友岡雅弥さんは、執筆者プロフィールにも書いてあるように、音楽は、ロック、hip-hop、民族音楽など、J-Pop以外は何でも聴かれるとのこと。
上方落語や沖縄民謡にも詳しいようです。
SALT OF THE EARTH というカテゴリーでは、それらの興味深い蘊蓄が語られています。
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。
カテゴリー: SALT OF THE EARTH
「地の塩」という意味で、マタイによる福音書の第5章13節にでてきます。
(中略)
このタイトルのもとに書くエセーは、歴史のなかで、また社会のなかで、多くの人々の記憶に刻まれずにいる、「片隅」の出来事、エピソー ド、人物を紹介しようという、小さな試みです。
2019年2月25日 投稿
友岡雅弥
福島県の富岡町に「夜ノ森」というところがありす。ながーく、見事な桜並木で有名なんですが、ここは福島第一原発事故の被害を象徴する場所でもあるんです。
それは、同じ夜ノ森地区のなかで、避難指示が解除されて、「戻ってもいいぞ、これからは政府の指示がないのに『避難』はないぞ、自主避難とみなすぞ」ということになっている地域と、
「線量が高いので帰還困難区域だから、立ち入り禁止だ、当然、除染もしないぞ」 という地域、
これが、フェンス一つで分けられているのが、はっきり分かるのです。
もちろん、あちこちありますが、ここは、交通量多い道路に面しているし、常磐線の架橋のフェンスで、びしっと線引きされていて、「向こう側」にも「こちら側」にも、家が多いので、とても目立つところなのです。
幅にして、10センチほどの金網のフェンスの向こうとこちらに、「核物理学的」な違いはあるでしょうか?ありませんね。
この場合の「線引きの規制」は、物理学的、医学的根拠というより、行政的なものかもしれません。
本来は住民に「危険を及ぼさないため」という「規則」が、なんか住民本位になってないような、根本的問題が見えてしまいます。
(写真:福島県富岡町夜ノ森 フェンス手前は、除染されて、帰ってくるように言われている地域。 向こうは、帰還困難区域。)
さて、先代桂春蝶さんの、ネタに新作落語の「ぜんざい公社」というのがあります。
当代、春蝶さんは、ちょっとウヨクっぽい発言で、しばしば炎上していますが、ここでいう春蝶さんは、先代です。
桂枝雀さん、林家小染さんと並ぶ、四天王後を背負おうとされていた、俊英でした。でも、枝雀さんも小染さんも、春蝶さんも、若死にされました。
春蝶さんは、古典も新作も両方とも得意でした。
「ぜんざい公社」は、ぜんざい屋さんが国営になるという話で、ものすごいビルディングです。
すごいビルなので、どんなぜんざい食べさせてくれるんかなと飛び込んだ1人の男。
どうせなら、一番エエのを食べようと、「特別ぜんざい」を注文しようとします。北海道産の大納言小豆、沖縄県産の砂糖です。
しかし、今日手続きしても、議会の審議と議決が必要なので、受け渡しは来年になる。
ほしたら、「一般」で結構です。
では、18番の窓口に行ってください。
18番の窓口では、身分証明書などの本人を確認するものが必要。
そして、書類を作成。
なぜかというと、誰がぜんざいを食べたかということを詳細に記録につけて、「来年度の予算概算要求」に出さねばならない、何と言っても、ぜんざいの売り上げと共に、税金で運営されているから。公開原則があるわけです。
代理人の場合は、委任状がいる。
書類作成の手数料は、出納窓口に行って払う。
餅を焼くためには、消防署に行って、「室内で火を使う」手続きをする。
また、バージョンによっては、「産油国」からの「石油輸出入許可書類」がいる。
面倒くさいから、生で食べる、というと、診療所で、健康診断を受けねばならない。
てなことで、健康診断料も含めて、数千円となったぜんざい。
ホールスタッフに「ねえちゃん!」と呼びかけて、「国家公務員にねえちゃんとはなんですか!」と叱られたりしながら、いよいよ、その数千円のぜんざいを食べようと蓋をとったら、「汁」がない。
「当公社は、国営です。甘い汁は、全部、吸ってます」
というのが、サゲです。
なかなか、新作としてはよくできているネタで、東西多くの落語家が高座にかけてます。
もちろん、行政の四角四面の融通のきかないところとかを、ちくちく風刺していて、 小気味よくて、なかなかいいネタだと思います。
ちょっとトリビアになりますが、この「ぜんざい公社」には、ルーツがあります。
それは、明治に活躍した三遊亭遊三の「士族のしるこや」です。
関東では、汁があるのが「汁粉」で、「ぜんざい」は餅に小豆餡がかけているものです。汁がないのです。
神田に住んでいた叔母に、老舗中の老舗、神田竹邑で「あわぜんざい」をよくご馳走になりました。いわば、関東のぜんざいというのは、赤福餅をお椀にいれたようなものです。
さて、「士族のしるこや」(「素人汁粉」とも)を創作した、三遊亭遊三は、なかなかの芸達者で、あの古今亭志ん生の十八番の「火炎太鼓」は、志ん生がこの遊三の高座を観て、これはすごいと唸り、自分の持ちネタとしたものです。
幕末というか、明治維新というか、上野でのいくさで、幕府軍の彰義隊に加わり、官軍と戦ったという武士で、維新後は士族として、裁判官となったという人です。そして、芸人になったわけですから、いわばエリート的人生を捨てた、なかなかの気骨の人でした。
だから、エラい人を風刺する芸に秀でていて、「士族のしるこや」でも、威張り散らすしるこ屋の主人とか、元は姫君で大奥で着るような着物を着てしるこを運び、お客さんに、「この下郎、ひかえよ」という「女給」さんの描写が絶妙であったと伝えられます。
さらにトリビアをいうと、この「士族のしるこや」が三代目桂文三によって改作され、士族ではなく、官吏のお役所仕事、また何かというと「印鑑」を押したがることを風刺した、そして、桂米朝さんが、書類書類の役所を風刺した今の形にしたものです。
さて、最近、私の知りあいが代表をしている東京のある認定NPOで起こった出来事を紹介します。
ずっと、性被害や虐待などの被害者となっている(なりつつある例も含めて)中高生の女性を対象とした、ほんとにきめの細かいというか、かゆいところに手が届くというか、ほんとの当事者のニーズを的確に聞いているというか、そういう、とても高品位の取り組みをしているNPOです。
ところが、アウトリーチを拡大するために、移動カフェをしようという話になり、そうなると、道路や舗道の使用許可の都合で、どうしても行政(東京都)との関わりが出てくる。それで、その部分については、行政とタイアップしてやり始めたわけです。
そうすると、なんとなんと、行政から、そのカフェを利用した女子中高生の名前や住所を毎回提出せよ、という話が高圧的に来たわけです。
行政は、「規則ですから」とか、「税金を使ってるので、開示する請求が市民から来たら、開示せねばなりませんので」という訳です。
これ、「士族のしるこや」「ぜんざい公社」そのものです。
これ、想像してください。あきませんよね。
つまり、犯罪被害者、犯罪被害ボーダーな子どもたちです。その子たちのプライバシーは、守らねばならない。行政は、DV被害の場合とかでも、加害者にうっかり被害者が今どこにいるかの情報を渡したりしてますよね。その危険性があるし、ある意味、そのカフェにやっと来た子どもたちもいるわけです。
そこで、「ここに名前と住所書いて」と言えますか?
最後のセーフティネットが、その当事者側ではなく、行政側のエージェントになっていると、敏感に当事者は感じますよね。
そうなれば、もう来ません。
最後のセーフティネットが断たれてしまうわけです。
何のためにという大前提は、子どもたちを犯罪被害から救うためです。
その大前提が、「規則ですから」という言葉で、覆われて隠れてしまっている。
それから、それよりもっと以前に、「現場でそう言えば、どうなってしまうか」という、現場経験からの想像力がないわけです。
実際、市民のなかに、直接、そのカフェに来て、同様のクレームをがなり立てる人もいる。
みんな、賢くならんとあきません。
【解説】
前半は、落語「ぜんざい公社」を元に軽快に話を進めます。
やがて、NPOの真摯な取り組みに対して融通の利かない行政(東京都)のやりかたを手厳しく批判しています。
今回のエッセイも秀逸でした。
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。
獅子風蓮