2009年11月のブログで、保存工事中の中村日赤の玄関車寄の記事をアップしましたが、3年ぶりに現地を訪れました。
病院の建て替え工事はすべて終了し、ピカピカの病院の前にポツンと旧本館の玄関車寄部分が保存されていました。
説明プレートには「病院の象徴として、過去から未来へ歴史を繋ぐ遺産」とありますが、かつての病院の記憶をとどめるものが小さな車寄一つになってしまいました。
道路側に面した特徴的な意匠を持つ旧本館部分の一部だけでも残してほしかったのですが、市内最古のRC造病院建築は車寄を残しただけで永久に姿を消しました。
撮影:2012/09/22
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