天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

明治の否定を許さない

2017-03-09 11:28:12 | 歴史
靖国を否定する時に多用される手法が、明治の否定である。つまり、戦争の反省から軍国主義の根源としての明治を否定し靖国を、靖国の歴史を遡り明治を否定。この様に靖国は両方向から明治維新、明治時代と共にセットで否定されるのを見かける様になった。

現在の歴史学の傾向として、誇らしく強いイメージの日本は徹底して排除されていくようである。

この現象に気付かなくとも共産党の展開しているヤスクニいらないデモ、反天連のデモはネットで良く見かける光景だろう。



これら明治否定の根本概念は日本を滅ぼそうとしたあの戦争の起点としてその憎悪を明治期に向けているに過ぎない。

従って会津は京都守護職を引き受け幕府に忠誠を誓っていたが、孝明天皇の死後、天皇の威光を薩長が背負ったゆえに、彼らが「官軍」を自称することが出来、薩長に弓ひくものは「賊軍」のそしりを受けたのだ。


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歴史評論家の原田伊織はその著書『明治維新という過ち』の中で


○坂本龍馬という男は長崎・グラバー商会の“営業マン"的な存在であったようだ。…グラバー商会とは、清国でアヘン戦争を推進して中国侵略を展開した中心勢力ジャーディン・マセソン社の長崎(日本)代理店である。…つまり、薩摩小松帯刀、長州桂小五郎が重視したのはグラバー商会であって、グラバー商会の利益を図る龍馬が「薩長同盟」に立ち会うようになったのは極めて自然な経緯ではなかったか。…いずれにしても、坂本龍馬とは、日本侵略を企図していた国の手先・グラバー商会の、そのまた手先であったということだ。

○吉田松陰の外交思想というものは余り語られないが、実に稚拙なものであった。北海道を開拓し、カムチャツカからオホーツク一帯を占拠し、琉球を日本領とし、朝鮮を属国とし、満州、台湾、フィリピンを領有するべきだというのである。…恐ろしいことは、長州・薩摩の世になったその後の日本が、長州閥の支配する帝国陸軍を中核勢力として、松陰の主張した通り朝鮮半島から満州を侵略し、カムチャツカから南方に至る広大なエリアに軍事進出して国家を滅ぼしたという、紛れもない事実を私たち日本人が体験したことである。

○長州のテロリストたちが拠り所としたものは「水戸学」であり、…作家・中村彰彦氏は、水戸学を突き詰めていけばテロリズムの肯定につながると断言し、歴史学者・山内昌之氏は、その水戸のテロリズムが幕府を滅ぼし、水戸自身をも滅ぼしたと断罪するが、この水戸学精神が「昭和維新」の名のもとに昭和に入ってから再び燃え上がった。…即ち、「明治維新」とは「昭和維新」が燃え盛ったことによって翻って一般化した言葉であり、思想概念である。

○徳川斉昭(水戸藩9代藩主)を支えたのは藤田東湖である。…水戸には東湖神社なる神社があり、藤田東湖はその祭神として祀られているが、この男こそ長州テロリストのリーダー格・吉田松陰にも影響を与えた幕末テロリズムの元凶として145年を経た今こそ徹底的に糾弾されるべき存在である。

○最後の将軍がこの水戸藩出身の慶喜でなければ、長州・薩摩の「事」はあの時点で成就していなかった可能性が高いのである。…江戸幕府が、慶喜が想定したようなイギリス型公議政体を創り上げ、小栗上野介が実施しようとした郡県制を採り、これらの優秀な官僚群がそれぞれの分を果たしていけば、我が国が長州・薩摩の創った軍国主義国家ではなく、スイスや北欧諸国に類似した独自の立憲国家に変貌した可能性は十分にあり、決して空論ではないのだ。

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と明記している。歴史評論家と作家だけに恣意的な歴史解釈を元に長州閥によって日本国が滅ぼされたと考え、この怒りの矛先を明治維新の否定としたのである。つまり歴史解釈とは敵、味方の両面からの解釈ができ、幕府側から見ればその様な解釈も全くの嘘八百にはならないであろう。

この日本が滅ぼされたとの考え方こそが、先の大戦後の歴史学に与えた影響はGHQのWGIPと相まって強烈に戦勝国史観、東京裁判史観として日本人に敗戦、滅亡を印象付けたであろう。

明治期も同様であるが、日本は滅びたのであろうか、天皇は脈々と続いている。要するに、天皇から見た歴史観こそが、日本の歴史観の見方であり、それは明治維新や終戦では日本が滅んでなどいないという唯一の証であり、原田氏の「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」が如何に暴論で反日的であるかがお分かりだろう。