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カンヌでフィルム・クラフトの金賞を受賞したインドのCM

2012-07-20 18:43:20 | インド
第 59 回カンヌライオンズ 国際クリエイティビ
ティ・フェスティバル(Cannes Lions International
Festival of Creativity 2012)が、6 月 17 日
から 23 日、フランスのカンヌで 開催されました。
テレビCMや広告クリエイティブの世界では、
アカデミー賞に相当する権威ある賞なのですが、
全部で15ある部門の中でフィルム・クラフト(CM
映像の演出、撮影技術、編集、音楽などを評価する
部門)のカテゴリーで、インドの新聞「ムンバイ・
ミラー」(Mumbai Mirror)のCMが金賞を受賞しました

こちらがそのテレビコマーシャル。長さは2分です。
モノクロフィルムで映画のように描かれるムンバイ
の街頭。メガホンを使って、悲痛な声で何かを訴え
ている人が登場してきます。



まず最初に登場する眼鏡をかけたインテリ風の男性。
メガホンで最大音量で叫びます。



「彼らは、私の本を燃やした!私の本を、私の言葉
を燃やした!でも、彼らは、私の声を黙らせること
はできない!私は、ムンバイである!私は、ムンバイ
である!」彼のそばには、燃え続けている書物の山。

中国の歴史で「焚書坑儒」(ふんしょこうじゅ)と
いう秦の始皇帝の時代の出来事が思い出されますが、
実際に視覚的に映像で見ると、書物が燃えている
映像は悲壮感が漂っています。

画面の左下隅に2010年10月2日、11ページの文字。
これはある記事がムンバイ・ミラー紙に掲載された
日付とページを意味しています。2010年に、ムンバイ
大学の英語の授業で使われていたロヒントン・ミス
トリー(Rohinton Mistry)というカナダ在住のインド
人小説家が書いた、「かくも長き旅」(Such a Long
Journey)という小説が、政治的圧力で、授業のカリ
キュラムから外されたという事件があったようです。
ムンバイを中心に勢力の強い右翼系政党のシブ・セナ
党(Shiv Sena)が、この書物の排斥を後押しした
ようなのですが、そういう事件が背景にあっての
ワンシーンです。

メガホンで怒鳴っている人物は、ロヒントン・ミス
トリーではなく、また俳優でもなく、一般から
選ばれた名も無い市民のようですが、作り物の
コマーシャルの世界とは全然違う、リアルな叫び
が伝わってきます。



二番目のシーンでは、歩道橋の上で子供を連れた
主婦がメガホンで叫んでいます。右上には
2011年9月29日12ページの文字が...
「私たちの家に配達されたミルクは、排水溝の水
で薄められていました!その同じミルクを私は子供
に飲ませなければならなかった!どうして?
教えてください!どうして私はそんなミルクを
子供たちに飲ませないといけなかったのか!
私はムンバイ、私はムンバイです!」



シーンは変わって、2010年8月23日、7ページ。
図書館のような場所に、スラムの子供たちが...
「ぼくらのベッドはこのテーブルよりも小さい!
食べ物は週に2回しか食べられない!
食べ物を食べる場所は、排泄をする場所と同じだ!
ぼくはムンバイ!ぼくはムンバイだ!」
図書館で本を読んでいる人たちが、うるさそうに
子供達を眺めています。

そして4つ目のシーン。2011年2月12日、2ページ。
車道に立った男が、向かってくる車に向かって
メガホンで叫びます。



「この街は俺の故郷だ!俺が属しているのはここだ!
わかるか?!貴様らの政治的なポスターを俺の家の
壁にベタベタ貼られるのは我慢できない!わかったか!
離してくれ!いいか、政治的なポスターはダメだぞ!
聞こえるか!俺はムンバイ、俺はムンバイだ!」
叫び続ける男は、強制的に連れ去られていく。



シーンは静かなムンバイの鉄道駅らしい風景。
左上にメガホンが見えています。
MUMBAI SPEAKS
EVERY MORNING
(ムンバイは毎朝、語っています)
という文字。
そして
ARE YOU LISTENING?
(あなたは聞いていますか?)
そして何人かの人が一人ずつ、”I AM MUMBAI”と
語りかけます。
ラストシーンは、通勤の列車の窓から半分外に出た
手に持たれ「ムンバイ・ミラー」の新聞。



モノクロの映像の中に”Mirror”の文字だけが赤く
なっているという演出がまた渋いですね。

「ムンバイ・ミラー」という新聞なんですが、
これは「タイムズ・オブ・インディア」という
英字新聞としては世界最大の発行部数の新聞を
発行しているタイムズ・グループ
(Bennett, Coleman & Co. Ltd.)がムンバイ
地区で発行している英語の日刊タブロイド新聞
で、発行部数は約60万部。2005年に創刊された
物です。

普段はあまり取り上げられない民衆の声を積極的
に取り上げるというのが、このコマーシャルの
メッセージなのですが、新聞社の編集方針として
はかなり明確です。どんな小さな声も、発言力
のない人々の声も、メガホンのように大きな声
で、みんなに聞こえるようにしてくれる新聞。
わかりやすいですね。

ちなみに、このタイムズ・グループの本社は、
ムンバイの鉄道駅のビクトリア・ターミナス
(今ではチャトラパティ・シヴァージー・
ターミナス駅と呼ばれています)のすぐ
向かいにあって、以前、仕事で、このビルに
は何度か訪れたことがあります。そういえば
ここの社長のBhaskar Das氏と、イタリア料理
をご一緒したことなどもありましたが、この
人、広告関係のシンポジウムとかでエキサイト
してくると、ムンバイ・ミラーのCMの最初に
登場する男性のような感じで叫んでいたのを
思い出します。ひょっとして、モデルはこの人?
メディア界のロックスターという感じの人でした。

さて、このコマーシャルの監督は、アビナイ・デーオ
(Abhinay Deo)という人。昨年「デリー・ベリー」
(Delhi Belly)という映画を監督したことで話題に
なりましたが、“I AM MUMBAI”のコマーシャルで
その名声は一気に国際的になりましたね。

このコマーシャルでは、登場人物は一切プロの役者
を使わなかったそうです。これまでカメラの前に
一度も立ったことのない普通の人をオーディション
し、二日間のワークショップで、自分の気持ちを
叫びで伝えるトレーニングをしたそうなんですが、
見ればみるほど悲痛さが伝わってきます。本物の
市民(スラムも含めて)の力強さなんですね。

撮影場所にはカメラが何台か設置されていて、
通行人のリアルな反応を撮影したらしいのですが、
ドキュメンタリーよりも、もっとドキュメンタリー
な雰囲気が伝わってきます。周りの人の反応が
演技ではないからなんでしょうね。

インドのコマーシャルはこれまで、奇想天外な発想
で、こんなのあり?という表現の物が多く、映像の
技術的な部分で評価されることは少なかったのです
が、フィルム・クラフト部門でインドのCMが受賞
することは画期的なことです。このカテゴリーで
インドが金賞を受賞するのは初めてのことのようです。

このコマーシャル、最初見たときは、あまりよく
わからなかったのですが、見れば見るほど、
訴えるものが切実に伝わってきます。いやあ、
素晴らしい作品ですね。

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