古谷経衡氏の田母神氏叩きが尋常ではない。
私の記憶ではそれは田母神氏が公職選挙法違反で逮捕される以前から徐々に始まった様に感じる。
そして、具体的にはっきりとした攻撃はアパホテルの南京事件騒動の最中に懸賞論文繋がりで、田母神論文を出典を明記せずに論文の体を成していないもの、コミンテルン陰謀史観として秦郁彦氏を引用して完全否定している。
秦郁彦 『陰謀史観(新潮社)』------------
『くだんの田母神論文は「ソ連情報機関の資料が発掘され…最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」と書いた。根拠としてあげられているのは、『マオ 誰も知らなかった毛沢東』のほかに『黄文雄の大東亜戦争肯定論』と桜井よし子編『日本よ、「歴史力」を磨け』だが、後の二冊は『マオ』の受け売りだから、同じ周り灯篭を眺めたに過ぎないともいえる。(中略)田母神俊雄は「盧溝橋事件にしても、中国軍が最初に発砲したことは今では明らかになっている」と述べた後、「侵略どころかむしろ日本は戦争に引きずり込まれた被害者である」と断じる。さらに飛躍して「実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた…目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった」と結論づけた。「シナ事変をはじめたのは中国側で、泥沼にひきづり込んだのはアメリカとイギリスでした」と論じる渡辺昇一史観と同工異曲かもしれない。因果関係を説明するのに、結果から原因へさかのぼる安直な論法だが、コミンテルン陰謀論者の間では珍しくない。蒋介石ばかりかルーズベルトや東条英機でさえも被害者に仕立てられるのだが、さすがに直取引は説得性が弱いと考えてか、側近や部下たちのシンパやスパイに踊らされたという構図にする例が多い。』------------------
秦郁彦氏の手法は田母神史観或いは渡辺昇一史観と名付け如何にも一個人的で奇妙さや異端さをイメージさせる手法に過ぎない。
歴史学は資料を基に研究するのだが、日本軍は終戦とともに殆どの資料を焼却しており、日本の近現代史、特に戦争史を中心に研究するものは歴史家となる。
秦氏はその中心がほぼオーラルヒストリーで戰争体験者からの聞き取り調査が殆どである。つまり、ある一定方向への恣意的解釈も可能となる。悪意を持って例えればUFO研究家とそう変わらないのだ。
秦氏を引用して結局言いたいのが、『トンデモ「陰謀史観」を正史として疑わず、そのまま界隈の常識として運用し続ける保守界隈全般の知的堕落』であり、単なる根拠の軽薄な悪口に終始しており、保守派の歴史観全般を貶める意図を感じる。
次が森友騒動に託けての田母神氏批判だが前回は論文で、今回は教育勅語を使って田母神氏の人格を攻撃している。Yahooニュースに「教育勅語礼賛」の気持ち悪さとして寄稿している。
その骨子を下に抜粋した。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
・「昔はよかった」という妄想
1)教育勅語が存在した時代には、現代社会よりも高い道徳観が存在していたという思い込み
2)教育勅語を礼賛したり、復活したりすることを勧奨し、高い道徳観を至高のものと説く人物に限って、道徳的に退廃した私生活を送っているということ
・現代日本は道徳的に退廃している、という妄想
・教育勅語の時代は現代よりも不道徳?
1)1934年3月15日 20歳の真面目な長男が何人殺せるか試すために一家皆殺し
2)1945年4月17日 17歳が一家五人を惨殺
3)1933年7月9日 女学校3年生らの桃色遊戯グループ「小鳥組」
・他人に道徳を強制する者こそ最も不道徳
1)教育勅語と修身の教科書を復活せよ
田母神氏は、30年以上連れ添った妻と2人の子供がいるが、5年ほど前に出会った50歳前後の女性と恋仲になり
道徳を声高に叫ぶ一方実は隠し子が居たり、妻や夫がありながら「保守界隈」の中で出会った相手と平然と不倫をくりかえし、表向きは「凛とした日本男子・大和撫子」などと厚顔無恥に喧伝する人々を私は何十人と知っている。
教育勅語が発布されて120年以上が経つが、いまだ教育勅語の理想というのは、良い意味でも悪い意味でもこの国の中で実現していない。しかしそれは、おそらく古今を問わず人間の自然な姿なのだろう。
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教育勅語の効果の希薄さと田母神氏のプライベートを攻撃している。つまり、保守派のリーダー的存在の発言力を低下せしめその不道徳性を強調することにより保守派全体の熱を冷まそうとしている。
古谷氏が中道的立場で左翼や右翼を攻撃し貶めることには彼の言論を裏であやつるフィクサーがいるはずである。それが、メディアなのか朝日新聞なのかはどうでもいい。
百歩譲って論文を批判するのも田母神氏の公職選挙法違反を責めることも許容範囲であるが、プライベートの夫婦間や女性関係を攻撃するのは頂けない。
マスメディア使い捨ての安いジャーナリスト、物書きで終わりたいならそれも良いだろうが、仮にも保守を自称するなら個人の人格攻撃はやめたほうが身の為だろう。
しかし、彼の保守派、右派に対する偏見は左派よりも酷い。結局中道を装いながらも正常に日本を取り戻しつつある言論を元へ戻そうとしているに過ぎない。彼の信頼し引用した秦郁彦氏は南京虐殺4万人の肯定派である。
私の記憶ではそれは田母神氏が公職選挙法違反で逮捕される以前から徐々に始まった様に感じる。
そして、具体的にはっきりとした攻撃はアパホテルの南京事件騒動の最中に懸賞論文繋がりで、田母神論文を出典を明記せずに論文の体を成していないもの、コミンテルン陰謀史観として秦郁彦氏を引用して完全否定している。
秦郁彦 『陰謀史観(新潮社)』------------
『くだんの田母神論文は「ソ連情報機関の資料が発掘され…最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」と書いた。根拠としてあげられているのは、『マオ 誰も知らなかった毛沢東』のほかに『黄文雄の大東亜戦争肯定論』と桜井よし子編『日本よ、「歴史力」を磨け』だが、後の二冊は『マオ』の受け売りだから、同じ周り灯篭を眺めたに過ぎないともいえる。(中略)田母神俊雄は「盧溝橋事件にしても、中国軍が最初に発砲したことは今では明らかになっている」と述べた後、「侵略どころかむしろ日本は戦争に引きずり込まれた被害者である」と断じる。さらに飛躍して「実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた…目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった」と結論づけた。「シナ事変をはじめたのは中国側で、泥沼にひきづり込んだのはアメリカとイギリスでした」と論じる渡辺昇一史観と同工異曲かもしれない。因果関係を説明するのに、結果から原因へさかのぼる安直な論法だが、コミンテルン陰謀論者の間では珍しくない。蒋介石ばかりかルーズベルトや東条英機でさえも被害者に仕立てられるのだが、さすがに直取引は説得性が弱いと考えてか、側近や部下たちのシンパやスパイに踊らされたという構図にする例が多い。』------------------
秦郁彦氏の手法は田母神史観或いは渡辺昇一史観と名付け如何にも一個人的で奇妙さや異端さをイメージさせる手法に過ぎない。
歴史学は資料を基に研究するのだが、日本軍は終戦とともに殆どの資料を焼却しており、日本の近現代史、特に戦争史を中心に研究するものは歴史家となる。
秦氏はその中心がほぼオーラルヒストリーで戰争体験者からの聞き取り調査が殆どである。つまり、ある一定方向への恣意的解釈も可能となる。悪意を持って例えればUFO研究家とそう変わらないのだ。
秦氏を引用して結局言いたいのが、『トンデモ「陰謀史観」を正史として疑わず、そのまま界隈の常識として運用し続ける保守界隈全般の知的堕落』であり、単なる根拠の軽薄な悪口に終始しており、保守派の歴史観全般を貶める意図を感じる。
次が森友騒動に託けての田母神氏批判だが前回は論文で、今回は教育勅語を使って田母神氏の人格を攻撃している。Yahooニュースに「教育勅語礼賛」の気持ち悪さとして寄稿している。
その骨子を下に抜粋した。
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・「昔はよかった」という妄想
1)教育勅語が存在した時代には、現代社会よりも高い道徳観が存在していたという思い込み
2)教育勅語を礼賛したり、復活したりすることを勧奨し、高い道徳観を至高のものと説く人物に限って、道徳的に退廃した私生活を送っているということ
・現代日本は道徳的に退廃している、という妄想
・教育勅語の時代は現代よりも不道徳?
1)1934年3月15日 20歳の真面目な長男が何人殺せるか試すために一家皆殺し
2)1945年4月17日 17歳が一家五人を惨殺
3)1933年7月9日 女学校3年生らの桃色遊戯グループ「小鳥組」
・他人に道徳を強制する者こそ最も不道徳
1)教育勅語と修身の教科書を復活せよ
田母神氏は、30年以上連れ添った妻と2人の子供がいるが、5年ほど前に出会った50歳前後の女性と恋仲になり
道徳を声高に叫ぶ一方実は隠し子が居たり、妻や夫がありながら「保守界隈」の中で出会った相手と平然と不倫をくりかえし、表向きは「凛とした日本男子・大和撫子」などと厚顔無恥に喧伝する人々を私は何十人と知っている。
教育勅語が発布されて120年以上が経つが、いまだ教育勅語の理想というのは、良い意味でも悪い意味でもこの国の中で実現していない。しかしそれは、おそらく古今を問わず人間の自然な姿なのだろう。
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教育勅語の効果の希薄さと田母神氏のプライベートを攻撃している。つまり、保守派のリーダー的存在の発言力を低下せしめその不道徳性を強調することにより保守派全体の熱を冷まそうとしている。
古谷氏が中道的立場で左翼や右翼を攻撃し貶めることには彼の言論を裏であやつるフィクサーがいるはずである。それが、メディアなのか朝日新聞なのかはどうでもいい。
百歩譲って論文を批判するのも田母神氏の公職選挙法違反を責めることも許容範囲であるが、プライベートの夫婦間や女性関係を攻撃するのは頂けない。
マスメディア使い捨ての安いジャーナリスト、物書きで終わりたいならそれも良いだろうが、仮にも保守を自称するなら個人の人格攻撃はやめたほうが身の為だろう。
しかし、彼の保守派、右派に対する偏見は左派よりも酷い。結局中道を装いながらも正常に日本を取り戻しつつある言論を元へ戻そうとしているに過ぎない。彼の信頼し引用した秦郁彦氏は南京虐殺4万人の肯定派である。