逗子にあるキリスト教会の逗子第一バプテスト教会です。

牧師のつれづれ日記、地域情報、教会の様子を紹介します。

祈りの中の沈黙

2023-02-28 14:59:30 | 説教要旨
2023年2月26日 主日礼拝宣教
「祈りの中の沈黙」 詩篇62編1-9節
 祈りは神との対話。こちらから話すこともあるが、時として神からの言葉を聞くときでもある。だから、祈りというものは、すべて始めから終わりまで自分がしゃべり続けることではない。祈りにおいていつもわきまえておかなければならないのは、神の言葉を聞く姿勢を造るということだ。口で言えば簡単そうに思えるが、これは案外難しい。たとえば黙禱をしていても、それが、口が動いていなくても、心の中でしゃべり続けているならば、それは同じこと。
 詩篇62編の詩人はこう言っている。「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。神にわたしの救いはある。神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない」(1-2節)。このみ言葉は私に常にチャレンジを与え、かつ励まされるみ言葉である。このみ言葉がわたしの生活の中で、どんなに大きな力を持ってきたことかと思う。私たち人間は、苦しい時、つらい時、悲しい時、不思議なことに、ずいぶんおしゃべりになるものだ。ただそれは、ある相手に対して文句を言い続けるというようなものではない。むしろ、他人に対しては、無口になるのかもしれない。しかし、誰に対しても口数が少なくなったということは、かえって、その内心において自分自身に向かってしゃべり続けているということがあるものだ。言い訳があり、他人への非難があり、悔いがあり、そうした様々な思いを呟き続けている。それは祈りにもならない。そうなれば、むしろこの詩編のみ言葉の反対だろう。「わたしの魂は沈黙し、ただ神に向かう」どころではない。わが魂は沈黙せず、しゃべり続け、神に向かうこともなくなる。もう神を信頼することもなく、むしろイライラしてしまう。何かに対して腹を立ててしまったりする。そういう時に、この詩編の御言葉が語りかけてくれる。それではダメではないか、沈黙することを学ばなければならない。今こそ、知るべきことは黙ることなのだ、と語りかけてくる。これはチャレンジであり、同時に励ましである。
 この62編の詩人の「沈黙」は信頼に満ちている。神が語ってくださるのを待つのである。口語訳聖書では「わが魂はもだしてただ神を待つ」と訳されている。どんなに動揺しても、自分が「いたく動かされる」ことはないと知るところから生まれる沈黙である。
 続けて、詩人は4~5節で、自分に襲い掛かってくる災難、たくらみについて次のように言っている。「お前たちはいつまで人に襲いかかるのか。亡きものにしようとして一団となり、人を倒れる壁、崩れる石垣とし、人が身を起こせば、押し倒そうと謀る。常に欺こうとして、口先で祝福し、腹の底で呪う」。そして、この後ですぐ、次の御言葉が続く。2,3節と同じような内容の言葉が並ぶ。「わたしの魂よ、沈黙して、ただ神に向かえ。神にのみ、わたしは希望をおいている。神はわたしの岩、わたしの救い、砦の塔。私は動揺しない。わたしの救いと栄えは神にかかっている。力と頼み、避けどころとする岩は神のもとにある。民よ、どのような時にも神の信頼し、御前に心を注ぎ出せ。神はわたしたちの避けどころ」。
 この沈黙は心を注ぎ出す沈黙。待つことに集中する。この沈黙は神に向かって心を注いでいる。神に向かって心を開いている。硬くなった心が生む沈黙ではなく、心を柔らかにする沈黙。心の鍵を神の御腕に委ねるような心である。この沈黙は、マタイ福音書6章8節「 あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。」という主の約束を信じ切っているところから生まれる沈黙である。
 この詩編62編の御言葉は、弱く欠けだらけで疑い深い私たちにチャレンジを促す。同時に励ましの御言葉となる。このように、御言葉に生かされつつ歩むことのできる信仰の恵みに感謝である。
 昔から教会の歴史の中で沈黙の祈りが重んじられてきた。この詩編62編のいう沈黙の祈りというのは、口に出して祈っていようが、黙々と祈っていようが、その私たちの祈りの言葉が中断し、真実の意味で黙ってしまうことがある。それは、私たちの側から言えば、空しくなること。空っぽになることである。しかし実は、それは空しいどころか、むしろこれは、充実した沈黙である。人間の言葉が満たすのではなく、神の言葉に満たされる沈黙なのである。それは信頼に満ちて、動かない思いで、神にすべてを明け渡す沈黙である。この時、祈りが満たされるのである。
 「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。」これは、私たちの祈りの心に深く刻みつけるべき喜びの御言葉である。

他者の存在

2023-02-24 15:31:00 | 花・植物
これは昨年9月の木パト逝去者を偲ぶ会 墓前での奨励です。
木パトの活動の一環です。もっと詳しく知りたい方は「木パト」のホームページをご覧ください。そして、できることがあればご協力ください。
   
2022年9月25日(日)午後 柴胡ケ原墓地:無縁者墓地前
杉野省治(木パト相談員、逗子第一バプテスト教会牧師)
 先週の朝日新聞(9月23日)に神里達博さん(千葉大学大学院教授)が、「『共同体』すり減る日本」と題した文章を書いていました。彼の言う「共同体」とは日本では、企業、学校、労働組合,NPO、農協などの職業集団、宗教団体などであるといいますが、もう一つ欠かせない共同体があります。それは地域です。具体的には昔から言われている「向こう三軒両隣」から始まり、町内会(自治会)など日常生活を送る地域共同体です。神里さんは、地域も含めた共同体がすり減ってきている、と言います。その結果、最後の砦は家族だろうけれども、最近は、格差社会の進展で、家族すらも頼りにできない人が増えている、と言っています。そして最後は「個人の孤立」に追い詰められている。それが今の日本の社会の姿だというのです。その表れが、「葬儀の消滅」という事態に見て取れるというのです。確かに昭和の時代までは、様々な共同体が葬儀に関わりお手伝いをし、参列者も多かったものです。そういえば「社葬」というのもありましたね。葬儀だけではない。子育てなども近所同士で子どもを見守っていました。隣近所での味噌醤油などの貸し借りも日常的に行われていましたね。お互い様の精神であります。いわゆる「共助」です。
神里さんはこの「共助」の衰退が、近年の日本社会の弔いの急速な簡素化に見て取れると言うのです。通夜や告別式などの儀式を行わない「直葬」も増えてきていると言います。彼は最後に「ともかく、死者をないがしろにするような時代は、きっと生者にとっても、生きづらい」と締めくくっています。「確かにそうだよな」という共感を覚えました。
 「死者をないがしろにする」にしろ、「生者にとっても、生きづらい」にしろ、この文章でのキーワードは「共同体」でしょう。人と人とのつながり、関係性です。人は一人では生きられません。他者を必要としています。他者があって自分が存在するのです。奥田知志さん(NPO法人「抱樸(ほうぼく)」理事長)は「時に人は自分のことがわからなくなる。そんな時に思い出させてくれるのが他者の存在だ」とあるところで書いています。多くの人との出会いが失われた自分を取り戻していくのです。木パトはそのような関わりの中での働きを大切にしていると思います。
 そのことの表れが、木パトの方々がシェルターを出た後も関わり続ける活動に見て取れます。定期的に訪問し、豚汁、果物などの差し入れやその後の生活などについて相談にのっています。それは時に看取りまで続きます。葬儀、納骨までお世話することもあります。そして死後もこのように毎年墓前での「偲ぶ会」を行って、関わり続けています。それは、生きづらさを抱えている人や苦しい生活を強いられている人々の励ましになるでしょう。「死んだ後も私のことを覚えてくれている、偲んでくれる」。それは、社会から孤立しがちな方たちの励ましや慰めとなっていることでしょう。そのような息の長い関わりの中で、一人ひとりが自らの生き方を少しずつ取り戻していくことでしょう。

キリスト者として生きる

2023-02-24 15:25:26 | コラム
 昨年(2022年)の5月に書いたコラム。

 今年も憲法記念日(3日)がやってくる。自民党政権は平和憲法の理念をより現実的に追及する政策を展開せず、真逆の「戦争のできる国」づくりのための改憲へと突っ走る。
 今回渡辺和子先生の『面倒だから、しよう』(幻冬舎2013)の中の言葉、「平和を唱えるだけでなく、生きる」から学びたい。主イエスのみ言葉の「平和を実現する人々は、幸いである」(マタイ5:9)は皆さんもよくご存じだろう。渡辺先生も、「平和を願う祈りを唱えることも大切ですが、より大切なのは、実行なのです」と書かれている。さらに「信仰は持っているものではなく、生きるもの」とおっしゃる。その通り!と深くうなずいた。信仰はアクセサリーではない。「キリスト者である」ではダメ。「キリスト者として生きる」ことが大事。その具体的な生き方が神を愛し隣人を愛することへと収斂されていくのだろう。その生き方を渡辺先生から学んだ。

共に生きる

2023-02-08 18:10:55 | 木パト
 下記の文章は、特定非営利活動法人 木パトの「ニュースレター」に寄稿したものです。昨年5月に寄稿したもので少し前のものになりますが、木パトの活動を広く知っていただき、協力してくださる方が少しでも増えればと願って載せました。相模原市を中心に活動しています。ホームページをご覧ください。
 共に生きる  杉野省治(木パト相談室相談員)
 こんにちは、杉野省治と申します。逗子第一バプテスト教会の牧師をしています。よろしくお願いします。4年前に平塚より相模原に戻ってきました。平塚では木パトと同じ野宿者や生活困窮者,DV被害者などの支援活動をしていました。その時に何度か木パトの藤谷さんにお世話になったことがあります。そんな縁で、相模原に戻ってから2,3度、木パトから声がかかって引っ越しのお手伝いをさせていただきました。
 そして今度は3月から相談員に誘われて、皆さんと一緒に活動を始めることになりました。いまだ現役で仕事をしている上に、70を超え体力、気力、知力の衰えは隠せず、出来ることは限られますが精一杯取り組みたいと思います。
 平塚と違って。木パトは活動量や予算、人材も豊富で、大変すばらしい働きをされていると思います。特に、平塚ではなかなか手が行き届かなかったシェルターからアパートなどに転居した後のフォローがしっかりなされていることです。共に生きることの証左ですね。助け助けられ、お互いさまを大事にしたい。
 最近、シェルターから東京都に転居されたKさんの引っ越しを手伝った時、彼がつくづくシュエルターに来た日に豚汁をもらって食べ始めたら涙がこぼれて仕方がなかった、と私に話されました。本当にうれしかったと、何度もお礼を言いながら、これからしっかり自立できるように頑張りますとさわやかな顔で言われて別れました。たかが一杯の豚汁、されど心暖め、励ます一杯の豚汁。

ひとりの少女の願いから誕生 聖書協会

2023-02-08 18:08:11 | コラム
 今から200年以上前に、ウェールズ地方の貧しい家に生まれたメリー・ジョーンズという少女の「自分の聖書が欲しい」という純真な思いが聖書協会の誕生のきっかけとなった、といいます。
 当時、聖書は大変高価で、メリーの村の教会にも、一冊しか置かれていませんでした。「聖書を自国の言葉で自由に読むことができたら」。この熱い思いを胸に、彼女は6年間コツコツお金をため、遠くの町まで歩いて、1冊のウェールズ語の聖書を買い求めて出かけたのですが、彼女が望んでいた聖書の在庫がありませんでした。それを聞いたメリーは泣き出してしまい、彼女を見て不憫に思ったトーマス・チャールズ牧師は代わりの聖書を安く譲りました。
 「世界には、メリーのように、聖書が欲しい、自国の言葉で読みたい、と思っている人がたくさんいる。その願いにこたえよう。」チャールズ牧師の呼びかけで、1804年、世界で最初の聖書協会がイギリスで誕生しました。現在では240の国と地方に聖書協会があり、聖書の翻訳・頒布が進められています。