森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

一番効くやつをくれ!

2006年06月12日 19時14分34秒 | 過去ログ
年々,疲労が遅れてくる.
朝すでに前兆は出ていたが,身体が動かず.
職場には行くが,精神は動かず.
そのまま授業をするが,劇場型授業には届かず.
それでも伝えたいことはいうが,少し歯切れが悪い.
これは,伊豆の講演でも感じた.
同じことを繰り返し言っているような現象である.

大学院申請書類がいくつもあり,いろいろ書かないといけないと思いつつ,手が動かず.
明日までだが,なんとかなるだろう.
今日はしない.

大学院,私学にしては「リーズナブル」だと思います.
畿央大学大学院健康科学研究科
健康科学専攻運動行動学部門神経リハビリテーション研究室をよろしくお願いします.


昼休みに隣のエコールマミの薬局で恥も外聞もなく,「一番効くやつをくれ!」と言った.
一日でいいから「ゴロゴロ」したいという些細な欲求が生まれている.
復調しない限りはいい仕事ができない.
やっつけでなく,クリエイティブな.
マズロー欲求階層が記憶からよみがえる.

こういうときは「感情」は動き,逆にいい講義となる場合も時にはあるが(つまり情報が自分のものに整理されている),「理路整然」なクレバーな講演が本望なので,時間がないと,それは演出できないな.

伊豆では三田先生の新車WISHに乗せていただいた.
最近,半年ぐらい,車を運転していない自分に気づく.
蛍を見た環境から,大阪のアスファルトな人混みに.
環境との相互作用を行う有機的な生物なら,この環境の違いは心身に現れるはずである.
この平面,垂直な環境では,ボディはとぎすまされない.
凹凸を感じとる身体.
日頃使わない感覚を使う.
それは身体感覚だけでなく,嗅覚などで感じる共感覚的なものもである.
都会では不快な嗅覚は作動するが,伊豆では心地よいと感じるものが作動した.
それを人工的に生み出そうとしても限界があると思う.
公園など,さまざまなところで工夫がされているが,そうした共感覚的なものは生み出されないと思う.

そうであれば,隠喩的な表現の乏しい,ますます創造力のない,子供たちが大量に生産されるのではないか?
そうすれば,世の中,物理的なもののみに左右される価値観が生まれる.
その前兆は現れている.

「きれいな世界」に見えるが,それは「機械」の住み着く場所である.




神経系理学療法学実習A 6月12日

2006年06月12日 10時57分01秒 | 過去ログ

神経系理学療法学実習Aは、6月8日(木)に予定していた神経系理学療法学Aの講義資料に基づき進めます。

木曜に使う予定だった資料を持参してきて下さい。

「脳卒中最前線」もです。

神経系理学療法学実習A’は前回の続きを行いますが、少し「症例」の情報を変えています(これからの話の展開が安易になるため)。

本日のPDF資料を森岡研究室よりダウンロードして持参してきて下さい。

なお、グループワークとし、次週より発表・討議を課す予定です。

その際、みんなから要望のあったフィードバックを行いたいと考えています。

自由な討議を期待します。

本日、グループを構成して下さい。

なお、発表内容・討議態度は、前期の単位認定の一部の素点とします。

それに関しては、本日伝えます。