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『キングダム』に学ぶ経営論

2023-09-12 22:04:09 | 中国
『キングダム』は2006年から集英社の『週刊ヤングジャンプ』で掲載が始まった漫画作品で、2023年7月で69巻までシリーズが継続しています。また、2012年からアニメ化されて、2022年で第4シリーズまで放映されています。実写映画として公開されたのは、1作目が2019年。2作目の『キングダム2 遥かなる大地へ』が公開されたのは2022年。そして2023年、3作目の『キングダム 運命の炎』が公開されました。

私は映画しか観ていないのですが、ネット検索をしてみると、『キングダム』は、じつに多くのビジネスパーソンを虜にしていたんですね。会社経営や、組織論など、いろいろな専門家が極めて真面目な議論をしているのを知り、驚きました。

実は、『キングダム』とは全く関係ないのですが、最近、たまたま見かけた、遠藤功さんという方の『「カルチャー」を経営のど真ん中に据える』という本をパラパラと読んでおりました。会社を強くするためには、カルチャー、つまり組織風土を改革し、活性化させていかなければならないという話です。



この本の最後のほうに、経営者は「ホラ」を吹けということが書いてありました。「ホラ」とは、経営者が自らの夢や思いを熱く語ることであり、それにより、組織全体が熱を帯び、組織の熱量が最大化されていくというんですね。以下の画像は、その部分の抜粋を切り貼りしたものです。



この部分を読んで、これはまさに、映画の中で吉沢亮が演じていた嬴政(えいせい)が何度も言っていた「中華統一」というメッセージそのものだと感じました。この作品が、単なる歴史ドラマや、アクションドラマ、若者の成長物語というジャンルを超えて、経営論として捉えることができるんだなと思ったのです。

そんなわけで、この映画作品を経営論的視点で見直してみたいと思います。ネタばれになる部分もあるかもしれないので、まだ映画をご覧になっていない方はご注意ください。

1. 嬴政(えいせい)の中華統一というビジョン

嬴政は、趙の国で人質となっていた秦の王子、子楚(しそ)の子供として生まれます(本当の親は子楚なのか、呂不韋なのかと諸説あり)。子楚は、秦に戻り荘襄王(そうじょうおう)となるのですが、趙に残された嬴政は、屈辱的な子供時代を過ごします。

それを助けるのが、趙の闇商人、紫夏(しか)です。最初は王になる自覚も無く、長年の虐待のため感覚さえも麻痺していました。今でいう、PTSDですね。そんな嬴政を秦の国まで届ける途上で、紫夏は嬴政の精神的な救済を行います。

「あなたほどほど辛い経験をして王になる者は他にいません。あなたは誰よりも偉大な王になれます」という紫夏の最後の言葉で、嬴政は秦王となることを決意し、中華統一というビジョンが生まれるのです。



当時は、7つの国が乱立する時代で、西の外れの秦の国が中国全土を統一できるなどというのは、ほとんど実現不可能なことと思われていました。黄河流域の中原(ちゅうげん)には、魏や韓や趙など由緒ある国が存在していました。何百年もの間、いくつもの国が戦い合いながら共存してきたという歴史があるので、これを統一して一つの国にするなどというのは非現実的な夢でした。先にご紹介した遠藤功さんが言うところの「ほら」以外の何ものでもありません。

どんな苦境にあろうとも、嬴政はこのビジョンを首尾一貫、言い続けました。その熱量が、昌文君や、信や、王騎将軍などに伝播していきます。山の民の楊端和(ようたんわ)も、そのビジョンに共鳴して、嬴政に手を差し伸べることになります。

優れた人材が、まるで磁石に引き寄せられるかのように、嬴政の中華統一というビジョンのもとに集結してきます。金銭とか待遇で集めただけの人材は、好条件が他に示されればすぐに去ってしまいますが、嬴政のもとに集まってくる人間は、ビジョンを共有しているので、結びつきは盤石です。

「中華統一」というスケールの大きな夢が、多くの有能な人材を引き寄せるのです。そして、その熱量の大きさにより、それぞれが実力以上の力を発揮するのです。こういう言葉の力と、その発信力は重要ですね。

2. 秦の国ならではのイノベーション

秦の国は、歴史は長いのですが、西の端にある国でした。春秋戦国時代の文化的な中心地は、黄河中流域の中原と呼ばれている一帯です。

『キングダム』の時代には、孔子が亡くなって200年以上経っていましたが、儒教は国家運営にとっても重要な指針となっていました。孫子の兵法が書かれたのも同じくらい昔のことでしたが、兵法はかなり研究しつくされていたと思います。

秦の国は、異民族の地域と接する、辺境の地で、文化的にも遅れた田舎と思われていたと想像されます。数々のハンディを抱えた国なのですが、秦はそれを逆手にとって、次々とイノベーションを作り出していきます。

中原の他の国は、歴史や文化や伝統があるのですが、それが重すぎて、自由なイノベーションは生まれにくい環境となっていました。昔からのしきたりが新たなチャレンジを阻害していました。儒教をベースにした統治、封建制度など、それまで、それでうまくやってきたという歴史が災いしたのです。

秦はそういうしがらみがありませんので、儒教ではなく法による支配、郡県制などのイノベーションを可能にしました。今の時代からは想像ができませんが、当時としては、画期的なプラットフォームだったのだと思います。

秦は、文字や、貨幣、度量衡なども全国的に統一するのですが、いずれもすごいイノベーションだったのだと想像します。それまで、異なった文字や、貨幣や、異なった寸法、重さ、体積、容積の計量計測の仕方をしていたルールをすべて打ちこわして、新たな普遍的ルールを適用するわけです。

日本企業でも、会社の改革は内部の人間では限界があるので、外部の人間、あるいは外国人のほうが行いやすい場合があります。統一という大事業は、あまりしがらみのない秦だったからこそ可能だったのかもしれません。

システムとしてのイノベーション以外にも、軍事兵器のイノベーションもいろいろあったのではないかと想像します。例えば、弩(ど)という武器です。



上は「図説中国の伝統武器」(マール社)からの引用ですが、弓矢を横にしたような武器です。弓を引くときは、両足を使ったりするのですが、矢を射るのは、銃のようなレバーを引くだけというものです。通常の弓はかなりの熟練が必要なのですが、弩は比較的簡単に操作できるようになるというメリットがあります。

この弩は秦の国のオリジナルではなく、斉の国で孫子の兵法が記された頃、すでにこの武器の記録があるようなので、一般的に広く使われていたのかもしれません。

秦の始皇帝の埋葬品としての兵馬俑からも弩が多く発掘されていたようなので、秦がこれをよく使っていたものと思われます。映画の中でも農民が多く徴兵されるのですが、弓や剣術の経験の乏しい(また体力もそれほどない)農民でも、短期間のトレーニングで即戦力にすることができるというメリットがありました。秦はこういう兵器をうまく使っていたのではないかと思います。こんなイノベーションはあらゆる部分に存在していたと思われます。

3. ダイバーシティーとインクルージョン

嬴政自体の出自が、弟から軽蔑の対象となりますが、それを乗り越えて、出自や、身分、人種など関係なく、すぐれた人材をどんどん登用していきます。主人公の信も、どこの馬の骨ともわからぬ、奴隷出身の人間なのですが、実力で将軍になっていきます。

楊端和が統治する山の民は、言語も文化も異なる異邦人なのですが、彼らと何とか意思疎通を図り、共に戦う仲間にしてしまいます。コミュニケーションを取るのすら大変ですが、風習も、考え方も、戦い方も違う彼らを味方にしてしまいます。今の時代で言う、外国人の雇用やなどに通じるものがありますね。



今の時代は、ダイバーシティが企業経営として重視されますが、いろんな考え方をしている人間をあえてチームに混ぜることで、新たな発想やイノベーションが生まれてくるということを、この映画はあらためて教えてくれています。

さらに、楊端和が女性というところも忘れてはいけませんね。史実では男性のようですが、この物語では女性という設定にしています。女性リーダーに活躍の機会を与えているという点も見逃せません。

4. 優れた教育システム

映画の中では、断片的にしか紹介されていませんが、教育もしっかりと行われています。まず、主人公の信は、「天下の大将軍になる」という夢を持っているのですが、その可能性を認められて、ロールモデルでもある王騎将軍の元でトレーニングを受けるのです。3本目の映画の中で語られていますが、その教育の効果が現われて、「飛信隊」というチームのリーダーとなり、実戦で大活躍をします。

また、昌文君が軍師学校を作って、将来の軍師を教育しているということも紹介されます。そこで戦略を勉強するのが、河了貂 (かりょうてん)と、蒙毅 (もうき)です。生徒は二人以外にもいるのですが、二人は、俯瞰できる場所で実戦を見学しながら勉強するというエピソードが紹介されます。



この二つの事例だけ見ても、秦が教育を重視しているということが言えるかと思います。現状に甘んじることなく、将来を支える人材育成に力を入れているんですね。

5. まとめ

これだけでも『キングダム』の中のいくつかの事例が、企業経営にとっても重要なことを示唆していると言えるかと思います。エンターテインメントにこういう意味づけをするのは嫌だという方もおられるかもしれませんが、この作品からは、いろんなことを学ぶことができます。

この時代から見れば後世の三国志の武将たちも、日本の織田信長や戦国時代の武将たちも、秦や春秋戦国時代の事例に多くを学びました。

今の中国を見ても、イデオロギーを中心にした国家統一や、言論統制、科学技術への集中投資、覇権の拡大など秦の時代をお手本にしているのではないかとさえ思えることもあります。「中国統一」という言葉さえ、別の意味で使われるようになっています。

テクノロジーは進化しましたが、基本的な部分は二、三千年前の時代と全く変わっていなんですね。同じ過ちは繰り返さないようにしたいですね。

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9 コメント

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マルテンサイト千年 (刀剣ファン)
2024-04-12 16:47:23
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学の理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム、人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく東洋らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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ものづくり経営学 (グローバルサムライ)
2024-04-14 13:24:25
「材料物理数学再武装」ですか。トライボ化学反応理論CCSCモデルちょくちょくノーベル賞予想にもとりあげられる元プロテリアルの久保田邦親博士の大学っ出の講義資料ですね。ニューラルネットワークの基底関数がなぜシグモイド関数がいいのかがストライベック曲線を例に説明されていて理解がしやすかったのを思い出しますね。
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特殊鋼CO2排出削減関係 (姫路軸受)
2024-04-16 14:45:47
キングダムでは山陽攻略戦より函谷関のほうが井蘭車が登場して迫力あったな。
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エンジン技術 (潤滑油関係)
2024-04-19 19:07:34
トライボロジー関係で姫路の学会でCCSCモデルを発表されていた方ですね。
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戦国ロマン (新幹線の旅人)
2024-04-22 00:52:49
NHKの大河ドラマ軍師官兵衛の舞台になったところですね。一度遊びに行ってみたいです。
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CCSCモデルファン (バイオマスプラント関係)
2024-04-23 15:03:12
軸受国富論か。国土の森林をロボティクス等で経済への戦力化を進めることでCO2排出削減を狙う。
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構造力学 (土木関係)
2024-05-05 16:47:38
Facebookでの固体力学テンソルの話なんかも分かりやすかったな。
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トライボロジー (GXリーグサポーター)
2024-05-07 10:48:52
「材料物理数学再武装」かあ。トライボロジー分野で重要なストライベック曲線を作成するためペトロフとクーロン則を関数接合論で接合するんだけど、それまでの第一式では通用しない。なぜならこの関数の接合には、交点でないところで接合しなければならないからだ。そこで登場するのが、シグモイド関数をもとにした第二式。これで交点以外の任意の点で関数が接合できる。こういった合成能力のたかさを持っているのでニューラルネットワークの基底関数となると理解すればよい。
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世界の自動車販売の趨勢 (バイオ燃料開発関係)
2024-06-21 02:34:34
やはり世界を引っ張るハイブリッド日本車の技術力の前に、EVシフトは不調をきたしていますね。特にエンジンのトライボロジー技術はほかの力学系マシンへの応用展開が期待されるところですね。いくらデジタルテクノロジーを駆使しても、つばぜり合いは力学系マシン分野がCO2排出削減技術にかかってくるのだとおもわれます。
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