素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

実家の処分一歩前進

2021年09月20日 | 日記
 先日、母から電話があった。母の友人のOさんの知り合いが家を探しているので実家を紹介してくれたとのこと。20日の15時頃に家を見せて欲しいという申し出があったので弟と一緒に立ち会って欲しいとのこと。

 盆前に実家の様子を見に行ってから1ヶ月以上たつので雑草がさらに増え背丈も伸びていることは容易に推測できた。この状態で家を見てもらうのはまずい。ということは弟も同じだったので午前中に周囲の草取りをしようということになった。

 余裕を持って作業をしたかったので早朝5時過ぎに出発した。8月とは違って夜が明けていなくて真っ暗だった。交通量が少ないがゆえに交差点では信号を無視する車や自転車がいるので注意を要した。歩いたりジョギングしている人も思ったより多く見かけたのでひっかけないように緊張した。

 1時間30分弱で伊賀上野の市街地に入った頃にようやく日の出となった。少し霧が出ている中赤みがかった空を背景にシルエット状見える伊賀上野城はいつもと違う趣きであった。

 7時少し前に伊勢自動車道の安濃SAに入ったが、思ったより多くの人がいた。緊急事態宣言の月末までの延長で、伊勢のおかげ横丁は攀じているのにこんな早くからどこを目指しているのか聞きたいぐらいだった。

 久居IC、松阪IC,多気ICと進むにつれ車の数はどんどん減っていった。玉城ICあたりからはほぼ貸し切り状態で走ることができた。ストレス0のドライブを楽しめた。

 8時10分Oさん宅に紹介してもらったお礼のため立ち寄る。近所で感染者が出たみたいでひとしきりその話をされた。母が施設に移る時見送りに来てくれてからお会いする機会がなかった。おしゃべりの好きな人なのでなかなか話が止まらなかった。デルタ株の感染力の強さと田舎で陽性者になると必要以上に肩身の狭い思いをすることはよくわかった。

 実家は予想通り雑草の群れが出迎えてくれた。ヌスビトハギが思った以上に多くて大変だった。少し遅れた弟と一緒に2時間余り雑草除去に集中。ヌスビトハギを衣服から取り除くのに30分。何とか様になった。

 川梅で昼食、4代目が考案した川うめ丼Bで腹を満たす。
天保元年創業、父方の遠い親戚筋(父の叔母の嫁ぎ先)



午後からは室内の整理整頓。2人ですると効率が良い。予定通り15時前に来てくださった。その方のライフスタイルと我が家の環境があったみたいで前向きに検討したいとのこと。一歩前進である。不動産の売買は縁のものである。今後は弟が窓口になって話を進める。朝早くから動いた甲斐はあった。19時45分に戻る。長い1日だった。
コメント
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