明るく正しく強いブログ

朝昼晩、時間を問わず飲んで喰って面白おかしく過ごす人生を歩みたいです。※旧名「日が沈む前に飲む酒はウマい」

新たな伝説を築け! 「ケイリングランプリ2024」

2024年12月30日 | ギャンブル
年末の大一番を控えた12月24日、ビッグニュースが飛び込んできた。
GⅠ通算16勝、生涯獲得賞金29億円超、記念通算99V、S級在籍35年9ヶ月などなど、
競輪界の記録を多数保持するリビングレジェンド、神山雄一郎が現役引退を表明したのだ。
番手から勝利を収めた、23日の取手競輪最終日が、結果的に彼の最後のレースとなった。
翌日の引退記者会見では、感情を露わにする神山らしく、吉岡稔真らライバルたちに感謝を告げる瞬間は、目を潤ませたそうだが、
「競輪は人生そのもの。ありがとうございました」と変わらぬ競輪愛をアピールし、最後は笑顔を見せた。
 (C)日刊スポーツ

蛇足だが、どこかの媒体では「神山号泣」なんて報じていたけど、号泣とは、声を出して大泣きしている状態を表す言葉である。
元兵庫県議の野々村竜太郎はともかく、神山は号泣なんてしていないはずで、マスコミの誤用は嘆かわしい。

私が中央競馬のファンをやめて、競輪場に通うようになったのは、1997年の夏頃で、当時はまさに神山の全盛期。
騎手同士が仲良くなり、競らずに折り合いスローペースの上がり勝負という、つまらない競走が増えた競馬に対し、
対戦相手に敵意を燃やし、頭突きや斜交もOK(厳密にはダメだが)と、格闘技のように刺激的な競輪に、鞍替えしたのは必然であった。
その競輪のトップであった神山は、常に本命を背負い他の選手から警戒され、包囲・体当たりなどの妨害を受けながらも、
最後は力でねじ伏せ、確実に勝利をつかんでいた。彼のそんな姿に魅了され、私は競輪にハマったのである。
選手とファンという関係だったが、神山と同じ時代を生きたことを、私は誇りに思う

巨星は去ったが、競輪は今後も続いていく。そして、本日12月30日にはケイリングランプリ2024が行なわれる。
今年は静岡競輪場での開催で、出場メンバーは下記の9名。

1 古性優作  100大阪
2 平原康多  87埼玉
3 郡司浩平  99神奈川 
4 眞杉匠   113栃木 
5 岩本俊介  94千葉
6 清水裕友  105山口
7 北井佑季  119神奈川 
8 新山響平  107青森
9 脇本雄太  94福井 

並び予想⑦35-④2-⑨1-⑧、⑥

※競輪関連の画像はKEIRIN.JPより拝借。以下同

岩本が真ん中に写っているが、これはアイドルグループのようにセンター(中心)というわけではなく、単なる車番順である。

過去の拙ブログでも指摘しているように、【どうでもいいヤツが勝つ】のが競輪GPの特徴であり、
今年は、近況イマイチな選手も約4名いるが、彼らが勝ってもおかしくないレースなのである。

前日の車単オッズは下記のとおりだが、私の予想より①に人気が集中せず、④が結構売れている。


これを書いている23時台では、1=9の折り返しが人気になっているが、3と4のアタマもさらに売れて混戦模様。
個人的に注文していた⑤は、予想どおり8番人気だったが、もっと高配当になると期待していた(笑)。

個人的には、バカみたいに連敗してきたGPだが、直近の3年は払い戻しがあった。
3年前→古性優作本命→4番手追走から最終バックで捲り優勝! トータル10万円超の勝利。
2前年→松浦悠士本命→北日本勢分断に出たが競り負け5着。ただし、脇本雄太-古性優作も押さえており、+5600円と一応黒字。
そして昨年は、深谷知広を本命視。中団から単騎捲り、直線では一瞬先頭に立つも、松浦悠士に差され2着惜敗。一年遅い!
ただし、松浦-深谷の裏目も押さえていたため、ー5700円で済んだ。前年と合わせれば、ほぼトントンだ。
GPは過去34度挑戦し、黒字はわずか4度。トータルは当然、大幅マイナスで、今年はまた、大ハズレしそうな予感がする。

ハズレそうな理由は、地元立川市屈指のパワースポットである(※個人の意見です)、ラーメン店『パワー軒』の存在。
3年前から、車券購入後にここでラーメンを食べて以来、毎年払い戻しを受けてきたのに、本日月曜は定休日なのである。
なので、今年は前日の29日に足を運び、「塩豚骨らーめん」1030円の中盛100円を食べてきた。


濃厚豚骨スープに背脂を追加した、エネルギッシュかつアブラギッシュな一杯だが、スープまで全部飲み干してしまった。
空いた丼をカウンター上に乗せながら、店主さんに「今年一年ありがとうございました」と挨拶し、膨れたお腹をさすりながら退店。
白いスープと背脂を食べたのだから、GPでは白の1番車・古性を買うべきなのか、
あるいは、塩豚骨らーめんの券売機ボタンは黄色なので、黄色の5番車・岩本も押さえるべきだろうか。


なお、上記画像は昨年撮影したもので、現在とは価格が異なる。また、年明けのパワー軒は、3日から営業開始だ(16時閉店)。

パワー軒からの帰路(立川駅まで徒歩30分以上)、そしてこの駄文を書きながらも、GPは悩みに悩んだが、
3年前と同様、古性本命で勝負することにした。
今年は競輪祭以外すべての大レースで優出。安定感抜群の自在脚で賞金ランキングを独走。3年前の当地静岡GPも制している。
この1年間、ほとんどのレースで本命を背負いながらも、しっかり期待に応えてきた選手だし、
最盛期の神山でさえ、初日特選はヤラズの大敗が多かった中、古性は初日から上位に入線し、今年の三連対率は8割超だ。
その奮闘は、GPの優勝賞金1億4千万円という、競輪史上最高額で報われてほしい。
レースでは、Sを取って脇本を迎え入れ、赤板で北井が上昇してきたら、後続を捌いて南関後位を奪いそう。
その後、脇本が最終バックを奪えば確勝だし、巻き返し不発の場合も、自ら踏み込み斬り込んでいくはず。
印を打てば、◎古性○脇本×清水△新山▲平原「注」岩本になる。

脇本は脚力だけなら現在でも競輪界ナンバー1。GPは過去に5度参戦し、毎回最終バックを奪っている。
何度か競り負け、競輪祭では落車させられた郡司が、古性に復讐の押圧をくらわせた場合は、脇本の押し切りもある。
清水は下半期は低迷したし、個人的に好きな選手でもないが、こういうタイプがGPではよく台頭する。
今年の静岡記念では、単騎ながら南関の二段駆けを撃破しV。単騎同士の新山の仕掛けに乗れば大駆けも。
新山はスピードだけならメンバー屈指で、単騎の今年は自分本位の仕掛けが望める。GP直前の広島記念参戦も好感。
平原は秋だけで3度落車しており、状態には疑問だが、神山との関係は深く、引退する彼のためにも見せ場は作ってほしい。
岩本は9名の中で一番早く静岡競輪場に到着と気合じゅうぶん。過去のGPでは、先手ライン3番手からのVも多いため要注意。

郡司は人気の一角だが、すんなり番手追走とはならないだろうし、個人的に車券相性が良くないので消し。
眞杉は高校の先輩でもある、同県神山の後継者として期待されているが、ちょっと人気になりすぎなので、やっぱり消し。
北井はこのメンバー相手だと、赤板から全力で逃げるしかなく、失速は免れないだろう。

車券は、古性1着の三連単全通りで、印を打った選手の2着は厚めに購入。対抗脇本の2着は元取り程度で、薄目の好配当に期待。
印を打った選手のアタマも押さえたいが、妙味があるのは清水かな。どうせ自力は通用しないんだから、新山マークで戦えばいいのに。
あとは、9人の中で唯一大レース優勝経験がなく、確認を怠り一日早く静岡に来てしまった(苦笑)、岩本もやっぱり気になる。
S級昇格当時から、南関ラインを引っ張ってきた割りには、あまりいい思いをすることなく、全盛期は過ぎてしまったが、
GPで一発決めて、長年の苦労が報われる…そんな場面も見てみたい。岩本はともかく、私は絶対泣いちゃうな。
一応、千葉勢は過去に、滝澤正光、鈴木誠、海老根恵太、和田健太郎と、全国最多となる4人のGPウィナーを輩出している。
岩本からも、三連単全通りを百円ずつ買っておこうかな。理想は5-7-4の3210倍だ(深夜1時現在)。

最後に、毎年恒例となっている、本命古性の画像と、インタビューの抜粋(一部偽装)を転記。


「競輪祭のあとは、トレーニングと体調管理をしっかりしてきました。静岡は走ってて気持ちが良く、相性もいいです。
GPを優勝した3年前と同様、正田さんが本命にしてくれたのも心強いです」

神山に代わる新たな伝説を築くべく、頑張れ古性優作!


※グランプリのレースの模様は、本日16時頃から日テレ系で放送予定
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愉快な屋号のジビエ居酒屋 花園町『近所のおばはん』

2024年12月28日 | 居酒屋・バー
だいぶ前に、西荻窪の深夜食堂『最後に笑え』で、若い女性客とお話しさせていただいたことがある。
その方は、女性ひとりで大阪・西成区の安宿に宿泊するツワモノで、女性6名用のゲストハウスに泊まったこともあるらしい。
昔よりは治安がマシになったとはいえ、西成はやはり西成である。見知らぬ5人との相部屋なんて、私でもおっかない。
そんな女傑が教えてくれた、西成区のおススメ飲食店こそが、今回の『近所のおばはん』である。
奇抜な屋号に反し、店主夫妻は猟師の資格を持っており、猪肉や熊肉などのジビエ料理を提供している。
他店では食べられないメニューと、愉快な店名に興味を惹かれ、今から6年前、2018年の夏に初訪問。

最寄り駅は地下鉄の花園町だが、私は新今宮駅周辺のホテルから徒歩で向かった。
しばらくすると、「近所のおばはん」の文字が記された、真っ赤なファサードを発見。

※上記画像は2022年に撮影

入店すると、「いらっしゃい」と声がかかる。どうやらこの方が女性店主のようだ。
店名から、上沼恵美子みたいな、いわゆる「ナニワのおばはん」を想像していたが、見た目はごく普通の女性である。
ただし、店内はかなり奇抜であり、壁にはシカの首のはく製があり、


カウンターには大量のイモリが生息しているケースと、


マムシだかなんだかわからんが、ヘビを漬けた酒瓶が複数置いてある。


圧倒されつつも、イモリケースそばの席に座り、とりあえずビールを注文。
ワンオペの女性店主に、初めて来たこと告げると、東京モンの私に対しても、丁寧に応答してくれた。
そんな店主を、私は「女将さん」と声掛けし、常連客は、「なおちゃん」と呼んでいた記憶があるが、
今回ブログではあえて、店名と同様「おばはん」と記させていただく。

メニュー表を眺めると、「イモリの唐揚」などに混ざり、「ハンバーグ」といった普通の商品も記されている。
他店で飲み食いしてきたので、おつまみは上記2品のみをオーダー。価格はどらちも500円。
イモリはこのケース内のを調理するんですか? という私の質問に対し、おばはんは、
「そやで。生きてるヤツを捌いて揚げるんや」と「せやけど、内臓は抜くから苦味はないで」と解説してくれて、
撮影はしていないが、実際にまな板の上で捌く様子も見せてくれた。
その後、エビセンと一緒に、揚げたイモリが提供された。


苦味はないとはいえ、グロテスクな見た目にビビりつつ、かじってみたところ、おお、確かにクセはない。
かつて、イモリの黒焼きは身体にいいとされてきたが(迷信説もあり)、直前まで生きていたイモリの唐揚げも、精がつきそうだ。
続いて、おばはんはハンバーグの調理にかかる。ジビエではなく牛と豚の合い挽きのようで、注文後にお肉をこねて成型。
数分後、居酒屋というか、レストランで出てきそうな立派なひと皿が登場。


ハンバーグにハシを入れると、肉汁がドバーと飛び出す。このクオリティで500円とは驚きである。


当然ながら味もいい。というか、この年関西で食べた料理では、ここのハンバーグが一番ウマかった。
猟師の顔を持つおばはんだが、調理師としても一流なのであった。

舌鼓を打ったところで、目の前のヘビが入った瓶を改めて見てみると、小さな穴が開いており、「さわるな」の注意書きも。


理由をたずねたところ、「中のヘビ、まだ生きてんねん。穴は呼吸用や」だって。
「もうそのヘビは大丈夫やろうけど、元気なうちは指入れたら噛まれることもあるで」うわっ、おっかない!
ビールも2本飲み終えたので、せっかくなので、透明だった焼酎がだいぶ色づいた、瓶のお酒を飲ませてもらうことに。


ビール中瓶も、ハンバーグと同様500円だったが、ヘビ酒は700円くらいだったはず。


まあ、生きたヘビのエキスが抽出されたお酒なのだから、値が張るのも当然だ。
味の方は、焼酎に獣臭を加えたようで、ちょっとクセがある。滋養強壮効果を期待し、一気に飲み干した。

こちらのお店は、イモリやヘビだけでなく、生きたスッポンも仕入れており、
おばはんがわざわざ見せてくれた。バタバタと手足を動かす、元気なスッポンである。


サービス精神旺盛な、おばはんとの会話が楽しく、ビールをさらに追加してしまった。
ただ、おばはんは初見の私には普通に対応していたが、常連客には「ナニ言うとんじゃアホ」「やかましいボケ」などと、関西弁で罵り放題。
こういう発言を耳にすると、やっぱりナニワのおばはんだなあ、と思ってしまう(笑)。
言葉はキツイが、それが客との親密さを表しており、聞き苦しいどころか、むしろ心地良く、意外と長居してしまった。

その後はコロナ禍もあり、西成に行く機会がなかったが、2022年、甲子園出場を決めた母校野球部を応援するため、4年ぶりに関西へ。
近所のおばはんにも、ようやく再訪できたが、お店入口には「準備中」の札が。


しかし、店内では飲んでるお客さんがいるので、ドアを開けてみたところ、入店を許された。
おばはん曰く、「メンドくさいから、いつも準備中にしとるんや」だって。
それでも、常連らしき客が次から次へとやって来て、おばはんの罵倒も絶好調で、店内は賑やかである。
4年ぶりに来たことと、前回は元気なスッポンを見せてもらったことを申告したら、「今はもうスッポンはやめた」と返答。
その理由は、「ある日、一匹どっか逃げてもうたんや。何万円もの損やで」。イキが良すぎるのも困ったものである(笑)。
相変わらずおばはんのハナシは面白く、ついつい酒がススム。
ただし、この日も難波『カツヤ』のカツカレーなど、既に2軒で飲み食いしていたので、注文したおつまみは一品だけ。
その前に、メニューを撮影したので掲載する。こちらはドリンクと定番のおつまみ。


他にも料理はたくさんあり、さらにホワイトボードにも日替わりメニューがある。


上記メニューの右側が、鹿、ハクビシン、猪などのジビエを含む、こちらのお店ならではの希少商品。


その中から私は、「鹿の焼き肉(タレ)」1600円を注文。
数分後、玉ねぎと一緒に炒められた、鹿の焼き肉が登場。


数粒散りばめた赤い実も、確かおばはんが採集したものだったはずだが、名称は忘れてしまった。


鹿の肉は結構硬く、噛み応えがあった。タレのせいで臭みなどは感じず、牛肉に近い味か。

おばはんは、狩猟についても語ってくれたが、猟には銃、網、罠などを使い、それぞれ資格が必要だそうだ。
猪や鹿は頭が良く、自分の縄張りに人間が侵入したことを、匂いや地面のちょっとした変化で察知するそうで、
我々素人が罠を仕掛けても、まずかからないらしいし、一度人間の存在を察した地域には、しばらく近付かないらしい。
もちろん、捕らえた肉も素人が処理すると、臭みが残ったり硬くなったりする。
私が食べた鹿肉も、こうして料理になるまでに、相当な手間がかかっているようなので、感謝して味わったよ。

そして昨年の夏も、我が母校野球部が甲子園に出場したので、私も2年連続で関西に行き、近所のおばはんに寄った。
3度目の訪問では、瓶ビールや「ウーロン割」450円の他、以前も頼んだ景気づけのヘビ酒と、


日替わりメニューの「アライグマの肉豆腐」をオーダー。500円くらいだったかな。


近所のおばはんでは、アライグマ料理を複数提供しているのだが、店内の一角には、あらいぐまラスカルのグッズが置いてある(笑)。


アライグマの肉は、脂身が多かったが、醤油ベースの甘辛出汁や、豆腐と一緒に食べると美味しい。


調理を終え、客席で休憩しているおばはんに、相変わらず忙しそうですね、と声をかけると、
「夜はええけど、最近はランチの時間に他の人にお店を貸しててな、その準備もあって忙しいねん」とのこと。
間借り営業で、別の方がバターチキンカレーを提供しているそうで、私が興味を示すと、おばはんが「よかったら食べる?」だって。
カレーがあるんですか? と聞いたら「あるもナニも、作ってるの私やから」。えっ!? 
お店を貸すだけでなく、調理までおばはんが担当し、「別の方」は販売するだけらしい。変わった間借り営業である。
そこそこ満腹だったが、せっかくなのでいただくことに。
数分後、パンを添えられた「バターチキンカレー」が出てきた。価格は確か1000円。


バター由来のマイルドなカレーで、鶏肉は柔らかく煮込まれ、パンとの相性も良好。


狩猟もできて、料理も美味しく、少々口は悪いが、竹を割ったような性格の方で、
先述したが、私は実際には「女将さん」と呼んでいたし、おばはんよりも、そちらの呼び名の方がふさわしい女性である。
そもそも、なぜこの店名にしたのか気になったので、本人にたずねてみた。
「私はな、こういう性格だから、絶対に客と揉めるって、開業前に旦那に言われたし、私自身もそう思った。でな、警察沙汰になったとき、
捕まった相手が、“どこで揉めた?”って聞かれて、“近所のおばはんで”答えるの相当恥ずかしいやろ思って、この名前にしたんや」とのこと。
過去に警察沙汰になったことがあるのかは不明だが、私の訪問時は、タチの悪い客を見たことはない。

今年は、母校が地区予選で敗れ、関西及び近所のおばはんには行けずじまい。
つい先日、冒頭で名前を出した『最後に笑え』へ飲みに行き、マスターの吉田さんと、例の女性客や近所のおばはんについて語っていた。
マスターがスマホで、お店の近況を検索していたところ、「あれっ、近所のおばはん閉店してる!」と教えてくれた。
お店インスタグラムを見てみると、確かに「12月15日で都合により近所のおばはん閉店させて頂きました 11年間有難う御座います」の投稿が。
常連客は知っていたのかもしれないが、私にとっては突然の閉店で、ファンとしてショックである。

関西では、毎回あちこちで食べ歩き、こちらに空腹で来たことはなかった。
お店インスタグラムの説明では、「春は山菜取り夏は釣り秋は畑仕事の手伝い冬は狩猟をしています」と記してあり、
狩猟が解禁される冬シーズンは、獣肉も美味しくなる時期らしく、
「ウチに来るなら冬がおススメよ」とおばはんには言われていたが、高校野球がない冬は、関西に行く機会がなかった。
一度でいいから、冬場に空腹で、可能ならば友人たちと複数人で、ジビエだけでなく普通の料理も、片っ端から注文してみたかったな。

最後に、閉店を発表したときのインスタ投稿を、スクショして転記。


旦那さんは初めて見たが、確かに猟師っぽい貫禄がある。
再び何らかの形で、お店が復活してくれることを願いつつ、ひとまずは、
女将さん、旦那さん、11年間にわたる『近所のおばはん』の営業、お疲れさまでした。
またいつか、お目にかかれたら幸いですし、その日が来ることを祈念いたしております。



近所のおばはん
大阪府大阪市西成区鶴見橋1-4-14
地下鉄花園町から徒歩約1分、南海電鉄萩之茶屋駅から徒歩約5分、新今宮駅からは徒歩約13分 ※食べログの「新今宮駅より徒歩7分」は無理
営業時間 夕方から0時くらいまで(と聞いた)
定休日 不定休

※文中のとおり、2024年12月15日で閉店なさいました
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悔しいけれどお前に夢中 府中本町『だるま一家』

2024年12月24日 | ラーメン、つけ麺など
タイトルに、西城秀樹さんの名曲「ギャランドゥ」の歌詞をわざわざ使った、府中本町のラーメン店『だるま一家』
「悔しいけれど~」の理由は後述するが、下記画像は、先月ここで紹介した、基本の「だるまラーメン」850円。


白濁スープにチャーシュー、木耳、青ネギが乗る、福岡スタイルの豚骨ラーメンであり、茨城の本店は『博多長浜ラーメン だるま一家』と名乗っている。
本店があるということは、府中店は分店扱いで、大阪や栃木にも店舗がある模様だが、九州の有名店『だるま』とは無関係の様子。
また、お店HPのフランチャイズ募集コーナーでは、「通常4時間程かかる仕込みも約1時間で完了」と説明。
府中店の壁には、スープを仕込んでいる鉢巻き職人の画像(だるま一家グループのオーナー?)が掲示してあるが、


1時間でスープが完成するわけがないので、本店か工場で炊いたものを、府中店に送っているのだろう。

こちらは麺類メニューだが、スープ作りの人件費やガス代が不要な割には、ラーメンは850円~と決して安くはない。


有名店だるまの名をパクり(?)、まだ4軒とはいえ全国に店を展開する資本系で、スープは自店で炊かないのに値段はやや割高と、
失礼ながら訪問前の印象は、世にはびこるインチキ家系チェーンと同様、私が嫌うタイプのお店であった。
それでも、人生何度目かの豚骨ラーメンブームを迎えていた私は、府中に用事があった帰り、誘惑に負けて寄ってしまった。

注文したのは、さっき画像を載せただるまラーメン。この系統では珍しく、券売機ではなく口頭で店員さんに告げる。
冒頭の画像を再度見てもらいたいが、こちらの豚骨スープは、牛乳でも混ぜたかのような、不自然な白濁色。
怪しみながら、レンゲでスープを啜ってみると……意外とイケるではないか。
福岡ラーメンの麺は白っぽい印象があるが、こちらは薄茶色。撮影者の腕が悪く、わかりづらくてゴメン。


色の理由は、小麦の殻を半分含んだ、オリジナルの半粒粉の博多麺だから、と店内貼紙で解説してある。


例の妙に白いスープも、国産豚100%使用の無添加だって。
麺とスープも、さらにチャーシューもしっかり作られており、結構気に入ったので「半替玉」100円を追加。
資本系などと否定的な感情を抱いていたが、テイスト自体は私好みであったため、
数日後、用事のついでではなく、だるま一家さんへの再訪を目当てに、再び府中本町へ。

2度目の訪問では、ピリ辛ひき肉入りの「赤だるまラーメン」950円と、
選べるミニ丼セット350円から、「チャーシューごはん」愛好家なので「炙りチャーシュー丼」を選択。
ほぼ同時にふたつの商品が到着。こちらが炙りチャーシュー丼で、平日17時までは300円で、明太子やモツの丼もある。


赤だるまラーメンは、前回のだるまラーメンに、別皿のピリ辛ひき肉を添えて提供された。


ひき肉を白いスープに溶かすとオレンジ色になり、ちょうどいいピリ辛風味になる。


一部をチャーシュー丼にも加えてみた(右端)。


チャー丼は、青ネギの乱雑な盛り付けは不満だが、肉の量や風味はなかなかいい。
一方、例のミルキーな豚骨スープは、日によって仕上がりにブレがあるのか、先日とは味が違う。
ただし、デキが悪かったのではなく、むしろ今回の方が旨味が強く感じる。要する前回よりウマいのだ。
バカ舌の私が気に入ったのだから、本当に「無添加」なのかは疑わしいが、とにかく素晴らしいスープである。
なので当然のように、チャー丼にも注いで一気にかきこみ、


麺もすぐに食べ終えたので、当然「替玉」120円を追加。これまでは「普通」か「やわめ」だったが、珍しく「バリかた」をチョイス。


私は柔らかい麺が好みだが、ここの半粒粉博多麺は、歯応えのある硬めの方がおススメかも。

ところで、今回ブログの商品画像は、店内照明の影響なのか、実際の色とは異なっている。
たとえば、赤ラーメンはピリ辛ひき肉の影響で、下記画像よりもオレンジ色が濃いのである。

※2玉目にはおろしニンニクも投入

他の商品も、実際とはビジュアルが異なるかもしれないが、味の良さは保証する。

スープは少し残したが、麺は食べ切り「ごちそうさまです」。最初の訪問時より、ますます気に入ってしまった。
私が過去に食べた、福岡スタイルのラーメンとはちょっと違う気がするし、ギャランドゥの歌詞のように「夢中」というほどではないが、
だるま一家さんのラーメンは、悔しいけれどウマい、と認めざるを得ない。

つい最近、今度は飲んでからラーメンで締めることに。まずは「瓶ビール」600円を注文。
出てきたのはサッポロラガーの中瓶で、ドリンクメニューも一緒に撮影。


おつまみメニューはこちら。サイズは中と小があり、中が600円で小が400円。


私のオーダーは、初訪問時から気になっていた「上モツ煮」と、「若鶏の唐揚げ」に「プリプリ海老の水餃子」をすべて小で。
最初に来たのが上モツ煮。野菜が入らずホルモンとネギだけという、私の好きなタイプ。


以前絶賛した、千歳烏山『世田谷餃子』の煮込みと見た目は似ているが、味はだるま一家さんの方が濃厚に感じた。
「柔らかいモツを仕入れて店内仕込み」(※府中店ではないかもしれないが)とのことだが、商品名に偽りのない上等な煮込みである。
卓上の七味とニンニクを入れたら、さらにウマさ増し増し。小ではなく中にするべきだった。


瓶ビールを飲み終え、「ウーロンハイ」450円に変えたあと、


水餃子が登場。酸味の効いたタレがかかっており、下にはモヤシが敷いてある。


その後、店員さんが粉を付けてから揚げた、唐揚げが登場。


食べる前から予想していたが、水餃子は業務用のよくある味。たぶん「鶏皮餃子」もそうだろう。
唐揚げは自家製で、味も悪くなかったが、美味しい唐揚げは世にあふれているので、イチオシはやはり上モツ煮だな。

ウーハイを飲み終えたので、シメの麺類を作ってもらう。
お願いしたのは、上モツ煮と同様、初回から気になっていた、「超濃厚 数量限定 鬼だるまラーメン」950円。
数量限定なので、入店後すぐに残っているか店員さんに確認し、「あとで必ず頼むので取っておいてください」と予約。
ここまで触れていないが、こちらの接客は客とは付かず離れずで、店員さん同士や常連客との私語もなく、問題ないと思う。
あと、個人的に好感を抱いたのが、店内BGMの有線が、80~90年代に流行った曲ばかり。 ※西城秀樹はまだ聴いたことはない
おっさんの私の耳にはなじむが、若い店員さんたちはイヤじゃないのかな。最初の方に画像を載せた、鉢巻きオーナーの趣味か?
森昌子の「越冬つばめ」のサビ部分、「♪ヒュルリ~ヒュルリリ~ララ~」の絶叫に驚いていた頃(本当)、
鬼だるまラーメンが登場。だるまラーメンよりさらに濃厚で、チャーシューも1枚増えている。


普段のスープは、私の推測では乳成分由来の白さだが、このラーメンは、たっぷり入った背脂由来の白さに思えた。
レンゲでスープをすくえば、背脂の固まりが多数浮いている。


飲んでみると、背脂過多でちょっとくどく、麺を啜れば背脂がバッチリ絡む。
濃厚好きの私だが、鬼だるまラーメンは、ちょっとキツく、麺と具材は食べ切ったが、スープは結構残してしまった。

そういえば、モツ煮も少し残しておき、『味源』立川店でもよくやるように、お行儀悪く麺を浸して食べてみた。


濃厚スープと同様、濃厚モツ煮もやはり、麺と好相性。熱々の状態ならもっとウマかっただろう。
期間限定商品で、「モツラーメン」という商品も出しているようだが、これはおそらく、ベースのだるまラーメンにモツを加えたものだろう。


可能ならば、モツ煮を2杯頼み、ひとつの丼にまとめてもらい、そこへ注文した替玉をドボンと投入する、
「スープまでモツ煮ラーメン」を食べてみたい。価格も計920円とお手頃である。
この後も何度か通って、店員さんと仲良くなったら、そういう裏メニューもお願いできるかな。
そのときは、「ここの豚骨スープ、本当に無添加なの?」と聞いてみたいが…それは失礼か(苦笑)。
いずれにしても、コミュニケーション能力が乏しい私には難しそうだが、
だるま一家さんに、今後も通おうとしているのは事実である。店員さん、今後もよろしく!

最後に、だるま一家さんとは無関係だが、国分寺駅近くの満腹食堂『だるまや』さんが、
下記のような貼紙でしばらく休んでいたが、最近もシャッターが下りたまま。


だるまやさんも、まだまだ通いたいお店なので、早期復活を願っている。 ※詳細をご存知の方の報告、お待ちしております



だるま一家 東京府中分店
東京都府中市宮西町2-12-1
JR府中本町駅から徒歩約5分、京王線府中駅からは推定約6分、分倍河原駅や府中競馬正門前駅からも徒歩圏内
営業時間 10時45分~24時
定休日 基本なしだが、大晦日と元日は休み
※お店情報は、府中店のインスタグラムでご確認を
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永福町系大勝軒に、年末の大勝利を誓う

2024年12月20日 | ラーメン、つけ麺など
年末のこの時期は、競馬・競輪・競艇・オートなどの公営ギャンブル愛好家にとって、
各競技で1年を締めくくる大レースが行われる、嬉しくも悩ましいシーズンである。
悩ましい理由はもちろん、命の次に大事なお金を失うからであり、そうならないよう努力=レースの研究はしているのだが、
どんなに熱心に研究しても、的中には結び付かない場合が多々あることを、博打好きなら誰もが知っているはず。
なので近年の私は、運に恵まれるようゲンをかつぐことに尽力している。
過去には、レースだけでなく母校野球部の勝利も願い、勝=カツを食べたり、ラーメン店『大勝軒』で食事をしたりした。
先日ちょうど、私の地元立川で永福町系大勝軒のお店が開業したので、
今年は、この系統のお店で食事を重ねることで、大勝利を願うことにした。


↑の画像は、2年前の12月に紹介した『一ツ橋大勝軒』のラーメンであり、今回タイトルも当時のものをパクっている。

立川のお店の前に、数ヶ月前に食べた、吉祥寺の『三鷹大勝軒』を紹介。
元々は三鷹にあり、吉祥寺に移転してきたのだが、屋号は現在も三鷹大勝軒である。
店舗は、JRの駅北口から徒歩数分だが、スナックなどが密集するエリアの奥という、少々わかりづらい場所にある。


南口には別系統の大勝軒があるので、店頭には「永福町系」と記されたノボリが出ていた。


店内はスナックの居抜きなのか、あまり広くなく照明も暗め。券売機で「中華麺 中盛 1.5玉 210g」950円の食券を購入。
1玉の並盛は140gで850円、大盛は280gで1050円と、70g刻みで100円増減するようだ。
永福町系は、並盛でも2玉300グラム程度の店が多いが、こちらは一般的なラーメン店の量である。
カウンター席に座り、ワンオペの男性店主に食券を渡すが、彼は終始無言のまま。
そんな寡黙な店主が調理した、中華そば中盛はこちら。


横アングルも撮影したが、冒頭の一ツ橋~のような巨大丼ではなく、やや大きめくらいのサイズ。


いざ食べてみると、煮干しの風味は薄く、スープの油も少なめで、舌がヤケドするほどの熱さではない。
永福町系のお店は、「こんなの大勝軒じゃない!」とネット批判が、以前はよく見られた。
三鷹~も、グーグルにそのような投稿があり、丸長・東池袋系との違いも知らずにバカなヤツだ、とあきれていたのだが、
私の感想も、「ちょっと永福町系とは違う気がした」になる。味に不満はないけどね。
なお、無言だった店主だが、退店する際に目が合うと、ペコリとお辞儀をした。そんなに悪い人じゃないみたい。

続いては、さっき触れた、11月25日に立川で開業した『昭島大勝軒』。
三鷹~と同様、立川なのに昭島~と名乗る理由は、23年2月に閉店した、昭島大勝軒の味を継承したから。
継承した方は素人ではなく、多数の飲食店を手掛けている会社のオーナー、つまり一流の経営者である。
復活した昭島大勝軒は、オープン前から話題を集め、開店直後も大盛況で、連日売り切れ早じまいが続いていた。
開店から数日後、そろそろ客足も落ち着いたと予想し、とある日の夕方に訪問してみた。
入口券売機で食券を購入し、店員さんに案内されカウンター席へ。テーブルもあり席数は29と多いが、すぐ満席になった。
卓上にもメニューがあったので撮影した。


注文したのは、一般的な永福町系では並盛にあたる、「中華麺 二玉」1100円。
ちなみに、元祖昭島大勝軒の閉店時は、同内容で900円、当時の店主が茅ケ崎で新たに開業した、『中海岸 大勝軒』は現在も900円。
店は広いし家賃も高いだろうが、師匠のラーメンより弟子の方が高い、値段設定に不満を抱きつつ、
運ばれてきた中華麺のビジュアルには満足。


並々のスープにたっぷりの麺が泳ぐ、洗面器のような丼、


さらに、重くて安定感のあるレンゲに、こぼれにくい底の厚いコップ。これぞ永福町系である


ラード入りのスープは当然熱々だが、ヤケドを恐れず啜っていき、2玉の麺もすぐにたいらげた。
量も味も、永福町系のファンにおススメできる品質だと思うが、私自身は、やはり価格面が気になった。
そもそも私は、先述したここのオーナーが経営する、立川市の某店を何度か利用したことがあったが、
毎回店員の応対が悪く(さすが立川)、会計も不明瞭だったので、昭島大勝軒立川店も、入る前から悪印象を抱いていた。ゴメン。

数日後、今度はJR南武線の南多摩駅からほど近い、『稲城大勝軒 五一』というお店を訪問。
永福町系のお店をネット検索したところ、夜はやってないお店が多いのだが、こちらは21時まで営業している…
はずなのに、17時台なのにお店は閉まっている(嘆)。さすがは、日本一臨時休業に出くわす男=私である。


脇の看板に記された、営業時間の「11:00~21:00」と、(都合により臨時休業する場合があります)の記載が悲しい。


この日は結局、駅前になぜか建っていた、「ヤッターワン」像を撮影しただけで、南多摩からは退散。


まあ、ヤッターワンといえば勝利のポーズなので、この写真もある意味縁起物だ(?)。

それから数日後、お店のXで夜営業しているのを確認してから、『田無大勝軒』に行ってみた。


カウンター席だけだが、店内は明るく雰囲気はいい。ここも券売機なのでメニューは撮影していないが、
私が選んだ「中華そば 2玉」は900円で、この系統では安い部類だと思われる。
ついでに「生玉子」60円も追加してみた。牛丼チェーンも見習ってほしい価格である。 ※現在はどの店も、生玉子は90円以上


丼の大きさや麺の量は、いわゆる永福町系スタイル。


ちょっと麺が柔らかい気もするが、スープの熱さや煮干しの風味は問題ない。
生玉子を溶き、つけ麺のようにして食べると、ラードの熱さや煮干しの苦みが薄れる。

※コップは一般的なものだった

珍しく、黒コショウもあったので入れてみる。さっきから書き忘れていたけど、永福町系はちゃんとナルトがあるのもいいね。


また、淡白で平凡な印象の永福町系チャーシューだが、こちらは味付けも濃く、なかなかウマかった。
そういえば、食券を渡す際に「柚子は入れますか?」と確認されたのを思い出し、最後に残った欠片を撮影。


値段も安いし営業時間も長く、田無大勝軒はなかなかいいお店だと思ったよ。

最後に、私が永福町系にハマるきっかけとなった、『一ツ橋大勝軒』で食べてきた。
訪問したのは平日13時台で、10分ほど待ってから入店。2年前の紹介時から、いくつか変更点があったので報告。
①価格が変わった


上記は主要商品だが、以前はメニュー表にはなかった(注文は可能だった)「2玉ラーメン」が加わり、価格もそれぞれ100円値上げした模様。
ラードや煮干しの高騰は、この系統のお店には相当ツラかったはずで、多少の値上げは仕方がない。それでも新参者の立川よりは安いぞ。

②若い男性のワンオペ
小野寺昭似と噂(噂元は私)の店主は不在で、初めて見たお兄さん店員の孤軍奮闘。
店主との関係は不明だが、ワンオペを任されるくらいだから、調理や接客は当然、無難にこなしていた。

③夜営業が復活


上記は、2年前に撮ったお店の外看板だが、ネット情報によると、記載されている17時~21時の営業が復活した模様。
会計後、お兄さん店員に確認してみたところ「3ヶ月前からやってます」とのこと。次回は夜に行ってみるか。

この日は2玉ラーメン1000円と、田無店で覚えた「生玉子」80円をオーダー。 ※味玉と同価格


丼の中央は、幅が広すぎてハシが置けない、相変わらずの巨大丼である。


見た目は他店と似ているが、煮干しの香りや、麺の歯応えなどが、少しずつ異なる。
それぞれ好みは違うだろうし、お店の数だけファンがいるだろうが、私は永福町系では、一ツ橋大勝軒が一番好きだ

こちらでも生玉子つけ麺も試してみたが、やっぱりウマい。玉子ダブルにしてもいいかな。


あと、卓上調味料でこれまで未使用だった、右の醤油らしき黒い液体を、レンゲに数滴垂らして味わってみたところ、


醤油ではなく、魚介風味を含む元ダレであった。スープに入れると風味が強くなるし、さっきの溶いた生玉子に入れてもウマそう。
いろいろ発見もあり、お腹も心も満たされ、いい気分でお店を出た。

気温は高くないが、晴天で爽やかだったので、そのままJR国分寺駅まで歩く。麺2玉のカロリーも消費したいし(笑)。
12月30日は、世間的にはともかく、私にとっての年間最大行事である、競輪グランプリが行なわれる。
レース後には、この日のような爽やかな気分になれることを、願ってやまない。

次の日曜22日には、中央競馬の有馬記念に、競艇の賞金王決定戦が開催される。どちらも「グランプリ」の別称を持つ競走だ。
さらに、29日には地方競馬の東京大賞典、大晦日31日にはオートのスーパースター王座決定戦がある。
公営賭博が好きな読者の皆さん、大勝利を目指し、お互い頑張りましょう!
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初めて通った「回らない寿司店」 東所沢『鮨みつ』

2024年12月04日 | 定食、食堂
日本人のくせにナマモノが苦手で、お寿司にもさほど興味はなく、たまに回転寿司店に行ったとしても、
ハンバーグ寿司やグラタン寿司、そしてラーメン、パフェ、プリンなど、お子ちゃまメニューしか頼まない私。  ※詳細はスシロー編くら寿司編を参照

そんな私だが、実は一軒だけ、お気に入りの「回らない寿司店」がある。
そのお店とは、東所沢の『鮨みつ』で、お店ブログが開設された2017年で創業45年目だそうなので、今年で52年目となる老舗店だ。


初訪問は今年の夏で、その後も何度か足を運んだ。行きつけの寿司店があるなんて、なんだか食通になった気分である(笑)。

入店すると、ネタの入ったガラスケースがあるカウンター席があり、店主らしき男性職人から「いらっしゃい!」と声がかかる。
すぐに、奥様らしき女性店員がやってきて、「2階席とカウンター、どちらになさいますか?」とたずねられ、
よせばいいのにカウンター席を選択。ちなみに私は、いまだに2階席は利用したことがない。
その後、注文をたずねられた私が、緊張気味に告げたのが「ふ、フライ付きハンバーグください」であった。
実は、ここ鮨みつさんは、寿司と洋食の双方が食べられるお店なのである。

先述したお店ブログでは、「父が44年続けてきた寿司屋で息子が一緒に洋食を始めました!」と説明。
元々は、お父さん店主が44年前に寿司屋を開業し、45年目の2017年から、シェフを務めていた息子さんが一緒に働くようになり、
店舗をリニューアルし、寿司と洋食の二刀流にメニュー変更。ついでに、ブログを開設した娘さんも、お店も手伝うようになったそうだ。
お父さんは、カウンター内で寿司を握り、客の相手もするが、息子さんは仕込みなどもあり、奥の厨房から出てくることは少ない。
私が頼んだフライ付きハンバーグも、本来ならデミグラスソース仕立てなのだが、どうやらデミソースがまだ仕込み途中だったようで、
お母さんが「トマトソースならばすぐ出せますよ」と仰るので、変更してもらった。
数分後、フォークなどの一式が届けられたのち、特製トマトソースで覆われた「フライ付イタリアンハンバーグ」が、ライスと一緒に登場。


あとからカップスープも提供されたが、こちらは和の味噌汁であった。


ハンバーグは120グラムで、エビフライ&かにクリームコロッケ、スパゲティと生野菜に、ライスと味噌汁が付く。


通常価格は1189円だが、会計では、私が希望した普通のデミハンバーグ価格の1068円にオマケしてもらった模様。
寿司ネタケースを眺めながらの洋食は、やや違和感があったものの、温かいうちにいただくことにする。


まずはハンバーグにハシを入れると、ほど良い弾力とともに、ブシャーと肉汁があふれ出す。
肉汁が混ざったトマトソースは、酸味が効いた本格的な味わい。トマトをふんだんに使用しているのだろう。
ソースの下には、とろけるチーズも敷いてあり、まさに「イタリア~ン」で「ヴォーノ!」である(←書いてて恥ずかしい)。


脇を固めるエビとカニコロも、ブリブリ食感&とろ~りクリーミーで、主役級のクオリティ。


付属のタルタルソースだけでなく。ハンバーグのトマトソースを付けても美味しい。
また、お寿司屋さんだけあってライスがウマい! 良質なお米を使用しているのだろう。
一般的な洋食店より多めなのに、すぐたいらげてしまったが、まだハンバーグやスパゲティなどが残っている。
ライスお替わりと迷った挙句、順番がおかしいが「生ビール」680円を追加。
ホール担当のお母さんが不在だったので、お父さんにお願いしたところ、カウンター内から出て自らビールサーバーに向かい、
キンキンに冷えたジョッキに、生ビールを注いでくれた。ありがとうございます!


ハンバーグやコロッケを食べ終え、トマトソースも残さぬようスパゲティと絡め、ビールで一気に流し込み、「ごちそうさまです」。
会計後、基本はお寿司屋さんなのに、洋食しか食べなかった私に対しても、お父さんは笑顔で「またよろしくお願いします」と声掛けしてくれた。
料理の味だけでなく、お父さんの人柄も良く、個人的な誤解も解けたので、鮨みつさんには、その後も通わせていただいている。

個人的な誤解とは、【回らない寿司屋のオヤジは怖い】である。
今から40年ほど前、連載開始直後の漫画「美味しんぼ」で、“客の注文を怒鳴りつける寿司屋のオヤジ”というエピソードがあった。
そういうオヤジが実際にいたのかはさておき、当時ウブだった(笑)私は、寿司職人を畏怖したもので、鮨みつさんでもハンバーグを頼んだら、
「ナニ、寿司屋に来てハンバーグだと!? てめえみてえな素人は出ていけ!」などと怒られるかも…と入店前は少し不安だったが、
お父さんが最初に発した、温かみのある「いらっしゃい!」で、ああ、この人なら大丈夫だな、と安心したものである。

2度目の訪問では、初回は雨天のため出していなかった、「街の洋食屋さん」のノボリがあった。


このときは、最初からアルコールを注文。「瓶ビール大」は800円で、銘柄はキリン。
一緒にお通しも提供される。チェーン居酒屋のものとは一線を画す、手の込んだ料理が3種で、価格はたぶん500円。


鮨みつさんは、寿司と洋食の他、限定メニューも揃っており、こちらは訪問時の「7月おすすめメニュー」。


この他にも、ホワイトボードや別メニューもあり、さらに、お父さんが育てたトマトやナスなど、夏野菜の料理もオール330円で提供。
その中から、「甘長とうがらし塩焼き」を注文してみた。


シシトウのように辛い部分はなく、収穫したお父さんも「甘くて美味しいでしょ?」と自画自賛。
そこから、お父さんとお話しさせていただいたのだが、ひとまず、自分がナマモノが苦手なことを告白し、お寿司を頼まなくてごめんなさいと謝罪。
お父さんは当然怒ったりはせず、「洋食(目当て)のお客さんも多いので、気にしないでください」と許してくださった。
私との会話の合間にも、お父さんは刺し盛りや握りの注文をこなしていくが、ベテラン職人の仕事を間近で見られるのは、
回転寿司では不可能な、正統派寿司店のカウンター席ならではの特権である。

ビールから「ウーロンハイ」530円に変更し、目の前で調理してくれる商品ということで、


「煮穴子」880円を追加注文。私が食べられる、数少ない寿司ネタのひとつだ。


柔らかい穴子は、甘辛タレはもちろんのこと、個人的には苦手なワサビとの相性も良かった。

ウーハイは焼酎が乙類であったので、どうせならば、お店推奨の乙類銘柄にしようと、ウーハイを飲み干したあとは、


上記メニュー右上の八丈島産焼酎、「情け嶋」550円のロックをチョイス。


煮穴子を肴に焼酎をあおるなんて、なんだか食通になった気分である(←今回2度目)。

いい気分になったところで、シメのお食事を、洋食メニューから選択。
初回に食べたハンバーグ各種や、「焼肉」や「生姜焼き」とライスのセットの他、下記のような商品もある。


「オリエンタルライス」や「インディアンライス」でわかった方もいるだろうが、
息子さんは豊島区の老舗洋食店『キッチンABC』の出身で、支店長も務めたようだ。 
この日の私は、インディアンライス単品715円と「チキンカツ」206円のお得なセット、「インディアンフライC」880円を選択。
あまり待つことなく、味噌汁と一緒にBセットがやってきた。


インディアンライスは、“豚バラと玉ねぎの特製卵とじ丼”(メニュー説明より)で、なぜインディアンなのかは不明。


こちらはチキンカツ。中身の画像はないが、揚げる技術が優れているのか、全然油っこくなかった。


さっき紹介した、ハンバーグのライスと同様、インディアン~もご飯が多い。


最近胃が小さくなり、焼酎で酩酊気味の状態では厳しい量だったが、なんとか食べ切り、お腹パンパン状態で退散。

3度目の訪問は、洋食メニューから「スタミナ焼き」の単品をオーダー。定食だと887円だが、単品は-100円かな。
現在のABCでは、レギュラーメニューではないようだが、かつては江古田店で販売していたらしい。
メニュー表の“特製豚バラ野菜炒め”の説明どおり、豚肉とキャベツ、人参、ニラなどを炒めたもので、


しょっぱいタレと絡む肉野菜の歯応えがクセになり、酒が進んでしまう一品である。
和食メニューからも、「茶碗蒸し」640円をオーダー。当然、注文後にお父さんが仕上げている。


海老や銀杏の他、鶏肉やカマボコも入っており、玉子のふわふわ感と出汁の風味を楽しんだ。


この日も、焼酎ロックやお湯割りを飲み、結構酔ってきたのでシメにする。
寿司が苦手とはいえ、せっかくなので一度はお父さんに握ってほしくなり、「玉子」と「海老」を注文した。  ※穴子は品切れ
お寿司を乗せる「下駄」と呼ばれる台を用意していただき、2カンずつとガリが添えられ、提供された。


この地で52年間、大勢のお客さんに親しまれてきた、お父さんの握った寿司を味わうことができて、大変光栄であった。

会計直前、洋食との二刀流について、息子さんたちに提案されたとき、どう思ったのかたずねてみた。
頑固な職人だったら、「洋食と一緒なんて冗談じゃねえ!」と怒ってもおかしくないはずだが、お父さんは穏やかな表情で、
「息子たちが、一緒にお店やるって言ってくれたんだから、嬉しかったですよ」と即答。ああ、自分の下種の勘繰りが恥ずかしい…。
奥さんと息子さん娘さんだけでなく、お店インスタグラムはお孫さんが協力したようだし、
この日はたまたまだろうが、娘さんの旦那さんがお店にいて、車でのお客送迎もやっていた模様。
鮨みつさんは、家族が強い絆で結びついている良店なのである。

ちょっと酔っていた私に、お父さんが「よかったら車でお送りしましょうか」と気遣っていただいたが、
「大丈夫です、健康のために駅まで歩きます」と告げ、お店を出た途端すっころんだ(苦笑)。
お父さんが店外まで見に来てくださり、「やっぱり車で送迎しましょうか?」と再び声掛けしてくれたが、
倒れたとき、両方の手の平を思い切り打ったが、特にケガはしていないので、ご厚意を固辞させていただき徒歩で帰った。
「あのときはご心配かけてすみませんでした」という謝罪も兼ねて、鮨みつさんには近日中に訪問するつもりだ。

おまけ
ご夫妻のお孫さんも協力している、お店インスタグラムに投稿された、今月のおすすめメニュー。



鮨みつ
埼玉県所沢市下安松1020-4
JR東所沢駅から徒歩約14分、新秋津駅からは徒歩約22分、西武線秋津駅も同程度
営業時間 11時~22時 ラストオーダーは30分前、洋食は1時間前
定休日 水曜、その他不定休あり、臨時休業や詳しいメニューなどは、お店インスタグラムでご確認を
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私的プロレススーパースター列伝.2 マイティ井上

2024年12月01日 | プロレス
11月27日、個人的に大好きなレスラーだった、マイティ井上さんがお亡くなりになった。
【私的プロレススーパースター列伝】第2弾は、僭越ながら井上さんを追悼すべく、
マスコミがあまり報じておらず、Wikipediaなどにも記されていない実績や戦歴、私個人の思い出などを語らせていただく。
いつものプロレスブログと同様、選手は基本敬称略とする。また、単なる素人のプロレス好きゆえの事実誤認、
さらには井上さん及び関係者に対し、失礼な表現もあるだろうが、どうかお許しいただきたい。

こちらはベースボール・マガジン社のサイトからスクショで借りた、全盛期のマイティ井上の勇姿。
  (C)BBM

上記画像は、当時所属していた国際プロレスのチャンピオン時代であろう。
身長183cm、体重105kgと、昭和時代の国内外のトップ選手との比較では、サイズはやや小柄ながら、
欧州など世界中で習得した多彩なテクニックや、格上や巨漢相手にもひるまない、闘志剥き出しのファイトで奮闘。
国際プロレス崩壊後は、全日本プロレスに移籍したが、全盛期を過ぎてもなお、気性の激しさは健在であった。
ちなみにWikipediaでは、井上の身長は175cmとされているが、食べログと同様、ウィキも信用していない拙ブログでは、
下記の全日本プロレス・パンフレットや、当時の雑誌などに掲載されていた、183cmのデータを採用する。


1988年3月の日本武道館大会で購入した、上記パンフ内で井上は、1/3ページで紹介されていた。


ニックネームは「技巧派の魔術師」らしいが、「燃える闘魂」や「東洋の巨人」ほどの知名度はなかった。
その後、全日本のパンフ名称は「テクニカルソルジャー」に変更されたが、そう呼んでいたファンは少ないと思われる。
また、「和製マットの魔術師・マイティ井上さん死去」なんて訃報もあったが、和製マット~は、同タイプ寺西勇の別称のはず。
井上の愛称はやはり「マイティ」であり、しいて付けるとしたら、「サマーソルトドロップ」か。
井上の得意技かつ代名詞でもあるサマーソルト~は、「サンセットフリップ」という別名もあり、
仰向けにした相手に向かい、少し離れた場所からダッシュし、前転宙返りで背中から落ち、相手を押し潰す荒技で、
回転する直前、右手を縦にグルグル回しながら「アアア~!!」と大声で叫ぶため、会場は毎回沸いたものだった。


上記画像はたしか、東スポサイトから拝借。コーナーに控えている寺西の表情もいいね!
現役時代末期は、試合の流れに関係なく繰り出すこともあったが、全盛期は何度も3カウントを奪っている。
シュミット式バックブリーカーとは反対に、持ち上げた相手の背中ではなくお腹を、自身が立てた膝の上に落とす、
ストマックバスター(ストマックブロックともいう)を決めたあと、サマーソルトで相手の腹部にさらにダメージを与えるのが、
「井上の殺人フルコースだった」と、プロレス評論家の流智美氏が紹介していた。殺人フルコースって、懐かしい響きだね。

さきほどのパンフ画像に戻るが、「前アジア・タッグ選手権者」と記されているように、
パンフ販売の数日前まで、井上は石川敬士とのコンビで第44代アジアタッグ王者であった。
サムソン冬木&川田利明のフットルースが2度挑戦するも、井上組が2連勝。
すると、フットルースが「チーム解散」だか「天龍同盟離脱」を賭けて挑戦直訴したらしく、3度目の選手権試合では案の定、井上組が王座転落。
当時、フットルースの熱狂的なファンなんて少なかったはずなので、解散なんて口にされてもシラケるだけであった。
ちなみに、84年の大仁田厚は、「負けたら引退」と宣言して臨んだ試合で、本当に敗退。
記念すべき(?)1度目の引退となったのだが、その相手こそ、マイティ井上であった。
翌月、井上&石川組は、新王者のフットルースに挑戦するも、たしかレフェリーのミスがあり、王座奪還ならず。
その後、石川も井上もアジアタッグ挑戦機会は与えられず、それが直接の原因ではないが、石川は年末に全日本を退団した。

なお、井上は石川と2回、阿修羅原とは1回、国際時代にもアニマル浜口とのコンビで、計4回アジアタッグ王者に君臨。
原とのコンビは、7度の防衛を重ねたが、84年に「井上がジュニアヘビー挑戦に備えるため」という理由で返上するハメに。
よくわからないが、当時の全日本は、「アジアタッグはジュニアの選手は不可」のような不文律があったのかね。
ヘビー級だった井上が、減量してまで挑戦した(させられた)のが、NWAインタジュニアヘビー級のベルト。
王者チャボ・ゲレロには、大仁田や渕正信らが何度か挑戦したが歯が立たず、井上に頼らざるを得なくなった模様。
井上は見事ベルトを奪い、その後は先述した引退を賭けた大仁田や、ゲレロを破って6度の防衛を果たし、
翌85年、7度目の防衛戦でダイナマイト・キッドに敗れると、以降はリターンマッチの権利すら与えられず。
数年後、世界ジュニアヘビー級と名称を変えたベルトは、87年には渕が王者となるも、89年1月にジョー・マレンコに完敗。
その5日後、マレンコは大阪府立体育会館で防衛戦を行なうのだが、挑戦者の白羽の矢が立ったのが、地元の井上だった。
キッド相手に王座転落して以来、約3年半ぶりのジュニア挑戦ゆえ、唐突だった感は否めないが、井上はマレンコの関節技にもわたり合った。
最後はバックを奪った井上が、くるっとマレンコを一回転させ、自身の両足で相手の足をフックし、気付けば3カウントが入っていた。
不可解な説明になってしまったが、観ていた私もよくわからなかったし、記憶も薄れているので仕方ない。
試合後の井上は、「あれは(ビル・)ロビンソンが使っていた固め技」とコメント。決まり手は「欧州式変形エビ固め」…だったかな?
いずれにしても、井上の豊富なキャリアと、卓越したテクニックが実証された好試合であったが、
その後、渕に敗れ世界ジュニア王座から転落すると、以降はまたまた、ベルト挑戦権は与えられず。
連日、前座で若手や二流外国人の相手をさせられる日々に、井上ファンの私は憤慨したものである。

ちょっと文章が続いたので、ブレイクタイム。
こちらは、以前ここで紹介した、井上さんとの記念撮影画像。


2014年、お台場でのプロレストークイベント&その後の打ち上げ的飲み会に、井上さんがゲストで来ると聞き、
私も当然のように参加し、飲み会では図々しくも乾杯させていただき、さらに記念撮影やサインまでお願いしたのであった。

※お台場でいただいた、井上さんの記事が載ったムック本へのサイン

ハナシは戻って。1989年3月の王座転落以降、前座で燻っていた井上に、再度スポットが当たったのが翌90年の1月。
全日本正規軍と天龍同盟の抗争が激化し、苛立った天龍源一郎が、正規軍セコンドの渕や井上にも攻撃を加える。
無論、井上もやられっ放しではなく、「ならやったろうやないか」(本人談)と、臆することなく正式に対戦を表明。
ジュニア、外様、ベテラン(=井上はすべて該当)を軽視しがちな全日本プロレスだが、このときは珍しく井上の希望が承諾され、
TV中継のある会場のメインとして、井上組と天龍組の6人タッグがマッチメークされた。
このシリーズでの井上は、第3試合あたりでボビー・フルトン&トミー・ロジャースのザ・ファンタスティックスに負けるなど冴えず、
冒頭の画像、若草色のガウンを着ていた国際プロレス時代と比べると、筋肉が落ちてしまった現状で、
エース格ヘビー級レスラーとの対戦、しかも妥協をしない天龍が相手ゆえ、正直不安になったものだった。

試合が行われたのは1月25日、福島県の郡山セントラルホール。
カードはジャンボ鶴田、ザ・グレート・カブキ、マイティ井上-天龍源一郎、川田利明、サムソン冬木の60分1本勝負。
正規軍は私が支持する3人が、(たぶん)初のトリオ結成も、近年の実績や体格で見劣る井上が、最後はやられるだろうと覚悟していた。

結果を先に書いてしまうと、
1月25日 90新春ジャイアントシリーズ第17戦 第9試合 6人タッグマッチ60分1本勝負
ジャンボ鶴田 ザ・グレート・カブキ ○マイティ井上 21分20秒 リングアウト
×天龍源一郎 川田利明 サムソン冬木  ※場外の天龍に井上がフライングショルダータックル
なんと、予想に反し井上が天龍に勝ったのである!

試合中の井上は、体格差ある天龍の強烈な攻めや、川田・冬木の若さに圧倒されるも、素早い動きと飛び技で応戦。
鶴田やカブキのアシストもあり、コーナーにもたれる天龍に鉄拳制裁する場面もあった。
天龍を殴りつける井上の姿には、国際プロレスのチャンピオンだった意地、欧州など世界中でレスリングを学んだ誇り、
全日本移籍後、外様ゆえ不遇な扱いを受けたことへの怒りなど、いろんな感情が見て取れた。すべて私の勝手な妄想だが。
最後のタックルは魂のこもった一撃で、実況の倉持隆夫アナも、解説のジャイアント馬場も大絶賛。
この試合を観たい方は、「1990 01 25 Inoue Tenryu」でネット検索すると、動画にヒットするはず。
私もさっき、久しぶりに視聴したが、結果はわかっているのに、興奮かつ涙ちょちょぎれ状態だ。
国際プロレス時代を知らない私にとっては、この6人タッグこそ、マイティ井上のベストバウトである。

先述した、井上さんと記念撮影してもらったお台場では当然、この6人タッグの感想を聞いた。
私が「90年の正月シリーズで、メインで初めて天龍組と対戦したときの試合…」と質問し始めたところ、
井上さんは私の言葉を遮り、「おお、あの郡山の試合な。あれは天龍から(リングアウト勝ちを)獲ったもんなあ」と即答。
恥ずかしながら、私は会場が郡山だったことを忘れていたのだが、1967年にデビューし、2010年のレフェリー引退まで、
40年を超えるプロレス人生で、何万試合も経験してきたはずの井上さんは、試合結果だけでなく会場もしっかり記憶していた。
井上さんにとっても、「全日時代では、あの試合が一番印象に残ってるわなあ」と語ってくれて、私も嬉しかったよ。

天龍同盟との抗争が始まり、冬木や川田からピンフォールを奪うなど、完全に息を吹き返した印象の井上だったが、
数ヶ月後に天龍が全日本プロレスを離脱。カブキも天龍に追随し、井上は再び前座生活に戻ったことで、私のプロレス熱も少し冷めた。
それから数年後、いつだったかは忘れたが、ダニー・クロファットがジュニア王者の時代に、
「井上がクロファットに挑戦表明!?」という記事を、週刊プロレスで見かけた記憶があるが、結局、王座再挑戦は実現せず。
数年後、井上はレスラーを引退しレフェリーに転向。全日本からノアに移籍し、先述したように2010年にプロレス界に別れを告げた。

※デイリーのサイトより拝借

その後も、昭和プロレスの貴重な証人として、インタビューや取材をこなし、トークイベントなどにも精力的に参加。
亡くなる1ヶ月前にも、水道橋でのイベントに出演なさっていたそうだ。
私が井上さんとお会いできたのは、14年のお台場と、19年に巣鴨のプロレスショップ『闘道館』で開催された、
「マイティ井上 対 渕正信 トークライブ&サイン撮影会 -全日本ジュニア戦線の舞台裏-」の2回。
巣鴨では、特別参加したカブキさんと3人で、全日本時代のことを懐かしそうに語っていらした。


トーク終了後、渕選手との3ショット撮影したのち、


おふたりのサイン色紙もいただいた。


5年前の井上さんは、顔色も良く元気そうであった。


残念ながら、巣鴨のイベントでは歓談する時間はなく、記念撮影の直後、
「以前、お台場でサインと記念撮影をお願いしたものです。あのときはありがとうございました」とお礼を言うのが精一杯であった、
カブキさんのときと同様、井上さんについてはまだまだ書き足りないので、また改めて執筆させていただきたい。

最後に、お台場で井上さんにいただいたものをもうひとつ紹介。


若手時代はヨーロッパに遠征し、ミッキー井上のリングネームで戦っていた頃の井上さんが、
フランスのエッフェル塔の前で撮った、写真を基に作成した絵葉書である。
下部分には、2014年頃に住んでいた、宮崎県の自宅住所と電話番号が記載されており、
「(宮崎に)来る機会があったら連絡ちょうだい」と仰ってくれたが、恐れ多くて連絡はできぬままであった。
今思えば、一度だけでも遊びに行かせていただき、井上さんのプロレス人生や哲学を、教わっておけばよかったな。

絵葉書の写真のように、スーツを着こなしたかと思えば、試合では時代を先取りしたサイケデリックな模様のタイツを着用。
実生活では、女優さんと結婚し映画にも出演。さらには、甘い歌声でレコードをリリースするなど、
マイティ井上さんは、昭和レスラーの中では数少ないダンディな方であり、紛れもないスーパースターであった。
マイティ井上こと井上末雄さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。



マイティ井上
本名:井上末雄 ニックネーム:技巧派の魔術師
全盛期の公称サイズ:身長183cm、体重105kg
主なタイトル歴:IWA世界ヘビー級、世界ジュニアヘビー級、アジアタッグ他
得意技:サマーソルトドロップ、フライングショルダータックル、ストマックバスターなど
コメント
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