
今回の松山旅行は、江田島から毎回参加している級友が、「広島港にいる『黒い船』に乗りたい」と言ったことが始まりです。
タカ長は広島港にどのような船が就航しているのかまったく分かりません。その話を聞いて調べたら、その船はシーパセオでした。

その船で出発です。それは良いのですが、シーパセオは広島港の端の方に着岸して、乗りこむまでが大変でした。グループには足の痛い人がいるのです。

座ったのは最前列。春の瀬戸内海クルージングの始まりです。
今回の参加者はクラス会の常連ですが、それでも話すことはいくらでもあります。不思議なくらい退屈しません。

男子の参加者は3名で、行く時はT君とS君が話していました。
松山についてT君が言いました。「S君とゆっくり話が出来て良かった」と。2時間以上、同じ人を相手に何を話すのだろうか、と思いました。

帰りもタカ長は最前列。今度はS君がタカ長の隣にすわりました。隣に座ったらおしゃべりが始まります。
おしゃべり時間は2時間以上あります。気がついてみればずっと話していました。その話は現役時代の仕事の話から、幼少ころの原爆が落ちたときのはなしまで、とにかくいろいろ話しました。
そのような話をして、お互いの理解がより深まったように思いました。前日、T君が言っていたのはこのことだったのです。

シーパセオは音戸の瀬戸を通過。向こう側が第2音戸大橋です。
その第2音戸大橋をあここに据え付ける作業の見学会に来たことを思い出しました。工場で作った大きな橋を台船に乗せて現地に運んで据え付けるのですが、その作業はミリ単位の精度が要求されます。
ミリで言えない時はどうするのかと質問したら、「右側を心持ち上げろ」と言うような指示すると説明員の人が話されたのを今も忘れていません。
あの重い物を台船で運んで、ミリ単位の精度で所定の位置に持って行くのも驚きですが、その数字で表せないところは「心持ち」と言うことばで表現していることに驚いたものです。
と言う思いで話は、松山旅行の「付録」です。