花にまつわる幾つもの話

子供時代の花にまつわる思い出や、他さまざまな興味のあることについて書いていきたいと思ってます。

第二十九章 エンジェルトランペット~ダチュラ~

2010年07月01日 | 花エッセイ
 この植物と初めて出逢ったのは、当時、お気に入りでよく通っていた、

夫婦がひっそりと営む手作りパン屋へと向かう道の途中だった。

高台にアパートがあったせいで、家の周囲はとかく坂が多く、

その日も夏の真っ盛り、汗をかきながら歩いていたコンクリートの道端に、

巨大な白い朝顔がにょっきりと顔をのぞかせていた。

 その花が、朝鮮朝顔、別名ダチュラ(ダツラ)と呼ばれるものだと知ったのは、

数年後、年上の友人が貸してくれた一冊のミステリー小説を介してだった。

 なんでも葉や種に強いアルカロイド物質を含み、昔は麻酔薬として使われていたという。

 友人が貸してくれたミステリーには、まさにその効用が

物語の重要なファクターとして描かれていた。

 このダチュラだが、朝顔に似た形といい、純白の色合いといい、

実に私好みの花なのだが、名前だけがどうしても残念に思えてならなかった。

その後再び、新しく引っ越したマンション近くの花屋で、

同じような真っ白い花が吊り下がって咲いている鉢植えに遭遇することになった。

しかも店の人が教えてくれた名前は、エンジェルトランペット。

ダチュラはダチュラでも木立朝鮮朝顔という種類らしい。

 白く吊り下がった巨大な朝顔の花は、なるほど天使が吹くラッパを彷彿とさせた。

 名前が可愛らしいばかりでなく、花の香りも南国を思わせるがごとく甘い。

憧れを込めて購入した鉢は、日当たりの悪いバルコニー事情に、

ひと夏限りで枯れてしまった。

今でも家の軒先にこの花を見かけると少しだけ胸が痛む。

 私には将来、もし一戸建てに住むようなことがあったら、

絶対に植えようと心秘かに誓った植物が幾つかある。

 春のミモザ、匂い菫(すみれ)、鈴蘭(すずらん)、

夏には、目にも鮮やかなピンクの百日紅(さるすべり)、凌霄蔓(のうぜんかずら)、夜香木、

秋の金木犀(きんもくせい)と銀木星(ぎんもくせい)、

さらには彼岸花(ひがんばな)の紅と白、

冬には、白梅が凍てつく星空の下にたたずむ。

 そして叶うことなら、天上の青と呼ばれる真夏の快晴の空のような朝顔と、

オレンジ色の実をつける杏の樹、それに庭の片隅にそっと

オオイヌフグリの群生が咲きそろえば、もはやいうことはない。

 その夏の庭にぜひとも、天使の翼に似た純白のエンジェルトランペットも

加えたいと願っている。

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