒のコンビネーションの物など)。いつなんどき水に沈んでしまって情けないことになっているか判らないと思うからである。プールの水色と補色に位置する赤い水着なら、もし万が一、沈んだままになったときでも、いち早く誰かが気付いて助けてくれるかも…?、なんて期待するからである。
 現在着用しているのはショッキング・ピンクの水着で、スイミングキャップも、ゴーグルもピンク色。繊維類は水に濡れると鮮やかな色に変わるので、はじめは派手すぎるかと恥ずかしかったけれど、とにかくその信念に確信をもって着用していたのである。 

 血圧はずっと安定しているが、体重の増減が激しいのでなんとかしなくちゃ!と頑張っている。プールに行けば300~500メートルを背泳・平泳ぎ・クロールで泳ぐ。ただし一気にではない。25メートル泳いでは喘いで、息を整えてからまた泳ぐという、休み休みの程度である。
 疲れきってしまうと、鬱蒼と茂った樹木に囲まれたサンルームで、白いリゾートベンチに長々と横たわる。そしてサウナに少なくとも5分は入り汗を流して後、ジャグジーのお湯が勢い良く噴出す温水に入る…などのコースを自分で作り、あとは大きなお風呂とパウダールームをゆっくり使い、大体2時間半くらいを要する。なるべく週2日は行きたいものなのだが…なかなか!

 

 これは泳いだ後使用の浴室タオル。俗にアカスリとも言う。これがスグレモノ! タオルの真ん中に2本の縫いつけがあるのがミソである。このタオルを背中に廻して斜め横に上下する単純な動きで…皆さんよくやっておられると思うが…背骨のへこみに届く気持ちよさである。中の娘がどこかで見つけてきてくれた。まだ礼を言ってないのが気になっている。

 これは已む無い事情でプールへ行けない時にと息子のプレゼント。両足を台に乗せてバランスを取りながら足踏みをする。
 プールで泳いでいる時には無我夢中、または必死とも言えるからか、こうした時間がもったいないとは思わない。でも、この単純なバランス足踏みに乗って運動している時はもったいない時間を過ごしているような、ちょっと馬鹿げた無駄をしているのでは?なんて、この器械には申し訳ないが思ってしまう。だから5分も踏んでいれば厭きてくる。そこで、テレビを見ながら踏める位置にしている。

 そんな努力を、が来たから少し真面目に、厭きないようにやろうと思っているところだ。今度、あなたにお会いする機会があれば…? 
 
 「努力の成果」が見えるよう、不言じゃなくて「言実行」をモットーにしたのですが、その結果は…(???)期待できるでしょうかねぇ? 


あらしのよるに

2007年09月16日 | YG-World

台風シーズンです。
私たちの住む地方は、災害の少ないようですが、この前は本当にやって来ました。
我が家もいつもは雨戸は閉めたり、閉めなかったり、いい加減なのですが、今回は1階・2階全部閉めました。夜中2時頃、雨戸を叩きつける雨風に目が覚めました。
真っ暗です。

あらしのよるに
今回の『ちば演劇を見る会』は市原悦子さんです。

原作はこれです。
図書館で借りてきました。
ヤギとオオカミが生涯最良の友達になってしまうというお話です。
市原悦子さんは、ヤギ役です。真っ白な衣装で、とにかく可愛い。

このユニークな絵は「あべ 弘士」 
旭山動物園の飼育係から絵本作家になったと書いてありました。
真っ暗な部屋の中で、このお芝居が浮かんできました。
お互いの顔も見えないような洞窟はもっと闇の中なんだろうなと‥‥

話は変りますが、


夏休みに外国人の方対象の『玉すだれ』&『防災』を学ぶ会という
イベントを開きました。
消防署の方が5人も来ました。消防車で来たというから大変なものです(ToT)/~~~
目新しい話は無かったのですが、非常食の試食がありました。
五目ご飯の試食です。中にスプーンが入っています。
お湯を入れて待つこと20分。水ならば40分かかります。いい匂いがしてきます。
 味もまあまあとりあえず非常時ではないので、
漬物が欲しいとか、おかずが欲しいとかの声もありましたけど‥‥
こんな非常食が必要でないようにと願っています


美しい方は…

2007年09月14日 | SO-Color


 美しい方が逝ってしまわれた。みんなから憧れの人としての存在だった。涼やかな瞳で笑顔が似合うひとだった…中学時代の男の子たちは、ほのかな恋心を抱いていて、たぶんみんなの初恋の対象だったという。

 その方はユリちゃん。彼女はまだ小学生のころ、ご両親を亡くし15歳上のお兄さんと近くにお住まいの叔母さんに見守られ大きくなられた。

 私たちの恩師も彼女のお兄さんと同年齢の15歳年上。その恩師にまずお知らせの上、同級生の男子にもこの訃報を知らせたかった。「最期のお別れ」の機会をお知らせした方がよいだろうと思った…。しかし恩師は「ユリさんに淡い恋心をみんながもっていたようだよ…」と偲ばれ、別に知らせなくてもよいと判断なさったようだった。私はそれ以上、電話連絡をしなかった。


 「可愛かったよ。ユリちゃんは、お正月に着物を着て、アヤちゃんとうちに遊びにきたんだ。一日遊んで帰るときには着物が着崩れてしまっていて、お袋に着付けなおしてもらったりね…。家庭が欲しかったんだね、ワタシより早く結婚したんだよ!」
 もしか、センセイが一番のユリちゃんのファンだったのかと、このとき初めて判った気がした。娘さんばかり3人もうけて幸せなお顔に会ったことを思い出す。そしてママさんバレーボールを楽しんで健康そのものだったのに…。
 彼女は肺にカビが入って肺胞をつぶしてしまう怖い病気に取り付かれたのだ。息がしづらくて苦しんだと言う。最期はヒマラヤの頂上で息をしているような…肺胞がカビで充満してしまい真っ黒だったとか。それでも亡くなる前日は、家に帰る練習にリハビリをしなきゃ!と、ベッドに自力で座ったとか…。ものの数秒しか座っていられないほどの状態だったと、ご主人が無念そうに語られた。
 いよいよ柩が閉じられる時、小学生低学年くらいの男のお孫さんが「おばあちゃん、ありがとう!」、もう少し大きい男の子が「おばあちゃん、さようなら」と大きな声で泣きながらお別れを言い、こらえ切れずに泣き続けた。

 なんと感受性の豊かな、素直に表現の出来るいい子なんだろうと貰い泣きをしてしまった。

 


鴎外の墓と祖父の墓

2007年09月11日 | SO-Color


 昨年10月に三鷹界隈を散策しましたが、前もって役員はコースの下見をしていました。その時の三鷹コースは太宰の足跡を辿り、後半は深大寺へ向かい、秋を楽しむという散策でした。これは鴎外と太宰が眠っている禅林寺の墓所でのスナップ写真。太宰はこの辺りをよく散歩していて鴎外の墓にも参っていたという。「私の汚い骨も鴎外の眠っているそばに居られたらきっと極楽に行かれるだろう」ということを記述している。
 伊藤会長のちょうど背にあたる位置のお墓が鴎外、手前のC.S.さんが見ておいでになる、鴎外のお墓と斜向かいの方向に太宰のお墓がある。
  
鴎外の墓石に刻まれている文字は中村不折書。  太宰は自身の原稿に残された文字。


 鴎外の遺言で「墓は森林太郎墓の外一字も彫るべからず。書は中村不折に依詫し…」とある。
  (赤い傍線は私が写真に加筆したもの)


 上の写真は、私の祖父「和田啓十郎の墓碑」の拓本である。
 父の父・啓十郎は松代藩の藩士の出である。父はその啓十郎を誇り敬い、本籍地はず~っと替えずに長野縣埴科郡(はにしなぐん)松代町に置き、今現在、父亡き後もその遺志を継いで本籍はそのまま、長野市松代町に置いている。
 この夏休みを利用して妹夫婦がその墓碑を拓本にしてきた。

 祖父のお墓は中村不折(なかむらふせつ(1866~1943))の文字。中村不折は洋画家・書家で、東京都台東区立・書道博物館の創設者。漱石の「我輩は猫である」の表紙絵、お菓子司の老舗「新宿中村屋」ロゴマークや包装紙の文字、4枚の四季の絵などを描いていると言えば容易く思い浮べることができる。祖父と不折は同郷。祖父は大正5年に没し、鴎外は11年没で、鴎外の墓は祖父の墓(大正6年建立)より5~6年後に建てられたはずだ。

 祖父の墓は、上の写真にあるように銘を刻んだ面と、あと三面には祖父の業績がつらつらと刻み込まれている。25歳で医者になり日本橋で開業、日露戦争時は軍医として従軍し叙勲された。「医界之鐡椎(いかいのてっつい)」という本を出版した。(現在東洋医学の教科書に祖父のことは必ず載っている。)
 「医界の鉄椎」には、当時日本に台頭した西洋医学を冷静に眺め、東洋医学は個々人のもつ根本的に治す姿勢(治癒力)がもともと備わっているから、それを助け支えるようにする姿勢が東洋医学すなわち漢方医学のポイント。悪い部分に直接手を施し対処する西洋の医術は見た目に早く治したと言えるが…と漢方医学の擁護というか医術に対する態度の見直しを世間に問うたもの。

 しかし鴎外は業績など一切書かないでくれと遺した。
 それは祖父の墓石に刻まれた文言を知っているからだと推測する。祖父は45歳の若さで、世間にそれほど知られずひっそり亡くなったので、不折は嘆き「嗚呼」と文字に刻み込んで、後世に知らしてくれたのだと思っている。
 鴎外は何も刻まなくても生前から有名になっていたし、周知の業績が山とあった訳だもの。本質、鴎外も控えめなお人柄だったと言えるのだけれど…。

 世間に知られるような偉業を成すことが生きた証なのだろうか。一個の人間が精一杯に生きることが大事ではないのか。それぞれの心の内で満足を感じながら生きる小さな幸せ…、自分が生き生きと生きていることが何よりも素晴らしいと感ずる心こそがその生きている証と言えるのではないかと、私は思っていたい。これは私がそろそろ高齢者になりつつあるからで、そのうえ、大したことも成しえなかったからだと、若い人は批判するのだろうか。
 ま、いいわ。幸せとは自分の心のうちにあるもの、人がなんて言おうとも「幸せ」と感ずる心があることが大事と思っているのですから。 


続・ミッドタウン

2007年09月09日 | YG-World

東京ミッドタウンにはオフィス・ショップ&レストラン・ホテルに美術館があります。サントリー美術館では「BIOMB 屏風 日本の美」展をやっています。 


アトリウムでは赤坂氷川神社の山車が展示されていました。豪華絢爛です。

ファッションもインテリアもあまり興味が無いので、簡単に素通り。

  箸の専門店 『箸長』 面白そうなので寄って見ました。
  手作りの高級箸から、豆腐用・納豆用なんて珍しいものまであります。

お昼はガイドさんお薦めの『鈴波』です。

話によると、毎日開店と同時に行列ができるとか。この日も2時近かったにも関わらず列が出来ていました。「これは食べねばなるまい!!」
店内は意外と若い女性が多かったです。こういう和食が今のトレンド??  
程よい甘さでおいしくいただいてきました。


24時間営業の高級スーパー「プレッセ プレミアム」に案内されました。ハートのきゅうりがあるというので、パチリ!!でも置かれていたのは「星型のきゅうり」 1本258円 高い 切り口が星(☆)になります。隣には黄色いミニトマトがあります。これは稲毛サティにもあるのよね。


ちょっと調べてみたら、「ハート・スティック」「スター・スティック」というのがあるらしい。

 2階から、外に出られます。

斜めに切った屋根が安藤忠雄氏デザインの21_21DESIGE SIGHT.
20/20 vision とは非常によい視力と言う意味。
21/21は更に良く見えるということらしいです。
右に見える青い車は三宅一生氏のデザイン。売店です。
鮮やかな青はいかにも三宅一生という感じ。
この桜並木はミッドタウンがオープンした3月末、とって~~もきれいだったそう‥
来年のお花見の候補に上げておきました。

 

 


やっぱり女・ひとり

2007年09月06日 | YG-World

この1週間忙しくて、このブログを開きませんでした。
さて、話題の六本木へ行って来た事だし久しぶりにアップしてみるかと開いてみたら「アラッ・びっくり!!」 六本木があるじゃありませんか(ToT)/~~~
私はSOさんが行かれなかったという『ミッドタウン』です。

    入ってすぐ『ビック・キャノピー』(大きな天蓋屋根)

女ふたり奥多摩紀行のはずだったのですが、予期せぬ台風の接近。4日の夜には、一緒に行く予定の友達の住む昭島市あたりは雨風&雷と言う最悪の状態のようでした。『明日は中止ね(ー_ー)!!」と連絡が入りました。
私も天気が悪いし、家でのんびりしようかな~~とは思ったのですが・・・

   『そうだ!・六本木行こう!!』という訳です。

一人で困る事と言えば電車の中で眠ってしまっても起こしてくれる人がいない事位(^_-)-☆
ミッドタウンへはたどり着けるものの田舎者故、まずは前日ネットで調べた『タウン・ツアー』に参加してみる。


案内してくれたお嬢さん。
約60分間ぐらいタウン内を廻り、見所を紹介してくれます。1500円。
他にお客さんがいないので私ひとりのためにこの方が案内してくれました。
なんだかとても得した気分です。


              良くわかりませんがアートです。

お話によると、ミッドタウンは外国の人から見た日本をコンセプトとしているとか。
それゆえ、竹・和紙を使ったり、行灯・暖簾・鎮守の森をイメージした箇所がたくさんあります。



              ピアノ線を使った噴水
     寺社に置かれる手水鉢をイメージしたもの。
     このビルの玄関が大きな鳥居になるとのこと。

 


行って見ました!

2007年09月04日 | SO-Color

 パソコンで検索して、先ず地図上の位置を確かめてから、行って見ました!


 かの黒川紀章センセイの設計によります国立新美術館へ。
 大学の頃に名古屋に行きましたから、名古屋の“田舎”しかよくは知らない。その私がこの東京の真新しい美術館に行かれたのもパソコンからの検索のお陰。有難いことだ。
 黒川氏による名古屋市美術館はデザインに凝ってはいるが絵を鑑賞するには部屋が細かく仕切りすぎて、距離を取って大作を眺めたい時に満足感が得られない。それで私は彼の美術館の設計はあまり好きではない。
 そんな批判が聞こえた?のか、この度の美術館はなかなかのもの。確かに奇を衒った精神はそのままだけれど、土地そのものが広大だったからか建物の中もゆったりしてそれほどは狭ぜましく感じなかったのは良かったと感じました。


 入り口を入るとまず真上を見上げます。機能性よりデザインです!ネ。
 3階から上図の部分を眺めました。
 
 今日は日展100年展の最終日。娘からプレゼントの招待券で日展の歴史的作品を鑑賞に参りました。建物を見るのは二次的な目的でした!
 しかし展示された作品は撮影できないので、結局は建物を写すしかないのです…。


 建築に取り入れた曲線美はさすが! 直線美との遊びをしながらマッチさせることを楽しんでいるのね。

3階。向こう左側は食堂。逆に置いた円錐形の上に食堂…面白い空間を織り成す。右側奥は図書資料室と空に近い3階に設えた竹を植えた庭空間。




 満足げなSOでした。
 角度を変え、いろいろ撮ってみたが、やはり実際にみることに勝るものはありません。この周辺にはミッドスクエアも…(SO訂正します。東京は「ミッドタウン」ですね。YGさんありがとう!しかし時間切れで寄らずに帰りました。名古屋のミッドランドスクエアは、日本のミッドランド(真ん中)名古屋から、歴史と次代をつなぐランドマーク…と謳うだけあって、かなりの見応えの中にも機能的なそれでいて遊びがあり…!などと、千葉産の私が愛知育ちの原風景を贔屓目に見ていることを覗かせている…と、冷静に自己観察している私も居ます。