まあ、多くの人がレビューを書いているので読んでみると、案外「つまらない」と酷評している人が多いモノですねえ。
さて自分はというと、ともかく理解するのに頭がついていけない感があり、それは、セリフのやり取りに散りばめられた「笑い」の要素を理解するのに時間がかかるということです。
笑いについては素人の私が、お笑い論的な要素が多くを占めるこの小説をちゃんと理解したいと思いながら読むのには、かなりの思考が必要でした。
これは、芸人さんだからこそ書ける小説です。そして、笑いについて突っ込んだ人でないと書けないし、読んでもあまり理解できないのではないかと感じました。
「笑い」とはなんぞや? 「漫才師」とは? を語れる方は多くいらっしゃると思うし、そのなんぞやにも、いくつもの考え方があるはずで、「火花」では、その一端を知ることができ、又吉さんが、笑いについて今まで考えてきたことや、悩んできたこと、分析してきたことが垣間見えました。
小説の流れとしても、私が思うには、ある意味定石的な構成としてまとまっていたのでは? と思います。それがいいか悪いかは別として・・・。
話は戻りますが、私は関西人なので、セリフに出てくる関西弁の言い回しがよく理解できますが、これが他の地方の方となると、もっと理解するのにハードルが高くなるのではないかと感じました。
あと、実際はちがうと思いますが、私は「神谷さん」の顔として、どうしても岡八郎の顔が浮かんで仕方が無く、それを頭の中で消すべきか、消さざるべきかと常に悩みながら読みました。何故、岡八郎なのかは自分でも分かりません。だって、彼は漫才師ではないしねえ。
そして、どんな職業であれ、若いときに「かくあるべき」とか「いかにあるべきか」を仲間や先輩と意見を戦わすことがあると思うのですが、自分がそうであった時代を懐かしく思いましたね。
又吉さんが次に書くとしたら、何を書くのでしょうか? 「火花」はかなりリアルな私小説的な作品だから、ここまで書けたと思うけど、聞いたことがあるんですが、芥川賞作家の多くが、第二作・第三作とだんだんしんどくなってくるらしいですね。まあ、それは自然なことだと思います。また違う角度のお笑い論小説を書いてくれるといいかな?
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