石仏み~つけた

大和とその周辺の石仏や磨崖仏を探し歩いています

京都府 南山城村 田山 華将寺跡多尊磨崖仏

2012年05月14日 | 石仏

 

田山小本出の華将寺跡に地蔵岩と呼ばれる大岩があり

地蔵石仏・五輪塔・碑型等、計六十二刻まれています。

 

京都府相楽郡南山城村田山小本出

 

大岩は花崗岩で、地上高三百四十七センチメートル、幅四百五十センチメートル

側面約三百八十センチメートルで南面から東面にかけて、ずらりと刻まれています。

その大きさと形、夥しい数の彫刻の異様さに圧倒されます・・・

 

大岩の前には墓碑が倒れたまま・・・

最早訪れる者も無く・・・

 

すらりとした地蔵菩薩立像は山添方面の阿弥陀像に通じるものがあります。

苔類に覆われて見えなくなりそうです・・・

 

五輪塔と小石仏

もう殆んど判りません・・・

 

華将寺跡に立つ歴代柳生藩主の墓碑

この中に柳生 宗矩の墓碑が在るそうですが・・・

 

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2 コメント

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Unknown (ぺん)
2012-05-14 06:41:04
おはよう、お約束の月曜日のUPですね。
此処は京都とは言えその実・・、どこなんだろう。
山城、伊賀、大和、三国の接点のようなところですね。
此処はやっぱり柳生と呼ぶしか・・・・。
しかし、あんなところにこんなものが隠れていたとはね。
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Unknown (たいしん)
2012-05-14 07:48:18
田山は抜け道としてしょっちゅう通っていましたが
こんな大物が眠っていたとは、まさかのまさかですね。
高山ダムにも磨崖が幾つか沈んでしまったようです・・・
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