「見仏」と「札所巡り」と「仏教少々」

仏像鑑賞と札所巡りと受け売りの仏教を少し

東京国立博物館、特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」

2013-03-15 16:10:44 | 見仏(特別展)
仏師円空とその仏像の紹介。

今の岐阜生まれ。63才の生涯。
関東、東北、北海道へも旅に。関東にも円空仏が残っている。
飛騨の木を多く利用(飛騨の木ってそんなに特徴あるのかなと
いう気もする。飛騨牛みたいに差別化できるのだろうか。)

彫った仏像神像の数は十二万体ともいわれ、
現存は五千体台もある。
作風は作りかけと思われるような仏もあるが、
一応完成系なのだろう。

絵の世界で言うと、ピカソ作品のような斬新な
ものだと思う。ビデオの解説では、
「最小限の作意で最大限の効果」。
なるほど。

見所は、千手観音、不動明王、両面すくな座像、立ち木仁王。
立ち木仁王~「タイのアユタヤにある木に取り込まれている
仏像の顔」に通じる。
生きた木に直接、仏像を彫るというもの。
仏像によっては、お腹から足元にかけて人魚のような
デザインのものもある。
有名な仏師の先人に比べると、
仏像の細部、お顔・お体の曲線などは
表現をはしょっているような気がしないでもない。

これらの仏像の中でも一部、自分でも努力すれば
同じように彫れるかもと思ってしまうが、
そうは簡単にはいかないのかもしれない。

木と一体感を持たせた作風。寄木作りのような発想はなく、
切った木をそのまま活かす手法。

円空を世に紹介した人は、
ある種チャレンジャーのような・・・
気がしないでもない。

ちょっと、辛口で、失礼しました。



博物館の常設の仏像について:
薬師寺聖観音菩薩のレプリカ。
美しいお顔だちをしている。肌色が茶いろっぽい。
写真OKなので、何枚か写真を撮った。

掛軸の十六羅漢像。
耳たぶのところが大きく穴が空いていて、
イヤリングがはめられている。
現存する僧侶の方で、こんな風にイヤリングを
している人がいるなら、実際に見てみたい。

掛軸の真言八祖像。
空海だけはよくわかるが、
恵果その他誰が誰だかよくわからない。
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本の紹介 みうらじゅんMY仏教

2013-03-11 21:11:34 | 本の紹介
見仏の祖、みうらじゅんの著書。この本を読んだ。
この本の覚書、気になったところ・・・

・小学生低学年のころ、怪獣ブームで、怪獣に興味
・小学生高学年のころ、個人的な仏像ブーム。
 祖父の影響によるもの。
・中学・高校一貫校、永観堂近くの仏教系。
 自分の家がお寺でないが
 将来、住職になりたいと考えていた。
 仏教系の学校なので、仏像に関して話が
 できると思いきや、周りは仏像に関心がなく、
 少し発想が浮いていた。
 そうこうしているうち、フォーク、ロックにのめりこみ、
 仏教とは縁が少し遠くなる。
 横尾忠則に影響を受け、美術大学へ進学。
・美術大学在学中に、漫画デビュー
・大学卒業後、いとうせいこうと出会い、
 大日本仏像連合(大仏連)を結成。
 おなじみ「見仏記」発刊。流行語大賞「マイブーム」。

ここから、仏教に関係すること
・日本仏教は「フリーコンサート」
 多くの日本人は、宗教はタダだと思う傾向にある。
 日本人は、少ない投資で 大きな利益を得ようとする。
 フリーコンサートは、入場料が無料な分、
 時によりいっしょうけんめい聞こうとしない。
 これが有料になると、元をとろうと、いっしょうけんめい
 聞こうとする。有料の「檀家」になれば、お布施をすれば、
 それだけ集中して、仏教に関心を持つ。
 また、仏教が無料だという意識が、
 仏教を人気のないものにしている。
・他人との比較が苦しみの原因とするなら、・・・
 つらいときに、
 「そこがいいんじゃない」と思い、唱える

 ようにしている。
 そう発声する訓練をしておくと、
脳が「そうなんだ」と思うようにしむけることができる。
・諸行無常
  省略
・諸法無我
 いかなるものにも実体がないという考え。
 あらゆるものは流動的で一時的な状態を示すだけ。
 自分の存在もないとしている。
 自分を探す旅というのがあるが、
 むしろ自分なくしのほうが望ましい。
・ご機嫌取り
 悪い意味で使われることが多いが、
 自分なくしという意味でもよい。
 相手のご機嫌を取ること=自分なくし。
 ご機嫌取りは、菩薩行でもある。
・比較三原則
 他人と過去と親兄弟と比較しないこと。
 比較して落ち込むのでなく
 自分は自分という意識を持つ。
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5年ぶりの鎌倉、高徳院

2013-03-02 15:40:01 | 見仏(神奈川)
バスを乗り継ぎ、15:40高徳院に到着。
これで今回の鎌倉見仏は終わりにすることにした。
もう疲労がたまっているのもあるし、
次のお寺に回るのに拝観時間がすぎそうでもあるし。

高徳院は、いわずとしれた鎌倉大仏がいる場所である。
国宝という文字に、改めて、そうなんだと思う。
そういえば、鎌倉で国宝の仏像は、鎌倉大仏だけらしい。

鎌倉の仏像はやっぱり、
奈良、京都のそうそうたる仏像に比べると、
見劣りするところは確かにある。
国宝も奈良、京都に多い。
まあ、国宝であれば、いいというわけではないけど。
一応、国宝というのは目安にはなる。
鎌倉仏教の特徴は、浄土宗とか禅宗とかがはやりなので、
仏像に重きを置く傾向にはなかったのかもしれない。


鎌倉大仏は、かつては、建物の中にいたらしいが、
津波か何かで、野ざらし状態になった。
青銅なので、青くさびた状態になり、
今の肌色になっている。

こちらは、外国人の観光客も数多い。
仏像ファンでなくても、鎌倉観光のスタンダード。
体内に入ることもできるようになっているが、
現実を見てしまうので、体内には入らないことを
お勧めしたい。

これにて、今回の3月2日の鎌倉見仏終了。
3月の近いうちに、また鎌倉見仏予定。
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5年ぶりの鎌倉、長谷寺  

2013-03-02 14:50:03 | 見仏(神奈川)
鎌倉国宝館をあとにして、京急バスの八幡宮バス停乗車、
鎌倉駅でバスをのりつぎ、長谷観音バス停下車。
徒歩10分ほどで長谷寺到着。約14:50。
こちらは、外国人観光客もちらほら見かける。

最初に阿弥陀堂へ。
3mほどはあろうかという阿弥陀如来坐像。
金色も比較的多い。
他の参拝者がたたみの上に上がっているのを見て、
自分もたたみの上に上がった。
最初は、あぐらをかいて拝んでいたが、
最後は、肩肘をついて、少しねっころがった。
後方では、お賽銭をいれ、
お参りする参拝者がいるのに・・・。

バスを多用したが、この時間ころになると、
疲労がたまってきた。
しばし阿弥陀堂でくつろいだのち、観音堂へ。
もうこれで三度目くらいにはなるだろうか。
新鮮味と、体の疲労で、自分がさほど、
驚いていないことに気がつく。
そこには、10m級の十一面観音がいるのに。
でも、そのこうごうしさは、とても感じた。
阿弥陀堂と同じように、たたみがあったなら、きっと、
ねそべって十一面観音を見上げながら、
くつろいだに違いない。

観音堂の横の別料金の宝物館に入った。見所は
80cmほどの観音がへんげした33応現身立像。
八部衆の中の怖目の阿修羅像をはじめさまざまな像が
ガラスケースの陳列の中にいた。

次は、高徳院へ。再びバスで移動。
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5年ぶりの鎌倉、鎌倉国宝館

2013-03-02 13:30:04 | 見仏(神奈川)
13:30頃、到着。

国宝館といいながら、仏像については、国宝がいない。
まとまって仏がみれるという点では、
400円の入場料は、まあ妥当か。

前に来たときの印象と少し変わってくるもんだと思う。
十二神将は、自分の記憶では12体いなかったと思う。
今回は12体。ちょっと気になったのは、
肌質が塗料で茶色っぽくなっていて、
補修でそうなったのかと思ってしまった。
少し、古い感が薄れている。
もともとは、あざやかな極彩色で、それが、徐々に
老朽化してきて、いい感じの古さになるという
パターンなのだが・・・。
ちょっと辛口になってしまったが、こちらの十二神将は、
鎌倉・江戸時代作で、目が玉眼で、
「怖さ」が引き立っている。
中には、青色の玉眼。なぜ青の玉眼なのだろう。
西洋人のよう。
また、中には、これは黒人のスポーツ系宣教師?
と思わせる風貌の神将もいた。
こちらでは、十二神将が目玉だと思うし、
四方に三体づつ並べられている。
なごり惜しい気持ちでその周りを合計4回ほどは回った。

十二神将以外には、円応寺からの提供されている閻魔大王を
補佐する王、罪状を読み上げる具生神像。
その他いろんなお寺から提供されている仏などがいた。






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5年ぶりの鎌倉、宝戒寺

2013-03-02 12:55:20 | 見仏(神奈川)
大学前バス停で下車。そこから徒歩5分ほど。

12:50頃到着。

こちらは、天台宗のお寺。
梅が咲く撮影スポットにもなっている。
本堂には、靴を脱いで入ることができ、
いくつかある仏を比較的、近くから見れた。

真ん中の地蔵菩薩は、味わいのある姿をしていた。
他にも閻魔大王など何体かいた。

受付で入山料100円ほどを支払ったとき、
「おまいりしていかれますか」と
いわれたような気がしたが、
それには応じなかった。

本堂以外に見れるところがあったのだろうか。
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5年ぶりの鎌倉、覚園寺(かくおんじ)

2013-03-02 12:15:26 | 見仏(神奈川)

英勝寺での見仏を終え、徒歩で鎌倉駅まで戻ってきた。
4番バス停に着くと、ちょうど、
大塔宮行きのバスが止まっていた。
さっそく乗り込み、大塔宮で下車。
自分以外のバス乗客者は、
鎌倉宮のほうへ流れていった。
そこから、徒歩10分程度、12:15頃、覚園寺着。
どうやら、拝観時間が決められているようで、
一時間間隔くらい開始で、約50分かかると書かれてあった。
このとき、次回が13時からで、
時間が空いてしまうことになった。
後ろの予定にも響いてくるので、
今回はあきらめることにした。

しかし、この決定が、後で少し後悔することになった・・・。
後で鎌倉国宝館で展示されていた十二神将は、まずまずの
できばえのものだったのだが、そこに書いていたト書きに、
覚園寺型の十二神将と類似と書かれてあり、・・・
ということは、この覚園寺の十二神将は、期待できそうな
存在であったはず。まあ、次回に。

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5年ぶりの鎌倉、英勝寺

2013-03-02 11:10:52 | 見仏(神奈川)
浄光明寺から徒歩約5分のところ。
11:10頃、英勝寺着。

尼寺、浄土宗。


入山料を払おうと受付に行ったが、人がいないようだった。
小銭なら、その場でお金だけ置いておけばよいような
雰囲気だったが、
1000円札しかなかったので、呼び鈴を押した。
おばあさんがでてきたと思ったら、
突然黒いものが飛び出してきた。
プードル系の犬だった。
顔を近づけたら、なめられそうになった。

こちらは、竹林がなかなかのものだった。
梅の花も咲き、撮影スポットでもあるようだ。

さて、仏のほうであるが、
まあ大体予想したとおりのやや小ぶりな阿弥陀如来。
浄土宗らしい現代風な一般的な仏。
金ぴか度からすると、かなり新しいもののようだった。

その他、パンフレットに書いてあったこと・・・。
徳川家康にちょう愛されていたお八という女性。家康の
戦にお供、連戦連勝したというのもあり、お八という名前を
お勝に改名。家康がなくなった後、
お勝は出家し尼僧「英勝院」となり、
「英勝寺」を開いた。これが今に至る。
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5年ぶりの鎌倉、浄光明寺

2013-03-02 10:45:40 | 見仏(神奈川)
建長寺バス停から、バス乗車。
八幡宮前下車。そこから徒歩20分ほどたったろうか。
案内表示を見ながら、10時40分頃なんとか
浄光明寺に着いた。

一見、見仏向きのお寺ではないような雰囲気だが、、、。
奥の石階段を登ったところに、受付があった。


正面の本堂には、三世仏。金色がめだつ。
聞けば、昭和の作とか。
確かに仏像のつくりが現代風で、人間らしい仏像。
この三世仏は、過去現在未来を表す。

左手の建物のほうには、阿弥陀三尊。中央の立像阿弥陀如来が
ひときわ大きい。
話しかけてくる受付のおじさんに、
素直に仏像の印象をぶつけてみた。

阿弥陀如来なのに、なぜ宝冠をかぶっているんですか?
大日如来でもないですし。
→理由はわからない。
 いつころからか・・・(真言宗のお寺だから
 真言宗のスタイルを取り入れたのかも・・・と
 勝手に自分は思った)

(阿弥陀如来なのに)手の印(説法印)がめずらしいですよね。
→かつては、宗派を越えた修行の場所でもあったので、
 説法印になってます。

それにしても、阿弥陀らしくないお顔だちですよね。
(阿弥陀如来は顔がややでっぷりな感じが多いが、
 この仏は、細身で、菩薩系のやさしい顔立ちであった)
→いろんなところにまわっているんですねぇ。


観光本には、大きく出ていないお寺だが、見仏としては、
仏像の説明も積極的にしてくれるし、穴場的なお寺だった。
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5年ぶりの鎌倉、円応寺

2013-03-02 10:00:04 | 見仏(神奈川)
鎌倉見仏は、これで3度目くらいだろうか。
日帰り1日で、鎌倉をめぐってきた。

9時鎌倉駅着。
予定通り、鎌倉駅の観光案内所で、
頼朝切符を買って回ることにした。


最初に、鎌倉駅から、2番バス停から大船駅方面のバス乗車。
10時頃、建長寺バス停で下車。
このバス停から数分歩いたところに、円応寺。

臨済宗のお寺。
禅寺ではあるが、見仏に値する仏像がいる。
仏像といっても多くはスタンダードな仏像ではない。
閻魔大王をはじめ、閻魔大王を補佐する各種の「王」が
10体近くいる。

各王は、それぞれ、菩薩の化身という形のようだ。
文殊菩薩、普賢菩薩・・・など。
地蔵菩薩の化身が、閻魔大王となっている。
禅派の独特の仏像観なのかもしれない。

そんな王の中でも、閻魔大王の怒った表情がすごい。
玉眼の目がまんまるで、また怖い。
坐像で二メートルほどあり、一番大きい。
なぜだか、首をすくめた感じ(首が短い感じ)。
朱色の顔色が黒人のようにも見える。
なぜだか、首から下は、乾いた土で
汚れたような色合いになっている。

他の王も体の大部分が、乾いた土で
汚れたような色合いになっている。
保存状態の問題なのか、
仏像の作りの問題なのか・・・。


とにかく、めずらしい王集団のお寺だった。


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