2021年6月28日、東京コピーライターズクラブによる2021年度のTCC賞が発表となり、大塚製薬のカロリーメイトのコマーシャルがグランプリを受賞。毎年、受験生を応援するコマーシャルを作っているカロリーメイトですが、今回の受賞作品は、コロナ禍での苦しい受験生活を描き、コピーは、「⾒えないものと闘った⼀年は、⾒えないものに⽀えられた⼀年だと思う」というものでした。
日本は、コロナ禍の生活を描いた広告が少なく、コロナ前と同じような手法で、企業や商品を訴求しているものが多いので、広告の世界が現実の世界と乖離しているような気がしてならなかったのですが、このカロリーメイトの「見えないもの」という作品は、2020年のコロナ禍を忠実に描き、コロナで影響を受けて辛い思いをしてきたすべての人々の心に寄り添うものとなっています。このような広告作品が作られ、そして賞を受けたことは、非常によかったと思っています。
この広告作品には私は全く関わっておらず、この記事も、全くの利害関係はありません。純粋に、一人の生活者として、このコマーシャル作品のことを語ってみたいと思ったわけです。広告業界に長くいた人間として、この作品が、コロナ禍のこの時期、日本に存在したということをより多くの人に覚えておいていていただけたらと思い、この文章を書いています。
まずこちらがその動画です。
カロリーメイトのコマーシャル「見えないもの」編の概要
このコマーシャルは、2020年11⽉21⽇(⼟)からオンエアされました。カロリーメイトのコマーシャルは、受験期の⾵物詩として毎年話題になっているものですが、今年は、新型コロナウイルスの影響を受け、⾒えないものと闘う中で⼼を通わせ合う受験⽣と先⽣の関係を描いていました。
⽣徒役はイギリス留学から戻ったばかりの加藤清史郎さんが、先⽣役は東京03の飯塚悟志さんが演じました。CM楽曲には森⼭直太朗さんの名曲「さくら」を合唱バージョンとして起⽤。森⼭さんが特別に再レコーディングしたそうです。
コロナ禍でこれまで通りの学校⽣活を送ることが出来きなくなります。授業はリモート、部活の野球部の大会は中⽌になります。このような逆境の中で、不安を抱えながらも、ひたむきに頑張る受験⽣と、苦しむ受験⽣と向かい合い続ける先⽣との「絆」が描かれています。
コロナ禍での学校生活、リモート授業の教材を作る先生の苦労、教室の机の消毒、アクリル板などインサートされるエピソードがとてもリアルで、この一年の苦労や不安な気持ちが蘇ってきます。
飯塚さん演じる先生は、ある⽇の授業中、画⾯越しの⽣徒たちに向け、「うまくいかない時に、それでも続ける努⼒を底⼒っていうんだよ」と語ります。授業動画を早送りしその⾔葉を聞き逃していた生徒が改めて動画を⾒直し、その⾔葉に出会います。生徒は、再び机に向かいます。「⾒えないものと闘った⼀年は、⾒えないものに⽀えられた⼀年だと思う。」という⼼の声がナレーションで聞こえてきます。
最後のシーンでキャッチボールする先生と生徒。「先生」、「何だ」、「時々いい事いいますね」、「時々って何だ」という掛け合いの素晴らしさ。短い言葉を通して、二人の関係が見事に表現されています。「映画のワンシーンを見ているよう」という表現がありますが、まさにそんな感じですね。
この作品の配役の素晴らしさ
何よりも配役が素晴らしいと思いました。先生役の飯塚悟志さん。数学の先生のようですが、こういう先生いるんだろうなと思えるようなリアリティ溢れる演技が秀逸でした。普段は東京03でコントをやっておられて、いつも笑わずにはいられない演技なのですが、この作品では、過剰な演技もなく、自然体で、学校の先生を生きておられました。窓の外の雪を眺める姿とか、教室での立ち姿、無言で気持ちを伝える演技、役者として非常に好感が持てました。
そして生徒役の加藤清史郎さん。最初は、それが加藤清史郎さんということに全く気付きませんでした。調べてみてそれがわかりました。コロナ禍での受験生の気持ち、部活の野球部を、大会に出られないまま、引退していく気持ち、将来への不安などを見事に演じていました。イギリスの高校に留学していたようですが、戻ってきてから最初のコマーシャルの仕事がこの作品だったようです。
大河ドラマ「天地人」(2009年)で、直江兼続の幼少期を演じて話題になり、トヨタ自動車のコマーシャルで初代の「こども店長」をやっていたのは未だ記憶が鮮明です。2011年、帝劇のミュージカルの「レ・ミゼラブル」でガブローシュを演じていたんですね。ドラゴン桜 第2シリーズ(2021年4月25日 - 6月27日、TBS)で 天野晃一郎 役で出ていましたが、子供の頃のイメージと、今のイメージのギャップを感じていました。
資料を調べていたら、もともと野球好きで、子供の頃は野球選手になりたいという夢もあったそうです。今回のカロリーメイトのコマーシャルで、彼は野球部という設定なのですが、演技にリアリティがあるのはそういう彼の経歴があるからなんですね。だからこそ、大会が中止になった時の表情とか、バットを素振りするシーンとか、キャッチボールとか、それらのシーンが自然に見えるのだと思います。
画面には出演していないですが、森山直太朗さんの「桜」の楽曲も、その歌詞の内容もこのコマーシャルのストーリーにはぴったりでした。カロリーメイトの受験生応援コマーシャルには、毎回違う楽曲が使われてきたのですが、今回の選曲は、時代の雰囲気にも、広告のメッセージにもぴったり合っていたかと思います。
このコマーシャルの制作を支えたクリエイターたち
冒頭でご紹介したTCCグランプリを受賞したのは、福部 明浩(ふくべあきひろ)さんというクリエイティブ・ディレクター/コピーライターが作ったコピーでした。1976年生まれの福部さんは、何と京都大学工学部を卒業されてから博報堂のコピーライターになっています。この経歴だけですごいですが、過去の作品を見ても、いろいろとすごい仕事をされています。日清食品どん兵衞の「どんぎつね」などもそうなんですが、大塚食品のMatchのCM「青春と数学」編もこの人の作品です。校庭に描かれた数学的な三角形など、さすが京都大学工学部出身という感じがします。
https://youtu.be/-pcvFKl3ny0
今回のカロリーメイトのコマーシャルも数式がいっぱい出てきますね。
そして演出の⽥中嗣久さん。この人「九州新幹線」のコマーシャルで一気に有名になった方です。
そしてカメラの市橋織江さん。この方は、広告写真や、コマーシャルを撮っておられますが、とても自然で飾らない写真を撮る方です。このカロリーメイトの映像の中にも、市橋さんの感性が散りばめられています。撮影は埼玉で4⽇間、70以上にも及ぶカットを撮影したそうなんですが、一つ一つのカットが芸術作品です。
このカロリーメイトのコマーシャルですが、こんなにすごい人たちが関わって、優れた作品となったわけなんですね。
コマーシャルの余韻
この作品はコマーシャルだけでは終わりませんでした。この映像を見て感動した福岡県戸畑高校の先生から御礼の手紙が届きます。そこから始まるドラマがこちらです。
さらにこれをきっかけに「歌のない卒業式に、歌を。」というプロジェクトが始まります。このプロジェクトは、新型コロナウイルス感染拡大防止のために卒業式に歌が歌えない学校も多い中、大切な友達やお世話になった先生へ、思い出と感謝を届ける動画プロジェクトとのことです。詳しくは以下の動画をご覧ください。
すでにキャンペーンは終了していますが、心温まる企画でした。商品を訴求するためのコマーシャルから発展して、コロナ禍で卒業式で歌を歌えなかった学校の生徒や先生たちに、森山直太朗さん、そしてこの企画を支えるスポンサーさんなどが協力して夢を叶えようとしたこの美しい物語があったことを記録として残しておきたくてこれを書いてみました。最後までお付き合いただきありがとうございました。
日本は、コロナ禍の生活を描いた広告が少なく、コロナ前と同じような手法で、企業や商品を訴求しているものが多いので、広告の世界が現実の世界と乖離しているような気がしてならなかったのですが、このカロリーメイトの「見えないもの」という作品は、2020年のコロナ禍を忠実に描き、コロナで影響を受けて辛い思いをしてきたすべての人々の心に寄り添うものとなっています。このような広告作品が作られ、そして賞を受けたことは、非常によかったと思っています。
この広告作品には私は全く関わっておらず、この記事も、全くの利害関係はありません。純粋に、一人の生活者として、このコマーシャル作品のことを語ってみたいと思ったわけです。広告業界に長くいた人間として、この作品が、コロナ禍のこの時期、日本に存在したということをより多くの人に覚えておいていていただけたらと思い、この文章を書いています。
まずこちらがその動画です。
カロリーメイトのコマーシャル「見えないもの」編の概要
このコマーシャルは、2020年11⽉21⽇(⼟)からオンエアされました。カロリーメイトのコマーシャルは、受験期の⾵物詩として毎年話題になっているものですが、今年は、新型コロナウイルスの影響を受け、⾒えないものと闘う中で⼼を通わせ合う受験⽣と先⽣の関係を描いていました。
⽣徒役はイギリス留学から戻ったばかりの加藤清史郎さんが、先⽣役は東京03の飯塚悟志さんが演じました。CM楽曲には森⼭直太朗さんの名曲「さくら」を合唱バージョンとして起⽤。森⼭さんが特別に再レコーディングしたそうです。
コロナ禍でこれまで通りの学校⽣活を送ることが出来きなくなります。授業はリモート、部活の野球部の大会は中⽌になります。このような逆境の中で、不安を抱えながらも、ひたむきに頑張る受験⽣と、苦しむ受験⽣と向かい合い続ける先⽣との「絆」が描かれています。
コロナ禍での学校生活、リモート授業の教材を作る先生の苦労、教室の机の消毒、アクリル板などインサートされるエピソードがとてもリアルで、この一年の苦労や不安な気持ちが蘇ってきます。
飯塚さん演じる先生は、ある⽇の授業中、画⾯越しの⽣徒たちに向け、「うまくいかない時に、それでも続ける努⼒を底⼒っていうんだよ」と語ります。授業動画を早送りしその⾔葉を聞き逃していた生徒が改めて動画を⾒直し、その⾔葉に出会います。生徒は、再び机に向かいます。「⾒えないものと闘った⼀年は、⾒えないものに⽀えられた⼀年だと思う。」という⼼の声がナレーションで聞こえてきます。
最後のシーンでキャッチボールする先生と生徒。「先生」、「何だ」、「時々いい事いいますね」、「時々って何だ」という掛け合いの素晴らしさ。短い言葉を通して、二人の関係が見事に表現されています。「映画のワンシーンを見ているよう」という表現がありますが、まさにそんな感じですね。
この作品の配役の素晴らしさ
何よりも配役が素晴らしいと思いました。先生役の飯塚悟志さん。数学の先生のようですが、こういう先生いるんだろうなと思えるようなリアリティ溢れる演技が秀逸でした。普段は東京03でコントをやっておられて、いつも笑わずにはいられない演技なのですが、この作品では、過剰な演技もなく、自然体で、学校の先生を生きておられました。窓の外の雪を眺める姿とか、教室での立ち姿、無言で気持ちを伝える演技、役者として非常に好感が持てました。
そして生徒役の加藤清史郎さん。最初は、それが加藤清史郎さんということに全く気付きませんでした。調べてみてそれがわかりました。コロナ禍での受験生の気持ち、部活の野球部を、大会に出られないまま、引退していく気持ち、将来への不安などを見事に演じていました。イギリスの高校に留学していたようですが、戻ってきてから最初のコマーシャルの仕事がこの作品だったようです。
大河ドラマ「天地人」(2009年)で、直江兼続の幼少期を演じて話題になり、トヨタ自動車のコマーシャルで初代の「こども店長」をやっていたのは未だ記憶が鮮明です。2011年、帝劇のミュージカルの「レ・ミゼラブル」でガブローシュを演じていたんですね。ドラゴン桜 第2シリーズ(2021年4月25日 - 6月27日、TBS)で 天野晃一郎 役で出ていましたが、子供の頃のイメージと、今のイメージのギャップを感じていました。
資料を調べていたら、もともと野球好きで、子供の頃は野球選手になりたいという夢もあったそうです。今回のカロリーメイトのコマーシャルで、彼は野球部という設定なのですが、演技にリアリティがあるのはそういう彼の経歴があるからなんですね。だからこそ、大会が中止になった時の表情とか、バットを素振りするシーンとか、キャッチボールとか、それらのシーンが自然に見えるのだと思います。
画面には出演していないですが、森山直太朗さんの「桜」の楽曲も、その歌詞の内容もこのコマーシャルのストーリーにはぴったりでした。カロリーメイトの受験生応援コマーシャルには、毎回違う楽曲が使われてきたのですが、今回の選曲は、時代の雰囲気にも、広告のメッセージにもぴったり合っていたかと思います。
このコマーシャルの制作を支えたクリエイターたち
冒頭でご紹介したTCCグランプリを受賞したのは、福部 明浩(ふくべあきひろ)さんというクリエイティブ・ディレクター/コピーライターが作ったコピーでした。1976年生まれの福部さんは、何と京都大学工学部を卒業されてから博報堂のコピーライターになっています。この経歴だけですごいですが、過去の作品を見ても、いろいろとすごい仕事をされています。日清食品どん兵衞の「どんぎつね」などもそうなんですが、大塚食品のMatchのCM「青春と数学」編もこの人の作品です。校庭に描かれた数学的な三角形など、さすが京都大学工学部出身という感じがします。
https://youtu.be/-pcvFKl3ny0
今回のカロリーメイトのコマーシャルも数式がいっぱい出てきますね。
そして演出の⽥中嗣久さん。この人「九州新幹線」のコマーシャルで一気に有名になった方です。
そしてカメラの市橋織江さん。この方は、広告写真や、コマーシャルを撮っておられますが、とても自然で飾らない写真を撮る方です。このカロリーメイトの映像の中にも、市橋さんの感性が散りばめられています。撮影は埼玉で4⽇間、70以上にも及ぶカットを撮影したそうなんですが、一つ一つのカットが芸術作品です。
このカロリーメイトのコマーシャルですが、こんなにすごい人たちが関わって、優れた作品となったわけなんですね。
コマーシャルの余韻
この作品はコマーシャルだけでは終わりませんでした。この映像を見て感動した福岡県戸畑高校の先生から御礼の手紙が届きます。そこから始まるドラマがこちらです。
さらにこれをきっかけに「歌のない卒業式に、歌を。」というプロジェクトが始まります。このプロジェクトは、新型コロナウイルス感染拡大防止のために卒業式に歌が歌えない学校も多い中、大切な友達やお世話になった先生へ、思い出と感謝を届ける動画プロジェクトとのことです。詳しくは以下の動画をご覧ください。
すでにキャンペーンは終了していますが、心温まる企画でした。商品を訴求するためのコマーシャルから発展して、コロナ禍で卒業式で歌を歌えなかった学校の生徒や先生たちに、森山直太朗さん、そしてこの企画を支えるスポンサーさんなどが協力して夢を叶えようとしたこの美しい物語があったことを記録として残しておきたくてこれを書いてみました。最後までお付き合いただきありがとうございました。